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【ネトコン12入賞】アキツ年代記 〜幻想世界と近代戦争〜【書籍化】  作者: 扶桑かつみ
第四部「極東戦争編(3)」

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175 「山岳要塞再び」

 甲斐達の特務旅団第1大隊は、3日ほどの行軍で大黒竜山脈の北側中央に鎮座する山岳要塞へと到着した。

 既に複線で運行されている汽車を使えば前線からでも半日で移動できるのだが、『浮舟』など特殊な装備があるので仕方のない事だった。


「思ったより賑やかだね」


「後方司令部があるし、拠点の一つだもの」


 甲斐が鞍馬が言った後方司令部に出頭している間、留守番の鞍馬は部隊の将兵の監督をしつつ、隣にいる朧と駄弁っていた。

 安全な後方の軍の一大拠点なので少し気が緩んでいる気がする鞍馬だったが、今くらいは構わないだろうと頭の片隅で思う。

 そんな雰囲気の鞍馬を、朧が周囲を眺めつつも一瞥する。


「でも陸軍の殆どは前線だよね。後方司令部って何するの? 補給の手配?」


「ええ、そうよ。ここは山だから高い場所に無線の鉄塔もあるし、方々に電信が伸びているから指示を出すのに向いているのよ。山脈の向こうの千々原、私たちが脇を抜けてきた幌梅、それに国境を越えたダウリヤ。物資を捌くための物資集積所や兵站拠点はたくさんあるから、そうした場所の情報を集めて色々と手配するの」


「事務のお仕事が多そうだね」


「書類と算盤がここの司令部の一番の武器でしょうね。でも、前線の50万将兵を支えているから責任重大よ。兵部省からも応援の事務官が沢山きていて、司令官も中将が務めているわ」


「中将閣下がねえ、そりゃあ大隊長が挨拶しないと駄目だね」


「中将じゃなくても、しばらくここに駐留するから挨拶は必要よ。でも、工兵少将とかも前線に行ったって聞いているから、前みたいに挨拶回りの必要がないのは助かるわ」

 

「だから鞍馬も、こうして駄弁っていられるわけだねー」


「一応、みんなの監督と留守番よ。大隊長が戻ったら、荷を解いて、装備の整備をししないと」


「宿は?」


「駅に近い便利な場所を割り当ててもらえる予定よ。それに落ち着いたら、千々原でまとまった休息も取れる筈」


「冬営だもんねー。でも僕は、温泉とか行きたいかなあ」


「そうよねえ。もう冬も同然だものね」


「ねえ」


 そう言い合って、既に少し白くなった山肌を二人して見つめた。




「別棟には蒸し風呂もあるそうよ」


「僕は湯船だけでじゅうぶーん」


「わたくしは、あとで行きたいと思いますわ」


 鞍馬ら第1大隊の女性高級将校は、その日の夕方山岳要塞の一角に設けられた大浴場の湯船を堪能していた。

 周りには他の女性の将兵達も一緒だ。


「それにしても、男女別なのに男女同じ広さと設備でよかったねー」


「そうですわね。ですけれど、私達は数が少ないので、男性方も十分ゆとりがあると思いますわ」


「この広さだものね。本来は一度に1個中隊200人が使うそうよ」


「僕らその1割だねー。そりゃあ広々としているわけだ」


 言いつつ朧が湯船の中で大きく体を伸ばす。それだけしても、湯船は十分にゆとりがあった。


「それに急造と言われた割に、凝った造りですわね。街の銭湯よりも贅沢に感じる装飾まで」


「宿舎の方も、春に来た時の野営地に毛が生えたのと違って、下手な兵舎よりも豪華になってたよね。将校は全員広い寝床付きの個室だし」


「寝具や他の備品も新品でしたわね。どこかのお宿にでも泊まるように感じますわ」


「料理もここの主計が力を入れてくれるそうよ」


 「ホントに?!」と思わず朧が大きく反応する。

 それに「本当よ」と鞍馬は返して続ける。


「ただし今日の夕食だけよ。とはいえ、ここに居る間は普段の兵食より質の高いものが食べられるけどね」


「オーっ。さすがは大要塞。炊事車で作るご飯も悪くないけど、本当に旅館みたいだね。しかも後方の街で過ごすのと違って、全部陸軍持ちなんでしょ。僕、ここに住もうかなあ」


