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128 「商談」

 ・竜歴二九〇四年八月二十二日


 アキツの政府及び軍が勝利によりかえって混乱している頃、甲斐ら特務旅団は来月の頭までの長い休暇にあった。

 といっても、旅団長の村雨ら一部の幹部は、休んでばかりもいられない。

 第1大隊の大隊長の甲斐も例外ではなく、この日の休暇は鞍馬一人で過ごしていた。


「改めて、凱旋おめでとう。それに無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます、クラマ」


「重ねてありがとう、メグレズ」


 落ち着いた西方風の部屋の一室で、二人の美女がにこやかに挨拶を交わす。

 メグレズと呼ばれた金髪の天狗(エルフ)は、反タルタリア運動をしている秘密結社七連月(セプテントリオネス)の幹部の一人。名前も通称で本当の名前ではない。


 表向きは、タルタリアの魔石(ジュエル)商としてアキツに長期滞在しているエリザベータ・ソブレメンヌイ。だが鞍馬は本当の素性を知っているし、この場はアキツ政府が用意したタルタリアではなくメグレズ達の為の『商館』。


 戦争でタルタリア外務省の職員と駐在武官は国外に出たが、商人はその限りではないしアキツ政府により行動の自由は保障されている。

 それを利用したメグレズたちは商人として動き、監視の形で政府関係者との接触を行なっていた。


 秘密が確保できるし部屋には二人以外に数名しかいない。

 だからお互いに、緊張感はあっても気兼ねなく話せる。


「でもあなたが喜んでいるのは、これを無事手に入れられるからでしょう。朧」


 鞍馬が座る斜め後ろに立っていた朧は、お仕着せと言える身なりに丈夫そうな長方形の革鞄を二つ持っている。

 その彼女が数歩前に出て、机の上に2つの革鞄を並べて置く。さらに置いてすぐ、鞄の上に付いている留め金を外し、真ん中から二つに開いた。

 仕草は完璧で、軍務をこなしている時の彼女のそれだった。

 開いた鞄の中には、多くの勾玉が整然と並んでいた。


「これは……素晴らしい品々ですね」


「あなたの同士アリオトさんからの注文よ。帰投中から同僚や部下に頼んだから特級より1級が多いけど、見ての通り品質は保証するわ」


「では、早速拝見させて頂きます。……本当に良い品ね」


 メグレズは区分けされた鞄の中から、特級に分類される勾玉(ジュエル)を手にして目に当て、その中の輝きにウットリとした視線を注ぐ。勾玉は魔石の上質なもので、鞄の中の全てが1級か特急の最上質だった。

 そんな勾玉の確認作業を鞍馬とまた定位置に下がった朧が黙って見ていると、メグレズが再び口を開いた。


「ちなみに、どのくらいの期間で、何人分かお聞きする事は出来る?」


「人数は軍機に触れるのでご容赦を。と言っても、アリオトさんから聞けばある程度は分かるわ」


「そう。でも残念ながらアリオトは、今はタルタリアの帝都よ。期間の方は?」


「約2週間。だから特級は、次に期待していて」


「ええ。けど、これだけでも十分なほど。とはいえ、しばらくは定期的に買えるのも有り難いわ」


「やっぱりタルタリアでは、勾玉は不足しているの?」


 「ありがたい」というところに強めの気持ちが篭っていたので、鞍馬は誘導されるように聞くと、強く頷き返された。


「ええ。質の高いものは特に。何しろ魔石の最大の輸出国のアキツが、タルタリアと全面戦争で国際価格が暴騰。しかも、タルタリアと敵対する北方妖精連合は、既にタルタリアへの輸出停止状態。同じ亜人(デミ)国家のヘルウェティアも、売り渋っている」


「アルビオンや極西の南部精霊連合は?」


「どちらも国際価格の高騰を前に、一部の備蓄を放出。建前は国際価格の安定化の為だけど、荒稼ぎに出ているのは明白。でも、どちらもタルタリアへの売却は低調。植民地産のあるガリアはともかく、ゲルマンが買い占めに奔走しているわ」


「その話を聞くだけで、国際情勢が見えてくるわね」


「ええ。世界は只人と亜人の対立に向けてまっしぐら。そして世界最大の亜人国家と戦争中のタルタリアは、亜人と魔人しか産み出せない魔石不足に喘いでいる。だから、この品も当初の予定より高値で買い取らせて頂くわよ」


「へーっ。ちなみにお幾ら?」


 その言葉は、それまで無面目だった朧。品定めをしている勾玉のいくつかは、彼女が売りに出しているものだからだ。

 もっとも、無面目が長続きしなかったというだけというのが、おそらく真実だろうと鞍馬は思っていた。


「予定では2倍だったけど、3倍で」


「3倍! 次は頑張って特級をいっぱい満たしてくるよ!」


「期待させてもらうわ」


 大きな仕草付きで驚く朧に、メグレズがニコリと営業の笑みを返す。もっともその笑みに鞍馬は騙されはしない。


「タルタリア国内だと、それ以上なのね。市場価格はざっと戦前の相場の5倍ってところかしら?」


「ご明察。でも他のタルタリア商人、タルタリアに売る西方諸国の商人は3倍では買ってくれないし、5倍という価格を知っているアキツ商人はまだ殆どいない筈」


「そう。でも次の取引の頃は、同じじゃあないでしょう?」


 少し首を傾け問いかける鞍馬に、メグレズは余裕の笑みを返す。


「まあ、その時の相場次第ね。ただ、情報で色はつけさせてもらうから、買取価格は据え置かせて欲しいというのが、貧乏世帯の私たちからのお願いになるのだけど」


「情報は私より上の方に伝えて頂戴。私が聞いても、意味はないわ。こっちの彼女が聞いてもね」


「その為の人選だからね」


 半ば貶されたというのに、朧はどこか威張り気味だ。

 そんな二人にメグレズは苦笑する。


「特務大佐殿と特務少佐殿でしょう。同僚も同じような高級将校ばかり。とても無意味とは思えないのだけど」


「知っての通り私達は特務。それに世間から切り離された蛭子よ。陛下をお守りする醜の御楯ではあるけど、考えるのはもっと上。せめて、私達の直属の上官の『幻惑』特務少将に話して。というより、もう話しているのでしょう」


