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143 「機械化土木工事」

 ・竜歴二九〇四年九月十日



 ”ゴンゴン”、”カンカン”、”ガーッ”、”シュッシュッ”そして”ピーッ!”。

 様々な機械的な音が周囲に響いていた。機械的ではなく機械そのものが動く音で、しかも勾玉(ジュエル)型の蒸気機関を搭載した大型機械が動く音だった。

 機械に搭載された蒸気機関が余分な蒸気を噴き出す時に出る”ピーッ!”という音が、蒸気の時代だと伝えていた。


 そして建設機械などと呼ばれる自走式の機械は、1台ではなく、1種類でもない。

 重い台車を引っ張る蒸気牽引車、土を均す蒸気排土車、重い物を持ち上げる起重機、他にも様々な用途の機械が働いていた。


 それらの機械の働きは、人力では不可能な事ばかり。只人(ヒューマン)だけではなく、魔力により高い身体能力を持つ亜人(デミ)魔人(デーモン)でも敵わない。

 蒸気排土車など、只人(ヒューマン)の人夫100人分が1日がかりでする仕事を、たった1台が1時間でこなしたりする。


 もっとも人の力も必要だ。その証拠に、機械たちの周り若しくは機械が関われない場所では、大勢の人が土にまみれて働いている。

 働いている人は大きく二種類。亜人と只人。

 亜人はアキツの工兵と軍属、労務者。他にもアキツ軍が雇った黒竜地域の労働者もいる。

 只人はタルタリア軍に動員された労務者と軍属たち。兵士ではないので、アキツが賃金と衣食住を提供して雇っていた。


 また、志願した者に限って軍人も一定数いた。

 アキツ軍に協力しているタルタリア兵の多くは、タルタリア国内で虐げられている民族や、かつて征服された民族が殆どを占めている。

 特にアキツの民と同じ半獣(セリアン)は、捕虜としての労役に積極的に参加していた。

 捕虜であっても戦争協定に従って賃金が出るのも労役に参加する理由の一つだが、何よりタルタリアに不利益をもたらすというのが彼らが参加する理由だ。

 そして多くの機械と人が作っているのが鉄道の線路だった。


「進捗状況は?」


 工事現場から少し離れた天幕で、工兵大尉が部下の工兵下士官に問いかける。どちらも多々羅(ドワーフ)だ。

 彼らの徽章は工兵の中でも特殊な鉄道部隊。軍隊の鉄道に関わる部署だ。

 陸上での輸送、兵站の根幹となる鉄道は軍隊、特に陸軍とは密接な関わりがある。特に前線近くなので彼ら、軍所属の鉄道部隊が担っていた。


「昨日の報告で9割を超えました。タルタリアが敷いた軽便鉄道については、既に路線幅の変更は完了。ですが、黒竜里までより、その先のダウリヤから前線へ向けての路線の幅変更と強化工事の方が気になります」


「あちらの担当者からは、タルタリアは去年の工事を急いではいたが、しっかり作っていると聞いている。もっとも、単線だから複線にしたいと愚痴って、せめて迂回路を増やしたいから、こっちの暫定複線工事を急げと催促してきた」


「簡単に言ってくれますね。タルタリアが敷いた軽便路線を利用したので我々の本路線の敷設工事は順調ですが、これを複線と言えるのですか?」


 工兵下士官の疑問に工兵太尉も苦笑する。


(多々羅だけに、お互い完璧主義すぎる)と。


「行きは今敷いている本路線を、帰りは空荷で負担も軽いので軽便路線を使うと決まっているだろ。もし完全な複線化をするなら、戦争が秋で終わらなかった時だ。そう決まっただろ」


「はい。時間もありませんからね。ですが、幌梅の捕虜移送も峠を越えたので、戻す以外に軽便の上を走らせる事もしばらくないでしょうし、秋までなら十分に使えるでしょう」


「タルタリアの工事は雑だから、補強や追加の工事が必要なところを見て回らないといかんがな」


 工兵太尉の髭をしごきつつのうんざりげな声に、工兵下士官は乾いた笑いを返す。


「直しても直しても次の問題が出てきますからねえ。早く本格的に敷き直したいです」


「全くだ。だがそれは秋以降。今の我々は、黒竜里までの路線だ。頼むぞ」


「はい。完璧に仕上げてみせます」


「……なあ、完璧だなんて他で言うな。また、多々羅が凝り性を拗らせているとか言われるぞ」


「そうでした」


 工兵太尉の返しに互いに笑い合い、報告がてら雑談を終えて仕事へと戻っていった。

 もっとも、現場を指揮する側は目の前だけを見ているわけにはいかなかった。



 山岳要塞の鉄道駅近くにある鉄道敷設の司令部は、この一ヶ月頭を抱えっぱなしだった。


「参謀、鹵獲車両の件はどうなった?」


「機関車ですか、貨車ですか?」


「両方だ。何か報告があっただろ?」


 ここでも多々羅の工兵将校が話し合う。他の種族と違って脚が極端に短い多々羅は、技術者や職人と共に乗り物に関わる者が多いからだ。だが馬にも乗れないので、古来より馬車の製作から修理、運転まで全てに関わる。

