155 「二度目の出征開始」
・竜歴二九〇四年十月一日
前線に近い鉄道各所で問題が起きていた頃、アキツ本国では竜の御子の一人、三之御子の御出座が開始された。
「蛭子の半数は1日先行し、特にタルタリア領内に入ってからの鉄道沿線から最前線の陣屋までの安全確保を行う」
その2日前、村雨特務少将が共に赴く幹部達を前に最後の説明を屯所の彼の執務室でしていた。
「残り半数は御子様を間接的に護衛。部隊としてはその前後の列車で移動し、順次配置に付く。詳細は配布した作戦書の通りだ。参謀」
「ハッ。詳細について最小限説明します」
村雨の後を継いで、旅団参謀の准将が入れ替わり、既に色々と書かれた黒板の前に立つ。村雨少将は横に逸れて、半ば部下達とそれを聞く。
説明の大半は、部隊編成の概要とその配置。それに移動の順番。竜の御子の直接の護衛は太政官と神祇省の本来の警護官が行う。
神祇省の者は紙の面を付けた術者で、熟練の蛭子だろうと噂もされる者達。太政官からの護衛は、太政官など政府高官を常時警護する部署からの派遣。蛭子ではないが警備には長けていたし、何かあれば文字通り命を賭けて盾となる。
「再度言うが、我々特務旅団の蛭子は御子様の護衛の外周を担当する。襲撃があった場合の事前排除が理想だが、襲撃規模が大きい場合は増援が到着するまでの盾としての役割も期待されている。前回同様の部隊としての編成を以て任務に当たるのは、そうした状況を想定したものとなる」
「というわけだが、何か質問は?」
旅団参謀の言葉が終わるとすぐに、村雨少将が口を開きつつ全員を見渡す。
特務大佐以上の指揮官だが、前と違って外地組の指揮官として特務中佐が1人加わっていた。暁だ。
その暁が小さく挙手した。
「これまで三之御子様のお側には、かの大剣豪がおられたとお聞きします。実際私も学園でご一緒のお姿を拝見しました。ですが今回、大剣豪は同行されないと聞きます。代わりとまではいかなくとも、蛭子からお側の警護役を出さないのでしょうか」
「大剣豪は特例というか、あのお方は番外のようなものだ。しかも護衛ではなくご友人という形になっている。よって、考慮する必要はない」
そこで村雨は一度言葉を切るも「だがまあ」と続ける。
「だがまあ、御子様が望まれれば話は別だ」
そして甲斐と鞍馬に視線を向け、口の端を上げた。
それ以上言わないのは、甲斐と鞍馬が三之御子と親しく、また鞍馬が大剣豪の金剛の血縁なのはこの場にいる上級将校は知っているからだ。
暁も既に知っていたので、二人の方の片眉を上げるにとどめた。
そうした事があったその日の深夜から、蛭子達を中核とする特務旅団は、装備一式と共に移動開始した。
外地組の蛭子や装備が増えた分の下士官兵達など兵員数も増え、総員約600名だがこれだけなら列車1本で事足りてしまう。
それに食料弾薬など消耗品の大半は先に船に積み込まれるか、最後の集積駅で受け取り予定なので比較的身軽だった。
何より、この時代の常識である馬と馬車が一部であれ必要ないのは、鉄道での移動量の低下に大きすぎる変化を与えていた。
だが各部隊に装備された『浮舟』や重機関銃、迫撃砲と呼ばれ始めていた軽臼砲など相応の重装備もあるので、列車1本とはいかない。
しかも第1、第2大隊の1個中隊は魔動甲冑を装備するので、運搬に必要な『浮舟』の数も増えている。さらには、人員が増えれば必要な物資も増え、運搬するための輜重用の『浮舟』も前より多く必要だった。
このため、標準的な22両編成の軍事輸送列車4編成で移動する。
4編成のうち半数の2編成は、旅団の支援隊を中心とする各部隊の馬と馬車を輸送する為で、流石に『浮舟』を前衛部隊以外に回せないからだ。
また馬や馬車を鉄道で移送するのは、かなり贅沢な事になる。
これも竜の御子を守る為だった。
一方で三之御子は、国内は人員輸送のみを考えた特別列車を仕立てる。その後、軍艦で海を渡り、さらに武装車両を連結した特別列車で2日かけて前線のすぐ手前まで移動する。
もっとも、王族に等しい貴人が前線に向かうのに、式典も見送りもない。
万が一を考え、敵のタルタリアだけでなく他国に与える情報を最小限とするため、秘密裏に移動と御出座が行われるためだ。