「何言ってるの。休暇の間だけで、冬季装備を受領したらすぐに移動よ。それと、酒保での買い物は自腹だから、勝手に食べたりしないでよ」


「いやいや、僕そこまで駄目な人じゃないから。でも、すぐに移動なの? 部隊再編とか言ってたし、ここで春先まで冬営するんじゃあ……っ!」


 そこまで言ったところで、朧に向けて湯の飛沫が飛んでくる。その向こうには、飛沫を飛ばした鞍馬が半目がちに朧を見ていた。


「私達は蛭子。厳冬での作戦行動の訓練も受けているから、偵察任務の予定よ」


「普通の兵隊さん達では無理ですものねえ。ですけれど、蛭子だけですわよね。わたくしの第4中隊の兵達は、どこで冬営を? やはりここですか?」


 「細いことはまだ未定ね」と腕を組みつつ鞍馬が軽く首を傾ける。そうすると、組んだ腕の間から白くて柔らかく丸いものが盛り上がる。


「そのあたりはまだ未定ね。でも、長距離か長期間の偵察任務になると、後方や拠点での支援が必要になるわ」


「準備や対策は?」


「概要だけ書いた資料によれば、『浮舟』を有蓋か最低でも幌付きにして、暖房器具を大幅に増強して冬季作戦を行えるようにするとあったわね。装備の中に、この辺りの遊牧民が使う住居型の天幕とか簡易の蒸し風呂まであったわ」


「なるほど。少数だから出来る準備ですわね」


「少数じゃない人たちの冬営はどうするの? 50万人だっけ? こないだのタルタリアの捕虜と同じ数だよね。前線に街でも作るの?」


 特に気にしていない声色の朧だが、他の二人は顔を見合わせる。

 先に口を開いたのは鞍馬だ。


「塹壕を掘った近くに深く掘ってさらに地下にするのが、戦前から考えられていた厳冬地での冬営ね。地下は多少暖かいし、遮蔽して暖房器具を入れれば前線でも冬営可能という事らしいわ」


「わたくしは、タルタリアが残した貨車を利用すると、知り合いの兵站将校から聞きましたわ。それに後方から、冬営用の家屋を急造する資材を大量に輸送予定だとも。もう、大竜の港には続々と物資が陸揚げされて、鉄道でこちらに向かっているとも」


「夜でも汽車が次々に通過していってるもんねー」


「この要塞より先の鉄道工事はまだまだ増強しているし、一部区間では複線の復路すら使って運行させているそうよ」


「前線でもタルタリア軍が破壊した線路の復旧と増強を、すごい勢いでしていましたわね」


「タルタリア軍の逃げっぷりは冗談みたいだよね。チハまで進むんでしょ、うちの陸軍」


「今日聞いた限りでは、ボルジヤから120キロも進軍して、偵察の騎兵の一部がチハを遠望したそうね」


「たった1週間の追撃でそんなにも」


「タルタリア軍は、最初は秩序だった後退をしていたけど、追撃された殿(しんがり)が崩れたので追撃しつつ数万を捕虜にしたという情報ね。なまじ大軍だけに、撤退は難しいという事ね。一昨日には、先遣隊が1日で30キロも進軍したそうよ」


「30キロって、もう進軍じゃなくて行軍だね。僕らが引っ掻き回していたら、逃さず勝てたんじゃない?」


「私達には御子様の護衛があったでしょう。そんなあり得ない仮定を言わない」


 朧の軽口に、再び半目がちになった鞍馬だが、湯船から飛沫をかけたのは、鞍馬に先んじた天草だった。


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