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144 「鹵獲物」

 ・竜歴二九〇四年九月十日



 開戦以来、アキツ陸軍の参謀本部の多忙は続いていた。

 もっともこの一ヶ月は、山岳要塞を巡る攻防戦の後始末に追われている。


「鹵獲物の新しい資料が届きました」


「ご苦労。捕虜50万の軍団の持ち物の最終決算か」


 青い肌の大鬼(デーモン)の周防大将が、(オーガ)の部下から資料を手に取る。年齢は周防大将の方がかなり上だが、中佐の階級を付ける部下の方が年長に見える。


「戦死者5万人分ほどが加算されます。それに捕虜のうち20万は鉄道敷設関係と輸送を担う労務者です」


「彼らの持つ物資は兵器以外だが、バカにはできんからなあ」


「はい。その件で兵部卿、内務卿、鉄道卿が、午後1時から場所は兵部省の方でお話ししたいとの申し出があります」


「フム。山分けの相談というよりは、省庁間の線引きをしたいんだろうな。役人の頭を務めるの大変だ。よし、資料に目を通すのはその前で構わんだろう。茶にしよう。珈琲を頼む」



 そうして昼食後、参謀本部から兵部省へと移動した周防は、既に揃っていた閣僚達と相対する。

 顔を合わせるのは、軍の側が兵部卿の叢雲と参謀総長の周防。文官側は、内務卿の伯耆と鉄道卿の三毛猫の獣人(ビースト)(タチバナ)


 橘は獣人でもかなり高齢で、既に100歳を超え政治家でなければ定年、隠居を考える年だ。それでも若い頃の愛嬌が残っており、獣人という事もあって年齢不詳と言われる。

 だが天下泰平の時代からの役人で、鉄道の黎明期から関わってきた叩き上げの人物で、あだ名は『猫の駅長』。


「鉄道に関しては随分と譲歩していただき、軍としては感謝の念に堪えません」


「今は戦争中。詳細なお話もして頂きましたし、当然ですよ」


 叢雲の最初の挨拶の後の言葉に、橘は人好きのする笑みを返す。もっとも、誰もが好むと言われる笑顔に騙されてはいけない、と言われる強かな人物でもある。


「鹵獲した機関車、貨車の後送も本格化しました。今後そちらはお預けするので、改修などよろしくお願いします」


「心得ています。私はあの煙を吐く力強い姿は好きなんですが、石炭型では使い所が難しいですからね。しかし、軍の輸送に石炭型の機関車はともかく貨車は必要なのではありませんか?」


「軍でも引く機関車があればこその貨車です。今は一部を鹵獲物資の倉庫がわりに使っている程度で、持て余しています。何しろタルタリア軍は、片道運航で2万両もの貨車を前線近くまで持ってきてそのままですからね。前線では、兵員の宿舎にでもしようかという話まで出る始末です」


 周防が最後に肩をすくめて戯けると、橘も愛想笑いとは思えないほどの笑みを浮かべる。

 一方で、鹵獲物資という言葉が出たので、内務卿の伯耆が反応した。

 伯耆はこの場の4人の中で、唯一の革新以後の世代なせいか少し気負っているようにも見えた。


「新しい資料と前の資料とでは違いがあるが、増えるどころか減っているものが幾つか見られる。その件での報告がないが、後からと考えて良いのか?」


「はい。前線では、40万の兵と10万の人夫など傭人が活動しています。しかも、現地は見渡す限りの平原で何もない。せいぜい馬が食べる草がある程度ですが、その草すらタルタリア軍が前線近くや補給路沿いは既に食べ尽くした後で、次の草が生えてくるまでは周辺住民に我が国から補償しなければならない状態です。しかも膨大な捕虜を得た。まずは現地にある物資を使わざるを得ない点は、何度も説明させて頂いた通りです」


 叢雲の長口上に伯耆は何度か頷くも少し不満げだ。


「勿論、理解した上でお尋ねした。既に内務省も幌梅まで入っているので、早く情報の共有をしたいしたいだけだ」


「軍としても前線に集中したいので、各地の民生は可能な限り早くお任せしたい。戦場になった地域は、黒竜国ではどうにもできません。情報に関しては急ぎましょう」


「お願いする。ところで、軍にしか関わりが薄いものだが、装備などはどの程度鹵獲されたのかね?」


 「軍だけでなく財務省も関わりがありますけどね」。そう切り出した叢雲だが、すぐに表情を引き締める。


「侵攻してきたタルタリア軍は、数字の上だと約40万。鉄道敷設関係約5万、輸送などの労務者約15万」


「そこはもういい。師団数など、それらが装備していた武器の数などの概要だ」


「要塞まで攻め寄せたのが12個師団。後方警備が2個師団。タルタリア国境で移動待機していたのが2個師団。騎兵師団が2個。重砲など様々な支援部隊。このうち撤退したのは、1個師団と騎兵2個師団。それに騎乗可能な将校のかなり」


