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129 「謁見」

 鞍馬達がメグレズと会っているその日の午後、甲斐はまずは村雨特務少将に呼ばれ、さらに二人で別の場所に来ていた。


「僕、いえ自分は場違いではありませんか?」


「気にするな。俺もだ」


 広い、とても広い廊下に二人の男の声が小さく響く。

 場所は竜都の中心にある竜宮。秋津竜皇国の国家元首である、竜皇が寝起きするアキツにとって最も重要な施設だ。

 建物は竜皇を基準に作られているので、半ばついでに人が使う施設も不必要なまでに大きな間取りが取られていた。


 そこを歩くのは、二人以外に案内役の紙の面を付けた神祇省の役人が二人の前を、警護役という名目の者2名が二人の後を個性を押し殺して歩く。

 二人以外は、まるでよくできた式神(サーヴァント)のようだ。

 

「ですが、竜宮のこんな奥にまで入るのは初めてです」


「俺も数えるほどだ。だがな、長命の蛭子なら嫌でもそのうちここの勤めになる。その見学だとでも思っておけ」


「その話は聞いた事があります。ですが、今の方が自分には深刻です。どこで何をするんですか?」


「……そのうち嫌でも分かる」


 それだけ口にすると村雨は黙ったので甲斐もそれ以上話しかけずに、黙々と広い建物内を歩いた。

 そして何度か扉を潜った先、簡素だが品の良い大きな部屋へと行き着く。その先にも扉があるが、部屋には椅子や机が隅の方に置かれていたりと、控えの間や待合室のような雰囲気があった。

 そしてその部屋に、数名が待っていた。


 一人は白い狐の獣人(ビースト)。膨大な魔力と多くの尻尾を持つのを甲斐はひと目で見抜いたが、魔力に関係なくその人物は見知っていた。

 神祇卿の東雲だ。それ以外に4名いるが、顔を独特の模様を描いた紙の面を付けた神祇省の官僚たちだ。だが着ているものから、控えている者ですからかなりの役職にあると知れた。


(特務大佐の僕が一番下っぱなくらいだろうな)


 そう思ったところで、待っていた5名が頭を下げる。

 村雨や甲斐が偉いのではなく、主人の客を迎えるような雰囲気だ。

 その仕草で甲斐はおおよそを察して、甲斐は珍しく心身の緊張を感じた。

 そんな甲斐を無視するかのように東雲が二人を見る。


「ご足労かけました。陛下たっての希望により、お二人には陛下への謁見をしていただきます。ですので甲斐三太特務大佐は、特務准将待遇とします」


「ハッ。大変な栄誉、謹んでお受けします」


 二人して礼と共にお決まりの返答をするが、甲斐にとっては准将待遇を受け入れるという意味もある。


(竜皇陛下と個人的謁見をする場合、軍人は将官である事が条件だからな。しかし謁見とは。軍服を着てこいと言われたわけだ)


 そう思いつつ自身と隣の村雨を一瞬だけ視線を向け、それ以外は直立不動の姿勢で次の言葉を待つ。


「そう硬くならずに。まもなく準備が整います、楽にしてお待ち下さい。それと、何か質問などあればお受けしますが?」


 「それでは、宜しいでしょうか」。言葉に釣られるように甲斐が問いかけると、それに一瞬だけ村雨が視線を向ける。非礼とまでは言わないが肝が太すぎるだろう、とでも言いたげだ。


