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112 「極秘の包囲網」

 ・竜歴二九〇四年七月二十九日


「南北から共に軍団規模? どうやって?」


 その日の午後遅く、司令部に使っている民家の中で、アントン・カーラ元帥は絶句していた。冷静なディミトリ・クレスタ上級大将の方は、珍しく感情を前面を出し「してやられた」と全身で表現していた。

 他の参謀達、将軍達については、さらに酷い醜態をそれぞれの表現で見せていた。

 一見冷静なのは、報告を処理する一部の参謀や将校だけ。それも任務にしがみつけるから冷静さを保っているだけだ。


 そして彼らが半ば囲んでいる大きな机の上の周辺地図には、それまでにない大きな変化が示されていた。

 駒は右側に敵と味方が集中していて、他は中央を味方の駒がまばらに置かれているだけ。

 だが新たに、新たに北と南にそれぞれ大きな駒が置かれる。


 その二つ共が「詳細不明」と補足されていたが、駒の大きさから最低でも師団規模の戦力というのが分かる。

 そして全員が、その駒が1個師団程度ではないと確信していた。軍人としての経験と勘がそう教えていたからだ。

 だからこそカーラ元帥は軍団規模と口にした。


 しかし問題はそこではない。師団といえば2万名もの将兵で構成される。一つの街が移動するようなもので、常に大量の物資を消費する。動かなくても消費するのに、移動すればより多くの物資を消費する。戦闘となれば尚更だ。