 そして時代が近代に入ると、必然的に鉄道に関わっていた。

 なにしろ鉄道は、技術の塊の乗り物だった。

 そして今は、動力源が主に二種類ある事が問題となっていた。


「はい。石炭を満載した貨物列車が2編成到着したという報告ですね」


 指揮官の工兵大佐に、机の上から取り上げた書類を見つつ工兵少佐の参謀が返す。そして参謀は続ける。


「2編成で炭水車100両ぶんの石炭です。これで鹵獲した機関車の1割を、とりあえず春浜まで送れます」


「先週と同じか。これでやっと3割。ゲルマン製の出来の良いやつを線路幅に合わせて車輪幅を合わせたのが報われる。それにしても、本国が前線で使えないかと言ってきた時は卒倒するかと思った。うちの路線には、石炭と給水所はあっても給炭所がないのにな。鉄道省も慌てたそうだぞ」


 「そうなんですね」と、工兵参謀もから笑いして別の書類を手に取る。


「機関車1000両。貨車、客車合わせて2万両。数えて驚き、報告して使えないかと言われてまた驚きと、驚きっぱなしでした。ですが、単線とはいえ片道運行ばかりして、タルタリアは国全体で機関車がよく不足しないものですね」


 工兵参謀の呆れ口調に工兵大佐も呆れた表情で返す。


「隣国のゲルマンから随分買い付けたというし、現物も随分と見た。だが、それでも1000両という事はないだろう。だがタルタリアは、国全体で1万両以上の機関車を保有する。アキツは本国には、ざっとその4割しかないんだから、流石は世界最大の大陸国家だ。1割失って運行に苦労は出るだろうが、鉄道網の麻痺まではしない筈だ。それにあの国は、河川を使った輸送網が発展もしている」


「そうですね。それよりも、鉄道敷設していた技術者と専門労働者を随分と捕虜にしたので、そちらの方がタルタリアにとって痛手でしょう」


「機関車は買えばなんとかなるが、熟練した技術者はそうはいかんからなあ。それで言えば、馬車の連中の方が困っているらしいぞ。今後も捕虜を雇って使いたいと」


「なんですか、それ?」


 工兵参謀の顔全体での疑問に、工兵大佐は笑い返す。


「我々が車両を大量に鹵獲して任されたように、輜重とかの輸送部隊と馬の面倒を見る連中は、鹵獲した馬と馬車を任されただろ」


「はい。本国からは、現地での輸送に使えとの命令もあったとか。……そうか、随分な数でしたね」


「そうだ。敵の騎兵と一部が騎乗して逃げたとはいえ、14ないし15個師団分だ。それに黒竜里から前線までの輸送任務に従事していた輸送部隊もふん捕まえた。この輸送には15万の人夫がいた。当然、馬と馬車も人数相応の数だ」


「逃げ損ねた戦闘部隊の馬が5万頭、後方の輸送部隊が12万頭。馬の世話をさせるために、労務させる捕虜をかなり止めおいたほどと聞きました。ですが、いよいよその捕虜も後方か本国に送らないといけないんでしたね」


 そこで工兵大佐は、工兵参謀を指さす。


「さらに言えばだ、我が軍がここで運用しているより多いくらいの馬が増えた。こいつらを食わせねばならない。ついでに言えば、貴族将校の一部は馬も戦友で捕虜だから一緒に連れて行けと抗議してきている」


「そりゃあ、さぞ頭を抱えている事でしょうなあ」


「そういう事だ。当面の世話をするだけなら、鹵獲した馬糧もあるし、世話をする人数も絞れる。だが、軍隊や輸送部隊として運用するとなると話は別だ。しかも我が軍は、後方から前線への輸送には極力鉄道を使う算段で進めてきた」


「大規模な包囲戦に備えて、鹵獲した場合の準備をしていたのでは? それにその後の運用の算段も」


「馬に関しては、予想の3倍らしい。鹵獲してすぐに、少しずつでもいいから後方に自力で歩かせているが、とても追いつかない」


「では野放しにでもしますか? 幸いここは草原で、まだ夏です。繋いだまま餓死させるわけにはいきませんよね」


「ハハハッ、それ間違いじゃないぞ。だが司令部で聞いた話だが、周辺の遊牧民に協力した代金と迷惑料の両方として分ける事を真剣に考えている。馬車と合わせて競りにかけてもとな」


「まるで馬賊のようですね」


「まったくだ」


 互いに、しばし自分達の事を棚に上げて笑った。

 しかし鹵獲した膨大な物資の件は、前線だけの問題ではなかった。


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