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122 「幹部への礼」

 ・竜歴二九〇四年八月十九日


「それでは、褒賞の一つでもある休暇の後、別命あるまで通常任務に戻るように。以上」


「解散!」


 特務旅団の旅団長の村雨特務少将に続き、隣にいた旅団本部付きの特務曹長の号令で整列していた将兵が一斉に敬礼し、それに答礼した村雨が敬礼を解くと雰囲気が緩む。

 場所は彼らの屯所。竜都の中心近くにある、表向きは太政官所属の「何でもない施設」という事になっている。屯所と言っても訓練は郊外の広い場所で行うので、学校程度の広場が中庭としてあるだけだ。

 広場は塀と施設の建物に半ば囲まれて外からは見えないが、その広場の壇上から村雨は訓示と号令をしていた。


 声を受けていたのは、特務旅団と言っても人員数は多くはない。諸々合わせても約450名で、中核となる蛭子は定数で148名しかいない。

 通常の旅団の10分の1か、それ以下の数だ。

 しかし歴とした旅団であり、その戦力価値は1個師団にも匹敵すると軍では算定されていた。

 だが軍ではなく首相である太政官直轄で、軍が太政官から借りている形を取っている。


 その将兵達が、「第1大隊、幹部は第3会議室に集合」「第2大隊はそのまま」などといった今度はいくつかの号令に従い分かれていく。

 そうしたところは、軍の部隊とは違っていた。

 旅団長の村雨も、旅団本部の参謀と話をしつつそれを見送っていた。


「大隊長、揃いました」


「うん」


 20人分ほどの椅子のある会議室で、黒板のある上座の脇に座る甲斐は、鞍馬の声でバラバラに席についた幹部達へと視線を向ける。

 甲斐の率いる第1大隊は4個中隊編成。うち1つは支援部隊だが、中隊長は全員同格の特務中佐。大隊長の甲斐と大隊副長の鞍馬が特務大佐だ。各中隊の副長と大隊本部小隊の2人の将校が特務少佐だが、この場には呼ばれていない。

 その幹部たちを見つつ、立ち上がって真ん中へと出る。


「大した用事はない。気楽にしてくれ。まずは、改めてご苦労だった。そして、蛭子衆の初の近代的な軍の組織として戦い、部下全員を連れて帰ってくれたこと、大隊長として改めて感謝する。諸君のお陰だ」


