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106 「敵騎兵南下?」

 ・竜歴二九〇四年七月十二日



「敵の総攻撃は20日じゃなかったのか?」


「総攻撃の前に周辺状況を知りたいのは、当然の行動ではありませんか?」


 遠目に地平線が動くような情景を見つつ、二人の男女が言葉を交わす。しかし早朝で西側にいるので、相手から見ればまだ夜の側にいるも言える。

 二人が見ている情景も、登り始めた朝日を背景として動く人馬の群れだった。


「そう考えれば遅いくらいだな。まあ、こっちが見るべきものは見た」


「はい。ですが、改めて将校斥候をするまでも無かったのでは?」


 問いかけるアキツ軍の黒髪の天狗エルフの女性将校が、やや半目がちの目線で問いかける。

 悪い癖が出たと思っている証拠だと指摘しているのだと、男の指揮官の方が十分に感じ取れる感情表現だ。

 だからだろう。男の態度が少し変わる。


「生の情報って大事ですよ。現に見に来て正解でした。地平線のごとく動く騎兵の群れなのに、やる気が見えません。偵察より補給線の維持に力を入れるつもりでしょう」


「これを見ただけで、そう考えるの?」


「まあ、まだ勘ですけどね。僕としては、敵がより一層警備に回ってもらえるように、嫌がらせの算段を進めたいと考えています。敵をこの西の方から引き離す為に、もう少し東で騒動を起こしてもいいでしょう」


「騎兵の足は1日で50から60キロメートル。やるなら早くしないと」


 男の指揮官、甲斐の確信じみた雰囲気に、天狗の鞍馬もついつい乗り気の言葉を返す。そして言葉にしてみると、自身も敵は消極的だという考えが深まった。

 その表情を見て甲斐が頷く。


「あとの偵察は部下と友軍騎兵に任せましょう。司令部が注文してきた、敵が幌梅から南北50キロメートルの線を超えなければ、結果として楽ができます」


「そうね。あの数の騎兵を相手にしたくはないわね。……でも、友軍に情報を秘匿しているのに、何があるのかって言っているようなものじゃない。うちの防諜体制はどうなっているのかしら」


「愚痴が溢れすぎてますよ」


「いいじゃない。二人きりだし」


「僕らより前に出ている二人の部下がいますよ」


「二人なら距離1000前方。まだこっちに戻る気配はなし。万が一に備えた第1大隊は5000後方。騎兵はさらに後方。ついでに言えば、敵騎兵は距離3000」


「流石は『天賦』。それが全部分かるって、分かっていても凄いですね。ついて来てもらった甲斐がありました」


「その代わり、大隊は第1中隊長が預かっているってどうなの?」


「だから本当の斥候より1000後ろにいるじゃないですか。朧達が合流したら、引き上げて備えないと」


「備えは随分前から整っているじゃない。大丈夫よ」


 鞍馬はそう返し、甲斐の方を向いて笑みまで見せる。

 そうすると甲斐も表情を緩めるが、すぐに引き締め直す。


「そう出来るように、こうして覗き見に来たわけですからね」


「やっぱりそうだったのね。でも短い逢瀬もここまで。朧達が動き出したわ。見るべきものを見終えたみたいよ」


「では、合流したら戻りましょう」




「本夕方の斥候の結果、移動中のタルタリア軍騎兵の過度の南下は確認されなかった」


 その日の夕食後、特務旅団第1大隊が司令部用の『浮舟』に幹部が集まっていた。

 そして大隊長の甲斐が最初の一言を言ったあと、軽く頷くとその後を大隊副長の鞍馬が引き継ぐ。


「当初は東に進んだ後に、幌梅周辺より南下し大規模な偵察活動を開始すると考えられました。ですが実際は、幌梅から東の要塞近辺にかけての警備及び警戒の強化に当たると予測さる動きをしています。これは、友軍騎兵が偽装で馬蹄跡を付けて回った効果もあると考えられます」


「騎兵の人達、何度も往復してましたからね」


 第3中隊長野不知火が皮肉げに軽口を挟むと、周囲で微苦笑が起きる。それに、不用意にも大隊長が「あれは見ものだったな」と軽く声を出して苦笑してしまい、鞍馬がかなり強い目線を送る。

