第16話 失われたティーカップ事件!? 探偵部、お茶会の危機ですの!
聖ルミナス女学院のティーサロンは、いつだって上品で平和だ。
磨き上げられた銀のトレイ、レースのクロス、そしてガラス越しに差し込む午後の光。
——なのに、今日はその空気がガラガラと崩れた。
「たいへんたいへんたいへん〜〜〜っ!!」
悲鳴交じりに駆け込んできたのは、ティーサロン担当の上級生、久遠院あやめ先輩。
ふわりと香るダージリンと同じくらい、気品の香る三年生。
だが今は気品どころではない顔をしている。
「探偵部の皆様、お願いですわ……っ! ティーカップが消えましたの!!」
「カップが……?」
「よりによって、週末の『招待制アフタヌーンティー』で使う“ペアセット”の片方が!
あれがないと、セッティングが崩壊しますのよ!」
うろたえる先輩の手が震える。
真白はすかさず紅茶を差し出し、優雅にうなずいた。
「落ち着いてくださいませ、久遠院先輩。ティーカップ救出作戦、この鷺ノ宮真白にお任せあれですの!」
「風がささやいてる……“香り高い事件”……」
「事件でも紅茶の香りを嗅ぎにいかないで、しおり」
こうして探偵部一行は、ティーサロンの“現場”へと急行するのだった。
⸻
ティーサロンは、白を基調にした清潔な空間。
壁の棚には、季節ごとに入れ替わる高級ティーカップのペアが整然と並ぶ……はずだった。
「ここですの。三段目、右から二番目——“ルチェンテ・ロジーナ”の右カップが消えていますの」
空いたスペースに、きれいな“楕円形の空虚”。
左のカップはある。右だけ、ない。
「これは……蒼磁に金彩。手描きの葡萄唐草……」
雪がそっと覗き込み、うなる。
美術品というより、もはや宝物だ。
「価値は?」
「市場に出たら軽く六桁いくと思う」
「六桁ぃ!? お茶どころか私が震えますの!!」
久遠院先輩が必死に説明を続ける。
「お昼の片付けが終わって、貸し出し棚を磨き、在庫を点検——その時は揃っていました。
その後、わたくしは厨房でスコーンの試焼きをしていて……戻ってきたら、片方だけ消えていたのです」
「時間は?」
「正午すぎに点検、消失に気づいたのが十三時三十分」
「風が言ってる……“昼休みの終盤”……」
「たしかに、動ける人が多い時間ね」
私たちは手分けして現場保全。
真白は棚の周囲、雪は床、茜はカウンター、しおりは裏口を確認する。
まず、雪がしゃがみ込み、小さなハンカチで光の反射を確かめた。
「ここ、床に紅茶のしずく。点々と——三滴。カモミールの香り……ハチミツ入り?」
「すご、鼻まで優等生」
「いえ、匂いで種類を特定してるのはしおりだと思うけど」
「風が言ってる……“蜂の夢”……」
「詩的にすんな」
茜がカウンターの角で指を立てた。
「こっちはトレイの輪ジミ発見! 直径は小さめ。ペアの“片方だけ”をのせたなら、このくらいになる!」
真白は棚の木枠の縁をそっと撫でる。
「埃の“切れ”……カップを抜いた時に、右側だけ縁の埃が拭われてますの。
それと——棚の下のレースクロス、繊維が一本浮いてますの」
「ほんとだ。白じゃなくて、生成。棚のクロスは純白だから、別布からの移動よね」
私は繊維をピンセットで摘み、小袋に入れた。
(あとで家庭科室の顕微鏡……いや、しおりの私物ルーペで十分か)
裏口の方から、しおりの声。
「裏口……鍵はかかってる。合鍵は、サロン責任者の久遠院先輩と、給仕当番の上級生、あとサロン職員の三人だけ」
「職員さんの出入りは?」
「今日の昼は休憩で外出。戻りは十四時半だって」
——となると、**内部(校内)**の誰かが、昼休みの終盤に持ち出した可能性が高い。
久遠院先輩が、わずかに顔を曇らせる。
「実は……一つ、気になることが。
昼休みに、見慣れない制服の子がショーケースをじっと覗いていて……。
リボンの色が“うちの高等部”と微妙に違ったような……」
「転入生? それとも外部の来訪者?」
「うち、“姉妹校”の見学が時々あるじゃない。似た色合いなら見間違えもある」
私は棚の“空白”と、残った左カップの持ち手の角度を見比べた。
「……これ、左右で“持ち手の向き”が反転デザインなんだ。
右カップの持ち手は外側に張り出すタイプ。片手でトレイから素早く抜きやすい」
「つまり、慣れた動きで抜かれた可能性がある、ってこと?」
