第13話:【執筆方針・民衆の生活と言葉遣い】
小説を書くにあたり、勧善懲悪のように立場や物事を白黒はっきりさせる痛快劇への憧れはありつつも、中世や戦国時代の小説で描かれてこなかった「民衆の生活」を忘れない物語にしたいという強い思いがあります。
吉川英治さんや司馬遼太郎さんの文学のような深みに近づきつつも、一般的な通説とは別の人間模様や情報の交錯を取り入れることを目標としました。 よく知られた人気作品のように、派手な戦闘やキャラクターの誇張だけに頼るのではなく、当時を生き抜いた人々のリアリティや生活感を丹念に描くことに力が入ってしまいます。
網代善彦さん、宮本常一さん、学術寄りの著作だと思いますが大いに影響を受けています。磯田道史さん、いつも応援しています。
解説が続いており、ストーリーの進展にヤキモキされる方もおられるかもしれませんが、あらすじは史実通りですので、気長に見守っていただければ幸いです。
さて、言葉遣い、方言についてです。
時代は中世、場所は北摂、を舞台としたこの物語。
登場人物の話ことばをどのようにまとめるか、迷いがありました。
今の関西弁、大阪弁、がはたして中世の北摂の言葉であるのか、という話です。
多分、少し違うのでしょう。
テレビのバラエティで人気タレントが使っている関西弁は、一部の商売に携わる方の言葉を強調しているように感じます。関西圏であっても、京都と大阪と神戸とでは違いますし、駅をいくつか移動すれば、その集落独特の表現や抑揚があるように思います。
また、テレビなどの効果で、関西圏であっても関東周辺の言葉や抑揚が定着しているようにも思います。
そのため、この小説では司馬遼太郎さんの小説くらいの言い回しを意図して会話をまとめています。
仕事帰りの夕暮れ、親しい仲間同士の飲み会の話題が、いつまでも尽きずに和気あいあいと続いていく——そんな、心地よい時間にしたいと思っています。
この物語の目標地点は、これから描かれる明智光秀の本能寺の変、そして中国大返し、さらに時代を下った明治の岡城へと続いていきます。どうぞよろしくお願いいたします。




