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107 「第二次総攻撃(1)」

 ・竜歴二九〇四年七月二十日



 アキツとタルタリアの辺境での戦争、「極東戦争」と呼ばれる戦争は序盤の最高潮を迎えつつあった。

 少なくとも現地ではそう考えられていた。

 それを山岳要塞の鉄骨と混凝土コンクリートで作られた頑健な監視哨から、赤ら顔の大鬼デーモンの大隅大将と長く優美な耳を持つ天狗エルフの北上中将が双眼鏡片手に全景を眺める。

 ただしまだ空は明るみ出したばかり。山脈の西側に当たる目の前の景色は、まだ日が差さず薄暗い。

 その薄暗い景色を見ることが出来るのは、二人が只の人ならざるが故だった。


「絶景だな、北上君」


「眼前の総兵力は、支援要員を含めると30万名を超えます。師団数は東部6個師団、南部2個、東部の予備4個。物資の流れから考えて、重砲兵も強化されました。そして砲弾も」


 二人を始めとして大黒竜山脈の山岳要塞に篭る5個師団を中心とした15万の将兵の眼前には、絶景と評するだけのタルタリアの大軍勢が展開していた。

 もっとも、参謀長の言った事を含め司令官も理解してのやり取りだ。しかしそれを眼前で見ると、改めて聞いてみたくもなるのも無理はないだろう。

 まさに武人の誉れと言える状況だ。


「絶景なわけだ。だが、国境からここまでの軽便鉄道は未だ開通せず。ひと月で4個師団増えたわけだが、前の総攻撃ですり潰した兵の補充も最低で5万ほどいるんだろ。数が合わんが、どういうカラクリを使った?」


「何度か報告した通りです。境界線を越えると、歩兵、馬、馬車は自力で進んだと。また最近判明した事ですが、補給物資を最低限にしたと考えられます」


「最低限とは? 草原の草でも食べ尽くしたか」


 大鬼らしい顔に諧謔味を込めた笑みを美貌の参謀長に向けるも、その相手は耳を少し動かしただけで目すら閉じて事実を諳んじる。


「あながち間違いではありません。雨季ですので草も多く、馬には草を食べさせたようです。鉄道から多少南北に移動した騎兵の一部も、偵察より馬の食事だったようです。もっとも数が多すぎるので、周辺遊牧民の馬や羊が食べる草を根こそぎ食べ、酷く恨まれている様子。周辺の運搬を行わせる雇い人が相当逃げています。また」


「まだ問題があるのか」


「はい。当然ですが、その程度では全く足りていません。何しろ、最低でも10万頭の馬が動員されています。そして馬は、食糧を減らすと力を発揮できず輸送が滞ります。このため将兵に対しては、最低限の麦餅パンと芋、塩、それに火酒ウォッカのみの支給にしたと見られます」


「呆れた。兵をもっと大事にせんといかんだろ。食は兵の唯一の楽しみだぞ。こんな何もない場所では、現地で肉も野菜も調達できんだろろうに。兵士の不満やいかばかりか、だな」


「それを酒の配給増加で誤魔化したようです。また、友軍騎兵による偵察情報では、草原で狩りをする様子が確認されています。そればかりか、遊牧民を脅して羊を徴発、いえ、実質的には略奪したという報告も。ただし目の前の軍勢に対して微々たる量なので、貴族将校達の腹を満たす以上は難しいと推定されます」


 そこまで聞いて、大隅が自らのひたいを軽く平手で叩く。

 表情も呆れを通り越えていた。


「あいつらは中世の世界に生きているのか? 北上君、上に掛け合って、羊は無理だろうが金銭と連中の馬が食べ尽くした草の代わりに、飼葉と馬糧を要請しておいてくれ。まったく、後始末が大変だ」


「了解しました。ですが、春浜、千々原には既に大量の物資が運び込まれています。輸送の手配さえ付けば問題ないでしょう」


「それは何より。では、我々は十分に腹を満たして、彼らを歓迎しようじゃないか」


「はい。準備は整っております。お任せください」


 大隅の言葉に北上が敬礼を決め、それに大隅が軽く答礼したところで、遠雷のような音が無数に響き始めた。タルタリア軍の一斉砲撃が始まった何よりの証だ。

 しかしそれをはるかに凌ぐ轟音と地鳴り、膨大な量の土煙が要塞東部前面の各所で上がる。加えて、地面の揺れも感じられた。アキツ軍が阻止仕切れなかった坑道爆発による爆発だ。