 そこで一旦言葉を切るも、誰も口を挟まないのでそのまま続ける。


「これらの部隊が装備していたのは、小銃だけで約15万丁。機関銃約50門。野砲約500門。軍馬、騎乗馬が合せて5万頭。駄馬12万頭。馬車が各種合計で5万5000台」


「小銃と野砲以外は?」


「野砲には野戦重砲を含めています。また剣は将校の個人装備扱い。拳銃も将校所持は同様なので、多くは我が軍が預かっている形になります。魔法の呪具に関しては、各種一千数百といったところですね」


 そこでまた言葉を切るが、小さく口の中を湿らせただけですぐに続ける。


「また、天幕やその他の日常活動に必要な文物は、大半が臨時の捕虜収容所と野戦病院に使われていますので、その後も使えるかなどを含めて詳細はいますこしお待ちください。同様に、食料、医薬品は捕虜に使われており、既に鹵獲した大半は使用しました」


 そこでまた言葉を切るが、「消耗品に関しては」とさらに続ける。


「小銃弾、機関銃弾はかなりの量がありますが、砲弾は殆どなし。爆薬も既に僅少です。我が軍の進撃と包囲が早かったのもありますが、爆薬の不足が物資が破壊されなかった大きな要因でしょう」


「破壊が少なかった理由の報告は前もあったな。それより呪具といえば、連中が囚人に使っている魔力封じの首輪は? あれは相当な数になるだろう。呪具として数えれば、万の単位になるのでは?」


 「ああ」とそこは周防が声を上げる。


「あのような野蛮なものは、雑具としか書類には記載しておりませんでした。そう前線から報告がありましたので。全て破棄予定の扱いで、完璧を期すため特別便で魔法省、神祇省に既に引き渡しました。それぞれで解析、研究はするでしょうが、内務省が気にされる必要はないかと」


「なっ! 内務省は警察を預かるのだから、そうした刑具に関する話はこちらに話してもらわないと困る」


「これは失礼いたしました。ですが既に軍にはありません。魔法省か神祇省に問い合わせをお願いします。こちらからも連絡致しましょう」


 いけしゃあしゃあと言った後で、周防は「それよりも」と言葉を続ける。


「それよりも内務省にお預けした、その呪具をつけさせられた亜人(デミ)はどうなりましたか。報告はまだ出ておりませんが?」


「鉄道敷設や物資輸送で半ば強制労働されていた者達は、我が国、竜皇陛下の名に恥じない対応をしている。数は約5000人。大半が狼の半獣(セリアン)。キタイに隣接する極東出身者が多かった。現在は、アキツ本国各地の収容施設で十分な対応をしている」


「人数については、最初に保護した軍も把握しております。一方で一時保護と収容については、1万人以上の分が用意されていた筈。つまりまだ半分。その半分を一時的な捕虜収容に利用する事は出来ませんか?」


「無理を言わないでいただきたい。軍は今後も進撃し、さらに多くの亜人を保護する可能性も高いのでしょう。それに備えねばなりません」


「ですがそれは秋以降。当面の数ヶ月で構いません。各地で施設を急増中ですが、軍では出征中で空いている駐屯地すら使っているのが現状です。しかも軍は、本国以外から到着する軍の受け入れもしているのです」


 今度は叢雲が応対すると、伯耆は視線ごと顔を向けるも表情は良くはない。


「民間でも、各地の温泉宿など宿泊施設のある場所の供出などをしている事は把握している」


 そしてさらに伯耆が言葉を続けようとすると、「それでしたら」としばらく第三者の位置で聞いていた橘が絶妙の間合いで言葉を挟む。


「鉄道省でも民間にも声がけをして、鉄道沿線沿いの各種施設、宿を提供しています。他にも軍の邪魔をしない程度に集配所などの広い敷地を提供し、施設の建設についても。来週にでも、次の報告を出来ると思いますよ」


「はい。大変助かっております」


「いえいえ、軍と鉄道はこと輸送に関しては一心同体も同然。軍の負担を軽くするのは、有事の際の鉄道省の役目です。鉄道省としては前線近くでの敷設や保守、運行の一部を軍に負担させているのですから、これくらいしないと」


 そう結んだ橘の人当たりの良い笑顔での返しに、叢雲も陽性の笑みで返す。

 言葉の中にあったように軍と鉄道は密接な関わりがあるし、同じ獣人でもともと穏健な武士という事もあり、二人の関係が良好だった。


 そしてその後も話は続いたが、省庁間での調整の根回しというには不足していた。

 これは、内務省の伯耆が太政官以外に強気で言葉も権高になりがちだが、軍と内務省は内務省が警察を持つ事もあって、各省庁の関係で見ると仲が悪いことからきている。


 だからこそ、ここでの話し合いは必要だから行ったのだが、それ以上にはならなかった。

 それでも兵部卿の叢雲としては、「このままでは、太政官か神祇を通じて陛下にお取りなしいただかないとならない」という伝家の宝刀を出さずに済んだので安堵した。


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