123 「勝利後の閣議」
・竜歴二九〇四年八月二十日
甲斐たち下の者と違い、上に立つ者達は活発に活動を続けていた。
「今、問題はどんだけある?」
長い銀髪に長い耳を持つ青年が、その外見に似合わない老獪さを滲ませつつ周囲に問いかける。
そこは太政官邸の閣議室。
豪華で上品な椅子に座るのはアキツの中枢を担う閣僚達で、問いかけた青年は太政官というこの国の首相の地位にある大天狗の白峰だった。
その彼に、どこにでもいそうな壮年の鬼が言葉を返す。
「はい。大きくは5つほど」
「5つもあるんか? うちら、勝ったんちゃうんか?」
言葉は議事進行役の太政大輔(主席補佐官)の石見で、白峰の言葉の前にいつもの「それでは本日の閣議を始めさせて頂きます」と言った後に白峰が問うたので、半ば二人の会話が続くことになった。
だが、他の閣僚も聞く姿勢だ。
「勝ったが故の問題です。負けていれば、倍の10は問題が発生していたかと」
「考えとうもないな。けど、お題だけでも聞かせてんか」
「それでは。まず直近の問題は、各方面を通じて我が国が打診した話し合いにタルタリアが応じる気配がない事です」
「負けた直後に撤退して全部返せ、やからな。負けたばっかりで、頭に血が上っとるんやろ。直近はそれだけか? 西方列強は?」
「派手に勝ちましたので、もっぱら警戒を強めている様子。各国大使館の動きも活発ですし、それぞれの国での我が国の大使館と駐在武官への接触も大きく増加。観戦武官をさらに派遣したいという国もあります」
「国外はそれだけか?」
少し考える素振りをしてから白峰が問うと、石見が首肯する。
「はい。次に国内ですが、戦勝気分がかなり高まっております。白紙講和では騒ぐ者がかなり出るかと」
「それくらいは、まだ問題やない。市中に、うちが蛭子を引き揚げさせた影響はないか?」
「はい。凱旋式典は軍と関係者のみ。新聞報道は出ていますが、数が少ないのもあってか兵を引き揚げたと騒ぐ動きはありません。それよりも、さらに進撃を求める声の方が圧倒的に強いのが実情です」
「進撃は現状不可能だ」
二人の会話に割って入ったのは、兵部卿叢雲。穏やかな性格の狼の獣人だが、今は眉間にシワを寄せている。
太政官と軍の蛭子の駆け引きもそうだが、進撃の話が出てきたからだ。
「主に我が軍が展開する地域からは、タルタリアが戦争中に敷いたばかりの軽便鉄道しかない。補給がままならず、現地軍と黒竜鉄道が総力を挙げて鉄道の強化工事を開始したばかり。資材は事前に準備されていたとはいえ、二ヶ月は待っていただきたい」
蛭子の事に何も触れないので軽く片眉をあげた白峰だったが、出された言葉には太政官として言葉を返さねばならなかった。
「まあ、今は議題を出してるだけや。もうちょっと待ってんか」
そして「はい。失礼しました」と叢雲が黙るのを待ち、白峰が軽くため息をつく。
「なんか、もうちょっとエエ話しはないんか?」
「国外での戦争債の売れ行きは一気に跳ね上がりました」
その言葉は大蔵卿の山彦。頭のハゲ上がった多々羅で、今はその顔は上機嫌でいつもより赤ら顔だ。多々羅だけに酒を飲んでいるのかとすら思えるが、真面目な男なので単に上機嫌なだけだと周囲も見ていた。
「それは亜人の国以外でか?」
「はい。アルビオンの金融市場は、低い利率のやつも国を問わず買っています」
「亜人国家は我が国の勝利を喝采し、特に北方妖精連合からは祝電が届いています」
続いたのは外務卿の大仙。白峰と同じ大天狗だが、その銀髪は短く整えられている。その大仙は言葉を続ける。
「一方で、只人の国家の動きは低調です。その裏には、勾玉の流通を駆け引きの材料にされたくないという思惑が見え隠れしています。既に戦争によって、国際価格が跳ね上がっていますから」
「北方妖精連合はタルタリアに恨み積年やから、タルタリアが全軍の二割も失ったって聞いたら、そら喜ぶやろ。逆にガリアが真っ青になっとると思たけど、ちゃうんやな」
「はい。まだ冷静です。タルタリアが予備役兵の動員を進め、300万体制に移行しつつあるからと推測できます」
そこで言葉を切り「ただ」と、さらに続ける。
「そのタルタリアですが、隣接する国から情報があります」
「どこからや?」
「喜んでいる北方妖精連合とダキア。それに黒海の対岸のアナトリアから。ゲルマン、オストライヒのそれぞれ東部でも似た話が」
「なんやそれ。西でタルタリアと接する国全部やないか。タルタリアが西方に全面侵攻でも準備してるんか?」
