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136 「天狗達の外交(1)」

 甲斐達が皇立魔導学園で過ごしている間、戦争は停滞を続けていた。

 タルタリアは全軍の2割に当たる戦力を全て失い、再編成と前線への兵力増強を懸命に行なっていた。


 一方のアキツは、50万もの捕虜への対応と、前線への補給路の整備で手一杯で、進撃どころではなかった。

 そして8月中旬からの停滞を利用し、ここで戦争を終えようと考える人々は、主に水面下で活発な活動を行なっていた。


「停戦や講和に我が国が乗り気でも、タルタリアの特に上層部が頑なで扉を閉ざしていてはねえ」


 長い耳と短い銀髪の男性が嘆息する。

 アキツの外交を預かる大仙外務卿だ。そして彼と同席するのも耳の長い者たち。席は囲んでいるが机はなく、それぞれが品よく座っている。

 後ろの席に控える秘書達も同様で、さながら天狗(エルフ)の集まりだった。

 しかし大仙がいるのを象徴するように、単なる天狗の集まりではない。天狗が外交や海外貿易で活躍するのを示すように、そこは外交のための集まりだった。


「直接は無理でも、間接的なら道もありましょう。天狗は只人(ヒューマン)の国にもおります」


 品よく言葉を口にするのは、前髪を揃えた長い漆黒の髪の女性の天狗、南鳳財閥総支配人の鳳凰院玲華だ。

 敢えてであろうが、外交の話をするには似つかわしくない華麗な出立ちをしていた。


公爵夫人(ダッチェス)鳳凰院の言われる通り、道はまだまだございます。アルビオンはタルタリアと関係の深い国々と接触を強めましょう。本国では、現在進行形でガリアとの話し合いが持たれています」


 優雅にそう話すのは、アルビオン精霊連合王国の駐アキツ大使のロドニー伯爵。西方の人々が最も連想する金髪碧眼の天狗で、10年近くもアキツに駐在している。

 アキツ語も実に堂に入っていた。


「感謝の念に堪えません。ロドニー大使」


「大仙外務卿には、我が国も私も、それに我らが祖先も幾つもの借りがあります。今回は私どもの番というだけです」


「ですが、戦争債でも随分と力添えいただいています。戦争が短期で終わらない今、実に有難い」


「それは貴国が勝利されたからこそですよ。首都ロンディの金融街で売れるのはアキツのものばかり。我が国の者が買わずとも、低利のものでも飛ぶように売れていますよ」


「嬉しい話です。将軍から兵まで全ての者達が奮闘したおかげです」


「まさに。実に華麗で見事な勝利。数十年ぶりに戦争芸術(アート・オブ・ウォー)を堪能しました。それなのにタルタリアの動きが鈍いのが本当に解せません。公爵夫人の耳には何も?」


 品よく葉巻の準備をしつつ、ロドニーはその目線を大仙から鳳凰院へと向ける。

 すると鳳凰院は、「本当に困りました」と言わんばかりの仕草と表情を見せた。


「私どもの耳は、天狗の話し声と商いの話をよく捉えます。ですが、彼の国の天狗は鳥籠同然。商いの方は、戦争が始まって途絶。隣国の北方妖精連合の北森の都や、ヘルウェティアの金融街で耳をそばだてるのが精一杯。ロドニー様の故国アルビオンとでは比べ物にはなりませんわ」


「フフフフ、謙遜を仰る」


 上品に笑い返しながらロドニーは続ける。


「戦争債を我が国どころか西方諸国を上回る勢いで買われている上で、アキツの高品質の魔石(ジュエル)を市場で有利に売買されているではありませんか」


「わたくしどもは商人ですので金儲けに聡いだけ。そして金しか持たないのですから、せめて戦争債くらい買わなければ竜皇陛下に申し訳がありませんし、公民(シヴィル)から石を投げられてしまいますわ」


 鳳凰院玲華はそこで言葉を切り、優雅に珈琲が満たされた湯呑みを口にする。そして皿に湯呑みを置きつつ大仙へと強めの視線を向ける。


「ですが、政府はタルタリアの水面下に潜む方々から、色々とお話を伺っていると耳に致しましたが?」


「そうです、と言いたいところですが、お二人も知っている程度の話ししか存じません」


 大仙は肩を竦めたあと、言葉を続けた。


「タルタリアの貴族達は、自分たちがそうするつもりだったので、包囲後に降伏したタルタリアの将兵全てを我が軍が虐殺したと思い込み、頑なな態度をとっていると」


「そうなのですか? わたくしどもでは、タルタリア国内で強く煽っている者達がいるという確度の高い噂を耳にしております」


「ほう、確度の高い噂。興味深いですな」


 そう言ってロドニー大使は少し前に腰を浮かせる。


「興味を持たれるほどではないでしょう。アルビオンの陰の円卓達なら、同じ噂を耳にしていると存じます」


「ハハハ、これは敵いませんな。そうかもしれませんが、ここは情報の共有を願いたく」


「そうですね。その為の集まりですからね」


 少し芝居がかったロドニーと鳳凰院のやりとりに嘆息した大仙は、自らが主催している事もあってか観念したような表情を見せた。

 「腹を割って話すべきだ」と。

 そしてその仕草と雰囲気を見て、他の二人の天狗はそれぞれ珈琲と葉巻を口にする。

 その間に、大仙の後ろに控えていた天狗が、二人に資料を手渡す。表紙も何もない数枚の手書きの書類だが、その重要性を二人はすぐに理解した。


「既に冬営を見越しておられるとは」


「少し気が早くございませんか? 次の決戦は秋だと仄聞致しましたが」


 二人とも意外そうなので、大仙は苦笑いを浮かべる。


「国家とは常に最悪を想定するもの。違いますか?」


「全くその通り。これは私どもが甘かった」


「ええ。ですがアキツ軍は、大規模な会戦による派手な勝利を以て、タルタリアとの講和を図るという筋書きではないのですね」


「勿論、二つ目くらいの楽観的な計画ではそうなっています。政府、軍、そして私個人としても、そうであって欲しいと本気で考えています」


「だが、戦争には相手がいる……」


 大仙の言葉の後ろを語るようにロドニー大使が半ば独白したが、さらにその後を鳳凰院が続けた。


「そしてこの集まりは、可能な限り戦争を短期に終わらせる為の外交を相談する場だとばかり。ですけれど、違いますのね……」


 言葉を続けあった二人はそこで沈黙し、思考を巡らせる。魔術に長ける天狗は魔力が知性にも大いに向けられるので、並の人では考えられない思考を巡らせる事ができる。

 そして大仙は、二人が何らかの回答に行き着く僅かな時間、珈琲を味わいつつ待った。

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― 新着の感想 ―
お嬢様が出てくると、話しがどの様な方向に行くのかドキドキします
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