「うん。ティーサービスの動作に慣れてる人。給仕経験者か、サロン常連か」
茜が「むむむ」と唸りつつ、厨房側を覗く。
「先輩〜、お昼に使った茶葉の種類、一覧ってあります?」
「ええ、記録がありますわ。カモミール&ハニーは“お試しメニュー”で本日限定でしたの」
「さっきの“しずく”と一致……。犯行時刻付近に“カモミール&ハニー”を飲んでた人の動線が怪しい!」
私はホワイトボード(持参)にさっとまとめる。
•時刻:12:00点検→13:30消失確認
•痕跡①:床にハチミツ混じりカモミールの滴(三滴)
•痕跡②:小径トレイの輪ジミ(単品運搬)
•痕跡③:生成色の繊維(棚布とは別)
•条件:内部者/ティーサービス動作に慣れ/昼休み終盤に動いた
「ここまでの条件に合う人、当日の給仕シフトと来店者リストを照らし合わせれば、かなり絞れます」
「風がささやいてる……“蜂蜜と糸を追え”……」
「詩のタイトルみたいだな」
久遠院先輩が帳面を差し出す。
「本日の来店者リストと、セルフ席の伝票。カモミール&ハニーは……四名様」
「四名。うち二名は常連の上級生、席は窓際、動線は棚から遠い。
残る二名が、カウンター横の棚近くの席」
「その二名の特徴は?」
「一人は陶芸部の一年生。もう一人は姉妹校の見学者で、受付に名簿が」
陶芸部——“割れ物に慣れている”人種だ。
もう一方は“見慣れない制服”に一致。
真白がくいっと顎を上げる。
「では、我々は二手に分かれますの!
わたくしと茜で陶芸部へ。雪としおりは受付で姉妹校の来訪記録を!」
「風がささやいてる……“割れやすい方から片づけろ”……」
「それは言い方!」
私は残った手がかりをもう一度見回し、ふと棚の隅に目を止めた。
「……この“空白”の幅、微妙に細い。
右カップは左より外側に張り出す分だけ幅を取るはずなのに、“すっと抜けた”跡になってる」
「つまり?」
「薄手の手袋を使って持ち上げた可能性。素手だと持ち手に触れて“脂”がつくし、狭い棚で角度を作りにくい。
——生成の繊維、軍手じゃない。“薄い綿の作業手袋”系」
「やっぱり陶芸部くさいですの〜!」
甘い香りの漂うサロンで、私たちは一斉に立ち上がった。
ペアは片方では価値を失う——けれど“片方”にも、きっと持ち去った人の理由がある。
探偵部、出動。
スコーンが焼ける音を背に、午後の日差しの廊下へ踏み出した。
◆A班(真白&茜)— 陶芸部アトリエ
美術棟の一階。土の匂いと静かな水音。
放課後の陶芸部は、ろくろの低い唸りが心地よく響いていた。
「ごきげんようですの。探偵部ですの〜」
「部長、声がでかい。土がビクッてする」
出迎えたのは一年生らしい小柄な子。前髪をピンで留め、生成色の薄手手袋を外している最中だった。
「……あの、用件は?」
「今日の昼、ティーサロンにいらしてました?」
「……はい。カモミール&ハニー、気になって」
「当たりですの〜。それで質問ですの。薄い綿の手袋、いつも?」
「はい。素焼きの釉薬がつくと手荒れするので」
……生成色の繊維。
真白と茜がちらりと目を合わせる。
アトリエの片隅、作業台には白いカップの胴体が何個も並び、
スケッチブックには取っ手の曲率が何度も描き込まれていた。
「それ、コンテスト?」
「学園祭の前哨戦で、“双”がテーマなんです。
左右で“同じようで違う”を、どう成立させるか、ずっと悩んでて……」
茜が素直に感心してうなずく。
「だから、棚の“ルチェンテ・ロジーナ”を見てたんだね。左右で持ち手の角度が反転してるから」
「はい。……曲率と重心のバランスが“完璧”で。
**本物の“ペア”**って、こういうことなんだって、胸がぎゅっとして」
そこで、真白がテーブルの小径トレイに目を止める。
輪ジミが、サロンで見たものと同じ直径。
「このトレイ、サロンのと似てますの」
「え、これは百均です……。昼はサロンでセルフ席に座って、飲み終わったあと棚の前まで行って……」
「その時、右カップを?」
「……触ってません。怖くて。
でも、写真は何枚か……」
言いながら、彼女はスマホを差し出す。
そこには棚のカップが両方映っている。時刻は12:52。
——この時点では、まだ揃っていた。
茜が次に、作業台の端のハンドクリームを指さした。
「それ、蜂蜜の匂いするやつだ」
「はい。手荒れに効くんです……。サロンで飲んだのもカモミール&ハニーで、
