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まえがき
以前から読まれている読者の皆様へ。
13から18までを加筆修正しました。
また以前のタイトル「魔剣の勇者/血色の魔女」から、「魔性の勇者」に変更しました。
いつも行き当たりばったりの変更続きで申し訳ないですm(_ _)m
それと17回と18回の中間の話として、別枠で『魔性の勇者 17.5』を公開しています。
ただ、内容がやや過激ですのでR15指定をつけて本編から隔離させていただきました。
一応、読まなくても問題ない程度の話ですが、興味がある場合は舌のURLからどうぞ。
URL:
http://ncode.syosetu.com/n8736be/
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意識が回復しないユエメイをギリーに託し、俺はエストと共に帝都ブールジュを目指した。
だが、帝都へ向かうのは俺たち二人ではない。
「バカな奴らだ」
エストが言った相手は、総勢百名になる彼の部下たち。みな、クレスティアとは戦場を共に駆け抜けてきた歴戦のつわものであり、戦友だった。これから向かうのはアースガルツ帝国の帝都ブールジュ。本来であれば大陸全土を支配する大帝国の都であるが、今の帝都は皇帝クレスティアの命令によって、人の今や出入りが禁止されている。
そして、皇帝は魔王によって操られている状態にある。
このことを知っているのは、俺とエストの他にはごくごく少ない人間しかいない。ほとんど誰からの協力も得られない中、そのような場所に行くとなれば、死を覚悟しなければならない。なのに、エストの下には百人の男たちが集っていたのだ。
俺が魔王にさらわれたアリサの救出を目指すように、彼らは魔王ナイトメアに操られているクレスティアの救出を目的としている。
俺がアリサやユエメイたちに抱く思いと同じく、彼らもまた強い絆で結ばれた戦友なのだ。
俺もかつては数多くの仲間がいた。そのことを思って、ほろ苦い思いが胸を突いたが、今は過去にとらわれている時ではない。
俺たちは、辺境の街クラストから馬を駆り、そのまま帝都目指して街道を進んだ。
だが、帝都を直前にして、俺たちの行く手に闇色のオーロラが姿を見せた。そのオーロラは遥か天空から地面にまで届き、視界の右から左の全てを覆い尽くしている。その不気味なオーロラに、エストたちが息を飲んだ。
「結界魔法…と考えるのが自然だな」
「ああ」
エストに同意しながら、俺は地面に落ちている小石をオーロラへと向けて投げた。
――バチンッ
オーロラに触れた瞬間、盛大な音を上げて石が砕け散った。
「石であれってことは、人間もただじゃすまないな」
「それ以前に、このような大規模な結界を人間が張れるとは思えない」
「ああ、それが魔王なんだろうな」
――魔王。
その言葉を新たに聞いて、エストと彼の部下たちがゴクリと喉を鳴らした。
だが、そんな彼らの前で俺は腰に吊るした相棒を左手に掴んで引き抜いた。黒い刀身が露わになり、太陽の陽光を受けで鈍く輝く。両刃の剣だが、なぜか片側の刃は潰されている。俺がこの魔剣を手に入れた時には、すでにそうなっていたので、理由は分からない。以前の持ち主が刃を潰したのか、あるいはそれが制作者の意思であったのかも知れない。
俺は刃のつぶれた方を肩に乗せ、気負いなく結界を眺める。
今までに多くの魔法を切り裂いてきた魔剣。≪魔王殺しの魔剣≫などと名付けられている剣だ。
――相棒、お前にはこれぐらい軽いよな。
「どうするつもりだ」
俺の様子に気づいたエストが訪ねてきた。俺は言葉でなく行動で示す。相棒構え、オーロラに向けて切りつけた。
――サッ
切りつけられた直後、天にまで届いていたオーロラが真っ二つに裂け、張り巡らされていた力が消え去っていく。闇のオーロラが色を失い、展開していた力が消え去った。
