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105 「攻勢延期?」

 ・竜歴二九〇四年七月十日



「北上君、敵は仕掛けてこないな。嫌がらせが効いたという事か?」


「はい。要塞攻略準備への妨害工作で稼げたのは最大で3日程度の筈。遅くとも今日には攻勢が開始される予測が外れました」


「こっちにも段取りというものがあるのになあ」


 総軍司令官の大隅大将の独白に近い言葉に、部屋にいた総軍参謀長の北上中将が書類を処理しつつ返す。

 周りでは他の参謀たちも忙しげに働いている、大黒竜山脈山岳要塞守備隊の指令室の一角。

 参謀達は、敵を出迎える準備で大わらわだ。ただし、攻めて来なかったので予定が狂い逆に忙しくしていた。

 大隈の言葉通り、何事にも段取りがあるという証拠だ。


 その忙しさの外にいる二人の前には、立体的な巨大な地図が大きな机の上に広げられている。

 山岳要塞とその周辺を正確に作り上げた地図の模型で、そこかしこに両軍の配置を示す駒が置かれている。

 要塞の工兵司令の津軽少将らが要請を受けて作成したものだが、命じた要塞守備軍の参謀たちからは凝りすぎ、多々羅(ドワーフ)の悪い癖が出たと微妙な評価を受けていた。


 だが後からやってきた大隅大将と北上中将は高く評価し、立体地図を大いに褒めすらした。

 一目で地形と状況が理解できる立体地図は、以前から要塞にこもっている者にとっては凝りすぎでも、後から来た者にとっては理解する手間を省いてくれる便利な道具だった。

 ただし現状では、予測に反して赤い駒、つまり敵軍に動きがない。


「嫌がらせは、こっちが手の内を晒しただけじゃないか?」


「ですが、堡塁に対する坑道爆破は無視できません。今までの研究や演習、何より過去の記録でも、堡塁攻略に最も効果を上げています」


「まあ、そうなんだがな。それで、カーラ元帥は何を考えていると思う? 知将だが臆病という評判は聞かない御仁だ」


「タルタリア軍に時間があるのならば、鶴翼の形の要塞の北の端から過剰戦力を用いて徐々に潰してくるでしょう」


 言いつつ、立体地図の北の端の方をトントンと軽く叩く。

 両翼の端っこは、鉄道のある中央の次に防備が固められている。

 堡塁が大きいものが1つ、小さいものが3つもある重厚な布陣。他より優先して建設しただけに、1個師団程度では歯が立たないだけの防御力を誇っている。


「だが、連中には時間がない。だから3週間前に正面突撃して来た。なのに今回は攻勢を遅らせた。しかもこっちの1個軍団3個師団が黒竜入りしたという、ガリアの報道が西方にまで届いたというのにな」


「はい。春に演習予定だった第2軍の3個師団が要塞入りしたと考えている筈です。可能性としては、既に先制の優位は失われ、腰を据えて要塞攻略を行うと判断したのかもしれません」


「補充だけでなく、増援も来ているしな。2個師団追加だったか?」


 ギョロ目で北上中将を見る大隈大将だが、それを北上中将は軽く流す。


「はい。それに砲弾と共に重砲兵、それに多数の工兵も」


「それでもまだ足りないと考えたか。だが、鉄道はまだ通ってないから大兵力を待っているわけではなし。となると、少数でこっちに有効なものを呼び寄せたといったところ。だがなあ……」


