第14話 理事長室の金庫が開かない!? 探偵部、封印された暗号に挑むですの!
探偵部室において、午後4時の紅茶は神聖である。
——というルールを勝手に作ったのは、部長・白鷺真白である。
「今日のブレンドはローズヒップとアッサムですの♪」
「ねえ、それ合うの……?」
部員たちが優雅に(そして騒がしく)ティータイムを満喫していたその時、
部室のドアが「コンコン」と控えめにノックされた。
「あら? ごきげんようですのー。どうぞお入りなさいましー!」
「……なんかセレブっぽくなってるけど大丈夫?」
ドアを開けて入ってきたのは、
理事長代理の補佐・春日メグミ。
いつもながら優しい笑顔の彼女だが、今日はやや困った顔をしていた。
「失礼します、探偵部の皆さん……。あの、少しご相談がありまして」
雪・真白・かれん・しおりの四人は一斉に椅子から立ち上がる。
「事件ですの?」
「いや事件じゃないにしても、“困りごと”ってことは……」
「風がささやいてる……“これは新しい謎の気配”……」
「じゃあ、また部活ポイント稼げるかも……!」
四人の目が、きらりと輝く。
「で、どうしたんですの? 補佐さん!」
「実は……理事長室の金庫が開かないんです」
「金庫!? “開かずの間”ですの!? それはもはや怪談ですの!」
「怪談っていうか、普通にトラブルじゃないの?」
補佐は苦笑しながら続ける。
「先日、理事長室の書類整理をしていたんですが……、
あの古いダイヤル式金庫の開け方がわからなくて」
「風がささやいてる……“それはロマンだ”……」
「風、最近ロマン厨じゃない?」
「理事長の手帳には、“金庫の番号は、理事長が最後に愛したもの”ってだけ残っていて……。
中には何が入ってるのかも分からないんです」
「最高に謎めいてますの!」
「ねぇ、開けたら爆発とかしないよね?」
「それはミステリーじゃなくてアクション映画ですの!」
こうして、探偵部に正式依頼が下された。
理事長室の金庫に眠る、“最後に愛したもの”とは何か——
そして、その中には一体、何が入っているのか!?
理事長室。
学院の中でもひときわ豪華な内装の一室だ。
高価そうな木製のデスクに、分厚いカーテン。
壁には歴代の理事長の肖像画が並び、
部屋の隅に鎮座するのが、例の“金庫”だった。
「おっきいですの……本当に古そうですの……」
「……ちょっとした金属棺桶みたいだね」
「風が言ってる……“これはきっと、想いを封じ込めた箱”……」
「風ポエム始まった!」
金庫は3桁のダイヤル式。手動で回すタイプだ。
「この形式って……000から999まで試すとして、最大1000通りだよね」
「総当たりはさすがに無理ですの……それに、間違えすぎるとロックされる場合もありますの」
かれんが部屋のあちこちをキョロキョロ見回す。
「理事長の“最後に愛したもの”って、なんでしょう……? 人? 物? 食べ物?」
「恋人って線もあるんじゃない? お嬢様学校で“禁断の恋”みたいな」
「それはそれでロマンですの!!」
しおりが、理事長のデスクの引き出しを静かに開ける。
「……あった、手帳。最終ページにメモが残ってる」
「なんて?」
「“三月・四月・三月”って書かれてる。……これ、月のことかな?」
「春……ですのね」
雪は理事長室の壁に飾られた写真を見つめた。
一枚の写真——春の正門前で、満開の桜の前に立つ理事長。
少し寂しそうに、でもやさしく笑っている。
「“最後に愛したもの”……それって、この桜じゃない?」
「風が言ってる……“その桜には、秘密がある”……」
「また風!?」
理事長室の奥、重厚な額縁に収められた一枚の写真。
春の陽射しの中、満開の桜の木の下に佇む理事長の姿がある。
「この写真……すごく綺麗ですの」
「春の正門前にある“あの大きな桜”だよね」
「風がささやいてる……“それが答えのヒント”……」
「風のくせにいい仕事するわね……!」
雪が写真の隅に書かれた日付を読み上げる。
「……“令和元年 三月三十一日”ってある」
「桜がちょうど咲く頃ですの」
「でも……メモには“三月・四月・三月”ってあったよね?」
「春の時期を表してる……か、もしくは番号?」
かれんが指折り数える。
「三月=3、四月=4、三月=3……で、3・4・3?」
「それだと金庫の3桁と合ってますの!」
「じゃあ、試してみよう!」
真白が慎重にダイヤルを回す——
3、4、3と順に合わせる。
「……んー……開かないですの」
「風がしょんぼりしてる……」
「どんな風よそれ」
雪は机に置かれていた別の写真に目を止めた。
理事長が何かを見上げている——その先には、葉の混じった濃い色の桜が。
「これ……“ソメイヨシノ”じゃないよ。葉っぱが混じってる。もしかして、“八重桜”……?」
「八重桜ですの? 聞いたことはありますけど……」
「普通の桜よりも花びらが多くて、遅く咲く種類。開花時期がズレてるんだよね」
「じゃあ、“三月”じゃなくて“五月”に咲く……?」
「でもメモにはあえて“三月・四月・三月”って……これは数字ではなく“音”の可能性もあるわ」
しおりが呟くように言う。
「三四三……“みよみ”……いや、“さしさ”……いや、“み・し・み”? “さ・し・さ”……」
「何その脳内迷宮?」
ふと、雪がひらめいたように声を上げた。
「……そういえば、理事長って“八重桜”にちなんで、この学園を“八重の庭”って呼んでたって、前にどこかで聞いたことがある」
「八重……“八重”って数字で言うと“8”ですの」
「じゃあ、“八重桜=8”、三月=3、四月=4……」
「もしかして、計算式……?」
真白がブツブツ言いながら、メモをメモ帳に書き写す。
「……三月(3)+八重桜(8)=11、四月(4)+八重桜(8)=12、三月(3)+八重桜(8)=11……?