深夜の蛭子の屯所内、派手な照明の下で移動の手筈が進んでいる。それを監督する甲斐のもとに緑の肌の大鬼が近寄る。
「第1中隊移動準備完了です。ところで大隊長、移動の順番は結局どうなりそうですか? 輸送が随分と乱れとると聞きますが」
「御子様は最優先、計画通りだ。今回は第2大隊が先発。次が僕ら第1大隊、そして旅団本隊、第4大隊と続き、旅団の支援部隊が最後だ」
「で、自分らと旅団本部の間に御子様の御座列車ですか」
甲斐の頷きを見つつ、磐城は少し納得していない顔でそのまま続ける。
「外地組は旅団直轄でしたか。第3大隊は?」
「第3大隊は銃火器装備だが当座の銃砲弾も多めに持っていくから、輜重隊のいる支援部隊の前だな。砲弾の規定数が大幅に増えたから、荷物が随分増えるそうだ」
甲斐が半ば説明した第3大隊は、急造の部隊だったが先の戦いでも有効性を示し、正式な編成に組み込まれていた。
蛭子は本部小隊以外には配属されず、重機関銃12門、迫撃砲6門を装備する。このため火力大隊とも通称されていた。
ただ、第1、第2大隊の『浮舟』の一般型とも呼ばれる兵員輸送型には、半ば固定で重機関銃が搭載されている。このため本来は、迫撃砲か可能なら野砲を倍の数装備する予定だったが、調達、配備が間に合わずそのままとなっている。
「『浮舟』の数は随分増えるみたいですね。知り合いに聞いたところでは、自分らが出征していた半年の間に、各所で増産に次ぐ増産だったとか。だから、我々以外にも既に配備が進められているとか」
「新設の魔動甲冑の部隊が装備しているらしい」
「あれは運ぶのも嵩張りますからなあ」
「それに、装着してから前線近くまでの移動には、馬車より『浮舟』が良いと判断されたと聞いた。僕らもそうだろう」
「ええ。うちの中隊だけ2台で、6人ずつあの甲冑で乗り込みますからね。でも、大鬼以外が装着する小型のやつは、試作とか言ってたのに随分と生産してたんですね」
「雷さんの第2大隊も定数12台だからな。鞍馬がその辺の内情を、皇立魔導器工廠で聞いている」
そう言った視線の先で、鞍馬は半ば駄弁っているような甲斐に変わり、忙しそうにしている。
「理由があるんで?」
「理由というほどじゃない。まあ、政治とか縄張り争いとか、あとは面子だそうだ」
「その心は?」
「魔動甲冑は大鬼用だが、獣人の元武家の貴族、将校が自分達にも寄越せとねじ込み、採算度外視で生産させたが作る人も時間も足りず。十分な頭数にならない上に、訓練込みで考えると次の戦闘には間に合わないと考え、僕らに回した」
「ですが、合わせて20台。十分に思えますけどね。訓練も、普通の獣人でもそれほど苦労しないでしょう」
二人して無蓋貨車に自分から乗り込んでいく『浮舟』を見るが、丁度その『浮舟』に箱詰された魔動甲冑が既に積載されていた。
その箱は、装着の際の台座なども兼ねている。
「だが前線の大鬼用の魔動甲冑は、既にその倍ある。獣人の長老の方々が、功名争いで負けるのが確定なのを嫌ったんじゃないかという噂だ」
「何とまあ」
磐城が軽く呆れているが、大鬼と獣人が張り合うのは昔からなので、「いつもの事か」という気持ちしかない。
「そんなんだから、無理やりねじ込んできて作らされた工廠はカンカンで、とばっちりで装備させられた僕らには同情的だったそうだ」
「確かに魔動甲冑は良い状態で、予備まで1台付いてきた。旅団全体で『浮舟』は何台になるんでしたかね?」
「25台。第1、第2大隊以外は旅団本部の司令型だけ。まだまだ数が十分じゃないから、あとは魔動甲冑の部隊だけだ。まあ、その辺の話は九嶺で聞けるかもな」
「九嶺の軍港で?」
言葉と共に磐城がひょうきんに首を大きく傾け、腕組みまでする。
「御子様は海軍の戦艦に乗船されるが、僕らの大半は新型の輸送船だとさっき通達があった。何でも、僕らが前に使った妙な船を改装したそうだ。南鳳財閥が見にきているかもしれない」
「白の君ですか。まあ、色々と知ってそうですなあ」
「噂だが、御子様のお忍びの見送りで、総支配人も顔を出すらしい」
「あの派手な天狗が?」
「あくまで村雨さんが小耳に挟んだ噂だ。それに行けば分かる。さあ、僕らももう少し仕事をしよう。もうすぐ出発だ」
「は、はい。では、中隊に戻ります」