第二話 残ったもの
うしろでお母さんの声が聞こえる。ドングリを使うという娘のファンシーな攻撃に、さぞかしメロメロになっているのだろう。
ヒモにハマるOLごっこを台無しにされた私は、なによ!お母さんからフッてきたくせに、とドスドス音を立てて母から離れた
一方、母はというと
「いきなりドングリなんか投げつけてきて、何がしたいのかしらあの子は!」
「アハハ、マリーちゃん相変わらずねぇ」
怒る母に女性が笑いながら話している
「その手にあるのが原因じゃない?」
ニヤリと女性
「う‥いいじゃない少しくらい」
心当たりを突かれてギクリとする
「あんなに怒らなくてもいいのに‥」
幾分気落ちしたカンナは、サクリと遠慮がちに菓子をカジった
怒った勢いで母から離れたものの何をするわけもなし、狭くはないで形容される岩の上をふらふらと歩いていれば簡単に限りを迎えてしまう
「これ以上近づいたら怒られちゃうよね?」
男達は戦い続けている、最初の化け物が現れたのは昼前、しかし今や太陽は大きく傾き、ほどなくその彩光が赤みを帯びるであろう様を見せている
その間化け物の行軍は絶え間なく続き、終わりの見えない戦いに男達の顔々には例外なく疲労の色が滲んでいた
好奇心に足をとられ、彼らの汗の匂いが鼻をつくほどの距離にまで近づいたマリーは、快調に化け物も迎え討っていた頃にはなかった重い空気が彼らを覆っていることに気づいた
「堀の手前で討つか?」
「無理だ、動く相手を狙うには距離が空きすぎる、致命打を与えられるとは思えん」
じゃあどうするんだ、と1人の男が声を荒げて言う
「取りつかれてから倒すっていうのか?もう堀は埋まってんだぞ!」
「‥‥」
男の言葉に皆一様に口をつぐんだ、しかしその顔は苦々しく歪んでおり、全員が分かりきっていることを大声でわめく男に苛立ちを覚えていた
「なに黙ってんだよブルーノ、お前狩長だろ!なんとかしろよ!」
「無茶言うな、ブルーノさん1人に押しつけることじゃない」
「うるせぇよ!お前は黙ってろ!」
刻一刻と悪化してゆく状況に行き場を失った感情をブルーノにぶつけていた男は、その矛先を年若い男へと向けた
だいたいお前は――、と続ける男の言葉には、既に現状に関する内容は含まれておらず、ただ己の鬱憤を発散させるだけのものへ成り下がっている
「そこまでだ、落ち着け」
男の名を告げ、もはや士気を乱すだけの騒音を停止させる
しかし尚も食い下がろうとする男に対し、ブルーノは狩長の言であると睨みつけた
これ以上続けるなら──と目で脅すブルーノに男は沈黙で応えた
「ダメだな、俺達だけで解決できる問題ではなくなった、最悪の事態を踏まえ村長や若衆、女達、皆で話し合おう」
ブルーノの言葉に含まれた絶望の韻に返答を発する者はなく、沈痛な面持ちでただ黙って頷いた
若衆の中には、化け物を放置して持ち場を離れることに難色を示す者もいたが、このうえは村の総意によって動くべしと、いまだ衰えを見せぬ彼らの気概を折らぬよう、その都度丁寧に同じ内容の説明を繰り返し優しく諭して回った
岩の中央に集まった村人達はブルーノから現状の説明を受け、これからの方針を決めるため村長を中心に討議をはじめた
ブルーノによる説明はこうだ
予想をはるかに上回る数の化け物が襲来し、それは今尚続いていること
倒した化物の死骸が堀を埋め、さらにその上を踏み越えて迫る化物を倒すうちに、幾重にも折り重なった死骸が小山を作りあげ、いまや岩上から手を伸ばせば化物の頭に触れるほどの高さにまで迫っていること
そして、このまま倒していれば数刻も経たぬうちに岩上へと至る死骸の道が出来てしまい、これ以上化物を倒すことは不可能であること
