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18/18

18,女神によって救われた女の心酔1


 私は何度も、何度も窓の外を眺めてしまった。私を迎えに来たお母様が呆れて苦笑するほど。


 正直に言えば、頭の中にある記憶と変わっていて、本当にここが帰ってきたかった場所なのか不安があった。それでも、見覚えのある城塞が、両手を広げて私を待ってくれているようで。近付くたびに瞳が潤んだ。


 暫くして馬車が止まり、扉が開いた。降りて顔を上げて――


「あ、あぁ……!お父様、お兄様っ!」


 お父様と三人のお兄様の姿が見えた途端、これまで我慢してきた感情が爆発した。淑女教育で学んだ振舞いなどかなぐり捨て、私は家族の元に駆け出していた。


 勢いよくお父様の胸に飛び込む。力強く抱きしめられ、お兄様達に頭を撫でられると、涙が止まらなかった。


「ご無事で……ご無事でよかった……!」

「心配かけたな。ずっと一人で心細かっただろう」


 私の心細さなど、大したことではない。お父様やお兄様達、騎士達は、何年も疲弊しながらこの地や国を守り続けていたのだから。


 だというのに、私は……お役目を果たせなかった。ウィルクス殿下の婚約者に選ばれ、少しでもこの地を守っていただけるよう交渉するという、重要なお役目を。


 でも……。

 

 ウィルクス殿下の婚約者に選ばれなかったのに、私の望みは叶えられた。パスキエンの地は、民は、家族は……守られた。


 全てはあのお方の……ソレーヌ様のおかげで。






 私は、パスキエン辺境伯家の長女、イディッタ。長女と言ってもお兄様が三人いるから、実際には末娘。家族や辺境の騎士達に愛され、大切に育ててもらった。


 私はこの地が大好きだ。そして、誇りでもある。国の防衛を担い、守り続けている我が家が。


 だから、ずっとこの地で生きていくつもりだった。それが貴族の令嬢としてよくないことだと……他家へ嫁いで更なる繁栄を望むべきだと分かっていても。


 お父様やお兄様達が止めてきても、私は自ら剣術や体術を学んだ。騎士爵を得ている我が領内の騎士の元に嫁ぎ、この地や家のために尽くし生きていくために。ずっと、パスキエンと共に……そう願っていたんだ。


 ――でも、そんな時間が終わりを迎えたのは突然だった。


 約八年前、山脈を拠点とした山賊が現れた。たかが山賊。そんなものに遅れを取るほど辺境騎士は弱くはない。誰もがさっさと討伐してしまえばいいと考えていた。


 だが、どうやら奴らはただの山賊ではなかった。奴らの背後に隣国の貴族がいるのか、山賊にしてはしっかりした武装をまとい、統率も取れており、引き際も的確だという。


 騎士達は長期戦を強いられることが予想出来た。

 

 しかも、山賊に騎士道など通用しない。奴らは姑息で卑怯な手段ばかりを使ってきた。


 闇夜に紛れ、山から夜襲をしかけてくるなど当たり前。城塞から離れた山の麓の村が襲われかけたこともある。常駐している騎士達によって退けられたが、民の不安は膨れ上がる一方。


 いつまた襲ってくるか――パスキエンの地にピリピリとした緊張感が広がり始めた時だ。お父様からお役目を授かったのは。


「イディッタ。王都より招待状が届いた。第三王子ウィルクス殿下の十歳の誕生日パーティーらしい。お前は王都へ向かい、殿下の王子妃の座を目指せ」

「なっ!?これまで王家のパーティーに参加などしてこなかったではないですか!私はずっとこの地で……!」


 辺境伯家の役目は国境警備。それゆえ、王家の開くパーティーだろうが不参加でも許されている。


 それなのに、こんな状況で一人、王都へ行って王子妃を目指せだなんて。嫌だと首を横に振る私の両肩を、お父様ががしりと掴んだ。


「この状況を打破すべく、まずは王子にこの手紙を渡してくれ。それからは王子と親密になり、王家の軍事的な協力を取り付けてくるのだ!……許せ、イディッタ」

「……っ!」


 絞り出したようなお父様の声を聞いてしまえば、否とは言えなかった。


 私は半ば放心状態のまま、数人の使用人だけを引き連れ王都へ向かった。パスキエン辺境伯家は王都に屋敷を持っておらず、分家筋の子爵家の世話になることに。


 辺境伯令嬢としてパスキエンの名を汚さぬよう、外は勿論、子爵家の屋敷でも気丈に振舞わなければいけなかった。


 でも本当は……気が気でなかった。今も、故郷に残してきた家族が、騎士や民が、あの地が落とされてしまうのでは。そんな悪夢に何度も魘された。


「私は……なんとしても、殿下の婚約者に……」


 目を覚ますたびに、託された使命があるのだと言い聞かせた。そうしなければ、心が壊れてしまいそうだったから。



 誕生日パーティーでは、幸いにもウィルクス殿下に近付くことが出来た。


 だが、有力候補としてシャノワール公爵家のコランティーヌ様がいる。彼女は我が物顔で、殿下の隣を陣取り続けていた。


 はたして、私に勝ち目はあるのだろうか。


 そんなことを考えていると、途中から会場の空気が不愉快なものへ変わっていった。その場にいた多くの令息令嬢が、一人の侯爵令嬢を罵り始めたのだ。


 最初に彼女を悪く言い始めたのは、ベルトン伯爵家の令息だったか?近衛騎士を多く輩出している家の者だというのに、離席している令嬢を悪し様に語るなど……騎士の風上にも置けん奴じゃないか。


