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132 「全体閣議(2)」

「近代国家間の戦争に亜人も只人(ヒューマン)も関係ないだろう。我が国を馬鹿にしている!」


 伯耆が腕まで組んで怒りを露わにすると、多くの閣僚が賛同を示す。だが外務を担当する大仙は、この程度で感情を乱すとはと言いたげだ。


「閣議の場です。少しばかり言葉が過ぎるかと。それにこれらは半ば感情論から出たものです。しかもタルタリアの庶民は教育を与えられておらず、政府と真教の言葉を鵜呑みにします。ましてや戦地は辺境のさらに先で、生きて戻った将兵は一割にも満たず。悲観論が出ても、彼の国ならおかしくはない。そして彼らの友邦も同情しているといったところのようです」


「人夫、輸卒なども合わせて60万。うち捕虜は50万。なんにせよ数が多過ぎます。想定では20万の受け入れ能力しかなく、現在前線から移送を急ぎ進めると共に関係各所と連携して受け入れ体制の拡充に全力を傾けています」


 兵部卿の叢雲が数字と状況を示したが、それに大仙が小さくお辞儀をする。


「そうなのですが、帝都以外の他の都市、特に大都市に住む富裕層、中流階層は実質的に兵役がなく、戦争に関連した景気以外は半ば他人事で、戦争の話題は少ないようです」


「せやけど、帝都はえらい騒ぎなんやな」


「はい。新聞の見出しは「アキツを倒せ!」「魔物の国を倒せ!」「悪魔どもを滅ぼせ!」という有様。群衆を集めての行進までしているとか。ただ、全て電信による情報なので、まだ詳細が送られて来ていません」


「向こうの新聞や荷物が届くの、最短でどれくらいかかるんやった?」


「約1ヶ月です。北方妖精連合が入手し、主に船で極西に至るまで10日前後。極西大陸横断鉄道が荷下ろし含めて約1週間。大東洋の高速船の横断が約2週間かかります。一方で、タルタリアは電信以外で極東の最前線の事を知りたければ、1週間から10日かかります」


「我が国も前線からは最短3日かかるからな。諸々伝わるのが大変なんは、よう分かった。みんなも、この件で外務卿いじめたらあかんで」


 白峰が冗談めかして言うと場の空気が少し和み、笑みを浮かべるものもいた。

 しかし距離の問題以外で話された内容はかなり深刻だった。だからこそ、話を少し逸らしたとも言えた。

 戦争の早期終結がまた一歩遠のいた事が分かったからだ。


「それで、我が国が侵攻してきたタルタリアの全軍を虐殺したという噂が広がったのは、いつだね?」


 仕切り直してきたのは伯耆。

 話さないわけにはいかないので、大仙も頷いてから口を開く。


「噂が出始めたのは、帝都に前線の状況が正確に伝わった今月9日頃。さらに1週間ほどして、撤退に成功した部隊から詳細が伝えられる頃には噂は大きくなっていたようです。それが真教を通じて庶民に伝播し始め、この1週間で一気に膨れ上がりました」


「広がるのに1週間あったのなら、もう少し早く情報を入手できたのではないのか?」


「無茶を言わないで欲しい。タルタリアの我が国の大使館は既に撤退し、武官は最初から置かせてもらえず。商人など一般人で残っていたアキツ人は、国外退去か軟禁。隣国の北方妖精連合にある大使館などで、友邦の助けを借りて情報を収集しているのですよ」


「それとタルタリアの反政府組織からな」


 白峰がそう付け足すと、場の空気が少し緊張する。

 タルタリアの反政府組織と接触を持っている事は既に知られていたが、閣議の場で話したという事は政府が認めたに等しいからだ。

 もっとも、話した白峰はいつもと変わらない若い姿に老獪さを滲ませている。


「その反政府組織は、タルタリア国内でさらに戦争を煽る気や。内務卿、あんたの望む通りタルタリアは矛を納めへんで」


 反応に窮する伯耆を尻目に、白峰の言葉と視線を受けて叢雲が頷く。


「はい。現在最前線では、我が軍が2個軍6個師団を配備。それ以上は鉄道の補強工事が完了するまで補給の問題から大きな兵力増強は出来ません。これには1ヶ月かかります。そこから前線への兵力増強と補給物資の輸送となり、次に進撃できるまで1ヶ月半を見ています」


