139 「候補生」
「私ら、こっちで良かったのかな?」
「僕らは蛭子でしょ。周りも全部」
立食形式の宴席の甘味が多くある一角で、本国以外から送り込まれてきた20歳以下の候補生に当たる蛭子の少女と少年が、手にした料理の皿をつつきつつ駄弁る。
「そうなんだけど。それにしても、蛭子ってこんなにいたんだね」
「うん。でも、本国の人とそれ以外は雰囲気が少し違うね。もう、戦争に行ったせいかな?」
「さあ。どうなんだろ」
少女はネコ科、極西出身のピューマの半獣。中肉中背で褐色で短くした髪も褐色で少し癖毛がち。少年の方は、灰色の髪のイヌ科の半獣。色々と混ざっているのか、犬か狼かコヨーテなど特定は難しい。背が少し高めの細身で、彼も褐色だった。二人とも蛭子の痣は目立った場所にはない。
そして年齢もあってか、どちらも中性的な雰囲気がある。
そんな二人に、細身の長身の半獣が近寄る。階級章は特務中佐を示していた。
「霞、陽炎、楽しんでますか?」
「あ、先生」
「教官だって。ども」
少年の霞の自然体な言葉を、少女の陽炎が突っ込んでから軽く頭を下げる。
もっとも声をかけた暁は気にする風もない。そして霞も気にしていなかった。
「ねえ先生、さっき話していたアキツの人は誰ですか? すごく良い顔してた。学園でも僕らの講義中に廊下で話してましたよね」
「そういう聞き方するかなあ。でも、私も気になります」
陽炎は半目気味に霞を見てから暁へと視線を向け、二人の視線を受けた暁は大きめの笑顔を向ける。
その笑みは嬉しそうだった。
「戦友であり、友人と呼べる人達です。6年ほど前に彼らが極西に来た時に知り合いました」
「すごく強いですよね」
霞は暁の言葉に「そうなんだ」と満足げだが、陽炎はちょうど近くを通った甲斐と鞍馬に視線を向けつつ、強めの言葉で問いかける。
すると暁は、温和な彼らしくない男性的な笑みを向ける。
「ええ、強いですよ」
「暁教官よりも?」
陽炎はさらに強い視線を暁に向け、その横顔を霞が面白そうに眺める。
「はい。しかも前よりずっと強くおなりだ」
「それってやっぱり、戦争に行ったからですか?」
「どうでしょう。陽炎は、強さか、それとも戦争に興味が?」
「うん。強い人には興味があります。私も強くなりたい」
すかさず霞が「あ、僕も」と割り込み、暁は二人に目を閉じつつ2、3度大きめに頷く。
「なるほど、なるほど。ですが今この場所には、強い人なら大勢いますよ。二つ名持ちだけで20人以上。それに熟練の蛭子も数多」
「そうなんだよねー」
「だと思う。でも大鬼や獣人の、力任せの戦い方は私には合わない。暁教官みたいに同じ半獣がお手本には一番だけど、私より強そうなのはあっちでモリモリ食べてる白虎の人くらい。天狗は魔術師が多いけど、あの女の人は動きが良い。教官と話してた鬼の人は、もっと」
陽炎は真剣な目で講堂内の様々な二つ名持ちへと視線を向けつつ寸評していく。
そんな陽炎を、霞だけでなく暁も興味深げに視線を注ぐ。だが、暁は見ているだけというわけにはいかない。
それにとても感心していた。
「この短時間で良く見てますね。でも、まだまだです。全員見たわけではないでしょう」
「うん。多すぎ」
「端っこでこうしているしね」
「なら、私と少し回りますか。さあ」
霞が微笑みながらのんびりと言ったら、暁が思いついたとばかりに二人を先導する。
そして二人は、暁がそうしたのが何故かすぐに分かった。
「こちらは極西から来た陽炎、こちらは南天の霞。彼らは優秀で、既に二つ名を得ています。二人とも」
「霞。二つ名は『先読み』です」
「あ、私は陽炎。二つ名は『見切り』です』
そう名乗ると、次の配属に向けての紹介なのだという反応がある。そして何人かからは、ほぼ決まって同じ質問があった。「では次は前線に?」と。
それに暁は「先のことは」と笑みをうかべお茶を濁す。
そうして最後に少年、少女が関心を持った人物のもとへと歩み寄る。
「甲斐さん」
「うん。初めまして、候補生諸君。『凡夫』特務大佐だ。だがまあ甲斐でいいよ」
