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148 「実験台」

 ・竜歴二九〇四年九月二十日



 その日、鞍馬は大隊の演習場を離れて、大隊を編成していた頃のように軍の関係各所を回っていた。

 主に新装備受領の為だ。


「ちょうどいいところに来た!」


 装備を見るため訪れた皇立魔導器工廠で、行くなり工廠長の明石に手を引っ張られた。

 悪気は全くなさそうだが、相手は凝り性の多々羅(ドワーフ)。とはいえ技術少将なので、逆らうことも出来ずに目的地ではない場所に連れて行かれる。


「こいつを付けてみてくれ」


「あの、これは魔力封じの首輪ですよね?」


「そうだ。タルタリア製とガリア製がある。ゲルマン製はないが、タルタリア製のやつに使った鉄は多分だがゲルマンの良いやつだ」


 明石工廠長が話しつつも、彼の部下に座らされ、何かの装置を付けられ、そして逆らう間も無く魔力封じの首輪を付けられていく。

 まさに作業で、鞍馬は自分が実験台というよりも機械の一部にされたような気分を感じてしまう。

 皇立魔導器工廠の技術者は、そういうものなのだろうと納得すらしてしまう状況だ。


「まあ、あんたなら全く危険はない筈だ。どっちも、魔人(デーモン)相手の実験では大した事なかった。亜人(デミ)だけの国のもんかアルビオン製なら話は別だが、これはどっちも量産の粗悪品だ」


 そう言ながらも、鞍馬に付けた計測器を見ている。

 当然というべきか、目は真剣で職人か技術者の目をしていた。


「何か感じる事はあるか?」


「いえ、全く。魔力を封じられる訓練も受けていますが、仰られる通り性能は低そうですね」


「だろ。魔力の低い亜人(デミ)用なんだ。吸い上げて放出できる量が知れているから、蛭子には意味がない。とはいえ、ちゃんと数字は取っとかないといかんので、あんたが来なければどこからか魔力の多い蛭子に来てもらうつもりだった」


 鞍馬に付けた首輪に連動する計測器を見つつ話す明石だが、数字を見る表情が徐々に渋くなっていく。


「あんた、どんだけ魔力があるんだ。これは極端すぎて資料にならん。蛭子の特務ってのは、あんたみたいな連中ばかりなのか?」


「いいえ、私はかなり上位です。二つ名持ちと言って分かりますか?」


「噂程度には。まあ、特務大佐なんて階級ぶら下げてたら、魔力が多くて当然というやつか。ところで、そいつの仕組みは知ってるんだな」


 「はい」と返事した鞍馬は、明石が表情で内容を促したのでそのまま言葉を続けた。


勾玉(ジュエル)のように魔力を吸収して、そのまま発散させる。これにより、付けられた対象を常に魔力を低い状態にする。ただし吸収・発散出来る量に限りがあり、魔力の多い者には効果が低い。呪具(アイテム)としては生産が簡単な方なので、世界各国で製造されている。だが、魔法が盛んでない国の品質は低い。こんなところですね」


「うん。良く知っとるな。付け加えるなら、我が国とアルビオンの品質が最上で効果も高い。特に我が国は、魔人(デーモン)など魔力の多い種族が多いから、犯罪者対策として必須だからな」


「タルタリアは大量生産して罪のない半獣(セリアン)に付け、強制労働に従事させていました」


「そういえば、あんたら特務は最前線に行ってたんだったな。実際目にしたのか?」


 険しい表情の明石に、鞍馬は強く頷き返す。


「はい。強制収容所のような施設も目にしました。劣悪な環境で、鉄道敷設や荷物運びなどの労働に従事させられれている姿も」


「そうか。いや、つまらん事を聞いた。まあ何だ、大量に持ち込まれたんだが、洗ってないのか乾いた血が付いていたり、水以外で錆びたやつが随分あってな。タルタリアも、酷い事しやがる」


「そうでしたか。ところで、この実験はいつまで?」


「おっと、もう意味がないな。終わってくれていい。片付けたら本題に入ろう。『母衣(ほろ)型』魔動甲冑は、軍の方から注文があった分は揃えてある。検分してくれ」


「分かりました」


 鞍馬はようやく本題へと入る事ができた。




「という事があったの!」


 そしてその後、別の場所で鞍馬は強めに愚痴る。

 聞き手となった水無瀬は苦笑い気味だ。


「災難だったわねえ。と言いたいところだけど、私を含めて魔導研究所にいる蛭子も同じ目に遭ったわ。工廠にいる蛭子は有無を言わさずだっただろうし、魔導学園の方でも同じなんじゃないかしら?」