「我が国もやる気満々だな」


「はい。軍としては、敵が戦う姿勢を見せている以上は戦わざるを得ません」


「だが戦争は相手がいる。思惑通りいくとは限らないのではないか」


 伯耆の続けての嫌味を含んだ声に、兵部卿の叢雲は淡々と返す。


「その通りです。相手となるタルタリア軍ですが、8月半ばの時点で前線には2個師団のみ。他に後方に、撤退して再編成中の騎兵部隊が3個師団。また今日までに、既に1個師団は到着していると推測されます。今後は兵力の増強が今まで同様として、1ヶ月で最大5個師団が本国から移動してきます。そして1ヶ月半後には、10個師団程度に増強されると予測されます」


 簡単な概要を言い終えたところで挙手。

 大蔵卿の山彦だ。特徴の禿頭を別の手で軽く撫でつつ、太政官、外務卿、内務卿へと視線を向ける。


「もうそんな話をする段階なのか? 戦争公債は国内外ともに売れ行きが好調なので金はどうとでもなるが、意固地になっているタルタリアが手を挙げるまで続けるのかね? いつまでかかる? 金庫番としては、何か具体的な言葉を聞きたいのだがね」


「軍としては、引き込んでの決戦でケリが付かない以上、攻め込んで敵を撃滅するより他に手はありません。そして現在は、10月半ばの次の会戦に総力を傾けたく考えています」


「10月半ばの理由は? 相手が準備不足のうちに叩くという事か?」


「それもありますが、11月に入って以後のサハでの戦争が非常に難しいからです。ここではまだ夏ですが、向こうは既に秋です。10月半ばには雪が降り始めます。そして北の大地の早い冬が来る前に戦争が終わらなければ、そのまま冬営。つまり戦争は半年先まで自動的に続く事になります」


 それを聞いた山彦は、撫でていた頭を叩く。妙に良い音なので、より注目が集まるほどだ。


「良く分かった。今回のような大勝利で戦争を終わらせてくれる事を、心の底から願うよ。その分、捕虜、負傷兵、10月の会戦に必要な金は幾らでも用意してみせよう」


「心強いお言葉、感謝いたします。軍も総力を傾ける所存です」


 頭を下げた叢雲に別の誰かが挙手。

 下座の方に座る内務省の閣僚だ。


「冬になったとして、本当に戦えないのか? タルタリアは伝統的に冬の戦争が得意と聞き及ぶが」


「冬の頭か春先ならなんとか。ですが真冬はマイナス20度が当たり前。トナカイが立ったまま凍りつく事すらあるのですよ。大軍の運用は自殺行為です」


「な、なるほど。北氷州や荒州と同じかそれ以上という事か。仕事で行ったが、あそこの冬も寒いなんてもんじゃなかった」


 そう言って納得したので、叢雲としては(冬の話は打ち切ろう)と考えてたが、今度は別の閣僚が小さく手をあげる。やはり内務省の閣僚だ。


「冬でも少数精鋭に十分な冬季装備を持たせれば、軍事行動は可能ではありませんか? 今回の戦闘でも精鋭部隊、いや蛭子による特務部隊がたいそう活躍したと聞き及びます。如何か?」


「蛭子はもう出さへんで」


 叢雲が何かを言う前に、上座の銀髪の青年が断言する。

 態度も雰囲気も変わらないが、その声には抗えない「何か」があった。

 勿論それは魔術の類でもない。

 その白峰の一言で部屋の空気が緊張するが、数瞬後に叢雲は何事もなかったかのように返答を口にした。


「えーっ、サハの冬の寒さは、魔法や技術それに類稀な魔力でも克服出来るほど甘くはありません。それに軍としては、今は秋の会戦が全てです。秋に向け、関係各所の協力を宜しくお願いします」


 そして最後に軽く頭も下げたので、それ以上話を振られる事もなかった。


(白峰さんの一言が効いたな。まあ私としては戦争は早く終わって欲しいから、周防君ら参謀本部には悪いが閣僚達が私と白峰さんが早期終戦派と考えてもらい、伯耆さんら戦争継続派ともこれで距離を置けたのは悪くない)


 その後も全体閣議は続いたが、兵部卿の叢雲はそんな風に思考を巡らせた。

 そして彼と内務卿の伯耆のように、国の中枢が二つの考えに分かれつつあるのを多くの者が感じていた。

 太政官の白峰もそうだった。


(早期終戦派と戦争継続派か。面倒やな。まだ、初手で勝っただけやで。浮かれるんは公民(シヴィル)だけでええやろ。なんにせよ、神祇卿とも話して陛下に害が及ばんようにせんとなあ)


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