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104 「第二次攻勢準備」

 ・竜歴二九〇四年六月末日



「第二次総攻撃の開始は7月6日とする」


 アキツ勢力圏の黒竜地域に攻め込んだ、タルタリア軍の極東遠征軍内で通達が飛び交った。

 その日は、あと10日で開戦から3ヶ月という節目。

 タルタリアの中央の上層部が、3ヶ月以内に目に見える成果を求めたからだと将兵達は噂しあった。

 だが、そんな噂する将兵達は多くが悲観的だった。


 何しろ、発表された時点で、最初の総攻撃が失敗して2週間しか経っていない。25万の将兵、12万の歩兵を投入して、6万の死傷者を出したのだ。

 しかも主攻撃を行った4個師団と追加投入された2個師団は、歩兵の半数以上を失っている。

 歩兵は続々と補充されつつあるが、補充が達成される頃に次の総攻撃が開始される頃合いとなる。


 だが、補充兵が多過ぎた。大半が元々同じ師団に所属していた訳ではないので、今までのような兵士同士の連携が取れない。個々の兵士の質はともかく、全体としては戦闘力が低下しているのは間違いなかった。

 しかも総攻撃前の各種戦闘と合わせると、さらにもう一割も損害が上乗せされるので、補充を受けても開戦時の戦力は回復できていなかった。


 その上、輸送力の問題もあって増援部隊は順調に到着していない。

 補充兵の移動と著しい消耗が判明した砲弾の輸送に、未だ不完全な鉄道と疲弊が見られる馬車は掛り切りだった。

 この時点で最大50万の兵力、16個師団が前線に揃っている予定だったが、前線には10個師団しかなかった。

 

 後方警備に2個師団が当てられ、警備と偵察の為に騎兵師団の移動が優先された事も前線兵力の不足に拍車をかけた。

 そして自らの国境を超えた先での輸送力が限られているので、国境の町には4個師団が足止めを食っている。


 しかしタルタリアが手抜きをしていたわけではない。それどころか、大きな努力を傾けていた。

 タルタリア国内の大陸横断鉄道は、広大極まりないサハ地域の多くで単線だが、可能な限り往きの片道輸送を優先したので、アキツの予測を6割以上も上回る輸送を実現していた。


 だが、それでも前線のタルタリア軍の兵力は足りていなかった。

 主な理由は、ごく単純にアキツ軍が予測に反して戦争準備を早期に進め、最前線となる黒竜山脈の中央に位置する巨大要塞で十分な迎撃体制を整えていたからだ。

 そして最前線のタルタリア軍将兵は不安を持ち始めていた。

 勿論、タルタリア極東遠征軍司令部が手をこまねいていたわけではない。


対壕ついごうの作業進捗率が50パーセントを超えました。カーラ元帥閣下」


「2週間で半分か。間に合いそうかね、総参謀長?」


「進捗率は日々向上しています。このまま順調に進めば、作戦開始3日前に対壕については問題ないかと」


「問題はその先か」


「はい。坑道に関しては、作業機材が要求した数が到着していないのもあり、当初予定の半分で作業を進めさせております。それにお伝えすべき懸案事項が」


 やや声をひそめた総参謀長のディミトリ・クレスタ上級大将に、執務机に座る総司令官のアントン・カーラ元帥が視線をあげて促す。

 この場所には二人しかいないが、部屋の隅に従兵、扉には衛兵がいるので、彼らに聞かせたくないという事だ。噂が、どこで広がるか分からない。


「敵の主要な堡塁の手前、鉄条網の近くまで掘り進んだ地区で、襲撃がありました。念のため、箝口令を敷いていいます」


「深刻なのだな?」


「はい。夜襲が3回。いずれも違う場所です。一様に獣のような魔物の影を見たと。魔力探知の呪具にかなりの反応が見られたので、魔術で生み出された影の魔物による仕業と考えられます」


「内容と損害は?」


「戦死者は約50名。どれも坑道を掘る為に先行して掘り進んだ対壕です。うち1箇所では、既に堀り進めていた坑道内に魔物の影が侵入し、多数の戦死者が出た上に作業の中止を余儀なくされました。戦死者の半数も、そこで発生しています」


