135 「旧友との再会」
「6年も経つと、懐かしさすら感じますね。お変わりなく」
「うん。戦争してきたが、この通り五体満足だ。暁も、動員されてアキツに?」
甲斐の質問に、暁は肩を竦める。
「動員というより引率ですね」
「引率?」苦笑気味の暁に、甲斐は首を傾げる。
「極西と先住諸部族連合の竜公は勇足で、戦える蛭子を根こそぎ本国に送り出したのです。ところが軍への編入となると、20歳になってから。それ以下の子供は、戦時ですので屯所にも入れてもらえず、候補生という扱いでこうして学園で座学や実技をさせています」
「ハハハッ、それで引率か。先生や教官でもないんだな」
「私も軍隊教育は受けてないので、大半は本国の専門家に任せています。ただ、粗相があった場合に備えて、私のような目付け役が必要というわけです。本国と違って、規律や行儀は今ひとつなので」
「分かる。黒竜出身の部下がいるが、奔放な奴なんだ。これが」
おどける暁に甲斐は何度も頷く。
それを見て、暁も微笑みを浮かべる。
「そんな余裕でいられるのも今のうちですよ。極西だけじゃなく、南天からも随分到着しています。東南域の各所からも」
「多少は聞いてる。しかもアキツ本国は術者や研究職が多いが、極西とかは僕らみたいな兵士、ではなく戦士ばかりなんだろ」
「ばかりって事はありませんが、若い者の半数は戦闘部署か、それに準じる配置ですね。しかも訓練所に属しつつも、15になれば現場ですから」
「本国も実際はそんなもんだよ。二つ名持ちは特にな。僕も初任務は16の時だった。で、候補生は何人くらい?」
甲斐は言葉の最後に態度も少し改めると、暁も少し雰囲気を落ち着かせる。
「ちょうど20人。極西から私と一緒に来たのは12人ですが、他に適任者がいないので南天や他の子供の引率もまとめて任されました。大人の大半は屯所か演習地にいるはずです」
「大人の数は分かるか? 合計7、80人とは聞いているが、差し引き50人くらいか」
「そんなところですね。ただ、個々の戦士としては強くとも兵士や軍隊としての訓練や規律に欠けるので、部隊編成どころじゃないと聞いてます」
暁の言葉に甲斐は大いに苦笑する。
心当たりがありすぎたからだ。
「本国の蛭子も、以前は似たようなものだった。4、5年かけて軍隊の向きを強めたのに、旅団や大隊の編成も大変だった。3ヶ月は仕込まれるだろう。それに大隊長やそれ以上の指揮官が出来る将校はどうするんだ? 本国でも片手で数えるほどなのに、蛭子の頭数自体が少ない地方はいないだろ?」
そう問われて、今度は暁が大きく苦笑する。
「軍隊訓練はともかく、指揮官は足りませんね。私も10人ほど率いた事が何度かある程度で、他も私と似た程度の者が数名いるだけ。講義を受けたいのは私達ですよ」
「高級将校と言っても、蛭子は大抵二つ名持ち。個人として秀でているだけで、指揮官として熟練しているわけじゃないから尚更だな」
「かといって、普通の将校に蛭子は指揮できません」
「指揮官が部下に付いてこれない上に、簡単に死ぬからなあ」
「それ以前に、普通の将校は蛭子がどれくらいの能力なのか知らないでしょう」
「参謀本部の秀才参謀様も、強い駒、くらいにしか思ってないからなあ」
甲斐がそう返し、二人して力なく笑う。
「だからでしょうね。10代なのに軍属待遇で前線に派遣するかもしれません」
その笑いを収めた暁が、憂いた目を講義室そして甲斐へと視線を向ける。甲斐には暁が次に何を言いたいのか分かるので、首を左右に振った。
「僕も宮仕だ。上が決めたら何も出来ない。せめて将官に昇進しないとな。だが、御子様が前線に赴かれる際の護衛としてなら、ねじ込めるかもしれない」
「御子様? 戦場で兵士に加護を与える為ですよね。専門の護衛がいるのでは?」
甲斐の言葉に希望を見るよりも、疑念が顔にも声にも表れている。
