第2話:鉄砲三百丁の硝煙〜先鋒郡平太夫〜
金屋黒に跨る郡平太夫を先頭に、和田軍の先鋒隊二百騎が激しい水飛沫を上げて川へ入った。 しかし、勝尾寺川の河原は大小の石がゴロゴロと転がり、中には大人が抱えるような巨石が無数に転がっている。水底の泥とゴロ石に馬の足をとられ、渡河の列はみるみるうちに前後に伸びていった。
「——今だ。撃てッ!」 暗がりから荒木村重の怒号が響いた。 北西の竹林に隠されていた三百丁の鉄砲が一斉に火を噴いた。夏の南風が硝煙と火薬の臭いを敵手へ届かせぬよう、風上を計算し尽くした見事な配置であった。轟音とともに激しい閃光が走り、川の中にいた和田軍の兵たちが次々と水煙の中に倒れていく。
当時の鉄砲は命中率こそ低いが、爆音と殺傷力、そして「見たこともない飛び道具」による心理的恐怖は絶大であった。河原は一瞬にして硝煙で真っ白に染まり、敵味方の視界が奪われる。
「怯むな! 突っ込めッ!」 郡平太夫の叫びが響く。流石は長年生活を共にしている集団である。鉄砲の射撃だけで撤退するほどやわではない。愛馬・金屋黒が弾丸にかすり、いなないて暴れるのを手綱さばきひとつでねじ伏せ、平太夫は流血する太ももを押さえながら突進を続けた。 足場の悪いぬかるみを、馬上の平太夫と、驚異的な健脚を持つ徒歩の兵二名が平地のごとく駆け抜けてくる。その後ろには約七十の兵が続いていたが、夏の酷暑と湿気、そして突如の急襲によって戦意が削がれていたことは認めざるを得ない。
「先頭の馬上、郡平太夫に集中せよ!」 清秀が声を張り上げる。その横には、中川一族の剣豪にして剣術の師匠・山脇源太夫が槍を構えていた。
「中川か! このような形で相まみえるとは無念……だが戦国の習い、覚悟されよ!」 平太夫が太刀を振りかざし、清秀目掛けて馬を寄せてくる。 「郡殿! 貴殿の愛馬も手負い、従う者もわずかだ! 西国街道を挟んで共に生きてきた仲ではないか。馬を降りて投降されよ」 「言うな中川! 我こそは郡平太夫主保なり! いざ立ち合わん!」
平太夫が躍りかかろうとした瞬間、横から山脇源太夫が飛び出した。 「郡殿。行かせるわけにはいかんよ」 源太夫の槍先が鋭く走り、金屋黒の前足をかすめる。いなないた名馬が後ろ足で立ち上がり、主人の平太夫をかばうように源太夫の前に立つ。だが、手負いの平太夫はコンマ数秒、反応が遅れた。立ち上がった馬上から、平太夫の体が大きくずり落ちた。弾を受けた側の膝から地面に落ちてしまった平太夫は金屋黒の尻を押した。
「引きずり下ろしたぞ!」 池田軍の兵卒が叫ぶ。片足を泥まみれにしながらも即座に立ち上がった平太夫は、腰の太刀を抜き放ち、寄せてくる池田兵を斬り払った。しかし衆寡敵せず、徐々に後ろに下がる体制になった。出てきた山脇源太夫の槍と火花を散らすこと数合。かばっていた太ももと胸元へ深く槍を突き立てられ、手にした刀が空を切ると同時に、天を見上げるように河原に崩れ落ちた。
「郡平太夫主保、討ち取ったりーッ!」 源太夫の雄叫びが白井河原に轟き、中川軍からワッと歓声が上がった。 郡軍の兵士たちは、主が討たれたのを見て一瞬言葉を失った。その瞬間、中川清秀は敗残兵たちの前に進み出て、声を張り上げた。 「郡の兵たちよ! 見ての通り平太夫殿は果てた! 後続の和田・茨木の本隊も退却しておる。もはや勝ち目はない。武器を捨てよ! 武器を捨てて家に帰れば、追い打ちはせぬ。再び百姓仕事に戻るのだ!」
静寂が広がった。 先鋒隊の兵たちは顔を見合わせ、やがてカチャン、カチャンと手にしていたものを地面に落とし始めた。 地面に転がったのは、わずかな脇差や長鉈のほかは、大半が使い古された鎌や鍬、木鋤といった「農具」であった。 京の都の武士と違い、地方の兵のほとんどは田畑を耕しながら生きる半農半兵の民である。彼らにとって誰が領主になろうと大きな違いはない。自らの土地で生きていくことのほかに、それ以上に戦う理由など無かったのである。