 特に鉄道がない場合の消費度合いは、この3ヶ月というものタルタリア軍が嫌という程痛感させられてきた。


 そして敵は師団ではなく、恐らく軍団規模。

 事前の情報では山脈を迂回するには、南北どちらも約400キロメートル進まねばならない。

 だからこそタルタリア軍は、山脈中央に敷かれた鉄道奪取を目的として、強固に防衛された近代要塞を攻略しようとしたのだ。


 それでも、アキツ軍の師団程度の迂回や牽制攻撃は警戒していた。

 しかしタルタリア軍の予測や想定を覆し、軍団規模の兵力を南北双方から迂回させ、タルタリア軍の後背へ出現させた。

 ここから考えられるのは、南北を迂回する鉄道が敷かれている事を示している。でなければ、近代軍隊において大軍の進撃など出来る筈はない。


 つまりアキツ軍は、要塞だけを固めていたのではなかった。

 タルタリア軍の補給路への妨害と騎兵への牽制は、どこかに敷かれている鉄道と鉄道を使い迂回する軍団を見せない為、というのが現状での推論上での結論だ。


 そしてこれらの事を、カーラ元帥以下、彼の幕僚達もすぐにも理解に達した。だが感情として受け入れられず、大きな心理的衝撃を受けていた。

 前提が全部崩され、敵にまんまと裏をかかれたのだ。

 しかも規模以外では、実に簡単な手段と策によって。


 もっとも、事前に新たな鉄道の事を知っていたら、恐らく安易な戦争をタルタリアは決意しなかっただろう。

 鉄道が山脈の南北と中央にあるとなれば、アキツ軍の防御力が格段に向上する事くらい誰にでも理解できる。


 しかしタルタリアは知らないまま攻め込んだ。

 そして待ち構えていたアキツ軍にとって、何年も前から構想し、準備してきた作戦を発動させる瞬間でもあるとタルタリア軍は嫌でも気付かされる。

 アキツは、タルタリアに先に手を出させ、後手の一撃で戦争を全部覆す算段をずっと前から練ってきていたのだと。


 そしてそれらが理解出来たとしても、誰もがすぐには動けなかった。

 その気まずさの極致と言える状況を打破したのは、部屋に飛び込んできた男だった。


「元帥閣下! 直ちに全軍後退を。しんがりは我らが引き受けます!」


 叫ぶように進言したその男は、前線指揮に当たっていたサハ第一軍司令官のレオニード・キンダ大将。

 そしてその叫びでカーラ元帥らの目に光が戻る。


「その通りだ、キンダ大将。しかし良いのか」


 良いのかとは、しんがりを引き受けたら包囲され、最低でも降伏を余儀なくされるからだ。

 だがキンダ大将は莞爾と笑みを返す。


「最初に来たのは我らです。最後も譲る気はありませんぞ、元帥閣下」




「王手飛車取りだな」


「ですが薄氷の上を歩くようでした」


 新たな友軍の出現に、報告を受けた要塞指令室の大隈大将と北上中将が安堵の言葉を交わす。周りでは、参謀達も頷いたり同じような事を言い合っていた。

 そうした情景が示すように、アキツ軍にとっては計画通り、もしくは作戦通りの展開だった。そしてそれはアキツ中枢の全てにとっても同じだった。

 タルタリアと大規模に地上戦をできる場所が限定されていたので、数年がかりで準備し、その情報秘匿と欺瞞を徹底した結果だ。


「薄氷ね。だが、5年がかりの仕掛けだぞ」


「はい。予算を他に紛れ込ませ、物資、人員その他も可能な限り偽装を行い大黒竜山脈各所の鉄道を敷設しました。ですが難工事の場所も多く、採算度外視だとか」


「しかも敵を欺くため、中途半端なところで工事を止めてだからな。だがまあ、採算は十分だ。獲物の大きさを見ろ」


 言いつつ示した地図には、その有様が克明に示されている。

 鉄道は南北の迂回路は主街道の60キロメートル手前まで。そこに、山岳要塞への増援を弾薬、物資以外を最低限として、南北それぞれ1個軍の4個師団と1個野砲兵旅団と、路線に余裕のあった北側には重砲兵第1旅団と騎兵第1旅団が出現していた。

 さらに加えて、要塞に篭っていた師団の騎兵連隊が南北合わせて5つと、特務旅団の主力が敵の真後ろに位置していた。


 一方で、要塞は合わせて5個師団を中心とした兵力が展開しているので、アキツ陸軍としてはこの戦場に13個師団を中心とした30万を超える前線兵力を投入した事になる。

 この兵力量は、平時のアキツ陸軍の7割に相当する。


 なお、平時のアキツ陸軍は、数年前から増強した4個師団を含めた20個師団を基幹に、騎兵2個旅団、砲兵4個旅団が支援する。他にも海外領の警備部隊が多数あるが、各地に派遣できる機動戦力は本国のこれだけだ。

 その大半を投じ、さらに残りの大半は不測の事態に備えた国家としての予備兵力なので、総力を挙げて戦争に挑んでいると言えた。


 一方、タルタリア軍は大きく違っていた。

 陸軍大国のタルタリアは、現時点で常備兵力200万のうち4分の1を極東の僻地に派遣しているに過ぎない。

 もっともこれは、常に西のゲルマンとの緊張関係があり、スタニアなど実質的には植民地としている領内での治安維持に多くの兵力が必要だからだ。さらには、南部各地の国境警備も対立相手と隣接する為、安易に動かせないという事情がある。


 タルタリアがアキツの戦争に投じる事ができるのは、常備兵力だけだと100万人が限界と考えられていた。しかしそれでも半分で、タルタリアの中央にとっては片手間の戦争ですらあった。

 だが、40万もの兵力が包囲殲滅の危機とあれば話は別だった。



「敵先鋒の現在位置は?」


「大黒竜山脈西側沿いの主街道から約40キロメートルのそれぞれ南北に離れた場所で、街道から日帰りできる場所まで行く騎兵の偵察隊が発見しました。現在は約35キロメートルと推測されます」


 カーラ元帥の声にクレスタ上級大将が答える。


亜人デミの進軍速度なら1日の行軍距離か。先鋒だけか?」


「発見時で既に横に広く展開し、戦闘形態を取りつつあるとの報告です。展開の規模から考え、恐らく3個師団。後方には予備で1個師団以上があると考えられます。またさらに前面には、騎兵斥候の発見報告もあります」


「布陣まで取りつつあるとは、向こうにとっては作戦通りか。それで、現地の我が軍の配置は?」


「幌梅の南北10キロメートルには、カーラ元帥閣下のご指示で1個師団が移動。ほか騎兵師団が2個、旅団が1個。それに鉄道の警備師団を急ぎ集めれば、1個歩兵旅団規模はあります」


「早ければ、午後には接触するな。とにかく要塞への攻勢中止。移動可能な師団の後方への移動と展開を急げ!」


「「ハッ!」」


(我が軍が後方への転進を図り固めるまでに、敵は殺到するだろう。それに引き換え、後ろを取られ包囲の輪は半ば閉じらたようなもの。動揺が大きく士気は低下。半数も離脱できるかな)


 命令一下、参謀たちが忙しく動き始めたが、それをカーラ元帥は醒めた目で見ていた。

 しかし現実は、さらにタルタリア軍にとって悪いものだった。

 タルタリア軍の後方でも各所でも、アキツ軍が一斉に動いていたからだ。


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