103 「補給路の概況(3)」
「おーっ。あれって、装甲列車だよね? 資料で見た見た」
「報告は正確にして、朧。この距離じゃあ、望遠鏡でも私にはあまり見えないのよ」
第1大隊は、敵の補給路の偵察を続けていた。そして鞍馬が朧を連れて将校斥候に出て、珍しいものに出くわした。
「角ばった外見の機関車が、大砲乗せた貨車を引いてる。他にも頑丈そうな貨車が幾つか。あー、でも、真ん中に偉そうな客車がある」
「恐らく要人輸送の装甲列車ね。警備用じゃないとは思うけど、正確に見て」
「はーい。機関車の前に2つ、後ろに12両牽引。偉そうな客車1つと普通の客車2つを貨車か武装車が挟んでる。郵便車もいるかな? 無蓋の奴2つが大砲載せてるね。あと、有蓋車の天井で見張ってる兵隊もいるよ。見晴らし良さそう」
「郵便車があるなら、貴族の前線視察か観戦武官いるのかもね」
「じゃあ襲撃はなし?」
変わった列車から視線を外さず問いかける朧だが、鞍馬はにべもない。
「じゃあも何も、最初から偵察だけよ」
「はーい。でも、見てばっかりじゃあ、つまらないよ」
「軍の任務はつまらないものよ。諦めなさい」
二人が発見したように、タルタリアは鉄道路線に対する妨害や破壊に対抗するため、鉄道警備の切り札として武装を施した車両と、それらを結合した列車、つまり装甲列車を保有していた。
「僕、実物は初めて」
「国内警備に使っているとは言うわね」
「うん。写真で見ただけ。でも、今回の警備でもっと使えば、沿線全部に兵隊おかなくてもいいのにね」
ようやく視線を外した朧に、鞍馬は半目がちになる。「今まで何を見て、調べて、聞いてきたのか」と。
「単線だからよ。往復できないと、警備の効率が悪いでしょう」
「あー、そうか」
「そうよ。それにタルタリア軍は、後方に展開しているアキツ軍が、平原に騎兵を各個撃破で完全撃破できる程の戦力を配置していると考えている筈よ」
「だから、警備に2個師団も当ててるって、前に話してたね。えーっと、10キロメートルで1個歩兵大隊、10メートルに1名の歩兵の割合だっけ?」
ちゃんと覚えている事に満足してか、鞍馬は素直に頷き返す。
「そうね。歩兵を支援する師団の他の兵士を合わせると、その二倍の数。昼間は歩兵が中隊単位で巡回。加えて各拠点の監視哨から望遠鏡で目視」
「中隊単位ねえ。僕らが余程怖いんだ。採算度外視だよね」
「そうよ。効率が悪くとも、それだけこの補給路が重要なのよ。一方の我が軍としては、後方に2個師団を半ば遊兵、つまり無駄な兵力を配置させた時点で、戦略的な勝利とすら言えるの」
「僕らと騎兵だけで、4万を引きつけるもんね」
「ええ。しかも騎兵を師団単位で投入した。今回の装甲列車も、何か関連があるかもしれないわね。というわけで、見るものも見たから引き上げるわよ」
「了解」
鞍馬達がこのように鉄道と主街道を偵察するのも、タルタリア軍が補給路で何を動かし、何をしているのかを正確に把握しておく為だった。
「以上のような状態だ。だが、現在東に進んでいるタルタリア軍は、幌梅に差し掛かるかその手前でそれぞれ師団級の騎兵が南北に大規模偵察に出ると予測される。大隊副長」
「はい」
鞍馬達が帰投後、甲斐達、蛭子衆第一大隊の野営地の司令部用『浮舟』の作戦室で幹部達が集まる。
そして指示を受けた鞍馬が、大隊長から引き継いだ形の詳細な説明をするべく黒板の横へと付く。
その黒板には、ほぼ西北西から東南東へと伸びる主街道と敷設中の軽便鉄道の路線が描かれた地図が貼られている。
空いた場所には、配置兵力が記されていた。
配備兵力
歩兵師団2個(各歩兵連隊は3個大隊編成型)
サハ第1騎兵師団(第1旅団のみ) =在幌梅周辺
サハ第2騎兵師団 =南側
放浪者第4騎兵師団 =北側
「現在、以上のような配置となっており、サハ第2騎兵師団が幌梅周辺に到着し次第、サハ第1騎兵師団残余の第1旅団と合流。我が方の未知戦力を警戒しつつ、南北へと伸びる街道の南側を中心に長距離偵察に出るものと予測されます」
話しつつ指示棒で、部隊、場所、経路などを示す。
「南側で予測される戦力は騎兵36個中隊、騎兵6000騎、騎兵砲24門。現時点では騎兵工兵、輜重は後方待機と予測され、考えなくても構いません」
そこで地図の別の場所を示す。
示した辺りには違う色の記号が並ぶ。
「対する我が方は、第9騎兵連隊は西部にいて動けず、第11騎兵連隊の3個中隊、500騎。それに我が大隊。単純な数の差だと相手が十倍となります。この戦力で、敵が我が方が設定した線を越えた時点で、南下を阻止するべく牽制と妨害を実施します」
「ここまでで何か質問はあるか?」
概要を言っただけだが、甲斐が幹部達を見回す。
すると山猫の半獣が小さく挙手。第3中隊長の不知火だ。
「野営地を東に移動するんですか?」
「野営地はこのままだ。『浮舟』も兵員輸送用以外はこのままとする。故に第4中隊は支援要員の半数を残し、万が一の際の野営地撤収に備える。ここの指揮は天草にしてもらう」
「了解です。もう半数は機関銃の要員でしょうか?」
そう発言したのは、留守を任された第4中隊長の天草。いつもながらの、おっとりとした口調で問いかける。
「そうだ。機関銃を用いた戦闘の際は待ち伏せになるので、工兵と魔術偽装を行う術師も行ってもらう。だが、万が一と考えろ。流石に6000の騎兵と昼間に正面から喧嘩はしたくない」
「機関銃は要塞で大きな戦果をあげていますし、そこに我が大隊が後背か側面から奇襲すれば、撃破も可能ではありませんか?」
好戦的な言葉なのは、第2中隊を率いる山犬の獣人の嵐。ただ言葉とは違い、口調も表情も熟練兵らしく淡々とし過ぎていた。
「そういうのは、雷さんの第2大隊にでも任せるよ。僕としては、騎兵には昼間の牽制に終始してもらい、僕らは夜襲が出来ればと考えている。機関銃の出番は万が一だ」
「了解です」
「うん。大隊副長とも軽く相談したが、敵が馬鹿正直に全滅するまで機関銃を張り巡らせた陣地に突撃してくれるとは考えられないからな。そして我々と騎兵3個中隊の戦力で、こっちの陣地に押し込むのも無理だ」
「そりゃあ道理ですな。自分から全滅しにくるわけがない。騎兵ですし、一撃を受けたら回り込んで来るでしょう」
「普通に考えればな。第2大隊でもしないと思う」
第1中隊を率いる大鬼の磐城の冗談めかした言葉に、甲斐も軽めの口調で返す。
それで場の雰囲気も少し軽くなり、その後は主に鞍馬の説明で今後の行動、作戦方針が説明されていった。