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彼ノカクシゴト



「折角のゴールデンウィークだってのに!」

「だから、ごめんって。別の日だったらいつでもいいけど。お願い、3日と4日は勘弁して」

「ウー、遠出デートしたかったのに……。その日は何があるの?」

「イベントに参加する予定なんだよ」

「え、だったらいいじゃん。私、一緒に行くよ」

「あ、いやダメだ」

「えぇ? なんで?」

「あ、いや……」


 キョウヘイはあからさまに目を逸らした。


「……文学フリマって言うんだけど」

「フリーマーケット。いいじゃん。アクセとか小物とか好きなの知ってるでしょ? 一緒に見て回ろうよ。何が問題なの?」

「小説とか、本しか売ってなくても?」

「え。本だけ?」

「そ。本だけ。マンガもないよ」

「えー。そんなの本屋でいいじゃん」

「プロじゃない人が売ってるんだよ。だからそこでしか読めないんだ。ウラノが活字苦手なの知ってるし。一人で行ってくるよ」

「むーぅ」


 確かに私は本が苦手だ。マンガも得意じゃない。文字を目で追うだけで頭痛がしてくる。一方キョウヘイは本の虫だ。部屋にはいっぱい本がある。そういうところが憧れるというか読んでる姿は格好イイというかその、好きなところでもあるのだけど。でもそうか。本のイベント。数時間もいたら気持ち悪くなりそうだなぁ。

 代わりに5日は一緒に遊びに行くということで、私は渋々了承したのだった。


 そして4日の11時過ぎ。私はゆりかもめ線の東京ビッグサイト駅に降り立った。朝は降りそうだった空模様も今は時折青空も見えている。気温は少し暑いぐらいか。黒のガウチョパンツに白いタンクトップと黒シガーシャツという恰好で、ちょっと寒いかなと思ってたから正直助かった。

 ちなみに一人である。なぜ一人、私はビッグサイトに現れたか。キョウヘイが嘘をいたからだ。3日4日と2日間イベントだから会えないと言ってたが、あれから私は調べたのだ。文学フリマは4日しかやってない! しかも午後だけ!

 これはアレだ。浮気とは言わないまでも後ろめたい何かがあるに違いない。どうも文学フリマに参加する事自体は本当らしいので、直接会ってとっちめてやるのである。

 そういう決意の元、駅からビッグサイトに向かって歩いた。しかし人が多い。ゴールデンウィークだと思ってモノレールの混雑も納得していたが、みんなビッグサイト駅で降りる。ズラズラと、皆ビッグサイトに向かって歩いている。

 ただビッグサイトに着いて納得がいった。なんだ、他にイベントやってるじゃん。カードゲーム祭に例大祭……例大祭って神社のお祭りだよね? ビッグサイトの中に神社があるの? 博麗神社……そんなのあるんだ。いやまぁ、ともかく。ゴールデンウィークだし色んなイベントがあるんだし人が多いのは仕方ないよねと納得して文学フリマの会場を目指した。

 お。中央にデカデカと看板発見。ウェブサイトにも掲載されてた探検家風の3人のイラストだ。右に行けとある。看板に従って進む。すると進んだ先で見慣れた後ろ姿を発見した。いた! キョウヘイだ。コンビニの袋を提げたキョウヘイはこちらに気づかずに受付で手首に巻かれた赤いリストを見せると中に入って行った。

 私も後を追おうと思ったが、そういえばまだ入場チケットを買ってなかった。悔しいけれど諦めて当日券販売の列に並ぶ。……30分前だよね? 既に10mぐらい並んでるんだけど? 急に不安を覚えた。やっぱり人多いんじゃ? いや。待て待て。当日券の列は並んでるが周囲は混雑してない。ココだけだ。買えたらすんなりと入れるハズ。それに、ほら、窓口は4つあるから列はスルスル進んでいく。

 窓口のお姉さんに電子マネーで1500円支払うとレシートと青い紙の帯を受け取る。この帯が入場チケットらしい。私はその足で受付に向かい建物の中に入ろうとする。すると、受付で止められた。


「最後尾に並んでください」

「最後尾?」


 受付のお姉さんが指差す方角に目を向ける。建物があるだけで列はない。私はキョロキョロしながら指差した方へ歩いてく。するとまた文学フリマの看板があった広場に戻ってきた。そして。


「長っ!」


 ウソでしょ? まだ30分前なんだよ? それなのに既に10何メートルも人が並んでるの!? 横4人ぐらいで並んでるから、えーと、えーと、ともかく既にたくさん並んでいた。しかも私の後ろにももう何十人か並んでいる。ウソでしょ? マンガならともかくプロでもない人の書いた小説目当てにこんなにも人が集まるわけ?