席から立つときにちょっとこぼしちゃって……。三滴くらい。ごめんなさい」
——床の滴、三滴。
一致する。
「最後にもう一つ。昼休み終盤、棚の前で誰か見ませんでした?」
「……見慣れない制服の子。リボンが、私たちと微妙に違う色で。
しかも、手には白い布袋。あれ、陶器運ぶ時に使うのと似てて……」
真白がうなずく。
「とても有力な証言ですの。感謝しますの!」
「わ、私、盗ってません。触ってません。
……でも、羨ましかったのは本当。あんな“完成されたペア”、自分でも作りたくて」
真白は少し柔らかい声を落とす。
「“羨ましさ”は、前へ進む燃料ですの。
——でも、人のものは人のもの。そこは、ね?」
「……はい」
◆B班(雪&しおり)— 受付・守衛室
姉妹校の来訪記録は、受付名簿と守衛の入館端末に残る。
私たちは時間帯を絞って検索した。
「12:40〜13:20の間に、姉妹校“セント・フローレンス女学院”の一年生、二名入館。
目的は“校内サロン見学”。同行教員なし、構内案内は生徒会の当番が担当」
「風がささやいてる……“二つで一つ”」
「二名で“ペア”。偶然にしては出来すぎね」
名簿の写しを受け取り、生徒会室で当番の日誌を確認すると、
引率したのは生徒会書記・風香(常連のあの子)。
彼女はすぐに事情を思い出した。
「二人とも綺麗な子だったよ。色の薄いリボンだから、うちとは見分けつく。
サロンでペアカップの棚を指して、すごく楽しそうに話してた。
——あ、片方だけなら持ち歩きやすいねって、冗談で言ってた」
「冗談で」
「……冗談“だったら”いいんだけど」
私は、チクリと胸が嫌な予感で刺されるのを覚えた。
“片方だけなら”——まるで犯行を要領よくする合言葉みたいだ。
「二人は、どこへ?」
「帰りは正門から普通に出たよ。手荷物も小さな布トートだけ」
布トート。
生成の繊維が一筋、棚に残っていた。
「風香、もう一つ。午後の出入り記録で“戻り”があるか守衛端末で見られる?」
「OK……うーん、13:25に一人だけ“再入館”の履歴がある。
理由欄は空白——当番のチェック漏れ、かな……。
名前は……姉妹校の片方。もう一人は戻ってない」
しおりと目が合う。
“片方だけ戻った”。“片方だけ無い”。
——嫌な対称性。
私は即座に端末に打ち込み、ティーサロンへダッシュの連絡を入れた。
雪『犯行は姉妹校の一人の可能性濃厚。13:25再入館→すぐ退館の形跡。
右カップは“片方だけ運びやすい”設計。生成の布繊維=布トート/薄手手袋の可能性。
いま守衛に持ち物検査の可否確認中』
真白『了解ですの! サロン側も再確認入りますの!』
◆ティーサロン再集合
私たちが戻ると、久遠院先輩はレジカウンターの引き出しをひっくり返し、貸出ノートや置き忘れ箱を総チェックしていた。
「見つかりましたの?」
「置き忘れには無し。
ただ——伝票の裏に、小さなメモが……」
それは、おそらく姉妹校の子の字で書かれた短い文だった。
レモンの香りが薄く残る紙。
『右は、“わたし”。
左は、“あなた”。
ふたりでひとつ。——完成させたい。』
真白が目を細める。
「“ふたりでひとつ”。ペアを完成させたい——
盗難というより、“作品の部品”として扱った可能性が濃厚ですの」
「作品?」
「陶芸じゃない別の分野かもしれないけど、
“完成のために片方を必要とした”——動機の輪郭は見えましたの」
しおりがハタと振り向く。
「ねえ、姉妹校側の下校バス、14:00出発だよね。
13:25に一人だけ再入館して短時間で退館。
その間に“右カップ”をどこかに一時保管した可能性は?」
「校内でいちばん“割れ物を安全に置ける場所”——」
「理科準備室か、被服室(家庭科)のロッカー」
私は生成の繊維を見つめる。
——被服室だ。
「行こう」
◆被服室ロッカー
静まり返った被服室。
ミシンの列、アイロン台、そして壁際の個人ロッカー。
姉妹校の訪問生は、一時的にゲストロッカーを使用できる。
管理簿に目を通し、該当時間帯の使用番号を特定。
鍵は事務から返却済みだが、中は——
「……軽くレモンの香り。サロンの紙と同じ」
ロッカーの底、柔らかいフェルトが敷かれ、繊細なものを置いた跡の浅い円。
直径は——棚の空白と一致。
「ここに、置かれていた」
「でももう、無い」
——ということは、持ち出された。
いつ? 誰が?
