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151 「再度の出征決定」

 ・竜歴二九〇四年九月二十五日



 この日の朝、特務旅団の屯所の広場に特務旅団と海外から派遣されてきた蛭子達が整列していた。

 他にも、特務旅団と同様に蛭子達を支える蛭子衆に属する下士官兵も並んでいるので、人数はかなりの数になる。


 特務旅団所属が約500名で、これに海外の蛭子約80名と配下となる下士官100名ほど。それにまだ特務旅団に属していない国内の蛭子衆の下士官兵が約100名。

 合わせて約800名が整列すると、あまり広くはない屯所の広場のかなりを占める。

 しかしまだ壇上に村雨は姿を見せておらず、整列の号令もまだなのでそれぞれ雑談に興じていた。


「大隊長は何かご存知で?」


 甲斐の周りには磐城など第1大隊の幹部がいて、代表して磐城が聞いてきた形だった。

 もっとも、甲斐は肩を竦めるより他ない。


「何も聞いてない。だがまあ、雲の上で出征か待機かのどちらかが決まったんだろう」


「まあ、そうでしょうねえ。どちらだと思います? 少し前に特務大佐以上に呼び出しがありましたよね。やはり、再度の出征ですか?」


「御子様が前線に出られると噂です。やはりその護衛でしょうか?」


 磐城と第2中隊長の嵐の言葉にも、甲斐としては首を横に振らざるを得ない。

 代わりに口を開いたのは鞍馬だった。


「村雨旅団長が出て来ず、大隊長などの幹部が呼ばれていない。もっと上の方が出てくるかもしれないわね」


「確かに、その可能性が高そうですわね」


「それ、出征確定でしょ」


 鞍馬の言葉に天草、不知火が一言添え、他の者も頷くなどした。そして彼らだけでなく、全体に同じような雰囲気があった。

 今回の集合は出征を伝えるためだろう、と。

 そこに、甲斐の見知った顔が近づいてくる。


「甲斐さん、下の者に今回の集まりの説明をしておきたいのですが……あまりご存知なさそうですね」


 言葉の途中で苦笑してしまったのは暁だった。


「僕も下っ端だからな。ただ、出征に関してだろう」


「でしょうね。甲斐さん達はどうお考えで?」


「第1旅団は御子様の護衛という形で出征。その後、一部を護衛に残して前より少しマシな戦場に放り込まれる。海外組は、兵士としては優秀だが軍隊としてまだ十分じゃない。だから、代表者を選んで御子様の護衛。残りは訓練。護衛の方は暁達になるだろう。あ、そうだ」


 そこまで話した甲斐は周囲を見渡す。そしてすぐに目的の者を見つけ、暁も甲斐と同じ方を見る。


「あの二人を返そう。前線には連れて行けないし、御子様の護衛にはちょうど良いだろう。年齢も多少は近いからな」


「確かに。ですが、大剣豪は護衛に付かれないのでしょうか」


「学園でお話しを聞いたんだが、御子様がアナスタシア姫に付いていて欲しいと頼まれた。それにアナスタシア姫のお側に蛭子はいないし、監視は十分でも護衛は十分とは言い難い」


「タルタリア側の護衛にご懸念が?」


 目を細める暁に甲斐は軽く頷き返す。


「うん。開戦前の懇親会でも騒動を起こそうとしたぐらいだから、今のタルタリア政府にとってアナスタシア姫の扱いは軽い。アキツの側から護衛を十分するべきだろう。それに大剣豪の金剛様なら、アナスタシア様の側に残ったタルタリア人も文句は言い難い」


「タルタリアでも特別視される大天狗(ハイエルフ)ですからね。そこは了解です。こちらの子供達の方は?」


「御子様のお側には元からの護衛がいる。あの二人だけでも十分だろう。各地の面子を重視するなら、大人をその分連れて行って同じように御子様のお側に置けばいい。戦争は僕達がする」


 納得して頷いた暁の質問に、甲斐は小さめの笑みで返す。

 その笑みには強めの気持ちが乗っていた。


「戦争は、ですか」


「うん。少し見ただけだが、極西の分裂戦争に参加した古参以外は、本国以外の者達の多くは近代戦争に対する理解が低い。勿論、地域差があり例外もいるが、全体としての部隊編成と前線配置はしっかり仕込んでからだろうな。僕らでも、戦争の前から数年かけて徐々に近代化を進めてきて、部隊編成は開戦直前だった」


「私のいた極西の者は少数編成での行動なら胸を張れますが、中隊編成だと覚束ないというのは自覚しました」


「みんなが暁みたいに自覚があればいいが、ここに集まっている者の聞こえてくる声から考えると、なあ」


 蛭子は知覚力が高いから、甲斐の言葉に周りで聞くとはなしに甲斐と暁の会話を聞いていた大隊幹部達も、それぞれの表情を浮かべる。

 そしてそれを見て暁は多くを悟った。


「見ている人達が正しく判断していれば、出征となっても問題ないと分かりました。ありがとうございます」


「大した事は言ってないよ。それに何も発表されてもいないが、……そろそろらしいな」


「ええ。それでは」


 建物から何人か出てくるのが分かったので暁は戻り、甲斐達が整列に備えようとすると号令の笛が吹かれた。



「また、諸君らの手を借りるのは軍としては心苦しい反面、非常に頼もしく思う。これで軍は、御子様の護衛を気にする事なくタルタリア軍との決戦に挑む事ができる」


 村雨特務少将による「御子様の護衛としての出征が決まった」という簡単な発表の後、陸軍参謀総長の周防大将が全員の前で軽く演説をした。

 大鬼(デーモン)でも美形なのでまるで役者のようだなと甲斐などは思ったが、一方では予想通りだと納得もしていた。


 もっとも、周防大将の次に壇上に上がった人物には、甲斐も軽く面食らった。

 壇上に上がったのは、太政大輔だった。

 どこにでもいそうな壮年の(オーガ)だが、出るところに出るとなかなかに存在感がある。


「本来なら太政官自らが声をかけるべきだが、ご多忙にて太政大輔の私、石見が代理を務めさせていただく」


 そう言って始めた内容は、「御子の護衛」「陛下のたっての希望」「軍に決戦に専念してもらう為」という点が強調されていた。

 しかも「御子をお守りする事こそ、陛下が諸君らに託した命であり、決してお側を離れぬように」と、釘を刺していた。

 勿論、誰に釘を刺しているのかは明白だ。

 なにしろ陸軍側は、参謀総長以下10名ほどの将軍や中央の高級将校の参謀達が列席していた。

 これで、聞いていないとは言えない。


(陛下が御子を頼むとでもおっしゃられては、太政官は折れるしかない。だが、それなら徹底的に陛下の威を使ってやろうって辺りだろうなあ)


 今まで蛭子は政治の道具にされる事は珍しかったので、嫌悪感などの悪感情よりも政治が透けて見えるが興味深くもあった。

 そして具体的な派兵内容については、式典前に駄弁っていたのと似たような内容だった。


「もう一度言う。派兵は特務旅団を中核とし、これに各地より参集した選抜者より編成する。また、二つ名持ちは例外なく参加。万難を排し、御子様をお守り申し上げる。以上だ」


 そうしてこの日の蛭子達の集まりは終幕した。


 

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