109 「第二次総攻撃(3)」
「突撃〜っ!」
「押し返せ〜っ!」
兵士達が獣のような雄叫びをあげつつ激突する。
タルタリア軍の第二次総攻撃が開始され、はや3日目。
依然として、各所で激しい攻防戦が繰り広げられていた。
特に接近した戦いが頻発したのは、強固に守られた堡塁ではなく、各所を繋ぐ交通壕と呼ばれる線となった陣地だった。
基本的に一線で、近くの堡塁や陣地、交通壕からの援護射撃があるが、塹壕に潜んだ兵士が一線になって銃撃する場所なので、敵の砲撃が集中するなどでどうしても隙が出来やすかった。
要塞の交通壕は、タルタリア軍が要塞攻略の為に掘った塹壕と違い、地面に盛り上がった城壁のように構築されている。
タルタリア軍の塹壕も掘った土を主に前に盛ったり、土を袋に詰めた土嚢を積み上げるが、要塞の方は土を盛り上げるのではなく分厚い混凝土や煉瓦で壁のように構築する。
その内側の塹壕は凹凸の形にするか、一定間隔で縦の壁を塹壕の半分ほどに設ける。敵の砲弾が直撃した際、被害を最小限にする最も効率の良い仕掛けだ。
要塞攻略の為の塹壕は稲妻型に折れ曲がる事で同じ効果を得るが、時間をかけた陣地の方が防御効果は高く使い勝手が良い。
しかも要塞の塹壕は、各所に砲弾よけの天蓋付きの掩体壕が設けられてもいた。
そして攻めるタルタリア軍は、強固に守られた堡塁ほどではないが多くの犠牲を出しつつ突撃する。
自分達が作った対壕の先端部から飛び出し、爆薬、大きな金切バサミなどで鉄条網を破壊。場合によっては兵士が鉄条網の上に覆いかぶさって、その上を兵士達が突撃していく場合もある。
運が良ければ友軍の砲撃が鉄条網を吹き飛ばしている場合があるが、砲撃の精度があまり高くない上に前線と砲兵の連携が十分に取れない時代なので、そうした幸運は珍しい。
とにかく鉄条網を超え、鉄条網でもたつく敵兵に対する射撃をくぐり抜け、ようやく敵陣の目の前に達する。
しかしそこは、最低でも人の高さほどがある。平均して3メートル。只人が一人で超える事が出来ない高さだ。
半獣や魔人なら超えられるが、アキツ軍は只人に対応した陣地を構築していた。
そしてそこを越えるには、何らかの梯子が必要となる。そうでない場合は、兵士が踏み台となって別の兵士が登っていく。
だが守る側が、敵が登るのを見逃す筈がない。
そしてこの段階になると、この戦いで登場した手榴弾が大活躍する。
陣地の真下なので銃撃は難しく、陣地の直前を視認できる別の場所からの援護射撃しかない。この為、敵を目の前にした防衛側は手榴弾を塹壕から投擲する。
この手榴弾は、アキツとタルタリアでは全く違う方式のものを使用している。
タルタリア軍は、アキツ軍が使用するのを見て現場で急増したものを使っている。そして1ヶ月では正規品の開発、量産とはいかず、今だ現場での手作業で生産、配備している状況だった。
この急造品は、導火索で爆破させるので使い勝手が悪い。
アキツ軍が要塞攻防戦の当初から使用した手榴弾は、近代科学の産物とも言えた。
なお、手榴弾自体は、火薬が発明された当初から戦場で使われてきた。だが昔は扱いにくい上に危険度も高く、選抜された勇敢な兵士が扱う装備とされていた。
擲弾兵という名誉称号があるほどだ。
この為、アキツなど魔法を広く使う国では、あまり使われてこなかった装備でもある。
しかし火薬の改良が進んだのを受け、アキツで開発された。
アキツが最初となったのは、手榴弾に向いた火薬が登場してから世界では大規模な戦争が起きていないからだった。