 私は急に心配になった。こんなたくさんの中からキョウヘイを探し出す事ができるだろうか。もっと小規模なイベントだと私は思っていたんだ。もう止めとこうかなと思い始めたところでふと思い出す。なんでキョウヘイ開始前に入れたんだ? それに。私は手元でベシベシはためく青い帯を見つめる。私のは青。でもキョウヘイのは赤かった。

 ……キョウヘイ、出店してんの!? だったら準備もあるし前日から忙しかったかな。でも何で私に黙ってたかなぁ。教えてくれてもいいのに。水臭い。

 さて。でもなら、キョウヘイはずっと販売ブースから移動しないハズだよね。しらみ潰しに回って行けば必ず見つかるハズ。そう思って入場できるのを待った。しかし風が強いな! 寒くはないけど潮風がベトついて気持ち悪いし、髪が乱れてすっかりボサボサだった。早く中に入りたい。

 待っている間にも列は後ろに伸びていく一方。開始時刻の12時を待たずに案内されてるみたいだったけど今じゃ2つ折り、3つ折りまでになっていた。周囲を見渡す。この人たち、みんな本が好きなんだろうなぁとそういう気持ちでそれぞれの人を見ていく。色んな人がいた。女性も男性もいて、ダサい格好の人もいればお洒落な人もいて。気難しそうなオジさんがいれば、中学生ぐらいの元気のいい女の子もいた。ちょいちょいゴスロリの年齢不詳お姉さんがいる。あー、あの人すごいピアス開けててすごい。ふとアロハシャツのオジサンと目があった。ニヘラと気まずそうに笑うとすぐ視線を外した。


「前に進んでくださーい」


 スタッフの方の指示に従い、受付まで歩いていく。青い帯を確認すると今度は止められなかった。

 シールを剥がしてチケットの青い帯を手首に巻きながら連絡通路を抜けていく。動く歩道は混んでいたので歩く事を選び、人々を追い抜いていく。

 通路を抜けるとパンフレットが置かれていた。折角なので拾っていく。その後3つほどエコバッグを手渡される。企業からの配布みたいだ。ちょっとお得感がある。私には関係ないけど、たくさん購入する人にはありがたいんじゃないだろうか。

 更に進むと長いエスカレーターがあった。下は南1・2。上は南3・4。どちらでも文学フリマの会場らしい。え、やっぱり広くない? しばし迷う。迷った末、上を選んだ。今ならまだ上は少ないに違いない。長いエスカレータを昇る。入り口は二か所あったが手前は出口専用らしいので奥まで進んで入る。

 うわーっ。広っ!!入った私は圧倒され足を止めた。折り畳みテーブルとパイプ椅子がずらりと並んでいる。天井は高くて開放感があった。既に先に入場してたお客さんがテーブルの間を縫うように歩き回っていた。

 後ろからぞくぞくとお客さんが入ってくるので脇に避けると、今後の行動について考える。私の目的はキョウヘイを探す事であって本の購入じゃない。だから端から端まで歩き回る必要がある。なら、ひとまず奥に移動する。一番奥に行くと、試し読みコーナーがあり、お客さんが思い思いに閲覧していた。なるほど。絵とかと違って読まないと好きか嫌いかなんて分からないもんね。色々考えてるんだなぁ。

 そんな事を思いながら壁際からキョウヘイがいないか確認していく。


「こんにちわー」

「あ、どうも」

「良かったら、少しだけでも~」

「あ、大丈夫です」


 各ブースの前を通るたびに挨拶と、アピール。ニヘラと愛想笑いを返すけど、一列終わる頃には……。


「はぁー……」


 気疲れした。まあ、そうだよね。買って貰いたいし知って貰いたいもんね。うん。分かる。分かるよぉ。……落ち着いて見て回りたい。切実に。善意な分、前を通り過ぎる度に声を掛けられると罪悪感が薄っすら刺激される。でも、時間が。時間は有限なんだ。ゴメンよ!

 しかし、疲れた。一旦壁際に避難して一休みする。

 そういえば、壁際に設置されたブースは人が並んでいた。なんだろうと思ったけど、社名とかも見えたからプロの作家さんなのかもしれない。そういう人も来てるんだなぁーと感心した。まあ、本を読まない私からしたらやはり知らない人なんだけども。それと、一列確認したけど、エッセイばかりだった。もしかしてジャンル毎に固まってるのかな? まあ、キョウヘイが何を売ってるか知らないから虱潰しなのは変わりないけど。ふぅー。よし。ちょっと回復してきた。そんじゃ次、行ってみようか!