 タルタリア軍による大黒竜山岳要塞に対する、第二次総攻撃が始まったのだ。


「初手で坑道爆破とは、やる気十分だな」


「はい。ですが想定内です」




 総攻撃開始の号砲となる坑道爆破は、麓のタルタリア軍からもよく見えていた。

 だが、爆発で吹き上がった膨大な土煙で、アキツ軍の約半数ほどの堡塁、陣地は逆に見えなくなった。


「6個師団も用意したのに、坑道爆破はその半分か」


「敵の妨害が激しく、作業が滞った事よりも専門の工兵の損害が大きいのが響きました」


 総司令官アントン・カーラ元帥の嘆息混じりの言葉に、総参謀長のディミトリ・クレスタ上級大将が淡々と答える。

 場所はタルタリア軍極東遠征軍の総司令部。

 より前線に近い別の司令部では、部隊を率いるサハ第一軍の司令官レオニード・キンダ大将が奮闘している。

 また、彼らの視界の左側では、一部の到着が始まった第二軍がいて、フョードル・ウダロイ上級大将麾下の将兵たちが、要塞南部に牽制攻撃を仕掛けている。

 ただしそちらには、坑道爆破の轟音と土煙はない。牽制攻撃というのもあるが、機材、人員の不足が原因だ。


「分かってはいても、亜人デミの知覚力と魔法は厄介だな」


「我が方も様々な対抗策を講じ、対抗しました」


「これ以上は望めんか。早くまともな近代戦争をしたいものだ。それで総参謀長、今度は砲弾の方は十分なのだろうな」


「はい。撃ち続けても1週間は持ちます。また、この10日間の補給も砲弾優先で届きますので、さらに追加で2日の砲撃も可能となります」


「それで東側を落とせれば良いが、実際は半分も陣地を潰せれば……」


 そこでカーラ元帥は言葉を切ったが、それ以上は彼が口にしてはいけないからだ。聞き役のクレスタ上級大将も、あえてその先を問う事はない。

 だから互いに、目の前の情景を見つめ続ける。


「今回坑道爆破したのは主な堡塁ではなく、その前面にある陣地群に対してだったな」


「はい。小さな堡塁と呼ぶべき強固な陣地で、混凝土コンクリートにより強固に固められた上に空掘があります。爆破できたのは、それらの前面のみになると予想しています」


「二重に要塞線を築くとは贅沢な話だが、それでもアキツ軍にとっては不意打ちに近いだろう。でなければ、砲撃開始と同時に爆破した意味がない」


「はい。砲撃も坑道爆破する陣地、及びその周辺の陣地などに対して集中的に行い、一気に奪取する計画です。既にキンダ大将が突撃を命じました」


「要塞に対する対塹や平行塹からの突撃とはいえ、今回も辛い戦いをさせてしまうな。それにしても、アキツ軍は山脈のもっと前の平野部に陣地を作るべきではなかったのか? 山岳要塞は一見攻略が難しく見えるが、こうして敵陣地は丸見えだ。彼らが得意とする魔法による偽装にも限界がある。何か意図があるのかと、つい勘ぐりたくなるな」


 カーラ元帥は話つつ眼前の地図で示していく。


「参謀達とも何度か相談しましたが、我が軍を引き寄せる目的もあったのではと推測しています」


「周辺で唯一の鉄道路線というだけで、十分に引き寄せられるがね。だが、彼らには見られたなくないものが他の場所にあるという事だろう。後方の補給路への執拗な圧力もそれを肯定している」


「その件ですが、現地の警備師団と騎兵からの報告では、妨害と牽制が頻度を増しています。また小規模ですが、破壊と火災がありました。電信の切断も。一部の参謀は、騎兵を誘い出し強力な魔法で打撃を与える目的ではないかと見ております。むしろ、何かあるのではないかと思わせる為に」


「なるほど。確かにそうとも考えられるな。だが、どれも推測に過ぎないな」


 カーラ元帥の頷きにクレスタ上級大将も頷き返す。


「はい。ただ、平原では敵も補給が難しく、騎兵も精鋭部隊も戦力は限られており、それ以上はないかと。現地の騎兵などは、せめて大規模な偵察活動の命令を求めてすらいます」


「今回の攻勢がひと段落するまで、余計な事はなしだ。物資と時間が限られている以上、要塞攻略に専念しなければならない」


 そう結んだカーラ元帥の表情は平素のものだったが、クレスタ上級大将は強めに頷き返した。


「はい。一筋縄ではいかない要塞です。専念致しましょう」


 そして二人の眼前では、近代的な攻防戦が始まりつつあった。


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