108 「第二次総攻撃(2)」
「総員配置ーっ!」
音と認識できない程の轟音が各所で響く中、要塞の特に東部地域の前線陣地では、既に配置についている筈の兵士達への命令が飛び交っていた。
というのも、タルタリア軍の坑道爆破戦術に対して、どれほど事前に阻止できたのか掴めず、どの程度の爆薬を使ってくるのか判らないからだ。
故に、危険の高い陣地、堡塁では、爆破されやすいと考えられた箇所で、兵士を当初は配置しなかった。
只人より頑健な亜人とはいえ、大量の爆薬による爆発を至近距離で受けてはひとたまりもない。
当然だが、この方針には反対も強かった。敵が即座に攻め寄せた場合、対応が後手に回る為だ。だが、大隅総司令官が一部参謀の意見を受け入れて全軍に命じた。
勿論、すぐに配置に付くのが大前提。また敵の動きを可能な限り調べ、危険度の低い場所では行われていない。
加えて、魔法的手段も加えて様々な方法で、兵士が配置に付くまでの敵の攻撃を凌ぐ措置も取られた。
そして3箇所での坑道爆破が実施され、ほぼ四角形の混凝土で構築された陣地の空堀を挟んだ対面か、前面が大きく吹き飛び膨大な量の土煙が巻き上がる。
対面と言っても陣地前の電気を通した鉄条網ではなく、空掘に面した一種の背面陣地に対してだった。アキツ側は、タルタリア軍がここを狙ってくると考え兵士を退避させていた。
何故こんな場所に陣地があるのかと言えば、突撃して空掘へと入り、そして陣地を登ろうとする兵士の背面を攻撃する為だ。
そしてより高い攻撃効果を得る為に、この陣地の要所には口径5センチの小型の大砲が設置され、大砲からは小さな鉄の礫を詰め込んだ散弾を放つ手筈になっている。
この敵兵を殺戮する為の防御機構こそが、防御陣地の要だった。
また、一見すると空掘を挟んで孤立した陣地だが、地下道で陣地本体と繋がり往来は簡単で、陣地の中では最も深い場所にある地下道の破壊も難しかった。
破壊できるとするなら、近くで坑道爆破を実施するか、余程の偶然で大型の砲弾が垂直に近い形で着弾するしかない。
そしてこの時の坑道爆破では、通路が破壊される事はなかった。
一方、爆破と同時に突撃するタルタリア軍だが、二重になった要塞前面の鉄条網のうちの敵陣地に近い側の数十メートル手前まで、要塞に対抗した塹壕を掘り進んでいた。
比較的安全な場所から伸びる、爆風対策で数十度に何度も曲がりながら上を目指す対壕。敵陣に対して銃撃を行う為の平行壕。塹壕の手前の先端部で、簡易の陣地として構築された塹壕。これらを複雑に組み合わせ、第一次総攻撃と違いすぐ近くから将兵たちは要塞陣地に対して突撃が可能だった。
そしてタルタリア軍は、坑道爆破による土煙がまだ残る中、砲撃を受けつつ一斉に突進を開始する。
「撃てーっ!」
「目の前には敵しかいない!」
「見えなくても撃て。機関砲は事前に想定した鉄条網線に沿って撃ち続けろ。絶対に止めるな!」
「手榴弾は安易に投げるな。引きつけろ!」
「砲兵は全力で対抗射撃実施中!」
「近距離からの曲射弾道による砲撃を確認! 小型の臼砲と思われる!」
「軽砲隊、早く配置に付け!」
アキツ軍の前線陣地の各所で、様々な命令が半ば怒号となって飛び交う。
その少し後ろでも、主に坑道爆破の攻撃を受けた陣地の前面に対して、機関銃、小銃による猛烈な対抗射撃が敵がよく見えていない状況にも関わらず開始された。
そうした中で報告された「小型の臼砲」は、ある意味で新兵器だった。
タルタリア軍の第一次総攻撃の経験から、前線からの要望により現地で急造された簡易型の臼砲もしくは曲射砲の一種。