 まじキョウヘイ見つからん。今、このフロアの半分ぐらいを見て回ったのだけどマジ見つからん。ようやくエッセイのエリアは過ぎたかな。多かったーエッセイ。女性が多かったと思う。そういう意味では無駄骨だったのだけど。色んな作者がいた。ゴスロリだったり、見た目に配慮してなかったり、普通だったり、お洒落さんだったり。年齢も幅広かったし。熱心に声を掛けてきた人もいるし、商売っ気なく無関心に本を読んでた人もいたし。

 作家といっても色んな人がいるんだなーと思ったものの、それもそうかーと当たり前の事を改めて認識したり。しつつも、やっぱり疲れた。また、壁際で人混みを避けて休憩する。他にも壁際で足を止めてる人はたくさんいて、みんな考えてる事は同じようだった。

 と、そんな中一人気になる子がいた。中学生ぐらいの女の子なのだが、顔色が明らかに悪い。へたり込んで持っていた水のペットボトルをちびちび飲んでいる。


「大丈夫?」


 声を掛けると青い顔をこちらに向けた。


「あ、はい。大丈夫です。ちょっと休めば平気です」

「無理しちゃダメだよ? 辛かったら出た方がイイって」

「大丈夫です……」

「うーん。ちゃんとお昼ご飯食べた?」

「あ、いえ」


 それだ! 私は手持ちの飴とクッキーを彼女に全部手渡す。


「食べて」

「あ、いえ」

「いいから食べて!」

「あ、はい」


 キツめにいうと、ようやく彼女はクッキーをひとつ食べてくれた。


「あ……」


 体感として、気持ち悪さが改善される実感があったのだろう、硬い表情が少し和らいでいく。


「気分、よくなった?」

「はい、だいぶ」

「それ全部食べて。ホントはちゃんとしたご飯がいいんだけど。ダメだよ、育ちざかりなのにご飯抜いちゃ。それじゃなくても人が多くて気分が悪くなりやすいんだから」

「ありがとうございます」


 ペコリと彼女は頭を下げる。


「ん。楽しみにしてたイベントなんでしょ? 折角だったら楽しかった思い出にしようね。じゃ」


 私はそう彼女に告げるとまたキョウヘイ探しに向かった。




 見つけた!

 遠目だけど分かった。キョウヘイだ! お客さんと何やらにこやかに話している。ようやく見つけて安堵した私はすぐさまキョウヘイに駆け寄ろうとして……足が止まった。

 良いんだろうか、私。だって内緒にしてたんだよ、私に。知られたくないんじゃないの、キョウヘイは。それなのに私、押しかけていいの? それは詳しい事情を話さなかったのはキョウヘイの方だったけど。別に私を裏切るような事をしてた訳じゃないんだし。もう、このままでもいいじゃない。そう思えてきた。楽しそうにお客さんに自分の本を手渡してるキョウヘイを見てるとそう思えた。それは私に見せた事のない笑顔で、それはちょっとだけ胸の奥をキュっとさせたけど。

 その一方で不公平に思う。彼はどんな本を売っているのだろうか。私の知らない彼があの本の中には綴られている。それを私以外の誰かがお金を払って知っていくのである。それは不公平に思う。まず彼の事を一番知っているのは私でありたいと、独占欲が湧いてしまった。……お願いしたら、彼の本を読ませて貰えるだろうか? ムリかもしれない。わざわざ私に隠したのだから。そこで私は一計を案じた。


 私は彼のブースの前に行くと、予備動作なく最短で本を取り、財布からお金を取り出して彼の前に無言で差し出した。


「え。あ。ありがとうございます、お買い上げで……」


 彼は言葉に詰まった。まあ、当然である。今私は、キャップに髪を全んぶ納めて、サングラスと黒いマスクを装着してるのだ。だいぶ怪しい。もしかしたら必要になるかもと見た目を変える道具も準備していたのだ。でも、待って欲しい。私は怪しいが怪しいのは私だけじゃない。さっき見たもん! 私より何十歳も年上そうなゴスロリファッションの男性とか! 私なんて大したことないって!