 かなり深く頭まで下げるので、幹部達は軽い戸惑いすら見せる。

 上官が頭を下げた事もそうだが、蛭子衆の戦闘部門に属する彼らは軍の任務でなくとも戦いと危険は身近で、死者を出る事もあるからだ。

 ただ、上官が頭を下げるのはあまり見せるものではないので、部屋を変えたのだと納得はいった。

 そして感謝された事で雰囲気は和らいでいた。

 その雰囲気の中、幹部たちが声を上げる。

 一番最初は、やはりというべきか甲斐との付き合いも古い磐城だった。


「大隊長の指揮の賜物です」


「ええ。最近の蛭子は大人数を率いた事はありません。ましてや近代の戦いの経験はがありません。私も戸惑いっぱなしでした」


 磐城の言葉に頷きつつ、狼の獣人(ビースト)(アラシ)が彼にしては言葉多く語る。

 そしてその言葉に、山猫の半獣(セリアン)の不知火がまた頷く。


「僕なんか、大隊長や他の中隊長の指揮ぶりを真似てましたよ。一人や少人数で戦うのがどんなに楽か、思い知らされました」


「わたくしは多くの人に指図した事はあっても、前線での軍務は初めてでしたので戸惑いっぱなしでしたわ」


 珍しく苦笑するのは支援の第4中隊を率いる天狗(エルフ)天草(アマクサ)。中隊長の中では、唯一の女性だ。

 そして大隊幹部の中で、もう一人の女性であり大隊副長の鞍馬が全員の言葉に頷いてから甲斐を見る。


「近代的な戦闘は全ての蛭子にとって初めてです。蛭子は実力主義とは言え、大隊長以外が指揮していたとしてもこれ以上上手くはいかなかったでしょう」


「『天賦』と言われる大隊副長でもか?」


 頭を下げた気恥ずかしさをごまかすためか、少し冗談めかした甲斐に鞍馬は真面目に頷く。


「はい。私では無理だったでしょう。蛭子は実力主義だし、私も自身の才に自負はありますが、そうした思い上がりで足を掬われていた事でしょう」


「まあ、『凡夫』以外の何者にできただろうという事ですな」


 そう二人に返された甲斐は、真面目顔のままの鞍馬、強面の顔に意外に人好きのする笑みを浮かべた磐城、その他の幹部たちを一人ずつ見て苦笑に近い笑みを返した。


「うん。そう取っておこう。それで本題だが、今後についてだ」


 雰囲気を変えた甲斐に鞍馬が頷く。

 もっとも、甲斐はそのまま言葉を続ける。

 作戦説明などは本来は鞍馬の職分だが、任務の話しではないという事だ。


「村雨さんからの説明にもあったように2週間の休暇を与えられたが、村雨さんが少し話してくれたんだが、今後の僕らの動きについては政治的決着待ちだ。場合によっては、長期間の待機、要するに暇になる可能性がある」


 「あのー」と手を挙げたのは幹部の中では最年少の不知火。特務少佐以上だといつもは朧がいて、真っ先に聞いてきただろうが、彼女がいない時点で色々と察せる状況だと不知火の表情も物語っていた。

 その上での挙手だ。


「確認なんですが、僕らの胸にしまっておく話ですよね」


「そうだ。各中隊の副長にも話さないように。僕も朧には話さない」


 少し冗談を交えた返しだったが、不知火は糸目を少し開いて神妙に頷き返した。


「やはり太政官がらみですか?」


「わたくし達を危地に送り込んだと、白峰様がお怒りとの事でしたわね」


「白峰様のお相手は、参謀総長、それとも総軍司令ですか?」


 幹部たち口々に続くが、その全てに甲斐は頷く。


「まあそんなところだ。蛭子の味方には、神祇卿の東雲様もいる。つまり、陛下が何かおっしゃられた可能性が高い」


 「陛下」の言葉に全員居住まいを正す。

 陛下とは竜皇陛下、秋津竜皇国の国家元首であり、彼ら蛭子の本当の主人に当たる。その姿は体長100メートルに及ぶ巨大な竜だが、蛭子はもちろん、アキツの全ての民の君主であり、心の拠り所であり、敬う対象になる。

 居住まいを正すのも当然すぎる行動だった。

 

「うん。一方で、軍としては我々の戦力として今後も活用したいので、蛭子を過剰に危険な任務を与えないという約束を文書付きで交わすのではと、あの狸親父は予想している」


「報道を入れて凱旋式典が催された事から考え、駆け引きは軍が優位になったと旅団長は考えられていると?」


「うん。本来なら白峰様が一括して強引に僕らを引き上げさせた時点で勝負は付いたが、周防閣下の作戦勝ちだな」


 そこで少し言葉を切った甲斐は、少し砕けて続ける。


「だが2週間やそこらで勝負は付かないだろう。僕らは色々理由を付けて、本国に留め置かれる可能性が高い。戦争が続く以上は僕らがそのまま通常業務に戻るとは考えていないが、その辺りを心に留め置いておけという話だ」


「では、お話はこれだけ、ですか?」


「少し雲の上を見せたんだ。これだけって事はないだろ」


「は、はい」


 最年少の不知火が少し拍子抜けしていたが、戦地から戻ったばかりの大隊長に過ぎない甲斐に、この時点で長々と話すこともなかった。

 だから一言付け加えた。


「うん。取り敢えずは、せっかくの休暇を楽しんでおけ」

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