「うん。実は今、昼間だけだが三之御子様とタルタリアの第三皇女殿下のお側に付いている。本来は大剣豪の金剛様がされているのだが、その代役でな。それで僕も学園にいるわけだ」
「なんと。でしたらお側にいなくては!」
こんなところで駄弁っていてはと慌てる暁に、甲斐は手をヒラヒラとさせる。
「学園は最も安全な場所の一つだ。それに今そばには鞍馬がいる。覚えているだろ」
「勿論。『天賦』ですね。それにしても大剣豪の代役とは」
「代役と言っても、まだまだ及ばない。でもまあ、見張りくらいは務まるし、こう見えて三之御子様と金剛様とはかなり親しいんだ。大剣豪は政府や軍の序列の外におられるから、御子様共々一言いただければ子供の蛭子を最前線には出さずに護衛にする事が出来るかもしれない」
少し考えつつの甲斐の言葉に、暁の表情が明るくなる。
「私も候補生の訓練や知識不足を理由に頑張れるだけ頑張りますが、もしもの時はお願いします」
「うん。だが、今から根回しや準備もしておいた方が良いだろう。本国でも似たような事を考えていたという話を、帰国後すぐに聞いた。こっちは、白峰様のお怒りで全部流れてはいるが、次の戦場は外地。御子様の出陣自体は確定だ。専属の護衛がいるが、何人いても構わないだろう」
「そうですね。お願いします」
「うん。それで暇な時間はあるか?」
会った時から感じていた暁のどこか沈んだ気配がかなり和らいだので、甲斐はつい言葉が出てしまった。
それに暁が、明るい笑みを返す。
「夕方以降なら。平日ならいつでも。そう言う甲斐さんは、凱旋帰国して休暇中でしょう。『天賦』、もとい鞍馬さんとは良いんですか?」
「鞍馬も会いたがるよ。それと僕らも、お二人をお送りした夕方以降は空いている。飯でもどうだ?」
「いいですね。良い店、紹介して下さい。甲斐さんの手料理なら、なお良しです」
「とりあえず、今晩は店で我慢してくれ。連絡は……『念話』でいいか? 札はこれを使ってくれれば、鞍馬に直通する」
話しつつ甲斐が腰につけた革の小物入れから魔術用の札を一枚差し出すと、暁は笑いつつ受け取る。
「アハハ、分かりました。でも、いいんですか? 甲斐さんの鞍馬さん用の札では?」
「何枚か持ってるから問題ない」
甲斐は大きめに笑みを返すと、「相変わらず尻に敷かれているようで安心しました」と暁は笑った。
そしてその後も昼休み前まで話してから一旦別れ、夕方を待った。
「本当に久しぶりね、暁さん」
「ええ、本当に。改めてご無沙汰していました、鞍馬さん」
「改めて挨拶する仲でもないだろ。さあ、飲もう。再会を祝して」
「「再会を祝して」」
そしてその日の夜、大衆向けの居酒屋に入った甲斐、鞍馬、暁の3人は、再会を祝して盃を掲げる。
「でも、私も一緒で良かったの? 男同士の方がいいんじゃない?」
「そんな事ありません。私たちは戦友だし、友人じゃあないですか」
鞍馬の少しからかう様な口調に、暁は屈託のない笑顔で返す。
「昼に話した通り、暁とはもう随分と話しましたよ」
「そうらしいわね。でも、旧友に会えるのが戦争のお陰なのは、ちょっと皮肉ね」
「戦場でないだけマシですよ。でも、二人は変わってませんね。互いの口調もそのままで、ホッとします。特に甲斐さんが鞍馬に丁寧なのが」
「これはもう三子の魂ってやつだよ。それを言うなら、暁は誰にでも丁寧口調じゃないか」
「性分なので。知ってるでしょう」
笑みを浮かべつつ暁が返すと、甲斐は鞍馬以外には見せないような大きめの笑みを浮かべる。
「うん。暁も変わってなくて良かった。まあ、お互い、多少偉くなったがな」
「相応に年齢も重ねましたからね。とはいえ私は中佐なのに、お二人は大佐とは。感服です」
「僕は貧乏籤引かされただけだ。おかげで大隊を率いる羽目になった」
「仕事の話はしないで。お酒が不味くなる」
鞍馬が口を尖らせると、男二人も笑った。