「何してるんだ、ウラノ?」


 普通にバレてた。お金も本もその場に置いて、走り出す。恥ずかしくて死にそう。何やってんだ私。よく分からないまま、それでもココには居られなくて走って逃げだした。人にぶつかりながらも、合間を縫って出口を目指す。

 連絡通路を走り抜け、もうすぐ受付を越えられるというところでパシッと腕を掴まれた。


「急に逃げんなよ」


 息を切らしたキョウヘイは、私に振り向かせると真剣な目で私を見ている。


「万引きですか?」


 スタッフが声を掛けてきた。確かにやっている事は万引きと変わりない。


「いえ、彼女です」


 キョウヘイは私の事を周囲にそう宣言した。そして「ご迷惑おかけしました」と頭を下げる。ホント、何してるんだ私と情けなくなった。

 連絡通路で座れるスペースを見つけると、キョウヘイは私を座らせた。


「で。何で来たんだ?」


 私は洗いざらい吐き出す。キョウヘイを疑って会いに来た事。誤解は解けたけど、書いた本が気になってバレないように買おうとした事。


「ハァ」


 キョウヘイがため息をつき、それに私の肩がビクリと震える。


「怒った?」

「いや。でも。興味あるの?」

「うん。できれば。ダメ?」


 キョウヘイは渋る。


「怒らない?」

「え。怒るような内容なの?」


 キョウヘイは迷っていたようだけど、私の手を引くとブースに戻ってきた。

 隣りのブースの中年男性と……娘さんだろうか中学生ぐらいの、モノトーンのゴスロリ服を着た女の子が私たちに好奇の目を向けてきた。


「留守の間、店番ありがとうございました」

「いやいや、困った時はお互い様だから。それで、無事解決したのかい?」

「はい」


 彼らに頷くと、キョウヘイは自分のブースのパイプ椅子を私に促した。私が座ると目の前に冊子を置いた。


「いいの?」

「いいよ」


 そう答えるとキョウヘイは接客に戻った。店の前を通る通行客に声を掛けていく。それを尻目に私は冊子を捲る。新品の紙特有の固い弾力。1ページ目を開く。活字を目がなぞっていく。読み慣れていないので時間が掛かると思ったが、キョウヘイの言葉だからだろうか、意外とスムーズに体に染み込んでいった。


「こんにちわー。また来ました」

「あ。いらっしゃい。また来て頂けて嬉しいです。新刊ありますよ」

「もちろん、それ目当てですよー?」


 お店に訪れたのは私より少し下ぐらいの若い女性だった。《《また》》というからには以前からの知り合いなのだろう。そのカワイイ女性が私に気が付いた。


「そちらの女性は?」

「ああ……彼女です」


 キョウヘイの返答の歯切れが悪い。表情も、如何にもマズいものが見つかったという顔をしている。彼女に私が見つかってマズいことでもあるのだろうか。

 続けて彼女は嬉しそうに言う。


「やっぱり! じゃあ、モデルの?」

「いえ。そういう訳じゃないですよ」


 キョウヘイは引き攣った笑顔で答えた。その返答に女性は不満そうにしながらも新刊を買って去って行った。不思議なやり取りだった。


「今の何?」

「何でもないよ」


 とはぐらかされる。気にはなったが答えてくれそうになかったので本の続きを読み進めた。すると、徐々に事情が分かってきた。


「……ねえ、キョウヘイ?」

「はい」


 キョウヘイは申し訳なさそうに項垂うなだれていた。


「《《これ》》を売ってるの?」

「はい……」

「私を殺す気か!?」

「ごめんなさい!」


 書かれていたのは恋愛小説で、とても甘い内容で、そして、そして。身に覚えがあった。ヒロインの女の子は、そりゃまあ、私とは全然違った。けれどもその行動、その発言に、いちいち思い当たる節があるのだった。

 そして、それに対し囁かれる甘い言葉。そっちには覚えがない。


「よくもこんなの思いつくわね!」

「ウラノといると思いつくんだよ!」

「こんな甘い言葉、言われた事ない!」

「心の中ではいつも思ってた!」

「言えよ!」

「やだよ! 恥ずかしい!」


 なんでそんな恥ずかしい言葉を彼女には言わないで他人には売ってんだよ!?思わず呆れてため息が出た。


「もう書いちゃ、ダメか?」


 叱られたばかりの犬みたいな顔で聞いてきた。


「ダメ、じゃないよ。でも書いたらまず私に読ませて」

「……小説、苦手でしょ?」


 うん。活字は苦手。でも君の事で私が知らないで他人が知ってるのはイヤ。だから我慢して読むよ。読むたびに身体が熱く火照って顔を真っ赤にしそうだけどさ、今みたいにさ。


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