141 「捕虜後送」
・竜歴二九〇四年九月十日
”ガタガタ”
”ゴトゴト”
”シュッシュッ”
汽車が走る。
しかし機関車は蒸気こそ吐き出すが、黒煙は出していない。そもそも煙突が見当たらない。蒸気をつくるために石炭ではなく勾玉を用いている為だ。
勾玉は、ある条件下で複数を近づけると共振して高熱を発するので、魔法の力の源としてよりも熱を発する燃料資源として世界中で活用が進んでいる。
そして魔力は、竜を除けば魔人と亜人の体内からしか生じないので、世界の亜人の約半数が暮らすアキツとアキツの勢力圏は、魔力を溜めた勾玉の輸出により莫大な外貨を得ていた。
勾玉を気兼ねなく使えるのはアキツなど一部の国だけで、この蒸気機関車がアキツ保有である事を伝えていた。
場所もアキツが勢力下で自治国としている、天羅大陸北東部の黒竜国。その中央を横断する鉄道だ。
そしてその汽車は、アキツ本国への玄関口となる港湾都市大竜へと向かっているのだが、乗っている大半はアキツの者ではなかった。
汽車を運行する者と付き添いとすら言える少数の警備兵以外は、その全てがこの場所から1000キロ以上内陸でアキツ軍の捕虜となったタルタリア帝国軍の将兵だ。
捕虜のせいか多くの者は元気がなく、気が抜けたような表情と雰囲気をしていた。
将校には2等客車が当てられていたが、貨車に詰め込まれている兵士より将校の方が元気がなかった。
中は貴族としての待遇、将校としての待遇を権高に求める者もいたが、そういった者は少数派だ。
特に戦っていた相手が、タルタリアの大半の者から見て魔物や蛮族の亜人なのが彼らの敗北感を強めさせ、種族の違いから萎縮させた。
1対1なら魔物の方が強いからだ。
逆に兵士は、負けたことをそれほど気にしていない者の方が多い。中には、「飯が良くなった」と喜ぶ者すらいた。
それほど、前線のタルタリア軍兵士の食糧事情が悪かったという裏返しだが、捕虜となった事、戦闘に負けた事をそれほど気にしていない証拠でもある。
楽観的に言えば「勝負は時の運」であり、半ば無理やり戦争に駆り出されて生き残ったのだから、捕虜となったのは「儲け物」だった。
それに彼らにとっての戦争はこれで終わりで、捕虜として相応に扱ってもらえるのなら、あとは戦争が終わって解放され帰国するだけだ。
兵士たちが気にするのは、故郷の農地はどうなっているのか、家族は元気にしているのかといった事だ。
戦争についてはいつ終わるのかくらいで、国家の存亡は偉い者や貴族が考えればよかった。
「どこまでいくべだ?」
「しるわけねえべ」
「やっばり、オラたち喰われちまうのか?」
「喰うわけないって、天狗のお医者様がいってたぞ」
「行き先は魔物の国だとさ」
いかにも農夫出身と言える兵士たちに、下士官兵がわけ知り顔で答える。兵士の態度から、もと指揮官のようだった。
そして注目が集まったので下士官は続けた。
「港町まで行って船に乗り換えたら、魔物の国だ。そこの捕虜収容所に戦争が終わるまで放り込まれるんだ」
「そこで重労働でありますか?」
「お前ら戦争協定って知ってるか?」
詰め込まれた貨車の者の大半が注目するも、全員が首を横に振る。
「近代戦争の取り決めを世界中で約束したもんだ。その中には捕虜の扱い方もあって、「捕虜は人道を以て扱う」とある。そしてアキツは調印しているが、我らがタルタリアは調印していない」
「じゃあ、ダメじゃないか」という非難に、下士官は首を横に振る。
「タルタリアが調印してない事より、アキツが調印している方が大事だ。アキツは魔物の国だから、他国と付き合う為に国際的な決め事は大事にする。だから俺たちが喰われたり、虐待される事はない。せいぜい、労働に従事させられるくらいだろう。見ただろ、鉄道敷いてた連中を」
それを聞いて「見た見た」「あのくらいなら、まあ」「オラ農作業がいいなあ」など、口々に話しだす。
そう話す、物をよく知る下士官の意図は兵士たちを安心させる為だったが、徐々に雰囲気が和らいでいくのを感じた。
