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110 「第二次総攻撃(4)」

「1週間で東側を約30パーセント奪取か。総参謀長、意外に脆くないかね?」


 タルタリア軍の総司令官アントン・カーラ元帥が、総参謀長のディミトリ・クレスタ上級大将へと問いかける。

 その瞳には疑念の色があった。

 それはクレスタ上級大将も同じで、周囲にいる参謀達の何割かも疑念を持っていた。


「対抗砲撃と機関銃、手榴弾の物量はともかく、攻撃前面の要塞東部に展開していたのは推定で3個師団。要塞南部の部隊は増援と補充で戦闘参加したと考えられますが、戦闘参加は一部と推測されます」


「そうだ。最低でも1個師団程度はアキツ本国からの増援が到着しているものと予測していたが、彼らはこの1ヶ月、砲弾を運び続けただけなのか? アキツ本土で動員が進んでいると、外務省がガリアやゲルマンが得た情報を伝えてくるが間違いなのか?」


「久しぶりの大規模な戦争の為、動員及び移動に手間取っているという情報も伝え聞きます」


「伝聞はあてにならんぞ、総参謀長。だが現状は、アキツ軍の動員の遅れを肯定している。このまま押すべきか……」


 話しつつ沈思に耽るカーラ元帥だが、意見を求めている場合もあるのでクレスタ上級大将は敢えて口を開いた。


「周辺に騎兵斥候を出しますか?」


「動かせば敵も動く。それに2個師団を積極的に動かす物資はない。出すとしても、限定的にしか出せないぞ」


「それでも出すべきではありませんか?」


「……いや、無理は良くない。だが、後方の警戒は強めさせろ。それとだ」


「はい」


 カーラ元帥の最後の語気が強目だったのでクレスタ上級大将は、つい彼の顔を見てしまう。そこには真剣さと懸念があった。


「初期の攻撃が終了して下がった師団のうち2個師団を少し、そうだな、ここと幌梅の中間辺りのそれぞれ南北10キロほど行ったところに移動、布陣状態で待機させろ。兵には幌梅への一時的な後方待機も兼ねているとでも説明を」


「了解です。やはり伏兵の存在を?」


「ここまでくれば、あると考えるのが自然だろう。我々も250キロの距離を歩いて攻めよせた。敵も師団の1つや2つ山脈を迂回させ、我が軍を後ろから牽制するくらいは考えるだろう」


 別の地図へ視線を落としたカーラ元帥がそう結論づけた。同意見だったクレスタ上級大将も再度大きく頷く。

 しかし彼らにとっては、まずは目の前の敵だった。だからクレスタ上級大将も気分を改めた口調に変える。


「総攻撃の方は如何されます? あと1日、補給が届けばさらに1日可能です。また、序盤に戦った師団の再編成も完了し、明日の朝までには2個師団が配置に付けます」


「総参謀長は、前に押すべきだと?」


「アキツ軍が小細工を弄しているとしても、正面から押し潰すのが我が軍らしいかと。それに我が軍の意図通り、要塞東側の兵は連戦で疲れているのは間違いありません」


 「フム」。考え探るような目線ではあるが、カーラ元帥に非難するような色はない。懸念もあるが、短期間で要塞を落とすのは大前提だからだ。


「確かにそうだな。今までも何度か参謀達を交えて話し合ったが、敵の大軍が山脈を迂回する可能性は低いと結論したな。戦前の調査でも、重装備や大型馬車の移動がほぼ不可能との結論だった。だが」


 「だが」と言葉を切ったカーラ元帥は少しだけ笑みを見せる。


「懸念は皆無ではない。砲弾は半日分残す。攻勢は要塞東部の特に北側に集中。最低でも主要堡塁の一つも落としたい。そうすれば敵にも焦りが出るし、次への布石としても大きい」


「はい。了解しました、カーラ元帥閣下」


「うん。戦争には不確定要素、心配事は付き物だが、出来る限りの事をしようではないか」


 カーラ元帥はそう結び、クレスタ上級大将以外のその場の参謀や将軍達を見回し頷いて見せた。

 攻勢を取っている軍の総司令官が、部下に不安を抱かせるのは下策も良いところだからだ。

 だがカーラ元帥が万全の自信があるわけでもなかった。




「予測範囲内とはいえ、タルタリア軍の波状攻撃の前に予測より死傷者が出ています」


 北上総軍参謀長のいつも通りの冷静な口調に、大隈総軍司令官もいつも通りの強面ながらどこか愛嬌のある表情は崩さない。

 要塞の作戦司令部にある要塞の立体地図の前だが、二人以外にも多くの参謀や将軍がいるからだ。普段見かけない顔も少なくないし、数もかなり多い。

 この場は、厳しい状況でも総司令官と参謀長が悠然と構えているのを見せる場でもあった。


「だが、1週間続いた攻勢を含め、予測範囲内なのだろう。それに最善を尽くしての事なら是非もなしだ。戦争には相手があるからな。と、ばかりも言ってられないか。今回の死傷者数は現時点でどの程度だ? もう数字は出ているのだろう」


