113 「補給線襲撃」
・竜歴二九〇四年七月二十九日
「轟っ!」
アキツ軍の山脈を南北から迂回して出現した軍団が、タルタリア軍の騎兵斥候に発見されたのとほぼ同時刻、とある場所で大きな爆発と轟音が起きた。
「おーっ、こりゃあ派手だ。うまい具合に、カモネギが来たもんだな」
「はい。恐らく22両全て弾薬満載。200トンの砲弾の誘爆が、約300メートルに渡り線路及び周辺を破壊。師団司令部のあった駐屯地と拠点も壊滅したと考えられます」
黒装束の狸頭の獣人と少し後ろに並んでいた怜悧な印象を放つおでこに大きな痣がある鬼が淡々と返す。
獣人は特務旅団の旅団長の村雨特務少将で、返答した旅団の参謀長を含め特務旅団の司令部が彼の周りにいる。
しかし周りには彼らだけで、各部隊は戦闘隊形で散開している。
「特務旅団の初陣に相応しい祝いの花火! それとも祝砲ですかな。では、お先に御免! 第2大隊、総員突撃!」
そこに大柄な熊の獣人が現れ、荒々しい敬礼を決めると傲然と爆発の方へ向けて突進を開始する。第2大隊を率いる雷特務大佐だ。
そして雷特務大佐の突進と共に、周囲にいた第2大隊に属する様々な種族の兵士達が、同じ様に常人ではありえない速度で突進を開始する。
その中には、身の丈2メートルを超える巨大な赤い甲冑が数体含まれ、異彩を放っていた。
ただし、彼らはさっきまで周囲から全く見えてはいなかった。まるで何も存在しないかのようで、かといって魔力の探知にも引っかかりはしなかった。
その理由は、幻影術の使い手で『幻惑』の二つ名を持つ旅団長の村雨自らが、周囲から魔力の反応ごと偽装、隠蔽していたからだ。
しかし爆発によりその必要もなくなり、一見呑気に部下達が突撃するのを高みの見物していた。
そして突撃したのは第2大隊だけではない。
第2大隊の突進とほぼ同時に、別の一隊が魔法による偽装から姿を見せ、彼らほどではないが急ぎ移動を開始する。
その彼らは、第4大隊に属する約50名の蛭子の術者達。護衛に伴われながら、射程圏内まで前進すると腰に携帯した大きな札を何枚も取り出して術の構築を開始。
次々に、まるで砲列のように魔術を放っていく。専用の呪具も有し、射程距離と破壊力もある。
もっとも、それぞれが得意とする魔術なので、統一感にはいまひとつ欠けている。その様は派手な色彩に彩られ、術者の方も魔力の解放で目立つ。
だが攻撃を受ける側は、最初の弾薬輸送列車の大爆発で命令系統の中枢を失って混乱し、混乱は拡大する一方だった。
しかも、近代装備に身を固めた第3大隊による、近距離から曲射弾道を描く砲撃、連続した射撃を延々と繰り出す機関銃の掃射が加わる。
曲射弾道を描くのは、迫撃砲のご先祖様に当たる軽量小型の臼砲で数は6門。機関銃は12門あり、これらが全力射撃を実施するだけで、1万の歩兵を足止めする事も難しくはない。
それが不意打ち、大量の魔術の投射、さらには異形の集団の常識を通り越えた突撃を受けては、並みの只人の部隊が太刀打ち出来る筈もなかった。
しかもそれが事実上の潜伏しつつ接近した上での奇襲攻撃とあっては、通常の警備体制しか敷いていなかった部隊に対処できる筈もない。
そんな攻撃を受けたタルタリア軍だが、警備用に主街道と並行する軽便鉄道沿いに2個師団が広く薄く配備されている。
前線から遠く、少数の敵から補給路を守る為なら大きな問題はない兵力配置だった。むしろ贅沢で分厚い布陣なぐらいだ。
だが、1個師団あたり120キロメートル以上の守備範囲は広すぎる。それに歩兵はともかく、砲兵など他の戦力は価値を大きく減じていた。
それでも10キロメートル当たり最低でも1個歩兵大隊が警備し、さらに師団司令部が緊急事態用に1個大隊を予備兵力として手元に置いていた。他にも師団司令部や支援部隊の一部などもいて、3000名近くが駐留していた。
