表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

みっけ!

「ねえ、いいでしょー!」

「ダメ! 都会で一人なんて危ないでしょ?」

「いいじゃんいいじゃん!」

「もう、この子ったらいつにも増して聞き分けのない!」


 今回ばかりは引く気はない。なんと言われようとこのビッグチャンス、あたしは逃す訳にはいかないのだ。


「4日午後はぜひ自由行動を!」

「家族旅行で何言ってんの!?」


 ゴールデンウィークの旅行の行き先が東京に決まり文学フリマの日程と期間が重なってると判明してからは機会を虎視眈々と狙っていた。千載一遇のこのチャンス、引くことはまかり通らないんだゾ!


「郁は一人でどこに行きたいんだい?」

「ちょっとパパ!?」

「埒が明かないし、話だけでも聞いてみよう?」


 パパがあたしの声を聞いてくれた。むくれて不満そうだったけど、黙ってるのでママも話を聞く気になったみたい。


「文学フリマってイベントに行きたいの。ずっと前から行きたいと思ってたの」

「それはどんなイベントだい? 僕らと一緒じゃダメなのかい?」

「小説の即売会なんだ。一般の人が書いた書籍を販売してるの」


 ママとパパは互いに顔を見合わせる。そして眉根を下げた。


「「小説かぁ」」


 あたしのママもパパも小説を読まない。興味がない。この間、あたしが小説を熱く語ったら「でも、それ本当の事じゃないんでしょ?」とバッサリ切り捨てた(悪気はない)。フィクションに関心が持てないらしい。

 そんな両親からよくあたしが生まれたものだとつくづく思う。遺伝や育ってきた環境では説明がつかない。でもあたしは小説が好きで、三度の飯より好きで、陶酔している。

 好き過ぎて、好き過ぎた故、自分で書いてみた事もある。親友の麻子や何人かの仲の良いコに見せたところ、なかなかの好評だった。気を良くしたあたしは今も新作を書いている。このまま行けばゆくゆくは若くして作家デビュー、なんてコトも!?

 と思ったら気になっちゃうじゃないですか、文学フリマ。単純に面白い小説に出会いたいって気持ちもあるし、作家をしてる人ってどんな人か、興味あるじゃないですか。こんな片田舎じゃ、小説家になんて会う機会、まずないし。行く。あたし絶対行くんだから。

 パパは迷った素振りを示した後、質問を続ける。

 

「どこでやってるの?」

「東京ビッグサイト」


 パパはパソコンで地図サイトを操作する。そしてイベント情報を確認した。


「それは4時間ぐらいで回れそうかい?」

「約束する! 4時間あれば! たぶん!」

「ちょっとパパ!?」


 ママが非難の声を上げた。


「いい機会だよ。もう、中学生だし何事も経験だと思うんだ」

「まだ、中学生だよ。郁に一人で東京は早いよ」

「あと正直ママと二人で東京デートしたかった」

「!?」


* * *


「いい? 困ったらすぐパパのスマホに連絡すんのよ?」

「もう、分かってるって。じゃ、二人とも楽しんできて」


 ギュウギュウだったモノレールから降りるとすぐに扉は閉まった。ママとパパを乗せたモノレールはお台場に向かって走り出す。窓から心配顔のママと手を振るパパが見えた。まったく、心配性なんだから。もう子供じゃないってのに。

 無事、文学フリマへ参加する許可は下りた。もう嬉し過ぎて昨日はなかなか眠れなかったよ。別行動のママとパパはあたしが文学フリマに参加中、近くのお台場でフジテレビを観光した後オクトーバーフェストでドイツビールを飲むんだとか。楽しそうで何よりだ。

 渡されたのはお昼代千円とママのスマホ。何かあればすぐに電話するようにしつこく念を押しされている。終わった後の集合場所はお台場だ。260円で10分もせずに行ける。

 よし、それじゃ行こうか。一緒に降りた乗客はきっとみんな文学フリマに向かうハズだし、ついていけば大丈夫でしょ。そうそう、途中コンビニあったらお昼と飲み物買ってー……って要るか? よくよく考えれば千円。あれば一冊買えるよな。……。

 あたしは途中見掛けたコンビニをスルーしてビッグサイトに真っすぐ向かった。


 おお、ビッグサイトだ! まんまあの形の建物だ。逆さまにしたピラミッドを4つくっつけて乗っけたシルエット。ココでコミケとか有名なイベントをたくさんやってるんだよなぁ。写真や動画でしか見た事のない場所だから現実味が薄い。

