表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/156

120 「平原の対陣」

 ・竜歴二九〇四年十月十七日



「そうそう、こういうのを生涯一度くらいしてみたかったんだ」


 大将の階級章が付いた黒い軍服を身にまとった赤い肌の大鬼(デーモン)が、満足そうに何度も頷く。

 その横では、長く綺麗な耳の天狗(エルフ)が聞き流しながら淡々と地図と書類を確認している。こちらは、女性ながら軍人というだけでなく、肩からは参謀である事を示す飾緒が吊ってある。


 二人が見下ろす机の上には大きな地図があり、そこには様々な駒が置かれていた。

 駒は大きく二種類。敵か味方か、青か赤か。それが刻々と変化していく。

 何しろ二人がいるのは最前線。最新の情報が逐一もたらされ、反映されていく。また二人の周りには多くの軍人達がいて、地図を中心として忙しげに動いていた。


 だが、彼らのいる大きな天幕の中にいる人々は、普通の人はいない。縦に長めの帽子を被っていると分かりづらい場合もあるが、必ず首から上に身体的な特徴があった。分かりやすいところだと、頭が完全に獣のそれである獣人(ビースト)


 大半は頭に二本のツノがある(オーガ)。次に多いのは頭の上に獣の耳があるなど随所に獣の特徴がある半獣(セリアン)。天狗は少数派で、さらにがっしりした体つきながら足の短い多々羅(ドワーフ)も少数派だ。

 そして何よりその中で最も偉そうにしている赤い肌と剛毛の頭髪の上からツノが生えている大鬼が最も数が少ない。

 頭がほぼ獣と同じな獣人も同様だ。

 だがこの天幕の中はマシな方で、他の場所では鬼と半獣が大半を占める。

 まさに魔物の軍勢だ。


 そしてこの周辺に展開する巨大な軍団は、秋津竜皇国陸軍のタルタリア遠征軍。

 対するは、2ヶ月前まで攻め込んできた国の属領へと侵攻していたタルタリア帝国軍の極東遠征軍改め極東防衛軍だ。


「北上君、外へ出てみないか。その方が感覚的に状況を掴めると思うのだが」


「閣下、ここの方が情報は的確に把握できます」


「まあ、そうかもしれんが、作戦室に篭りっきりでは各国から来ている観戦武官や従軍記者への接待が足りんだろ。しかも連中、最新の映写機まで持ち込んでいる。これも務めだ」


 その言葉で北上中将は、冷静な表情のまま書類から顔を上げる。


「致し方ありませんね。お供します」


 その言葉に大隅は力強く頷くと大股で部屋を出る。

 そして眼前には大軍が広がっていた。

 大きな天幕がいくつも並ぶその場所は、土嚢こそ積み上げてはあるが、他より少し小高くなった小さな丘なので見晴らしはとても良かった。

 しかもそこは大平原の真っ只中。


 彼らから向かって右手の方には低い山が連なっているが、どこを登っても容易く歩いて越えられる程度の傾斜で高さもない。

 そしてその山があるように、タルタリア軍は自軍の兵力の少なさを多少でも地形で補おうとしてこの場所を選んだ。

 またこの場所は、北側数キロメートルに黒竜地域とキタイの境界線がある場所を抜けた、どこを向いてもタルタリア領内。

 また街道と何より敷設されて間もない大陸横断鉄道があり、大軍を展開するために必要な補給が行える、この辺りでほぼ唯一の立地条件でもあった。


「主力は中央、騎兵は敵右翼の後方、敵左翼の山の方は戦力不足から兵力僅少。かえって警戒が薄そうだな」


「我が軍に対して7割程度の兵力と予測されています。しかもタルタリア軍は、予備兵力を多く抱える癖があり、さらに前線の戦力が薄くなりがちです」


「だが中央の陣地は、このひと月ほど陣地構築を続けたそうだぞ。野戦陣地ではなく、要塞と考えねばならんのではないか?」


「鉄道輸送は兵力と補給物資を優先したのが明らかで、要塞を作る為に必要な鉄、混凝土(コンクリート)が運ばれた形跡は殆ど確認されていません。針葉樹と土で出来た陣地なら、加農(カノン)砲、100ミリの重砲で対応できるかと」


「どうだろうな。我が軍の要塞は、同じような火砲に対して十分な防御力を発揮した。だが、本国に要請した要塞砲はまだ届きもしていない。一筋縄ではいかんぞ」


「はい。ですが要塞ではありません。陣地です。場合によっては……」


 北上が途中で言葉を切ったのは、二人の姿を認めた様々な各国の観戦武官や従軍記者達が大勢近づいて来たからだ。

 派遣した国は要塞戦の後に激増。兵部省が専門の人員を派遣して世話をするほどとなっていた。だが、大隅総軍司令官は人柄で、総軍参謀長はその美貌と何より女性軍人という事で人気があった。


「やあやあ、どうですかなこの絶景は?」


「実に素晴らしい。30年前のゲルマンとガリアの戦争では、ゲルマンがさっさと勝負を決めたお陰で、大規模会戦を目にする機会を得られませんでしたからな」


「あの戦は見事としか言えませんでした。致し方ありませんな。だが我々はゲルマンほどせっかちではありませんので、存分に世紀の大会戦をお見せいたしますぞ」


「双方合わせて25個師団以上、50万を超える兵の激突。実に楽しみです」


「しかも貴国は亜人(デミ)の国。どのような戦いをされるのか、興味が尽きません」


「ここで見るものも大変勉強になります。流石は魔法大国と感じ入る事ばかり」


「我が軍が魔法ばかりでないことを、この戦いでとくとご覧あれ。近代的な軍備、軍制、戦術、全て他国に劣る事ないのをお見せ出来る事でしょう」


 観戦武官や従軍記者達への世辞(リップサービス)と宣伝を兼ねた言葉だったが、さらに言葉を続ける観戦武官達の大半は好意的だった。

 というのも、観戦武官の多くも亜人の国か、亜人と共存する国。来訪している観戦武官の約半数が、天狗か多々羅もしくは半獣で占められている。

 もちろん只人(ヒューマン)もいるが、本国に亜人の住まない国の者は少ない。例外はタルタリアと対立している国くらいだ。

 ここに、この戦争の、いやこの世界の埋めることが難しい種族間対立が垣間見える。


 只人だけの国の場合は、多くはタルタリアに観戦武官を出している。その観戦武官のかなりは、先の大黒竜山脈の山岳要塞を巡る戦いでアキツ軍が保護していた。

 その保護した者達の何人かは、本国の指示により今大隅大将の前にいる場合もあった。


 タルタリア軍よりアキツ軍の方が見る価値があると、彼らの本国が考えたからだ。

 そして只人の国の軍隊がそう考えたように、アキツ軍は開戦初期の不利を跳ね返してタルタリア領内へと逆侵攻。

 こうして大軍を展開し、壊滅後に急ぎ増強されたタルタリア極東軍と対峙していた。


 そしてアキツ軍は、敵地にあって優位を占めている。

 だから当然、戦闘開始の主導権もアキツ軍にあった。


「閣下、そろそろお時間です」


「おう、そうだな北上君。皆さん、そろそろ舞台の幕が上がります、我らが戦いとくとご覧あれ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