 言いつつ、今度は別の大きな地図へ。そこは両者の境界線から大黒竜山脈までの地図。

 そこには主にタルタリア軍の状況が駒で示されている。特に鉄道工事の進捗状況が一目で分かるようになっていた。


「はい。参謀達とも話しましたが、多少後ろ倒しにして増援を得たとしても、この要塞を落とすには戦力が不足します」


「だよな。こちらの戦力が現状のままでも、要塞を落とすのに最低でも4ヶ月はかかる。どうする気だ? 冬になるぞ」


「その点でも話し合ったのですが、敵は未だ我が方の戦力を過小評価している可能性が考えられます」


「逆に、自分達を過大評価している可能性は?」


「両方かもしれません。タルタリア陸軍は、半獣セリアンとの戦いにも慣れています」


「だからこっちは警戒して対策を取ったんだが、楽観視してしまいそうになるな」


「こちらは最善を尽くすまでです。補充兵以外、これ以上の増援もありません」


「当然だ。だが砲弾と機関銃の追加は? 遅れていると聞いたが?」


 話し合いつつさらに別の地図の前に。

 そこには黒竜地域北東部全域の地図があり、主にアキツ軍の動きが示されている。

 少し前までは軍事機密に類する扱いだったが、7月に入ってからは司令部や一部の高級将校には解禁されていた。だがそれでも、前線指揮官には内密の状況が記されている。

 そしてこの地図を見れば、これ以上増援がない理由が手に取るように分かった。


「砲弾については、他の輸送力の限界もあり、こちら優先で回るようになりました。来週には要求量が、再来週以後はそれ以上が供給されます。機関銃については、他の師団、軍が手放しませんでした。銃弾だけは砲弾と同じように供給予定です」


「弾が来るなら我慢するか。それに、連中の次の攻勢に間に合うという事だな。今日来ないという事は、二週間後くらいだろ?」


「はい。参謀達の予測も7月20日前後です」


「10日後? ああ、予測日から二週間という事になるのか。それなら、作る予定の堡塁をもう1つくらい出来るんじゃないか?」


「ご存知の通り、6月から来島准将が中心となって各所の強化工事をしています。未着工のものについても幾つかを」


 何か言いたげな言葉なので大隅も察する。


「ああ、分かった分かった。素人が余計な事は言わん。まあ、次の総攻撃で落ちなければ、ここの役目は果たせる。そこに全力を傾けてくれ。あとひと月だ」


「はい。敵の総攻撃が後ろにずれた点は、ある意味で助かりますね」


「本当に助かるのか? 今攻撃を開始してくれた方が楽だっただろ。確か1ヶ月で3個ではなく5個師団が来るんだろ」


 また歩きながら違う地図へ。そこにはタルタリアの東部辺境の地図がある。そして地図の上には、外交情報、経済情報、鉄道運行情報などから見える、物流、兵力の動きが示されていた。


「片道運行のみだったのは予想外でした。2年もすればタルタリア中から貨車が無くなり、現状でも貨物輸送に影響が出ている筈です」


「あの国は経済より皇帝の命令と軍事だからなあ。それで20日の時点で、敵の陣立てはどうなる?」


「現状で10個師団。これに2個師団が加わる可能性が高くなります。後方は、現状の2個師団、騎兵が2個師団と1個旅団は変わらず。さらに戦闘中に1個師団が到着する可能性があります」


「12個か。うち2個が南側で2個が予備。となると初動で倍の数が東側に押しかけるのか。そりゃあ、随分と対壕を掘っているわけだ」


「いえ、恐らくは初動6個師団。入れ替えで4個師団を予測しています。これでも1個師団あたり1キロメートルしかありませんが、それ以上は密度が高すぎます」


「塹壕戦だからそうなるか」


 大隈大将は「フム」と半ば感心する。


「これでも密度が高すぎるほどです。そして我が方も密度が高いのは同様となります」


「ここしか戦場を設定できないとはいえ、異常な状態だな。だがまあ、それもあとひと月だ。出来るなら、もっと来て欲しいものだな」


「はい。では十分に歓迎できるよう、準備をより入念に行いましょう」


「うん、頼むぞ北上君、それに諸君らも」


 「ハッ」。突然のように部屋中に響くように大隈が声をかけたので、何もわからない参謀達が反射的に答礼する情景が部屋に広がった。


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