 他の人に交って通路を歩いていく。風に乗って磯の匂いがする。モノレールからも見えたけど東京湾が目の前なんだよね。来てみないと実感湧かないな。

 エントランスに辿り着く。見つけた! 文学フリマの看板! 他の通行客も看板を確認すると「右へ進む」の文字に従って歩いていく。あ、よく見たら『博麗神社 例大祭』の看板も出てる。デカデカと霊夢が描かれてた。そっか、他のイベントもやってるのかぁ。……そう思うとそこらを歩いているお兄さんたちが皆、東方プロジェクト目当てに見えてきた。いや、ダメだ。東京の人をそんな偏見で見ちゃいけない。きっと文学フリマの人もいるハズ。そんな脳内での遊びを交えつつ、あたしも右へ進む。

 進んだ先には当日券販売所と受付があった。当日券販売所には人がズラリと並んでる。でも受付の方は誰も並んでない。これ、そのまま行っても良いのかな? 近くにいたスタッフのお兄さんに聞いてみる。


「すみませーん。このまま受付進んでいいんですか?」

「すいません、混雑緩和のために入場の列は別の場所なんですよ。そちらに移動して貰ってもいいですか」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「いえ。楽しんでくださいねー」


 あたしはスタッフさんの指した方へ向かう。エントランスに戻ってきた。さっきは看板しか目に入ってなかったけど確かに長蛇の列ができていた。まだ開始時刻じゃないんだけど、既にうちの中学校の生徒数より多くないか? 東京、コワッ! まあ、グダグダ言っても仕方ないので最後尾に並んだ。

 雨、降らなくて良かった。朝、ちょっと心配だったんだ。傘差して並んでたら大変だったよ。でも風はビュービューと強い。空を見上げると雲がみるみる流れていく。

 並んでる人を見渡す。お洒落な恰好をした女性がしきりに髪を気にして、手櫛で整えようとしている。まあ、直した先から風が乱してくので無駄骨だったのだけど。結構、同年代らしきコもいた。共感を覚える。みんなお洒落な恰好をしてる。場違い感を覚える。都会っ子、みんな可愛いなぁ。

 一方で、あたしときたら。ブルージーンズに白いTシャツ、その上から薄手の灰色のパーカーを羽織ってリュックを背負ってる。月とスッポン、聖書とミスプリのメモ紙ぐらいの差だ。

 けれど。その一方で夜中に近所のコンビニに行くぐらいの恰好の人も一定数見掛けてひそかに安堵する。ナカーマ、ナカーマ。そうだよね、本売るにせよ買うにせよ、見てくれなんていーじゃんかよー。


「はい。次のブロックの方、進んでくださーい」


 あたしを含む列が案内される。受付で入場チケット代わりの腕に巻く青い帯を貰うと、会場に進む。へへへ、あたしは未成年者だから無料なんだよね。いやー千円浮くの大きいよ。これでお昼代と合わせてもう2冊買える!

 南展示棟への連絡通路を歩きながら本日の戦略を整理する。あ。パンフレット発見。廊下に置かれた長椅子に平積みされてるのでみなさんと同じように一冊手に取り、ペラペラと捲りながら歩いてく。捲ると出店者の名前が小さな字で列挙されていた。そりゃそうだ。今回約3500もの方が出店されてる。あたしはパンフレットをリュックにしまうと代わりに事前に印刷してきた会場配置図を取り出す。モノクロ印刷の紙面には蛍光ピンクでマーキングしてある。行きたい作者さんはチェック済みだ。そんな訳であたしは2階の1・2ホールへ入る。

 うわー、こんな広い空間が建物の中に入るんだ。学校の体育館なんて目じゃなかった。部屋の奥が遠くてよく見えない。天井広ーい。そんな部屋に見慣れた長机とパイプ椅子がズラリと並んでいて、その上には創作物を思い思いに配置してる。そこかしこで出店者のお客さんを呼ぶ声が聞こえてくる。

 これが、文学フリマ。

 多少怯みつつもあたしは推しの作家さんの元へ真っすぐ向かった。


* * *


 2階の推しは全部行ったので次は4階だと長いエスカレータを上に昇っている。この頃には人もすっかり増えてドコを見てもヒト・ヒト・ヒトだ。地元じゃお祭りでもこんな人、集まらないよ。すごいなぁ。