守衛端末のログと突き合わせる。
姉妹校の一人はその後再入館の履歴がない。
だが、うちの生徒が13:40〜13:50に家庭科室へ入室した記録がある。
名前は——
「東雲レイナ(図書委員長)」
真白と茜が息を飲む。
私は慌てて電話をかけた。
雪「レイナ先輩、今どこですか」
レイナ『図書室。あなたたちも来てくださる? “ペアの正体”、おそらくわたし、分かりましたの』
ティーサロンから図書室へ、私たちは走った。
紅茶の香りは背後に、推理の輪郭は前方に。
“右”と“左”が離ればなれのままでいる時間は、もう終わりにしなくちゃ。
図書室の奥、陽の当たらない閲覧席。
そこに東雲レイナ先輩が座っていた。
机の上には、新聞紙に包まれた何かが置かれている。
「来ましたわね、探偵部の皆さま」
「先輩、それ……」
「ええ。“右カップ”ですわ」
新聞紙をそっと開くと、そこには間違いなくティーサロンのルチェンテ・ロジーナ。
紅茶色のしみ一つなく、ぴかぴかに磨かれている。
「犯人は——やはり姉妹校の訪問生でした。
彼女は一時的に被服室ロッカーへカップを置き、帰り際に私へ託してきたのですの」
「……なんで先輩に?」
「理由は単純。わたくしが**“校内で一番割れ物を安全に預かる人物”**だと思ったから、でしょうね。
図書委員長の立場と、“物を丁寧に扱う”評判を利用されましたの」
雪が身を乗り出す。
「じゃあ先輩はグルじゃないんですね?」
「もちろん。受け取った時点で『ティーサロンに返す』と告げましたわ。
ただ、彼女の言葉が……気になって」
レイナ先輩は視線をカップに落とし、静かに口を開いた。
「『これは完成のために必要なの。あなたたちの学校に来たのは、それを見つけたから』……そう言っていました」
「完成?」
「彼女は美術部員で、今度の姉妹校合同展に**“左右対称の茶器アート”**を出す予定らしいです。
でも、自分で作った左側と、サロンの右側を組み合わせれば——完璧な作品になると信じたのでしょうね」
真白が眉をひそめる。
「それは立派な“窃盗”ですの。どんな動機でも、やっていいことと悪いことがありますの」
「ええ。だからこそ返すと約束させました。彼女は今日中に戻ってきますわ」
そのとき——
図書室の入口から、あの薄いリボンの姉妹校生が現れた。
手には、小さな布トート。
彼女は私たちを見るなり、小さく頭を下げた。
「……ごめんなさい。
本当は、完成させたかっただけなんです。
でも、触れた瞬間に分かりました。
“これは私のものじゃない”って」
しおりが優しく問いかける。
「どうしてそう思えたの?」
「……カップが、私の手じゃなくて——この学校の空気になじんでたから。
ペアって、形だけじゃないんですね。並んでいる時間や、共有してきた想いも含めての“ふたり”なんだって」
真白がうんうんとうなずき、茜がカップを受け取る。
「分かってくれて何よりですの。
次は、自分の手で“完成”を作りなさいですの!」
姉妹校生は「はい」と小さく笑い、布トートを抱えて帰っていった。
⸻
エピローグ
翌日、ティーサロンでは無事にお茶会が開かれた。
棚にはルチェンテ・ロジーナの右と左が、いつも通り肩を寄せ合って並んでいる。
お礼として、姉妹校の美術部から——
「じゃーん! オリジナル“ペアカップ”寄贈ですの!」
届いたのは、左右で色の濃淡が違う、可愛らしい桜模様のカップ。
ティーサロンの新しい仲間になった。
そして探偵部は、久遠院先輩からふるまわれたスコーンと紅茶を堪能し——
「ふたりでひとつ、ですの〜」
「でも探偵部は四人だよ?」
「じゃあ四人でひとペアが二組、ですの!」
——相変わらずのわちゃわちゃで、事件は幕を閉じた