 すると甲斐はすぐに取り繕う。


「オホン。3倍の27個中隊に見せかける為に奮闘したんだ。それが功を奏したから敵は警戒した。このまま、怯えてくれていれば良いんだがな」


「大規模な偵察行動に出る可能性があるのですか?」


 真面目に仕切り直した甲斐に問いかけたのは、第4中隊の天草。こちらは軽口ではなく、口調も態度も真剣だ。普段のおっとりした調子も大人し目だ。

 その代わり、言葉通りであれば良いのにという気持ちが言葉に少し乗っている。


「ある。だから、可能な限り補給路とその周辺に嫌がらせをする。もしくは、偵察に出られないように忙しくさせる」


「そう上手く行くでしょうか? 午後に見て来た限り、今までの騎兵よりも街道と鉄道から離れて行動しています。さらに広げる可能性は高いと予測します」


 甲斐の希望的観測の言葉とそれに喜色を浮かべた一部幹部の言葉を、第2中隊の嵐がやや疲れた口調で挟み込む。

 実際、この夕方は第2中隊が敵の偵察をしていた。

 偵察を騎兵がしないのは、すぐに相手に気取られるのと短時間の機動力では蛭子達の方が優っている為だ。


「まあ、そうだろうな。友軍騎兵も、随分と警戒している。我々は、敵騎兵が南下してきたら友軍騎兵の誘導で我々が布陣した地点に誘い込み、第4中隊による機関銃の十字砲火で撃退する。その際は大隊全力で援護するから、そんなに不安になるな」


「はい。ありがとうございます、大隊長」


「礼は終わった後の宴会の時にでも頼む。それに僕は、敵騎兵は大きく動かないと見ている」


「何かご存じで?」


 代表で聞いたのは第1中隊長の磐城。甲斐とは付き合いも長いので、会話の呼吸を知っていた。


「戦争がまだ始まったばかりだからだよ。タルタリア軍は豊富な騎兵を持つと言っても、1万もの騎兵を簡単に使い潰せるわけがない。そして連中の戦争計画だと、今年中には黒竜の平原地帯へと侵攻する。そうなれば広範囲の偵察で騎兵が必要だ」


 身振りも加えるので、体感的にも分かりやすい。


「現状、我が軍が何か隠しているかもしれないという程度の理由で、戦争頭に大損害を受けた騎兵を安易に偵察には出せないだろう。もし偵察に出てくるとしても、相当慎重になるのではないかと僕は考えている」


 「なるほど」。重々しく磐城が頷くと、他の面々も甲斐の言葉に納得していた。しかし甲斐は「だが」と続ける。


「だが、南下しないという保証はどこにもない。僕達は、全ての事態に対して対応できるよう備えだけは怠ってはならない。だがまあ、平原での僕らは夜襲でないなら機関銃で薙ぎ払うだけだ」


 そこで言葉を切り、磐城に軽めに指を突きつける。


「磐城、全員がお前じゃない限り、機関銃なら人も馬もなぎ倒せるよ。それに、うちには魔法使いには事欠かない。演習以外で初めての派手な花火も見れるぞ」


「ハハハッ。確かにそうですな」


「午後に確認した時点では、敵騎兵は只人ヒューマンだけでした。磐城はいないでしょう」


「出来れば、馬は傷付けたくはありませんわね」


「じゃあ、敵の騎兵に馬を降りて自分の足で突撃して下さいってお願いしてみたらどうかな」


「騎兵じゃなくて、ただの歩兵じゃない」


 磐城がいつもの豪快な笑いに戻ったところで幹部達も軽口を叩く。いつもたしなめるか軌道修正を試みる鞍馬までが普段言葉で続いたのを視界に入れ、甲斐は一瞬目を細める。

 そして副長が他に迎合した以上、隊長らしい演技をしなければと真面目な表情を作る。


「僕も楽な方が断然良い。再度言うが、相手が馬だろうが人だろうが、僕達は準備を整えるだけだ。歓迎の笑顔はいらないが、手は抜くな」


「「ハッ!」」



 そうして特務旅団第1大隊は敵の大騎兵部隊に備えたが、結局彼らが大規模な偵察行動で南下する事はなかった。

 そして甲斐らが騎兵と補給路の偵察と監視を続けている間に、前線では二度目の衝突が起きようとしていた。


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― 新着の感想 ―
>備えだけは怠らなければならない それだと「備えを怠る」という意味になってしまいますから 正しくは 備えだけは怠らない様にしなければならない でしょう
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