102 「補給路の概況(2)」
「あれは西12番目の中継拠点で間違いないか?」
「はい。地図情報、位置と地形から間違いありません。ですが、かなり様変わりしていますね。規模から見て、滞在者数がかなり増加しているようです」
全般偵察を騎兵に任せ、甲斐達は東へと移動しつつ、その途中にあった敵の懐近くまで隠密裏に近寄った。
今は、甲斐は鞍馬を連れて将校斥候に出ているところだ。
交代で偵察に出ている各中隊も似たような行動をとってはいたが、敵の移動規模が増えたのでこうして確認に出ていた。
指揮官こそが生の情報に触れておくべきという建前で、実際は任務に対して規模の小さな部隊なので頭数が足りず、どうしても指揮官が動かざるを得なかった。
また今回は魔力偵察も行うので、大隊副長としてではなく魔術兵として鞍馬を連れていた。
本来なら他の者を連れ大隊副長を部隊に残すべきだが、高い精度で調べられ、なおかつ多少の危険を冒しても問題ない人選となると、鞍馬以上はいない。
そして見て調べる為、目の良い朧も連れていた。
「お馬さんたち、ご飯の最中だね。この辺の草を食べ尽くしたんだろうね。春で草が多い季節なのに」
「だろうな。もっと鉄道から離れて作戦展開するのかと思ったが、連中、補給部隊を連れてなかったのか?」
「周辺の遊牧民は、我が方の働きかけもあって非協力的か逃げています。アテが外れたのかもしれません。また自前の駄馬は、前線での補給に取られたか、まだ後方にいるのかのどちらかと」
「払う金があっても宝の持ち腐れか。他でも見た渋滞を見る限り、両方だろうな」
「フーン。じゃあさ、あそこを潰せば混乱するかな?」
悪戯でも思いついたかのように、朧が甲斐を見る。
しかも彼女の顔には、好戦的な表情まで浮かんでいた。
「一時的にはな。だがすぐに対応されて、継続しないと意味がない。だから藪をつついて蛇を出す事はしない。それとだ、今後の方針を見定める為に僕達が偵察をすると説明しなかったか?」
「はい。聞きました大隊長殿。自分は意見具申したまでです」
かしこまった顔と態度で朧は返すが、わざとらしいので甲斐は軽くため息が出る。
「ハァ。朧、好戦的過ぎるぞ。見るのも、待つのも、何もしないのも、全部任務だ。しっかり見ろ」
「はーい。じゃなかった。了解しました、大隊長殿」
そう言いつつ朧は、魔力で高めた視線を彼らが「西12番目の中継拠点」と名付けた場所に向ける。
そこは主街道と敷いたばかりの軽便鉄道が走る沿線沿いに作られた、タルタリア軍の拠点の一つ。
最初は馬車で行き来する輜重の為に設営されたが、次に鉄道敷設の作業員が使い、敷設後は鉄道に乗せてもらえない兵士が主に使っていた。
そして時間とともに施設は充実していた。
こうした中継拠点は、宿場町のように10キロメートルごとに設置され、鉄道沿線の警備拠点としても使われている。
また場所によっては、一時的ではなく恒久的に使用する為に拠点の拡充も順次行われていた。
現時点では、警備部隊の各大隊司令部が置かれ、遠くを見通せる木造の物見櫓が建てられていた。
勿論、街道や鉄道に沿って電信も通されている。
「本当に粗末な施設ですね。天幕と建物がわりの貨車ばかり。軍事施設は物見櫓程度。柵も何もなし」
「暖かい食事が取れるのが兵士にとっての僅かな救いだろうな。それより、呪具の反応は?」
甲斐への問いに、鞍馬が右手に持つ札を見せる。その札は文字や模様が淡く光っていた。
「あります。反応から西方列強が標準装備する魔力探知の呪具です」
「標準という事は、あのデカくて敏感なやつか。面倒だな」
「馬の背には載せられませんが、拠点防衛だからでしょう。ですが騎兵の偵察報告通りです」
「囮になって調べてくれたんだっけ? 頑張るなあ」
朧のいつもの軽口だが、その声色は感心の気持ちが乗っていた。かなり面倒な事だと分かっているからだ。
だから甲斐もうなずき返す。
「そのお陰で僕達がわざわざ調べずに済む。魔力を抑えない騎兵中隊で3キロメートル、抑えてその半分の探知距離。魔力を抑えた少人数で、ようやく目視範囲への接近が可能。訓練を受けた僕らは少人数でもっと近づけるが、開戦頭の騎兵に対するような完全な不意打ちは難しいな」
「ですが我が方が探知など全ての面で優っています。偵察だけなら問題ありません」
「そうだな。それにあの呪具は結構値が張る。それにタルタリアが大量に買ったという情報は無かった筈だ」
「国産できないので、数を用意しているとしたら西方配備の呪具まで持ち出しているかもしれません」
「へえ。僕らが怖いから?」
今度は本当の軽口と表情だったから甲斐が指で軽く小突く。
「その考えは持つなよ、朧。連中がアキツ軍を警戒しているのは間違いないが、補給路が重要だからだ。ただ、予想外だったのかもしれないな」
「というと?」
朧ではなく鞍馬が首を傾けながら問うてきた。
それを少し可愛いと思いつつも、甲斐は自身の考えを披露することにした。
「うん。この100年ほどの西方世界の戦争で、敵の少数部隊が後方に回り込んで補給路を妨害、撹乱するという事例は殆ど見た事がない。西方世界は人口が多いから、そうした真似が難しいというのもあるだろうがな」
言いつつ周囲の何もない景色を少しだけ見渡す。
「だが現実は、アキツ軍が覗き見して邪魔をしている。これはタルタリア軍にとって予想外で、後方の鉄道や街道を厳重に警備すること自体が泥縄式で、あまり考慮も準備もしていなかったんじゃないかと思ってな」
「確かに。西方の兵士では、出来る可能性が低く出来たとしても投入した兵力を無駄に消耗する可能性が高いでしょう」
「うん。高度な術を用いる魔術兵を用いればある程度は可能だが、西方世界で貴重な魔術兵を危険にさらす事はしない。費用対効果が低すぎる」
「ですがアキツは違う。自分達の歴史の中で戦闘力の高い兵士による偵察、後方かく乱、補給路の攻撃といった敵の後方、後ろ側での活動は一般的です。その為の対抗部隊、戦術も確立してきました」
「それが僕達なわけでもあるからねえ」
意外にも二人の小難しい会話を理解していた朧が、ウンウンと肯いている。それに二人も小さく苦笑する。
そして運用方針に則り、彼らはその後もタルタリア軍に察知されないまま偵察活動を続けた。
そうした姿は、アキツが行ってきた数百年前からの海外進出で、有効な事は確認されていた。
環大東洋圏にアキツが覇権を確立できたのも、そうした非正規戦と言える活動が大きな要因の一つとなっていたほどだ。
もっとも甲斐達は失念していたが、タルタリアは西方諸国の中では多少例外だった。
西方地域を上回るほどの広大な国土を持ち、スタニアなど地続きの場所を侵略してきた歴史があるので、西方世界一般よりも後方警備は重視していた。
軍隊が展開する地域が広く兵力が分散されがちな為、後方にも回られやすかったからだ。
だからこそ、かなり早い段階で後方警備を重視したとも言えた。