 そこまで聞いてカーラ元帥が軽く目を揉む。

 何が起きたか予想がついたからだ。


「中断ではなく中止か。何があった?」


「爆発で坑道が塞がりました。中にいた者の大半が救出できておりません。そして救出した生存者の話では、魔物の影が自爆したとの事。この件は、魔物の影に注意せよとの命令以外、箝口令を敷いてあります」


 カーラ元帥は、話す前にクレスタ上級大将が二人きりで報告をしたいと提案した理由をようやく得心した。

 そして視線を向ける。


「対策は可能か?」


「魔物の影に銃撃は効きません。ですが、魔術を打ち消す呪具アイテムや武器は幾つか輸入され、今回も持ち込んでいます。ただし対処は困難です。魔物の影は、敵陣地から夜の闇の中を80メートルを4、5秒で殺到し、塹壕、坑道へと迷わず進んだそうです」


「亜人同士の戦闘に特化した魔法には、人が対応するのは難しいか。だが、対抗装備の前線配備はしてなかったのか?」


「はい。魔力を持つ剣や銃弾を一部の兵士に装備させています。ですが数が十分ではなく、重要人物の護衛や重要施設の防衛に回すのが精一杯です」


 その言葉にカーラ元帥は衛兵に少し視線を向ける。

 その衛兵も、魔力の篭った弾を装填した銃を持っていた。


「そうだったな。掘っている坑道の数は限られている。しかも現状は、予定の半分だ。対応できる兵士を抽出し、工事の守備に当てろ。何か言ってくる者がいれば、私の命令だと強く伝えよ」


 そこで言葉を切るが、別のことにすぐに思い至り言葉を続けた。


「それと、アキツ軍は坑道を掘っているのをどうやって知った? 手当たり次第で当たりを引いたというのならともかく、確率3分の1は解せない。そちらの方が問題ではないかね」


「はい。今、調べさせております。ですが、魔法以外の方法ではないかという不確かな報告があります」


 カーラ元帥の言葉に、当然とばかりにクレスタ上級大将が頷く。そしてさらに続けた。


「魔法以外で不確か? 亜人、いや半獣セリアンか?」


「はい。ご存知の通り、半獣の多くは五感にも優れます。今回工事が発見されたのも、優れた知覚力、この場合聴覚か嗅覚によってではないかと。塹壕工事をさせていた半獣が、前線近くに半獣の匂いが多いと報告しています。ですがアキツの亜人は、オーガが大半を占めます」


「塹壕を掘り始めたから警戒を強めた、といったところか。そういえば、スタニアでの小競り合いでも半獣の五感の鋭さには手を焼かされたな。だが臭いや音なら、ある程度誤魔化せるのではないか? いや、駄目だな」


 「駄目だな」の言葉にクレスタ上級大将は頷く。


「はい。坑道を掘る為、塹壕を先に近くまで掘らなくてはいけません。その時点で妨害を受ける可能性があります。かと言って遠くから坑道を掘っていては、手間も時間がかかりすぎます」


「他の対壕の工事を急ぐしかないな。他に案はあるかね?」


「はい。堡塁、陣地そばでの工事は、昼間に増員した上で実施。夜は離れた場所のみにします。また、夜は前線近くの塹壕に兵士を配置せず、若干後方からの監視に留めます。前哨戦でも夜間に大損害を受けましたし、前回の大攻勢でも夜間に前線に止まった部隊が夜襲を受けています」


「夜は亜人のものか。スタニアでは、呪具での警戒と照明、それに小銃弾幕で圧倒したというのに。だが、要塞戦、塹壕を構築しての戦いは無かったな」


 ついにカーラ元帥は小さくため息をついてしまうが、それをクレスタ上級大将は何も咎めようとはしなかった。


「はい。今回の戦争を想定し、策も講じました。情報も可能な限り収集しました」


「だが、魔法に関する事では、アキツ軍の方が遥かに上手だ。しかも近代科学文明、近代戦争を自らのものとしている……総攻撃を見合わせるべきかもしれんな」


「ハッ。もっと対策し準備を整えるべきかと。それもアキツ軍が大規模な増援を送り込む前に」


「ああ。だが、その前に戦う相手が出来てしまったな」


「はい。それに調べるべき事も」


 互いにそう言って、二人は頷きあった。


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