だから下士官は、そんな情景を見つつ立ち上がる。
「それに自分自身を見てみろ。取り上げられたのは、武器くらいだ。軍服も軍靴も軍帽もそのまま。背嚢、毛布、飯盒、水筒、全部そのままだ。お前らのかーちゃんが用意した下着もな」
「だがシャベルは取られた」「馬も連れてかれた」「中隊長殿が色々と取られるのを見たぞ」「大砲は、……まあ仕方ないか」。
また、様々な反論や言葉が下士官に注がれる。
「お前らの言った全部が、戦争協定に則った措置だ。そして捕虜としての待遇をアキツが保証しているんだ。飯だって3食出る上に、肉の入ったシチーすら出ただろ」
「たしかに」「肉なんて久しぶりだったよなあ」「変な豆のシチーだったぞ」「麦餅じゃなくて、米の飯もあった」「俺は黒パンが良いなあ」「兵食の黒パンは酷かったがな」「俺は紅茶が飲みたい」「ジャム入りのな」「でも酒がない」「捕虜なんだから当たり前だろ」。
食べ物の話なので口々に話す者の数が多く、もはや言い合いになる。
それを「まあまあ、もう少し聞け」と、下士官は注目を集め直させる。
「俺も実際に捕虜になってみるまで半信半疑だったが、アキツの連中は案外話せるやつらだ。捕虜生活は、それほど心配するまでもない。怪我を魔法で治してもらった奴がいるくらいだ」
そう言ったところで、兵たちが口々に言い始める。
「魔法」という言葉に反応したのだ。
「魔法なんて教えに反する」「そうだそうだ」「帝国でも貴族の天狗は魔法を使うと聞いたぞ」「俺ら兵隊でも治してくれるなら、なんでもいいよ」「医者なんて、国で見た事ないぞ」「村じゃあ医者どころか薬すら、その辺に生えてる薬草止まりだからなあ」。
今度も反応は大きい。しかも今度は収まる気配がない。
「オラ、天狗のお医者様を見たぞ。えらいべっぴんさんだった」「そういえば、女の将校がいたな」「将校どころか将軍もいるらしい」「でも魔物だろ。治すならともかく、おっかない魔法を使うんだろ」。
結局、さらに話を聞かせようと試みた下士官の努力虚しく、あとは雑談となってしまった。
一方で、タルタリア軍の将校たちが乗る2等客車は静かで、せいぜいがボソボソと小声で話す程度だった。
同じ客車には監視と先導のアキツ兵が同乗していたが、それが理由ではなかった。
「少佐殿、我々はどうなるのでしょうか?」
「アキツの将軍は、捕虜は戦争協定に則って遇すると約束した。タルタリアが、同協定に調印していないにも関わらずな。だがその言葉を信じるしかない」
「そうですね。銃器はともかく帯剣を許してくれましたからね」
「帯剣は、只人が暴れてもすぐに鎮圧できると考えているからだ」
「実際、白兵戦は散々だったそうですね」
「らしいな。アキツの精鋭部隊相手だと、たった一人に1個中隊が全滅したという噂まである」
そう話しつつ、その二人の将校は客車の端にいるアキツ兵に視線を向ける。その兵士は小銃を手にし、刀は帯びていない。見た目もあまり強そうには見えないし、魔物の特徴であるツノは帽子に隠れているので、一見すると東方系の只人にしか見えない。
だがアキツは勝者で、タルタリアは敗者で彼らは捕虜だった。
「我々砲兵は何が何やらの間に撤退が命じられ、包囲され、手を上げるしかなかった。キンダ大将閣下も降伏したという」
「カーラ元帥は脱出されたのですよね。どの程度の友軍が、包囲の輪から逃れたのでしょうか」
「私は元帥閣下らが幌梅から騎兵の護衛を連れて撤退されるのを確認している。だが道なき道しか撤退路がない。水や食糧抜きでは、騎乗者以外は厳しいだろう」
「はい。幌梅からタルタリア国境まで、最も近い場所で約100キロ。しかし近い辺りは、村落すらまともにない場所です。せめて水が日数分ないと、徒歩では……」
少佐と話す別の下級将校はそれ以上話すことはできず、少佐も同様なので互いに沈黙してしまう。
周りの席も似たような有様で、小声で話し合っても悲観的な内容ばかりだった。
そんな捕虜たちを乗せて、汽車は南へと進んだ。