いや、でも3桁じゃなくなる……」
「まって、違う。多分“八重桜”を象徴する数字は、花びらの枚数なんじゃない?」
「それっていくつぐらいあるの?」
「品種によるけど、だいたい20枚前後……」
雪が指で空中に数字を書きながら、つぶやく。
「じゃあ……
三月(3)+20=23
四月(4)+20=24
三月(3)+20=23……」
「23、24、23……」
真白がダイヤルをカチカチと合わせる。
「いきますの……! 2、3……2、4……2、3……!」
ガチャッ!
「カチッ……開いたですのーーーーー!!!」
「おおおお!?」
「風がささやいてる……“ロマンの封印、解かれたり”……!」
中には分厚い封筒と、小さなノートが入っていた。
しおりがそっと封筒を開ける。
中から出てきたのは、一枚の写真と、手紙だった。
「……あれ? この子……」
「……誰か、知ってますの?」
補佐のメグミが静かに、でも懐かしそうに呟いた。
「——理事長のお孫さんです。
海外に住んでいて、理事長が最も大切にしていた、たった一人の家族」
部屋に静けさが満ちる。
雪が、封筒に入っていた手紙を読み上げる。
⸻
最後に私が愛したものは、この学園であり、
そして彼女だった。
会うことはもう叶わぬとしても、
この場所が、彼女にとっての誇りであり続けますように。
⸻
「……」
「風が……泣いてる……」
「風って感情あるの!?」
「風にだってロマンはあるんですの……!」
静かに、桜の写真が金庫の中に戻される。
探偵部は、ゆっくりと扉を閉じた。
金庫の扉は、再びゆっくりと閉じられた。
その中には、理事長の“最後の想い”が、ひっそりと静かに眠っている。
「……理事長、ずっとこの手紙をしまってたんだ」
雪は思わずつぶやいた。
いつもの調子とは少し違う、静かな声だった。
「自分の気持ち、誰にも言えなかったんでしょうね」
と、しおり。
「でも、こうして私たちが読めて……よかったですの」
と、真白。
「なんか、わたしたち、ちゃんと“探偵部”って感じするじゃん」
とかれんは笑った。
補佐の春日メグミは、封筒を両手でそっと持ち直し、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで、理事長の遺した思いを……ようやく知ることができました」
「いえいえ。探偵部は、依頼には全力ですの!」
「風がささやいてる……“謎の先には、誰かの想いがある”……」
「風、名言言いがち」
「……あと、なんで風が探偵部の準レギュラーみたいになってるの?」
一同、思わず笑い合う。
——その瞬間、まるで風が本当に吹き抜けたかのように、
理事長室のカーテンがふわりと揺れた。
窓の外。
学園の正門前にあるあの桜の木が、優しく春の陽射しを浴びて、花びらを揺らしている。
雪が目を細めて見つめる。
「この桜、見た目は変わらないけど……、もうちょっと、特別に思えちゃうね」
「ですね……なんていうか、“知ってる”ってだけで、見え方が変わるっていうか」
「うむうむ、これぞ探偵部の真骨頂ですの!」
かれんがこっそりスマホを取り出してパシャリ。
「SNSにあげたら、“なんか意味ありげな写真”ってバズるかも」
「ダメですの!! 守秘義務ですの!! 探偵部の掟その一ですの!!」
「そんなのあった!?!?!?」
「いま作りましたの!」
「風がささやいてる……“それ、ただの思いつき”……」
「風のくせに鋭い!」
そんなやりとりが繰り広げられる中、
補佐のメグミは、手紙と写真を小さな木箱にしまっていた。
「この写真と手紙は、理事長のご家族へお渡しします」
「……それが、いちばん良いですの」
そして——
探偵部の4人は、理事長室をあとにした。
部室に戻った4人は、ティーカップを片手に深く息をつく。
「……なんだか、今日は“仕事”したって感じですの」
「これでまた部活動ポイント、加算されるかな」
「風がささやいてる……“表彰されてもおかしくない”……」
「だから風、いつから探偵部のマスコットになったの!?」
ふと、しおりが時計を見て言った。
「もうすぐ6時。そろそろ門限ですね」
「じゃあ、今日の謎解きはこれにて閉幕ですの!」
雪が立ち上がり、部室の窓を開ける。
外の風がふわりと入り込み、カーテンを揺らした。
——その風に混じって、かすかに漂う桜の香り。
雪は、ふと呟いた。
「また、いつか……この桜の木の下で、次の謎と出会えるといいね」
そして探偵部は、笑いながら廊下を歩いていった。
今日も、誰かの想いにふれて、
誰かの謎を解いて——
少女たちの学園探偵物語は、まだまだ続く。