ブルーノが確かめるように言葉を紡ぐたび、波紋のように人々の間にざわめきが起こった
しかし殊更に淡々と語られるブルーノの言葉と、僅かにもぶれることなく凜と立つ村長の姿に、皆は不安を浮かべながらも努めて冷静であろうとした。
──と、このような次第だ
然る上は、村の総意でもって事に当たりたいと、ブルーノは話しを括った
人々は声もなく顔を見合わせた、何を言えばよいのか分からないのである
現状を理解するほどに落ち着くひとつの結末、皆は同様に思っていた
もはや──
「もはやどうにもならぬのう」
拒絶したくとも幾度となく去来する絶望の結末、皆が口にすることを憚られたその言葉を軽々と口にした村長は続ける
「化物を倒さば奴らを迎えいれることになり、さりとて倒さずば我々は岩上で身動きできぬ、か
まいったの、八方塞がりじゃわい」
普段と変わらぬ調子で話す村長は、まさに自分達の胸中にあった思いを代弁してくれた
しかしそれは、あの村長ですらこの状況の活路を見いだせないのかと、最後の希望すらも失わせるものであった
絶望の底へと沈みゆき
「幸い!」そうはさせじと声があがった
「幸い、避難の際に食糧を持ち運んできた者らが幾人かおる、それを皆で分かてば数日はもつじゃろう」
村長はそう言ったあと、懐から一本の短い筒を取り出しそれを空に掲げる、すると筒から火の玉が打ち上がった
突然の村長の行動と眩しいその光りの玉に皆が唖然としていると
「これは信号弾じゃ、兵士の間で緊急を伝える合図に使われておる、これを見る者あれば必ず救援に来るはずじゃ」
赤みを帯びて空に強く白く輝く光の玉
戦い続け、そしてまさに敗北といえる結果を突きつけられた人々は、顔を上げ食い入るようにその小さな光を見つめた
「そうじゃ皆顔あげよ、生を諦めた者に神は救いを与えぬ」
皆は分かっていた、王都はとうの昔に陥落し、魔王の手に落ちたこの国で救援など来るはずがないことを
しかしこんな自信ありげに言われると、いや違う、この人の口から発せられた言葉だと「もしかして」と思わされるから不思議だ
でもそれを伝えることが彼の本意ではないことも皆は知っていた
「周りを見よ、ここにはこんなにも多くの人間がいる、皆で智恵を絞れば良案のひとつも浮かぶわい、まずは考えることじゃ」
そう言う村長の言葉にはいつもの軽快な調子はなく、そのことが否応にも皆の緊張を高めた
しかし、皆の顔に先程までへばりついていた翳りは鳴りを潜め、まだ不安気な表情の中にも瞳だけは輝きを失わず、しっかりと村長へと向けられていた
1人1人を確かめるように眺めていた村長は、俄かに相好を崩すと
「食事をしよう、おいしい物を食べれば元気がでるからの
ほれカンナ、支度じゃ支度じゃ」
降って湧いた騒ぎをはじめ早く早くと急き立てる村長を、皆はポカンと眺めていたが、やがてそうだ食事だと口々に勢いよく立ち上がった
「カンナ飯をくれ!」
「腹が減った、俺にもくれ」
「カンナさん僕にもお願いします」
「ちょ、ちょっと、私に群がるんじゃないよ、コラ引っ張るんじゃない
ああもう!人数分きっちり用意してあるからちゃんと並びな!」
戦い詰めで腹が減っていたことを村長に言われて思いだした男達はカンナの下へ一斉に押しかけた
その迫力に女達は思わず後ずさったが、そこは何事においても男勝りなカンナである、怯むことなく男どもを一喝
逸る男達は、これはイカンと我に返り整然と列を成した
やれやれ、と振り向いたカンナの前には、あろうことか男達に向ける顔と同じもので私を見る女達、思わず顔が引きつるがここで怒鳴るとドツボにハマる、我慢我慢と自分に言い聞かせ、女達と予めの打ち合わせ通りに食事の配給をはじめた
『手配済みとはいえ煽るんじゃないよ、まったく──』