 エレベータを昇り切ると南3・4ホールに入る。ムワッとして下のホールより暑い。こっちも活気がある。あたしは人々を掻き分けて推しのブースに向かう。ココにはあたしの最推しがいるのだ。会場配置図と見較べながら目的地を把握すると人混みを縫って進む。

 推しのブースに着くと、ちょっと人だかりが出来ていた。推しが人気で誇らしいけど近づけなくて困った。隣りのブースの前で人が減るのを待っていた。


「お隣りを待ってるのかい?」

「あ。すいません。邪魔ですよね」


 おっと、あたし今隣りのブースの来客を邪魔してるじゃん!? 早くどかないとと焦っていると


「いいよいいよ。けど、折角ならちょっとウチの本も見てかないかい?」


 と許しを得た。改めて隣りのブースを観察する。長机の上には何種類かの本が平積みしてあって、他にお金を入れてる小箱とモバイルバッテリーにつながったスマホが置かれていた。座ってるのは話し掛けてきたメガネのおじさん、それと……娘さんだろうか、あたしと同い年ぐらいのゴスロリファッションの女の子だった。綺麗な子。あたしと住む世界が本当に違うなって思った。そんな彼女は、あたしに目もくれず不機嫌そうに本を読んでいた。

 まだ人は掃けそうにない。あたしはおじさんに促されるまま、置かれてる本に目を通していく。ただ、ちょっと文章が難しくあたしの好みではなかった。最後の一冊も期待せずにペラペラと捲る。


 おや?


 それは他の本とは違って簡素だった。A4紙を十数枚真ん中で折ってホッチキスで綴じただけ。表紙も明朝体のタイトルと作者名だけ。内容はファンタジーで冒頭の2ページしか読んでないけど。言葉選びが好みドストライクだった。


「これ、いくらですか?」

「お、買ってくれるのかい? おや?」

「はい。これ、好きでした」

「そうかい。お嬢ちゃん、ありがとね。おい、由希。由希!」


 おじさんは反応のない女の子の背中をバシッと叩いた。するとようやく女の子は不機嫌な顔を上げる。


「なに、お父さん?」

「接客しな」

「なんで?」

「お前の初めてのお客さんだからだよ」


 おじさんはクイッと親指であたしを指す。そこで初めて女の子はあたしと持ってる冊子に目を向けた。不機嫌は驚きで上書きされ、手から本を取り零した。本を拾うこともせず、椅子から腰を浮かす。


「え? あ? え? ええ? ウソ!? なんで?」

「落ち着け、由希」

「君、いいの?」

「あ、はい」


 さすがに今さらやっぱ買うの辞めたとは言い辛い。


「いくらですか?」

「200円」

「安っ」


 あたしは財布から百円玉2枚を取り出して差し出す。でもなかなか受け取らない。


「ほとんど紙代しか掛かってないから……ねえ、ほんとボクのでいいの? もっと素敵な本がここにはたくさんあるんだよ?」


 あ。この子ボクっ娘だった。


「それも買うよ? でもコレも素敵だと思ったから。はい。お金」


 ようやく彼女は手を出した。その上に硬貨を乗せる。手の上で硬貨が擦れて音を立てる。ギュッと握りしめられた。


「ありがとう……。あ、これ! 名刺! 投稿サイトにも掲載してるんで良かったら見に来て!」

「うん、わかった」


 あたしは彼女が慌てて取り出した名刺を受け取る。『Yuki』と書かれたその名刺にはSNSや投稿サイトのアカウントが幾つか書かれていた。

 その頃には推しのブースの客も掃けていた。


「じゃ」


 あたしは短く別れを告げると、隣りの移動した。


「『虚真塀』先生ですよね!?」

「あ、はい。こんにちわ。えーと、初めてまして、で合ってるかな?」

「はい。初めまして! いつもカクヨムで拝見させて貰ってます! 大ファンです!」

「おお、ありがとうね」


 『虚真塀』先生はネットで読んでる小説の作家さんだ。彼の書く恋愛小説が大好きで今日会えるのを心待ちにしていたんだ。そうかぁー、こんな方なんだ。なんとなく小説の雰囲気が似てるかも。会えて良かった。うん。あたしは置かれてる本を全部抱える。