甲斐が顔を向けると、少女は言葉と共に頭を大きめに下げ、少年は軽く会釈する。
「ここで少し噂になってたぞ。暁の秘蔵っ子だと」
年少者の前なのもあって、特務大佐らしく威厳がある風に装う甲斐が口の端を上げると、暁は破顔する。
「私にとって、全員大切な候補生達ですよ。ただ、二つ名持ちなので、前線に出る可能性が一番高いと思いまして」
「そうか。僕も最初の任務は16の時だった。年は?」
「17歳です。任務も何度かこなしてます」
「同じく」
少女は真っ直ぐで背伸びしているのが丸わかりで、少年は自然体というよりあまり興味なさげな対比を甲斐は面白く見る。
だから甲斐が何か言う前に、少女が半歩前に出て続けて言う方が先になった。
「あ、あのっ! 稽古、じゃなくて訓練を付けてくれませんか!」
「陽炎」
暁が諭すように名前を呼びかけるが、甲斐は手を小さく上げて止める。
「教官が大勢いるだろ。それに同じ候補生も。不足か?」
「はい。暁教官以外は不足です。他の候補生は正面、魔術なしだと、一対多でも物足りません。それにアキツに来てからは、基礎や座学ばかりで……」
「なるほどな。二人とも、今までの任務は現場ばかりか?」
少女は怒られると思ったのか返事は「はい」とだけで、少年はのんびりと頷くだけ。
だが甲斐は、気持ちも分かるので軽く頷き返す。
「基礎や座学は大事だ。それに軍人として出征したら、移動か待機ばかりだ。歩くのと待つのが軍隊みたいなものだからな。大隊長をしていると、部下をどうやって退屈させないで済むかで頭を悩ませる。戦闘は一瞬しかないぞ」
「えっ。そうなんですか?」
言葉が信じられないのか陽炎は半目がちになり、何も話さない霞の方は暁と共に二人を交互に見ているだけだった。
そして甲斐が、さらにどう諭そうかと数秒開けたところで、横合いから声がした。
「大隊ちょー。何、子供をいじめてるの? いてっ」
皿に料理を山盛りにした朧の声で、朧の頭を一緒にいた鞍馬が小突いた声でもあった。
そして二人を認めた甲斐は、朧に視線を向ける。
「ちょうど良いところに来た。この二人から訓練を付けてくれと要望された。『魔眼』特務少佐、白兵訓練の相手をしてやれ」
「え、いきなり? いえ、了解しました。でも、候補生、ですよね?」
「二つ名持ちです。ですが、よろしいので? 勿論、こちらとしては有り難い話なのですが」
「しばらく国内待機だし、新装備受領と訓練くらいしかする事がない。それに彼女は大隊本部付きだが他の中隊と訓練する機会も少なく、かといって白兵戦は僕では不足と言っていたところだ」
「えっ、ひどい。僕、甲斐さんが強すぎるから嫌だって言っただけだよね。それに僕の兵科は斥候や狙撃。あ、二人とも銃の腕は?」
「銃は得意、じゃないです」
「僕はなんでも」
「フーン」。値踏みするように顔を少女と少年に近づけ、そして大きく人好きのする笑みを浮かべる。
「僕は朧。1年半ほど前まで、二人と同じ候補生してたよ。よろしく。まあ、退屈させないでね」
そう言いつつ、箸を皿の上の料理に突き刺して右手を差し出す。
それを「よろしく、お願いします」「お願いします」と少女と少年がその手を握る。
もっとも、組織なので近所の子供を塾に通わせるのとは訳が違う。だから暁は甲斐と鞍馬を見ると、鞍馬が軽く頷いた。
「実は先ほど村雨総隊長と、候補生の実戦部隊の見学や訓練入隊について話していたところです。だから、渡りに船といったところよ、暁さん」
「やはり、もう話が進んでいたんですね。それでは二人をお願いします」
「他の候補生はいいのか? 必要なら第2大隊の雷さんにも話を振るぞ」
「任務に出た事のある者もいますが、実力的にはまだまだ。この二人もまだ粗削りだし、戦士としてはともかく軍人としては少佐どころか少尉もおぼつかないので、鍛えてやってください」
「うん、了解した。朧ともども鍛えよう」
「えーっ! 僕もう座学は嫌だよ」
少女と少年ではなく朧の不平に、周りは笑いに包まれた。