私の心情などお見通しのくせに、それでも尚、にこやかな微笑みをこちらに向ける村長はまるでイタズラ小僧のようで、その顔を張ってやりたくなったが、結局最後にはどうしても許してしまうのだろう
『得な性分の人だよ』
参りましたと両手を軽く上げてみせ、カンナは女達の中に混ざっていった
「ホッ、やるのうカンナちゃん」
「わざとやりましたね村長‥俺は知りませんからね」
楽しそうに笑っていた村長の声がピタリと止んだ
「ほれブルーノ、あそこ見てみい、一番星じゃ」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「なんとか言わんかい」
「‥俺たちも列に並びましょう」
「カンナちゃんの列はイヤじゃぞ?」
ブルーノは一番星を仰ぎ見た
食事の配給の列に加わり同時に手持ち無沙汰となる
冗談はこれくらいにしてと句切り、なぜあのような言い方をしたのか改めて村長に聞いた
「ただでさえ長い戦いで気が立っているところにあれでは──」
ブルーノは言う
「カンナが手配りしていたからこそ良かったものの、万一満足な食糧が確保できていないなどということになっていれば、失意が高ぶった感情を怒りへと変えたかもしれない」
であるのになぜ?
「皆が暴徒になるとでも?」
「そこまでは言いません、ですが村長や俺を吊し上げる程度は有り得たかと」
「考えすぎじゃよ」
村長は言う
「激しい失意は確かに感情を揺り動かす切っ掛けとなろう、しかし飽くまで切っ掛けじゃ、爆弾は導火線だけでは爆発せぬ、抑圧された不満という火薬があってはじめて爆弾となりえるのじゃ」
「戦い続けた挙げ句に突きつけられた残酷な現実、どうにもならぬその事実は火薬ではないと?」
「似ておるが別物じゃな」続ける
「この場において皆を狂気へと駆り立てるものではないということじゃ、皆が抱えておる問題は何によってもたらされた?」
化物です、とブルーノ
「そう、対象が違うのじゃよ、爆弾に繋がっていない導火線に火が点いても爆発はせぬ、お門違い、ということじゃ」
「しかし暴動というものは本来不条理なものではないのですか?」
「それは暴動とは言わん、ただの子どもの癇癪じゃ」
そう言って村長はいつものごとくホッホッと笑った
分かったような分からないような説明に、なんだか誤魔化された心持ちのシコリを残したまま
少し考え込む素振りで「なるほど」とだけ応えた
──しかし、やはりあれは乱暴であったな
俺の心に燻る思いが伝わったのだろうか
「ワシもギリギリでな」
村長の語調が変わった
「在りもしないホラ話で皆を励ますことしかできなんだ、情けない限りじゃよ
皆も分かっていただろうに、それでもワシの言の真偽を問う言葉を、終ぞ誰も発することはなかった、まこと‥ありがたいことじゃ」
僅かに目を伏せる
「じゃからワシもつい気張ってしまっての、皆を元気にせねばとつい煽ってしまったわい」
口角を上げた村長はそこで一旦言葉を句切り、村人達を眺めてから言った
「のう、ブルーノ、見えておるか?」
「‥‥」
俺達は列の最後尾にいた、前にどうぞ、と若い連中が頻りに勧めてきたが、いいからと先に並ばせた
その後、村長と話し込んでいたため気がつけば最後尾に並んでいた位置のまま、ポツンと2人取り残される形になっている
目の前には、あちらこちらに座っては楽しそうに食事をしている皆の姿があった
家族、友人、恋人、年の差も問わず、すべての人が思い思いに小さな輪を作り、そしてそのひとつひとつが繋がって大きなひとつの輪となっていた
疲れきった彼らの未来は霞がかった不確かなもの、約束されない明日、しかしそれでも彼らは笑っていて
「これが答えじゃよ」
「‥はい」