「その余裕はないでしょう。夏前から少しずつ情報や噂が出ていましたが、今年の秋の西方東部は例年稀に見る不作です」
「その噂はうちも聞いてる。やっぱり、酷いんか?」
白峰の返には「やっぱり」に少し強い語調があった。
そして大仙も強めに頷き返す。
「各国も程度の差こそあれ同様で、戦々恐々としているという話が各国から伝わってきつつあります。そして戦争から情報が出にくくなっていますが、タルタリアも間違い無いだろうと予測されます」
大仙は陽性な男なので、深刻な声と表情には真実味があった。そして閣僚の中に、大仙の言葉と何より情報を信じない者はいない。
大仙は世界中に多くの知己がおり、単に外務を司るという以上に海外情勢に通じていた。
そして彼の言葉を白峰も肯定する頷きで返す。
「アルビオンにでかい支店置いてる南鳳財閥も、そんな情報掴んどるらしいで。せやから、今年は大豊作の極西各国は儲け時やろうともな」
「流石は商人。耳が早い」
「ですが、不作と分かっていてのタルタリアの動きが解せませんな」
「国内不安を、戦勝と新領土獲得で誤魔化したいのかもしれませんなあ。短命な只人のやりそうな事」
笑み付きで言葉を返した大仙に続いたのは、民部卿の伯耆と神祇卿の東雲。
伯耆は鬼一番老けて見えるが、国の内務の長で太政官に次ぐ地位の貫禄に似合ってもいた。もっとも、戦争や外交では話を聞く側に回ることが多い。そして東雲は、国の祭祀を司る長であると同時に、国の元首である竜皇に報告する立場にあるので聞く側であり、存在感を見せるために感想じみた言葉を時折口にする。
しかし、白い狐の獣人で多くの尻尾を持つので、ただの雑談や愚痴でも意味のあるように聞こえる雰囲気があった。
「で、一部長命なうちらはどないする?」
雑談まで出たので、上座の白峰が軽く全員を見る。
閣議に参加する者の中で最も長命なので、東雲の雰囲気に呑まれてもいない。逆に閣僚達の何人かは、居住まいをただしたりしている。
その中で外務卿の大仙が小さく挙手した。天狗なので、一部長命に入るから挙手したのではない。
「こちらの姿を見せるのが良いかと。いつの世でも、知らない事が誤解や恐れを生みます。差しあたっては、タルタリアと関係の良い国への情報提供を。そして改めて、話し合いを持ちかけてみては如何でしょうか」
「勝ってるのに、こっちが下手に出るんか? 舐められるで」
「それでは、我が国が捕虜を如何に公平に扱っているかなど、我が国の優れた点を見せつつ態度を多少でも軟化させる情報を伝えるというのは如何でしょう」
「という事やが、どないや兵部卿」
「はい。私も賛成です。ただ、前線及びその近辺では、あまりにも大量に発生した捕虜に対して混乱が続いており、我が国の基準で十分に対応出来ていないのが実情です。軍としては、いっそのこと戦闘員以外の軍属や傭人の捕虜を、一応は交換の形で追い返しても構わないと考えているほどです」
「難儀してる話は聞いとったが、まだアカンのか? 民部卿も手を貸しとったやろ」
「20万の受け入れ態勢は準備していましたが、50万となるとどうにもなりません。軍人以外の10万だけでも早急に捕虜交換いただければ」
「そういう事や、外務卿。頼むわ。10万もタダ飯食わすのも癪やしな」
茶をすすりつつの皮肉げな笑みの白峰に大仙も笑みで返す。
しかも白峰が湯呑みを手に取ったので、重要な話もケリが付いたという合図だと大仙は了解した。
「承りました。早速、第三国を通じて交渉に入ります。合わせて話し合いの糸口も探りたく思います」
「任せるわ。追い返したし無駄金も使いとうはないから、白紙講和でもエエくらいやけど、足元は見られんようにな」
「心得ています。では太政官は、国内世論の鎮静化お願いします。我が国の国民が好戦的過ぎては、まとまる話もまとまりません」
「だそうや、民部卿。騒ぎすぎたら警察で対応してや。軍を出したら、騒ぎも大きなる」
「はい。ですが、今は久しぶりの戦争での戦勝で湧いているだけで、2月もしたら落ち着くでしょう。それより外務卿」
「何でしょう?」。白峰以外から言葉を受け、大仙が首を傾げる。
「タルタリア国内の反政府組織にも注意いただきたい。敗北に不作。国内不安にこれ以上の話はない。あの国の内務大臣は切れ者だが、押さえきれるとは思えない」
「分かりました。出来る限り、情報は集めましょう」
「ほな、次の話をしよか」と白峰は口にしたが、その内心では大仙と伯耆のやり取りに考えるところがあった。
(秘密結社なあ。村雨は戻ったけど、うちらが話し聞くしかないやろうな)