「え、やりすぎじゃあ……」


 水無瀬の言葉に鞍馬は絶句寸前となった。

 なお鞍馬が愚痴っているのは、次に訪れた皇立魔導研究所。ここでは支給される以外の水薬(ポーション)の話をしにきていた。特に今回の遠征で使った魔力回復薬についての話が目的だった。


「大量に他国の呪具が手に入るのは珍しいから、徹底的にしたいんだって」


 やや呆れ口調だが、水無瀬の言葉に否定的な響きはない。

 そう、彼女も治癒魔法、治癒の魔法薬を専門とする学者であり技術者だからだ。


「で、薬師(やくし)特務中佐どのも、私達の実験結果が知りたいの? 報告書は出したわよね」


 多少は気が済んだ鞍馬がからかい半分に問いかけると、大きく特徴的な痣が穏やかな顔立ちの左側を占める天狗(エルフ)らしい美しい顔に、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「天賦には全てお見通しね。まあ、定数以外の薬をそっちに回すから、その代金と思って」


「でなきゃ来ないし、報告書も適当に書いてるわよ」


「あらそう。でも役にたったみたいで良かった」


「ええ。でも、報告書に気になる事があるんでしょう。何?」


 鞍馬が大きめに首を傾けると、水無瀬も同じ様に首を傾ける。


「気になるというより、疑問、質問ね。あの書き方だと、中毒や依存がありそうじゃない。そんな成分は一切混ぜてないわよ。そもそも、蛭子の頑丈な体には阿片とか只人(ヒューマン)が使う薬物は殆ど意味がないでしょう」


「うん。資料や文献を見る限り、阿片みたいな中毒じゃないわね。う〜ん、何て言えばいいのかしら……」


 言いつつ鞍馬は首を強めに傾ける。


「天賦でも言葉に困るの?」


「茶化さないで。そうねえ、敢えて言えばお茶みたいな……そう、珈琲(カフェ)よ。我慢しようと思えば我慢はできるけど、何となく飲みたくなるのよ。魔力が減ってきたら」


「珈琲やお茶にも過剰摂取での依存や中毒がある成分が入っているけど、本当に変なものは入れてないわよ」


「わかってるって。例えよ例え」


 鞍馬は笑っているが、魔法の薬の専門家である水無瀬としては看過できない内容なので、表情は芳しくない。


「やっぱり、人の体に魔力を強引に入れる事自体が悪いのかしら?」


「西方じゃあ獣に強引な魔術で魔石(ジュエル)の魔力を注ぎ込んで化け物にする術があるけど……」


「あれと同じような事をするわけないでしょう」


「そうよね」


「うん。研究、開発、実験、治験、どれだけしたと思ってるのよ」


「ごめんごめん。じゃあ陛下や御子様は、魔力持つ者に魔力の恩恵を与えるのとの違いがあるとか?」


 水無瀬が強めの剣幕なので鞍馬は苦笑しつつ話を変えると、言われた水無瀬はすぐに思考を切り替える表情に変わる。


「……どうかしら。あの薬は、魔力自体を人が飲んでも問題ない成分の薬品に、魔力自体を固定、液体化させたもの。陛下のお力というより、勾玉の応用に近いのよ。加えて、入れる事ができるなら戻すこともできるだろうって」


「専門的な事は任せるわ。あ、それと、他の幹部にも一口ずつ飲ませてみたけど」


「ああ、その報告もちゃんと読んだわよ。鞍馬と同じね。あなたの彼氏さん以外は」


「甲斐は私より魔力が多いから、そのせいだと思うわ。それに大して減ってなかったし。彼、魔力の扱いがすごくうまいのよ」


 「フーン」。と水無瀬は半ば惚気話しとして聞いたが、内心では専門家としての興味もあった。

 だが、命令でもない限り何かをする積もりは毛頭ない。だから、鞍馬をからかうだけにとどめた。


「でも、使い方を教わっている鞍馬は違ったのね」


「随分と上手くなったわよ。私の場合、今回は消費量が多すぎたせいじゃないかしら。短時間での魔力の消耗が激しいと、今回の薬に関係なく渇望とでも言える感覚はあるもの」


「それは鞍馬みたいに、すごく魔力の多い人の事例でも記録が残っているわね。まあ、作る側としては、妙な副作用について研究を進め解消に努めますとしか言えないわ。ごめんなさいね」


「ううん。あの薬はすごく助かった。次もお願いね」


 鞍馬が首を大きく左右に振って言葉を返すと、水無瀬は笑みを浮かべてすぐに真剣な表情になって問いかける。

 「また、出征?」と。

 それに鞍馬は、まだ話せない事でもあるので「念の為。備蓄もできるんでしょう」と気取られないように気軽に返した。

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