敵に迫った場所から角度の高い曲射弾道を描き、それでいて射程距離の短い弾道の小型砲弾を放つ事から、その後「迫撃砲」とも名付けられる兵器だ。
もっとも、旧来からある臼砲の一種とされたので、そのまま臼砲や軽臼砲とも呼ばれ続けた。
その特徴は、小型で持ち運びが容易な事。射撃が簡便な事。陣地構築も簡単で済み、歩兵の近い場所からより密接な支援砲撃が出来、何より塹壕にこもる敵の頭上から狙えるなどが利点だ。
だがこの時は、現場で急造されたもので、数も十分ではなかった。それでもアキツ軍の前線陣地から見れば脅威で、優先破壊目標とされた。
そのようにタルタリア軍も様々な準備を整えて総攻撃を実施したが、「魔物の国の遅れた軍隊」の反撃は苛烈を極めた。
もっとも、タルタリア軍が警戒した、亜人の身体能力を活かした白兵戦は殆ど発生せず、ただひたすら、鉄と火薬を叩きつけ合う戦闘が各所で展開された。
中でも機関銃、手榴弾の効果は大きく、タルタリア兵はなぎ倒され、吹き飛ばされた。
しかしこの時の戦闘で最も悲惨だったのは、強固な陣地や堡塁へと突入した兵士達だった。
「撃て〜っ!」
各所でアキツ兵の指揮官が命じると、主に空掘の外側の各所で小型の大砲が火を噴く。
そして砲撃とほぼ同時に込められた金属の礫が弾け、砲口から円錐状に空堀内に広がる。
空掘は縦と横で深さがあえて変えられ、小型の陣地のもので幅8メートル、深さ3メートルが基本。横の空掘はさらに6メートルも掘り下げられ、縦と横の空掘は只人にとって絶壁となっていた。
そして縦と横の空掘が合流する角の部分には散弾をばらまく軽砲が据えられており、敵兵をまとめて餌食とした。
この防御機構は第一次総攻撃でタルタリア軍も掴んでいたが、只人では縄か木製の梯子を持ち込むしか対処法がなかった。そして木製の梯子を持った兵士は目立ちすぎ、初日以外は縄梯子だけが用いられるようになる。
もっとも、その縄梯子を設置する機会は殆どなく、散弾と銃撃、手榴弾によって効率よく殲滅されていった。
機関銃が猛威を振るったのは、主にタルタリア軍の塹壕の先端部から鉄条網を経てアキツ軍の陣地の手前まで。
途切れる事のない連続した射撃で薙ぎ払うので、タルタリア側としては犠牲を前提に突撃するしかない。伏せて匍匐前進しても、地面を縫った射撃もしてくるので半ば自殺行為だった。
進むには機関銃弾を防ぐしかないが、機関銃弾を防げる分厚さを持つ鉄の盾を持っての移動は、只人には無理な相談だった。
同じ事は大抵の亜人も無理で、腕力に優れた大鬼くらいでないと不可能だった。
しかしアキツ側には魔術があった。また一部将校には自前の魔力により強化される防弾仕様の軍服や、防御魔法を仕込んだ頭を守る鉢金のような装備もあった。
さらにアキツ軍に広く導入されている魔術兵には、銃弾やある程度の砲撃の爆風や破片を弾く防御の魔術がある。
中でも、一定範囲を守れる『防殻の術』は便利だが、魔力を多く消費するので通常の魔術兵が使える時間は限られている。
だが、魔術への過信、高い身体能力への過信を吹き飛ばすほど、近代科学文明が作り出した鉄と火薬の破壊は強力であり、破滅的だった。
唯一の例外は白兵戦で、膨大な犠牲を乗り越えて殺到したタルタリア兵に対して、アキツの兵士は高い戦闘能力を見せる事ができた。
しかし白兵戦でも、戦闘の大半は目の前と言える近距離からの銃撃と手榴弾によるものが中心で、極端な優位でもなかった。
これは相手が、半獣との戦闘経験が豊富なタルタリア軍だから尚更だ。
だが、タルタリア軍にとって、強固過ぎる近代要塞は誤算だった。
策を準備し、死力を尽くして尚、アキツ軍が作り上げた近代要塞は健在だった。