「謁見は公式のものでしょうか。自分は本日の謁見について、謁見である事すら知らず、事前に何の情報を得ておりません。その点からも、お答え頂ければ幸いです」


「そうですか。それは上の者は良い判断をしましたね。今からの謁見は非公式です。陛下は、公私ともに私的に少数の者と会う事はありません」


「了解しました。心致します」


 言葉と共に礼を返したが、東雲の言葉の外には決して口外してはいけないという意図があり、それに対する了解の返答でもあった。

 そしてその程度を察せる者だけが、こうした場に来て陛下に会う事ができる。


 甲斐の場合は、村雨やさらに上の蛭子衆の者がそう判断したからであり、生まれてからずっとそう教育を受けてもいたからだ。

 それもあって質問や会話をする事もなく、静かに時間を待つ。そして十数分すると、甲斐たちがまだ通っていない扉が向こうから開いた。


「準備が整いました。皆様どうぞこちらへ」


 相変わらず紙の面を付けた官の案内で、村雨と甲斐それに東雲の3人が進む。扉の先は部屋かと甲斐は思っていたが、また廊下だった。

 しかし目の前に次の扉はなく、何度か曲がり角の先にようやく両開きの大きな扉があった。


「その扉の先にございます。どうぞ二人でお進み下さい」


「私もここまでです。公の場でしたら私もご一緒できたのですが、これより先は陛下個人のお時間です。お二人もその事をお忘れなきように」


 案内に続いて、同行していた東雲神祇卿が廊下の横について、二人に頭を下げる。

 その姿と態度は、主人の客を迎える者のそれだった。しかも最初と違って本当の気持ちが感じられた。

 そんな姿に見送られつつ、二人は開かれた扉の中へと進む。


 そこは扉が開いた時から感じられたが、非常に広い空間だった。各所から外の光が入り、魔法的な照明が十分に施されているので明るく、その点からも扉が開いた時点から中の様子は窺い知れた。

 だが、扉を超えた瞬間に二人は強い『威』を感じた。

 威圧、威厳、威容、威風。そういったおごそかと言える『威』だ。


 そしてそれを発しているのが、部屋の中央やや後ろにトグロを巻くようにして鎮座する巨大な『竜』だった。

 主に遠目と写真、写憶機(メモリー)で見知っている、彼らの国家元首であり君主だ。


 そしてその傍には、派手さはないが威厳を感じさせる椅子に腰掛けた高貴な服をまとった一人の男性の姿。

 『依代』と言われる、竜皇が人と直接会話し、交流するための存在。依代だが竜皇と同じ存在と認識されているので、甲斐と村雨は定位置まで足を運ぶと恭しく礼をする。


「この度は謁見の栄を賜り誠に恐悦至極に存じます」


 村雨の言葉に対して竜皇と依代は少しの間、軽く頷き返したのみで二人を見る。そして十秒もすると依代は高級な布の頭巾を被り、頭巾に付いていた顔面を覆う面を下ろす。

 その面は、官たちが付ける紙の面と模様が似ていた。

 そしてこの状態は、依代ではなく竜皇そのものが話す際にあると、式典などに出る者には知らされていた。


『そなたらなら念話で構わんな。顔を上げよ』


 まだ頭を下げたままだった二人の、感覚的には頭全体に響くような非常に強い『念話』による声。

 甲斐は普通の『念話』には慣れていたが、まるで耳元で叫ばれているような感覚だった。隣の村雨も表情からは同じように見え、さらには彼にとっても初体験であると窺い知れた。

 しかし二人とも、直に声をかけられたので全てを無視して頭を上げ竜皇を直視する。

 

 竜皇がいるのは謁見の間というよりも、どちらかというと民家の居間を連想させた。全てが竜皇に合わせ大作りだが、どことなく居心地の良さそうな空間だった。

 空間自体は、10メートルほど掘り下げた上に巨大な構造物による建造物が建てられ、外から見た場合と比べると大きな空間が確保されている。

 その「部屋」の上座に竜皇がいるのだと理解できた。


 そして二人の方は、掘り下げた場所ではなく地表に当たる場所が床になるので、少しだけ首をもたげて楽な姿勢をしている竜皇の頭がちょうど良い位置にあった。

 

『依代ではなくこちらを見て話せ。口からで良い。とはいえ、そなたらから話せる筈もないか』


 二度目の『念話』は、最初より少し「小さく」聞き取りやすくもなった。


『少し声が大きかったようだ。いつもは遠くから大勢に向けて直接話しかけるので、つい大声になった。許せ。これなら問題ないか?』


「滅相もございません。ご配慮痛み入ります、陛下」


 代表して村雨が礼を述べ、甲斐は揃って頭を下げるのみにする。だが、竜皇の関心は、村雨よりも甲斐にあるように思えた。

 甲斐は大きすぎる目の視線を感じたからだ。


『先代の一之御子に似ているな……。いや、なんでもない。この度は奮闘したと聞き、蛭子達を代表して呼びだてた。誠に大儀であった。従軍した者達、特に最も危地に赴いた者達に朕の言葉を伝えよ。東雲は他言無用と言うだろうが、程々でよい』


 言葉の最初と最後がどこか人間味を感じさせ、特に甲斐には独白と言える最初の言葉に衝撃に近いものを受けていた。

 しかし、この場で問いかける事など出来る筈もなく、その後は『戦場(いくさば)はどのようだった』といった質問を2、3受け、それに二人交互で答えて非公式の会見は終わった。

 「俺も陛下からのお言葉を賜ると聞いていただけだ。それも文書をもらうだけで、直接の謁見とは思ってなかった」という、村雨の言い訳を竜宮での最後の言葉として。

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