「これ、全部ください!」

「嬉しいけど、お金大丈夫? まだ中学生ぐらいだよね? 無理しちゃダメだよ?」「大丈夫です! この日のために用意して来ましたから!」


 あたしはお会計を済ませると大事にリュックに本を仕舞った。さて、4階の他の推し作家さん達にも会いに行きましょうか。



* * *



 やばい。気持ち悪い。

 スゥーっと身体から血の気が引いて貧血気味なのが分かる。どうしたんだろ。人に酔っちゃったんだろうか? もう帰った方がいいか? いや、でも。次いつ来れるか分からない。さすがに帰っちゃうのは勿体ない。もうちょっと。もうちょっとだけ。そう思い辛い身体を引きずりながら人混みを掻き分けて面白い本を更に探し続けていた。


「ヒャッ!?」


 突然、手を掴まれた。ビックリして後ろを振り返る。すると、例のゴスロリの、あたしが本を買った女の子が立っていた。彼女があたしの手を掴んでいた。


「冷たい……」


 そしてあたしの顔を見るなり顔を顰めると、何も言わず歩き出す。あたしの手を繋いだまま。


「あ、ちょっと」

「来て」


 連れて行かれたのはフロアの壁際だった。


「座って」


 あたしは大人しく座る。少し身体が楽になった。思わず安堵の息が漏れる。


「顔、真っ青だよ? フラフラしてたし。 平気?」

「うん。ありがとう。だいぶ楽になった」

「辛いんだったら、帰った方がいいと思うよ?」

「ううん。次、いつ来れるか分からないから。もう少しだけ」

「そっか。無理しないでね。これ……飲みかけで悪いけど」


 彼女は持っていたミネラルウォーターをあたしに手渡した。


「ありがとう」

「困ったら、うちに来て」


 そう言い残して彼女は帰って行った。

 あたしはキャップを外すと水をちびりと飲む。その時になってようやくあたしは喉が乾いてた事に気が付いた。水が喉を滑り落ちると、更に身体が楽になった。

 とはいえ、一度座り込んでしまうと身体が重くてもう一度立ち上がる気力が湧かなかった。仕方なくもう少し回復するまで休憩することにした。


 気持ち悪くて頭も回ってない。ぼんやりと会場を眺める。フリマが始まってから数時間経った。今もたくさんの人が机の間を歩き回っている。

 呼び止めようと人が通るたびに挨拶する作家さんがいた。楽しそうにお客さんと話してる作家さんもいたし、無表情で本を目で追いつつ歩き回ってるお客さんもいた。目当ての作家さんに並んでる列もあったし、立ち読みしてる人が邪魔で人の流れが滞ってる箇所もあった。あたしみたいに壁際で休んでる人もいた。

 色んな人がいた。色んな人がこの会場にいた。でもあたしに目を呉れる人はいなかった。あたしもあの人たちが誰かなんて知らなかったし。だからあたしを知る人は誰もいなかった。この東京は、こんなにたくさん人がいるのにあたしをあたしと知ってるのは少し離れたところにいるパパとママだけだ。そう思うと不思議に思えた。

 ……違った。そういえばユキちゃんは、あたしの事をあたしと分かって声を掛けてくれたんだっけ。こんなにたくさん人がいる中で、あたしを見つけて、あたしに声を掛けてくれたんだっけ。始め無愛想なコだと思ったのに、とってもイイコだったな。つい数時間前まで知らない人だったのに。その事もなんだか不思議だと思えた。なんだか胸が熱くなった。ぼんやりした頭でそんな事を考えていた。