 そんな話にコランティーヌ様も便乗するとは。婚約者候補から蹴落としたいからと、褒められた振舞いではないだろう。


 しかし、私にはお役目がある。下手に介入して、こちらの立場を悪くするわけにはいかなかった。心苦しいが、私はどちらの味方にも属さず静観する姿勢を貫くことにした。


 暫く離席していたのか、会場へ戻ってきた殿下にいち早く気付いた私は、お父様から頼まれていた手紙を手渡した。


 どうやら、お父様はパスキエンの現状をしたためていたらしい。後日、支援物資を送ると殿下から返事の手紙をいただいた。


 これで、山賊との争いも終息するだろうか……。


 そんな願いも虚しく、一年、また一年と小競り合いは続いた。


 戦のしやすい春から秋にかけ、何度も山賊は攻めてきたという。


 私はパスキエンに帰りたかった。だが、私はウィルクス殿下との親睦を深められていなかった。王子妃として選ばれる気配なんて微塵も感じられない。


 与えられたお役目もこなせず、私は何のために王都へ来たんだ!?

 

 王家が対応してくれたとは言っても、あくまで定期的な物資の支援のみ。軍や騎士を動かしてくれたわけではない。


 このままでは……このままでは騎士や民が疲弊してしまう!だが、たかが山賊に後れを取ったと知られれば、パスキエンの名が地に落ちてしまう。


 だからこそ、私が……殿下の婚約者に選ばれなければならないというのに!


 定期的に開かれるお茶会やパーティーで、どうやらウィルクス殿下は婚約者を選ぶ素振りがなさそうだった。


 というよりも、もう心に決めた者がいるように見えたのだ。みな気付いていないようだったが。


 俯瞰的に見れば、殿下の視線がとある令嬢へ向いていることは一目瞭然だった。


 ――あの日、悪評を広められ、以降悪い評判が囁かれているというのに、常に凛とした姿勢を崩さなかったリヴィエル侯爵令嬢であるソレーヌ様。


 確かに肝が据わった令嬢だとは思う。何故、殿下が時折彼女に視線を向けるのか分からない。だが、どれだけ言い寄ろうと無意味な気がした。


 一瞬しか向けられていないはずの視線に、込められた熱を見てしまったから。


 私はどうすればいい……?そんな気持ちを込め、お父様に手紙を送ってみた。王子妃にはなれなさそうだと。


 しかし、お父様から返ってくる返事は、「イディッタは王都にいろ」「危険だから帰ってくるな」の一点張りで、気付いてしまった。


 ……まさか最初から、私を逃がすために?


 数年を経て、家族の優しさを悟った私の心は酷く抉られた。


 私だけ助かりたいなんて思っていない。もしパスキエンが潰えてしまうのなら、その時は私も一緒に……!


 家族が、屋敷の者達や辺境の騎士達が、そんなことを願っていないのは分かっている。それでも私は、みんなと一緒にいさせてほしかったんだ……。



 王都でどう過ごせばいいか分からなくなった私は、ぼんやりと打ちひしがれた日々を送っていた。しかし、ここでまた予想外の出来事が起こった。


 ソレーヌ様が失踪したのだ。


 コランティーヌ様は、間違いなく自分が婚約者候補筆頭のような顔をしていたが、私はソレーヌ様が選ばれるのだろうと睨んでいた。だが、そんな彼女がいなくなったのだ。


 ……もしや今なら、お役目が果たせるのではないか?


 目的を失っていた私は、次第にお父様から託されたお役目に固執していった。


 ――必ず王子妃にならなくては。


 あの地では、今もみな戦っているのだから……と。そればかりに囚われていった。





お読みくださり、ありがとうございます!

新作のお知らせをさせてください!



▶昨日20時半頃に公開した短編

【 わたくしの精神を屈強にしたのはあなた方ですから。はい、次の方どうぞー。 】

挿絵(By みてみん)


あらすじ:

『クレヴィング公爵家カールハイド、ならびにシュノール侯爵家ロミーリエの婚約に、異議申し立てのある方はこちら』


そんな横断幕が掲げられた公爵家のホールで、抗議集会が開かれた。ロミーリエを言い負かせば、カールハイドの婚約者の座が手に入るかもしれないからと、令嬢達や親はこぞって集まっていた。


これまで数多くの嫌味や嘲笑を浴びせられてきたロミーリエ。社交性や主体性がなく、カールハイドの婚約者に相応しくないと。


かつてはそんな言葉を真に受けて傷付いてきたが、今は違う。

 

これは、箱入り娘だったロミーリエが、理不尽な言葉に振り回されることをやめ、「はい、次の方どうぞー」と軽やかな声で次々と論破していく物語。

 

婚約に不満があるのなら、どうぞお申し立てくださいませ。一人ずつ、丁寧にお答えいたしますわ。



▲1万文字以内でサクッと読めると思いますので、こちらもご覧いただけますと幸いです。


いいね、ブクマ、感想やレビュー、評価など、とても励みになります!

是非とも応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"


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