「はい。死傷者数は、相対的な数字では我が軍はタルタリア軍の3分の1程度で収まっています。また我が軍は要塞を守る側ですので、その点での優位もあります。加えれば、タルタリア軍の攻城砲は数、砲撃数共に予測以下です」


「うん。良い話は最初に聞くのが一番だな。で、敵に与えた損害は? 流石に前ほどではないのだろう」


「はい。今回は交代を含めて10個師団、約70個歩兵大隊を東側の前線に投入したと考えられます。これに対して我が軍は、3個師団、36個大隊で迎撃。南部では互いに2個師団で、タルタリア側が牽制攻撃に終始した為、双方共に大きな損害は出ていません」


 そこで一旦言葉を切るも、すぐに「また」と続ける。


「タルタリア軍の死傷者数は、合計2万名前後。うち3000名近くが戦死者と予測されます。これに対して我が方の死傷者数は7000名。双方共に戦闘可能な軽傷者は含みません。加えて我が軍は、数日で戦列復帰可能な負傷者も含んでおりませんし、戦死者の比率はタルタリア軍の3分の1程度です」


「只人同士の戦闘だと同程度の損害が出るが、うちの兵士達が頑健なお陰か」


「加えて様々な治癒の術、霊薬エリクシルなどの恩恵が大きいです。死傷者7000名でも多いくらいでしょう。ですが、タルタリア軍の損害を含め、予測の範囲は出ておりません」


「何にせよ、まともな要塞攻略戦をすればこそだな」


「はい。前回が特殊でした。見るからに防御を固めた要塞に正面から突撃してくるとは、中世の戦いでも見るようでした」


「攻城戦の基本は、何百年も前に確立されたからなあ」


 少しとぼけたような合いの手だったが、大隈も正直予想外だったと表情が物語っていた。

 それが少しひょうきんだったので、会話を聞いている者達のかなりが小さく笑みを浮かべるなどする。

 もっとも、話し相手の北上には変化はない。


「ですが今回のタルタリア軍も、総攻撃の途中で師団どころか軍団規模の部隊の入れ替えという困難な事を行い連続した攻勢を実施した為、双方に多くの損害が出ています」


「それほど激しく戦って、こっちは東部地区の要塞の3割を譲り渡したわけだ。敵さんとしては、採算が取れたのか?」


 横目がちに見る大隈大将に、北上中将は強めに頷き返す。


「人的損害ならば。ですが砲弾と、何より時間の消費は赤字と推測されます。加えて、次が主陣地を巡る戦いとなるので我が方に優位です。タルタリア軍がさらに部隊を入れ替えて総攻撃を継続したとしても、タルタリア軍にとってあまり分の良い戦いにはならない公算が高いと予測しますし、向こうもそう結論する可能性は高いかと」


「だが我が軍の将兵は、連続した戦闘で疲れ切っている。兵は南部地区から補充したが十分ではないし、やはり疲れている。それに引き換え、敵はまだ元気だ。このまま攻勢を続けられたら、かなり厳しいのではないか?」


「その点は否定できません。ですが攻勢が続いたとしても、砲弾の量から推測して今回はあと1日か2日が限界でしょう。十分に耐えられます」


「そして時間切れだな。敵さんの過剰な密度の物量攻撃には肝を冷やしたが、現有兵力で耐え抜けたのは大きい。諸君らの奮闘に、総司令官として感謝する」


 そこまで話すと大隈は頭を下げ、さらに周囲をゆっくりと見渡す。

 この1ヶ月、補充兵と弾薬など補給物資以外受け取っていない要塞だったが、それには理由があったからだ。

 そしてその事を、この場にいる参謀や将軍達は熟知していた。

 何しろここは、要塞防衛司令部であると同時に、黒竜地域に派遣されたアキツ軍の総司令部でもあった。

 だから大隈は破顔する。

 そうする価値のある言葉を口にする時が来たからだ。


「だが、耐えるのはここまでだ。段取りも整ったとの連絡も各部隊から入っている。諸君、後手の一撃といこうじゃないか。北上君、事前の予定通り関係各部隊に連絡を。派手に行くぞ!」


「「ハッ!」」


「畏まりました」


 全員が気合の入った敬礼を決め、あえて少し遅れて返答した北上総軍参謀長の、淡々としながらも涼やかな声が部屋に響く。

 そして様々な種族の軍人達が一斉に動き出した。


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― 新着の感想 ―
どんな一撃をかましてくれるやら。 先が楽しみです。
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