「大丈夫?」


 突然声を掛けれハッとする。知らない若い女性の声。声のした方に顔を向けると、心配した様子のお姉さんが立っていた。


「あ、はい。大丈夫です。ちょっと休めば平気です」

「無理しちゃダメだよ? 辛かったら出た方がイイって」

「大丈夫です……」


 と、答えたもののまた少し眩暈がした。


「うーん。ちゃんとお昼ご飯食べた?」

「あ、いえ」


 するとお姉さんは納得顔で素早くポシェットからクッキーと飴を取り出すとあたしに手渡した。


「食べて」

「あ、いえ」

「いいから食べて!」

「あ、はい」


 あたしはクッキーをひとつ齧る。


「あ……」


 糖分が体に染み渡り、体が急激に楽になっていく。そっか。お腹空いてたのか。


「気分、よくなった?」

「はい、だいぶ」

「それ全部食べて。ホントはちゃんとしたご飯がいいんだけど。ダメだよ、育ちざかりなのにご飯抜いちゃ。それじゃなくても人が多くて気分が悪くなりやすいんだから」

「ありがとうございます」


 あたしは頭を下げてお礼を言う。


「ん。楽しみにしてたイベントなんでしょ? 折角だったら楽しかった思い出にしようね。じゃ」


 そう言い残してお姉さんは人ごみに消えていった。素敵なお姉さんだったな。知らないあたしにも声を掛けてくれる人はいるんだ。そう思うとじんわりと胸が温かくなった。

 貰ったクッキーを全部食べて、もうしばらく休んでるとようやく調子が戻ってきた。口の中で飴を転がしながら、立ち上がりユキちゃんのブースに向かう。ブースに行くと変わらず彼女は本を読んでたけど、あたしに気づいて軽く手を振る。


「よかった。だいぶ顔色良くなった」

「ご心配おかけしました」

「元気になったなら、良いよ」


 と、隣りの『虚真塀』先生のブースにも目を向ける。


「あ」

「え? あ、さっきの子」


 ブースには先ほどあたしに声を掛けてくれたお姉さんが椅子に座って本を読んでいた。


「よかった。元気になったみたいだね。ちゃんとご飯食べなきゃダメなんだからね?」

「はい。ありがとうございました。ところでお姉さん、『虚真塀』先生の関係者だったんですか?」

「あー、うん。まあね」

「あ!」


 と、そこであたしは気が付いた。つながった。


「『折角だったら楽しかった思い出にしようね』って小説にあったセリフですよね! お姉さんもファンだったんですね!」

「えっ!?」

「ブフォッ!?」


 お姉さんは驚き、『虚真塀』先生は噴き出した。そしてお姉さんは顔を赤くしながら先生をきつく睨む。なにかあたし、悪い事でも言ったのだろうか。


「あの、違いましたか?」

「あ、ううん。そんなところ」



* * *



 まずい。残金が200円を切った。電車に乗れない! ちょうどその時電話が掛かってきた。スマフォのディスプレイにパパの名前が浮かんでる。人混みから外れて電話に出る。ママだった。


「もしもしー?」

「楽しんでる?」

「うん」

「そう。でもそろそろ切り上げて合流するよー」

「わかったー」


 通話を切る。狙い澄ましたかのような電話だった。お金、どうしよう……と思ったものの、お台場まで2駅だ。充分歩けるだろう。時間もまだ1時間ぐらいはあるし、スマホで道順を検索すれば余裕余裕、と思ってたら気が付いた。

 バッテリーのマークが赤い! 1%! なんで!? と、思ったらスマホのライトが点灯していた。カメラやら色んなアプリがたくさん開かれていた。どうも、画面を閉じないままポケットに入れてたようで、ポケットの中で色々動いてたみたい。ヤバイ! あ、電源切れた。

 切れた。生命線が切れた。頼れるものが何もない。頼れる人・相談できる人とのつながりは断たれ、お金もない。自分の居場所も定かでない。あるのはたくさんの本が詰まった肩に食い込むリュックだけ。ヤバイ。これはヤバイ。本格的にヤバイ。先ほどとは違う意味で顔が青褪めていく。な、何か打てる手はないか……と、そこで思い出す。

 頼れる人、いたじゃないか。何度もお世話になるのは心苦しいけれど。


「モバイルバッテリー? いいよ、別に貸しても」

「ありがとうございますぅぅぅぅぅぅ!」


 ユキちゃんは嫌な顔せず、モバイルバッテリーを貸してくれた。これで復活したスマホで道を調べられる。ところがユキちゃんは難しい顔をする。


「でも歩きながら地図アプリ見るよね? 十分な充電する時間ないかも。ねえ、お父さん。案内してきて良い?」

「もうボチボチ店じまいだし別にいいよ」

「え、さすがに悪い」


 あたしは断ろうとするもユキちゃんは静かに首を横に振る。


「ホントはね、もっとお話したいって思ってたんだ。だから、最後に話せる機会ができて実は嬉しいんだ。ほら、行こう?」

「あ」


 ユキちゃんはあたしの手を取ると会場の外に連れ出した。空の色は徐々に青から変わりつつあった。


「荷物、持つよ」

「悪いよ。重いし」

「なら尚更。病み上がりなんだから。大丈夫。ボク、今日一日座ってただけだから結構元気なんだ」


 そう言って強引にあたしからリュックを取り上げる。うぅ、申し訳ないなぁ。でも元気だというのは本当みたいで、歩幅も広く付いてゆくのがやっとだ。それに気が付くとユキちゃんは歩調を緩めてくれた。