アキツで開発されたのも10年ほど前で、まだ十分に各部隊に配備が進んでいない最新兵器と呼びうる装備だった。
その構造は単純で、破片が飛び散りやすい錬鉄の弾体に黄色火薬を詰め、先端部には一種の触発信管がある。構造は単純だが、扱いには慎重さも必要だった。撃針がありそれが地面に触れると繋がっている雷汞が火薬を爆発させる仕掛けだからだ。
そして、先端部が地面に接触しなければならず、前の方が重く作られている。また弾道を安定させる為に後ろには細長い布が付き、通常はその布を持って振りかぶり投擲する。
爆発方法としては砲弾に近い。
「とうて〜きっ!」
その手榴弾が、一斉にアキツ軍の塹壕からタルタリア兵が殺到している眼下へと投じられる。
投じられた幾つかは上手く落下せず炸裂しなかったが、大半は落下直後に爆発、炸裂。小さな榴弾とはいえ、火薬の爆風、砕けそして爆風に吹き飛ばされた鉄の破片を周囲に撒き散らし、破壊と死を生産する。
そして多数が一斉に炸裂したので、塹壕陣地の壁に取り付いていたタルタリア兵を大量になぎ倒した。
それでも咄嗟に伏せた兵、後方から次から次へと突進する兵が、戦友の屍を超えて次々に殺到。
ついには塹壕内へと踊り込む。
そして各所で白兵戦が発生した。
「今だ、とつげーきっ!」
「迎え撃てっ!」
亜人1人は只人2人に匹敵する。
この通説に従い、タルタリア軍は最低2名、できれば3名以上でアキツ軍の兵士1人に当たる。
その為の狭い戦場に対する過剰な歩兵の投入でもあり、犠牲を厭わないほどの突撃だった。
だがそんな事は、アキツ軍は百も承知だった。それに銃や手榴弾を用いた白兵戦となると、せいぜい5割り増しの優位と想定していた。
半獣なら3人に匹敵するとされるが、それでも過信はない。多少優位にあると考えられているのは、指揮官級に時折所属している大鬼か獣人くらい。
彼らは大抵は生まれの良さもあって将校で、魔力により強化された軍服を着用し、白兵戦に際しては魔鋼を鍛えた刀を装備している。
刀は将校の証でもあるが、最新鋭の緋鋼の刀になると魔力さえあれば大きな岩を豆腐のように両断できる。
相手が防具もない只人の兵士であれば、切り倒すどころか胴体を両断するのもわけない。
しかも大鬼や獣人は、魔力に裏打ちされた非常に高い身体能力と頑健な体を持つので、一対多でも戦闘には支障はない。その上1人ではなく複数だと、相乗効果で非常に高い戦闘力を発揮する。
その事をアキツ軍は、数百年間の海外進出で熟知していた。
そして狭い塹壕内となると、タルタリア兵が数に頼んだ戦いは難しく、次から次へと殺到するも場合によっては単に順番に切り刻まれに突っ込むような有様も見られた。
とある塹壕では、腕に覚えのある大鬼と獣人の将校二人が獅子奮迅の活躍を示したが、彼らの足元の地面は一面が血を吸って黒く染まり、タルタリア兵の戦死者が数十名も横たわった。
そうした情景は、数百年前から世界中で何度も再現されてきたもので、大鬼と獣人が何故魔人や悪魔と言われるのか、誰が見ても納得させるだけの凄惨さがあった。
そんなアキツ兵の白兵戦での圧倒的優位な場面はあったが、膨大な兵力と砲弾を投入したタルタリア軍の間断ない攻撃により、アキツ軍が誇る山岳要塞も少しずつ刃こぼれしていく。
しかもタルタリア軍は、初期の6個師団の攻撃力が兵士の疲労と損害で限界を迎えると、その日の夜のうちに後方に待機していた4個師団と入れ替わる。
人が死力を尽くせるのは3日程度が限界で、それを見越しての部隊の交代でもあった。
一方のアキツ側には、師団丸ごと交代出来るほどの兵力はなかった。




