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20 とこしえのわらべうた





 見据えた先は、祭壇上の銅鏡だった。 

 祭壇の中央、1段高い所に銅鏡が粛然(しゅくぜん)と立て置かれている。銅鏡の中心には蛟の文様、その外周を幾何学的文様(きかがくもよう)が巡る。

 じっと音彦らが見つめていると、次第に銅鏡の表面が白い冷気を発しはじめているのが確認出来た。

 静電気が走ると同様の音が断続的に聞こえるのと同時に、白い火花が散るという現象が銅鏡に起こっている。

 すでに音彦には十分に伝わっていた。銅鏡には非常に大きな力が宿っている。

 久野は臨戦態勢を解かない。野坂は青ざめ、だらだらと酷い汗だ。


(何だろう? この感覚は)

 そして音彦は自身の気持ちが判らず、立ち尽くしていた。何故だか銅鏡から視線を逸らすことが出来ない。

 全身がざわざわとするのだ。

 耳を澄ますと、ただ1つの音が聞こえるのだった。

 先程からずっと、音が響いている。音彦はソレに聞き入っていた、そして理解したかった。

 まるで胸の内に1滴の雫が落ちるような、染み渡る言の葉。雫から生じた波紋がゆっくりと心の中に広がりをみせる。

 次第に眼前に、今見ている風景ではないものが見えてきた。

(何かが見える。あれは、何だ?)

 思った時には、音彦の視界は銅鏡に引き寄せられ、中に、入った。

 ここは銅鏡の中なのだと、瞬間的に音彦は理解していた。

 足元を確認すれど、自身の姿は確認できない。そうか、これは意識の中なのだ。

(僕は、意識下でここにいる)

 しっかりと認識すると、途端に足元から撫でるように視界が色を広げていった。

 姿を見せたのは、古木で出来た日本家屋。手入れのいきとどいた庭園は雨上がりの残り水が晴れの日を仰ぎ、キラキラと輝いている。

 水たまり越しに映っている人々は皆朗らかに語り合い、笑んでいた。その誰も、彼も、音彦には見覚えがあった。

 縁側に座る少年を気遣うように、背を撫でる少女。傍らには文鳥の籠の中を覗き、笑い合う2人の幼子がいた。

(アオイの、記憶なのか……それとも)

 4人が何を話しているのかは判らない。だがこれは音彦の想像がそうさせるのか。何故だか声は聞こえるのだ。ガヤの様に、4人の嬉しげな笑い声が。

 包み込む空気は全く不快なものではなくむしろ陽だまりの温かさのようで。懐かしさすら覚える妙。

 逢いたい……と、音彦の脳裏に浮かんだのは、自身の家族の姿だった。

(……)

 無意識に音彦は彼らに向かって手を伸ばしていた。

 だが、それは唐突に、音彦の目の前で粉々と砕け散ってしまった。

 キラキラと、舞う。色とりどりの、記憶達。

 舞う無数の破片の先に、何かが垣間見えた。

 

 それは小さな小さな……。


「蛇……」


 呟くと同時に、音彦の視界は唐突に意識の波に飲み込まれた。


 それはまさに一瞬の出来事だった。

 久野は祭壇上にある銅鏡に意識を向けながら、音彦に向かって呼びかけを繰り返していた。

 だが音彦は空を見つめたまま微動だにしない。

 先程銅鏡の姿が霞んだ、瞬きの間。何かが銅鏡と音彦の間に起こった。音彦は虚ろとなり、銅鏡は忽然と姿を消したのだ。

(音彦に干渉してきたのか……『水無月(みなづき)』が)

 久野が協会から依頼され長期間に渡り榊家を調査していた理由。

 表向きは先程音彦に伝えた榊家の不穏な動きについて。そしてもう1つは、『水無月』の有無だった。

(『水無月』、夏を統べる者)

 数ある退魔の家系の主力である4つの家系。その筆頭に記されている2つ名がある。


 『睦月(むつき)


 『水無月』


 『葉月(はづき)


 『極月』


 それらは四季の陰暦の呼び名の1つである。それぞれ一族は12の月を四季で区切り、古来より守護の任に当たってきたとされているが、その代表の名に二つ名が使われ、代々受け継がれてきたらしい。

 継承される者の条件としては、力の強さ、血縁、依り代との相性。様々に理由がある。

 そして、継承者の証として受け継がれるのは()(しろ)と呼ばれるものだった。

 継承者の力の象徴と言えるそれは様々なモノに宿り、常に継承者と共に在る。

(10数年余り、継承された記録の無かった水無月。それはこういうからくりだったのか)

 久野の双眸が細められる。

 恐らく継承していたのは榊家の血統上、兄のアオイだろう。だがそれはあくまで仮に過ぎなかった。

 正当に受け継ぐにはアオイの器がもたない。だが水無月の権利を失えば一族の繁栄は途絶え、衰退の一途をたどるだろう。

(だからアオイの存在も、水無月の存在も隠し、継承者復活の為に民間人の御霊を奪い続けていた)

「久野さん、沢木さん達の様子が!!」

 野坂が叫ぶ。

 彼が跪いていたのは音彦の妹である詩織の元だった。

 久野の眼が見開かれる。

「……まさか、水無月が選んだのか」

 未だ虚ろな目で立ち尽くす音彦と、眠る詩織の頭上で、ソレは静かに瞬いていたのだ。

「うわっ!!」

 突如、野坂が詩織の元から弾き飛ばされた。

 ごろごろと転がり、壁に頭を打ち付けた後、動かなくなる。

「くっ!」

 確かめるために久野が短刀を音彦に向かって投げると、案の定見えない壁に弾かれてしまう。

 不可侵の壁。

 特殊な結界陣だ。たとえ久野であろうと、易々と突破は出来ない。

 上位召喚や眷属関係、そして継承の際に発生する陣だった。術者ではなく隠世(かくりよ)の住人からの意志の働きかけによって生じると聞いているが、この場合は『水無月』からの干渉だろう。

 仮にも継承者だったアオイが消滅したことで、宙ぶらりん状態になったとはいえ、『水無月』がまさかこんなに早く自ら動き出すとは……。

『我 焔の海より召喚す 暁の鳥よ』

 久野は素早く片手印を切ると、術を発動する。

 すると音彦の頭上高くに炎の鳥が出現した。羽ばたくたびに目を焼くような激しい光が断続的に辺りを照らし出した。

 同時に、ラリエットを握り締め、久野は心の中で強く呼び掛けた。


(音彦っ!)


 

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