「ごめん。早かったよね」

「ううん。歩調合せてくれてありがとう。でも格好の割に歩くの早いんだね」

「ああ、この格好? ボクも初めて着たんだよ。お父さんが、客寄せのタメに着ろって。嫌になっちゃうよね」


 ユキちゃんはとっても不服そうだ。


「すごい似合ってるのに。でもだったら普段、どんな格好してるの?」

「一緒だよ。ジーンズにTシャツとか」

「都会の子ってもっとお洒落してるのかと思った。あ、でもユキちゃん何着ても似合いそう」

「ユ、ユキちゃん?」


 ユキちゃんはあたしの呼び方に驚いていた。


「名前、ユキちゃんじゃなかった?」

「ユキ、で合ってるよ。でもちゃん付けはイヤかな。呼び捨てがイイ。そういえば君の名前聞いてない」

「わかった、ユキ。あたしはね、郁」

「イク。うん、イクだね、わかった。カクヨムのアカウント名も?」

「うん。イクで登録してる」

「名刺にアカウント書いてるから、絶対見に来てよね。感想聞かせてよ」

「うん。絶対。ユキの他の作品も興味あるし。でもな、あーあー。妬けちゃうな」

「何が?」

「ユキが。あんな素敵な文章書けて。フリマで本にして実際に打ってお金貰ってさ。あたしも小説書いてるんだけど、だいぶ先を進まれちゃってるなーって」

「え、そうなの? イクの小説、ボク読みたい。投稿してる?」

「ううん」

「え、勿体ない。読みたい読みたい。投稿してよ?」

「笑わない?」

「笑わない。約束だからね」


 まだ自分の小説を公開するのは心配だったけど、ユキが読みたいと言ってくれた事が嬉しくて、投稿することに乗り気になった。


「それにイクはボクの事妬けるっていうけど、ボクだって妬いてたんだからね」


 そう言ってユキは拗ねた表情を作る。


「何かあったけ?」

「ボクの本買った後、隣りのブースでデレデレしてたでしょ? あーいうのが好みなんだ?」


 あたしはユキのその子供っぽい態度に苦笑いを浮かべる。


「だってあたしの最推しだし。それにずっと書いてるベテランさんだよ?」

「いーや。それでも許せないね。決めた。イクの最推しにはボクがなるよ」

「おー言ったな? その前にあたしの方がユキをメロメロにさせちゃうね」

「なにをー?」

「やるかー?」


 それからはずっと他愛無い話ばかりしていた。でもそんな時間もあっという間だ。目的地が見えてきた。


「ユキと話してるの、楽しぃ」

「うん、ボクもイクと話すの楽しいよ」

「同じ学校だったら良かったのに」

「ホントにね」

「きっと親友になれたと思う」

「親友?」

「うん。きっと。フフフ、でも異性だったら大変だったろうな。もう、男だったら絶対あたしユキに惚れてたもん。ユキ、綺麗だし話してて楽しいし優しいし。毎日ドッキドキだったろうなぁ」


 あたしはそんな日々を夢想してクスクスと笑った。一方、ユキは足を止めた。


「ユキ? どうしたの?」


 あたしは振り返る。


「ふーん……逆は?」

「え?」

「ボクが男でも、イクは惚れてくれる?」


 振り返った先のユキは、その端正な顔に挑発的な表情を浮かべていた。そしてあたしに一歩詰め寄る。すぐ間近に、ユキの顔がある。


「どうなの?」

「え、え、え? えーと、え!?」


 混乱してるあたしを余所に、くるりと笑顔に切り替わったユキは持ってたリュックをあたしに返した。


「なーんてね。それじゃ、ココでさよならだね。次は普段の恰好してくるよ。だからまた、会おうね。絶対だよ!」

「う、うん。また」


 圧倒されたあたしは辛うじてそれだけ返事した。そうしてユキは大きく手を振ると走ってビッグサイトに戻って行った。一方あたしは、またもや地面にへたりこむ。胸を押さえると未だに胸がドキドキしてる。え? ユキ、結局どっちなの? 女? 男?

 ただ、一つだけあたしは強く思った。


 都会っ子ってば、やっぱり恐い!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