そして特務旅団が襲撃したのは、警備していたうちの片方の師団司令部。もう片方は東側で、幌梅の街に司令部を置いていたので、消去法で襲った形になる。
その師団司令部があったのは、この戦争で建設された拠点の一つ。師団司令部と駐留兵力の多さから他よりも施設が増築され充実してはいたが、突如荒野にできた小さな町のようだった。
だが、通過中の弾薬輸送列車の爆発で、軽便鉄道沿線に近かった施設の大半が吹き飛ばされるか、大きな被害を受けた。
人的被害も大きく、最初の爆発で師団司令部は師団長と幕僚団ごと吹き飛んでいた。兵舎も多くが沿線にあり、その大半が吹き飛ばされていた。
そこに小規模ながら砲撃と、多少遠距離からではあるが機関銃の弾幕射撃、それに様々な攻撃力の高い魔術、そして新兵器の銃弾をものともしない『赤母衣』と特務第2大隊を構成する、魔力に秀でた蛭子の精鋭達の容赦のない襲撃が実施された。
結果は火を見るより明らかだった。
「呆気ないな」
「当然でしょう。追撃及び進撃は予定通りに?」
「まあ、雷、ではなく『豪腕』に好きにやらせろ」
「はい。では残りは東側で陣地構築に移ります」
「そうしてくれ。だが、西に進む第2大隊には十分な支援を付けろ。無駄に損耗されては叶わん」
「分散した敵を順番に叩くだけ。児戯だぞ旅団長」
自分達が作り出した「結果」を目にしつつ村雨と参謀が話しているところに、目を爛々と輝かせた雷が近づいてきた。その黒い軍服には、さらに黒いシミが幾つも付いている。
その恐れすら抱きそうになる姿を前に、村雨は半目で返す。
「だがお前、本隊が追いつくまでに甲斐のところまで行く気だろ?」
「敵を潰しながらだから、2日はかかるでしょうがね。『浮舟』と『赤母衣』は使って良いんでしたな」
「第3大隊の攻勢魔術1個中隊と簡易臼砲を2門付ける。機関銃は自前だけで我慢しろ。あと、魔力回復薬と医薬品も十分持っていけ。甲斐らには必要だろう」
「流石は総隊長、ではなく旅団長。頼むまでもなかった。それでは第2大隊は予定通り西進を開始します」
「うん。甲斐に旅団長様が宜しく言っていたと伝えてくれ」
「甲斐に随分と気を使われるんですな」
雷がかなり意外だという表情で返すと、村雨は表情こそ変えないが少し口調に気持ちが乗っていた。
「奴の能力が役に立つ場所だが、作戦とはいえ酷い場所に送り込んだからな。だから今回の手柄は甲斐と奴の大隊が一番で構わんだろ」
「俺は戦えれば何でも。でもまあ、美味い酒の10樽や20樽は欲しいところですな」
「陸軍が今回は大盤振る舞いしてくれるそうだ。期待しておけ」
「ハッ。では、次は戦勝祝いで!」
「そう言う事言ってると英雄になるぞ」
「ガハハハハッ」。雷は大笑いしつつ村雨の元を熊の獣人らしい歩みで去って行った。
そしてそれを見送る村雨だが、彼としては珍しく雷と彼を待っていた部下達の背にごく小さくお辞儀をした。
(敬礼くらいはしてやりたいところだが、これも歪んだ性格のせいだな。だがまあ、雷らは大丈夫だろう。甲斐も、あの方々がご助力下さる。何とかなって欲しいものだ。それにしても、軍のゴリ押しで今回は断れなかったが、こんな危険な博打、白峰さんに本当に話が通っているか疑わしいな)
本作が第12回ネット小説大賞受賞しました。
皆様の応援のお陰です。この場を借りてお礼申し上げます。
なお、受賞に伴い大幅な加筆、改稿を行うので、場合によってはweb版となるこちらは更新が滞るかもしれません。
その分、書籍版はご満足いただけるものを出せばと思います。
またweb版となるこちらは、設定資料のような面が強くなりそうです。また「年代記」の面を強めるべく、アキツからの視点に固定する予定です。
ご理解のほど、よろしくお願い致します。