 言葉の最後に、鞍馬は表情を今までより真面目なものに変える。だが、メグレズの態度にあまり変化はない。


「ええ、話しているわ。でも、今からの話は、あなた方にも直接関わりのある話よ。幾らで買って下さる?」


「戦争が終わらないって話でしょ。そんな話なら、値上げを求めまーす」


 駆け引きもなく朧が断言する。

 それを一瞬半目で見据えた鞍馬だが、小さくため息をついて気を取り直す。


「彼女の言う通りよ。私達も予測しているわ。多少は情報を知り得る立場にはあるから」


「そう。でも情報は最新のものよ。アキツの政府も西方友邦国からの電信で概要を知っている程度の事。聞きたくない?」


「だからそういうのは、上に言って。と、堂々巡りの話をしても不毛ね。それに価格はアキツの市場で売るより断然高いから、次もこのままで十分よ」


 「エーッ」という抗議の声が鞍馬の斜め後ろで響くも、鞍馬は無視する。そんな二人の態度の違いを交渉の為か謀りかりかねたメグレズだが、鞍馬の言葉を優先する事にした。

 鞍馬の方が立場が上だからだ。


「では交渉成立ね。それでは情報だけど、タルタリアの貴族達を中心にしてアキツ軍が捕虜にした将兵全員が戦死もしくは殺されたと思い込んでいるわ」


「エ? アキツは戦争協定に調印しているし、国際法も遵守する国として国際的にも名が通っているわ。それに国も軍も情報も発信しているし、各国の従軍記者が前線近くにまで入って取材しているのに?」


「帰り道にいたけど、冗談みたいな数の捕虜だったよね。まあ、僕らは何十倍も捕虜にしたのに全部他の兵隊さんに丸投げしてきたから、偉そうな事は言えないんだけどさあ」


 暢気な朧の感想にメグレズは内心では気を削がれたが、それに深く頷く。


「前線での生の声は貴重ね。でも、タルタリアでは、包囲されたタルタリア将兵は、虐殺されたという噂が一般よ。アキツは魔物の国だと宣伝が行き届いているから。もっとも、商人や都市の中流層は戦争での景気以外に興味は薄くて他人事ね。騒いでいるのは、主に将校の多い貴族や騎士。徴兵されるのは農民や農奴、それに辺境民だから半ば無視」


「それで知人縁者がまとめて虐殺されたタルタリア貴族の皆様は、「アキツを倒せ!」「魔物の国を倒せ!」「悪魔どもを滅ぼせ!」と怪気炎を上げているの?」


「ええ、そんなところ。人は事実より信じたいものに重きを置くという典型例ね」


 メグレズはそう結んで大きめに肩を竦める。

 それに対して、鞍馬が大きめのため息をつく。


「政府や友邦が、捕虜の詳細を伝えて鎮静化を図るでしょうけど、そういう理由だと戦争はしばらく続きそうね」


「ええ。ちなみに、鞍馬達はどういう理由で戦争が続くと予測していたのかしら?」


「2週間前に、アキツ軍のタルタリア領内からの全面撤退、捕虜及び押収品の即時全面返還が交渉の最低条件だと聞いたからよ。それくらい、あなた達はとっくに知っているでしょう」


「ええ勿論。それと補足すると、私達が戦争が続くように水面下から煽ってもいる」


「儲けるため?」


 鞍馬ではなく、朧の不意の問いかけにメグレズは首を横にふる。


「資金が必要なのは事実だけど、それは手段の一つ。タルタリアに戦争を続けさせ、アキツにもっと勝ってもらう」


「そうすればタルタリア国内に不安と不満が高まり、あなた達は動きやすくなると言ったところ?」


「ご明察。流石は『天賦』と言われるだけはあるわね。革命は混乱から生まれるものよ。そして現状のタルタリア帝国政府が頑なな姿勢を崩さない限り、アキツは私達が新しい政府を立てるのを期待するしか戦争を終える手だてがない」


「という風に、話を持っていくわけね。でも、気が遠くなるような話にしか聞こえないわ」


 肩を竦めた鞍馬に、メグレズは余裕の表情に笑みを浮かべる。


「私達の多くは人より長命。今回が上手くいかなかったとしたら、次の機会を待つわ」


「そう。でも、子供は巻き込まないでね。個人的にそれは受け入れ難いから」


「子供? ……もしかして、アキツにおられるアナスタシア殿下の事を言っているなら、私達も手を出す気はないわ。もし何かするとしても、次の一手。最低でも5年先。冷徹な視点から言っても、子供では駒にならないの」


 メグレズに甘いという表情と雰囲気が垣間見えたが、鞍馬は「あっそう」とだけ返した。

 そしてその言葉が全て真実ではないだろうとも感じていた。


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