「おおっ」
その光景に、エストの部下たちが歓声を上げた。
「クロウ殿、その剣は一体?」
「こういうことができる奴なんだよ」
俺はそれだけ答えて、オーロラの消えた先へ歩き始めた。だが、すぐに違和感を覚える。エストと彼の部下たちも同様だ。
エストが短い声で指示をすると、すぐさま大盾を構えた兵士たちが周囲に広がって≪円陣≫を組み、防御の姿勢をとる。
「おやおや、慌てないでください、兵士諸君」
突然目の前の地面が揺らめき、そこから二人の男が現れた。突然の光景に兵士たちが緊張する。
「大臣?」
だが、現れた人物を見てエストが、呟いた。
宰相時代のクレスティアに従い続けた彼は、国の高官を見たことが幾度もあるのだろう。だから、大臣の姿を知っている。
しかし、目の前に現れた二人の男の目は酷く虚ろで、感情に乏しい。
「…魔族か?」
俺が小さな声で呟くと、二人の大臣の口元が微かに笑った。
「おやおや、もうばれてしまいましたか。さすがは≪魔剣の勇者≫殿」
大臣――の姿をした魔物――が口に手を当てながら嘲笑して言った。
「俺はそんな大それたものじゃない」
その言葉に俺は反発したが、大臣たちは全く気にする様子がなかった。かわりに、片手を胸の前に置き、もう片方の手を広げる。仰々しく頭を垂れて一礼した。
「魔剣の勇者殿、それにおまけの方々。我らの王と皇妃様が城にてお待ちです。我らがご案内いたしましょう」
なんとも芝居がかったやり方だ。ついでにおまけ扱いされたエストたちが不快な顔をした。
「我々が、貴様ら魔族の言うことを信用すると思っているのか?」
エストが腰の剣に手をかけ、油断なく問う。もっともなことを口にしていたが、しかし魔族は嘲笑を納めることもなく言い返す。
「信用する必要などない。ただ、ここはすでに我らのテリトリー。たかが百人の人間を殺すことなど造作もない」
魔族が言い終えたとき、魔族の感情のない目が輝き、それがエストの部下たちの目を捉えた。
――ビクリッ
視線で捉えられた兵士が体を痙攣させ、武器を取り落として硬直する。顔面を蒼白にし、口からよだれを垂らして、虚ろな目になる。そのまま、一歩、二歩と魔族の方へと向かって歩き始める。
――いけない
俺は咄嗟に魔族たちの前に飛び出した。大臣の姿をしている魔物の一人に向け剣を一閃。その一撃を回避できなかった魔物が、黒い血をほとばしらせて倒れていく。人の姿が見る見るうちに黒く細い体へと変化する。まるで骨と皮だけでできた、骸骨に限りなく近い人間の姿。
醜悪な姿をした魔物は、この世のものとは思えない絶叫を上げながら地面へ倒れた。
だが、俺は魔物が倒れるのを悠長に待っていなかった。俺の突然の動作に反応が遅れたもう一体の魔物の首元に、振るった剣先を突き付ける。
「術を解け」
「命令なさるのですか、あいつらの命は今や我が手の内に…」
「お前と押し問答をするつもりはない」
俺は鋭い視線で魔物を睨みつける。魔物はしばし口をわなわなと震わせていたが、やがて両手を上げて「参りましたな」と言った。直後、操られていた兵士がドサリと音を立てて地面へ倒れる。それを、エストの部下たちが慌てて助ける。
「やれやれ、あなたは≪霊将ユナトス≫様と互角以上に戦われた方。我々の手では荷が重すぎる」
「…」
「それに、あなたは魔王様の獲物。我々が手を出せば、魔王様に殺されてしまいます」
俺は殺気の宿った目で、魔物を見続けた。顔には忌々しさを浮かべている魔族だが、これ以上の抵抗をするつもりはないようだ。
「あなたがたを、ご案内しましょう。ついていらしてください」
そういい、魔物はくるりと反転し、帝都へ向けて歩き始めた。
「どうする?」
エストが俺に尋ねる。
「どの道、あいつを倒したところで、この先には魔族の大軍が控えてるだろう」
「ならば罠と分かっていて、このまま進むか」
俺たちは合意し、魔物の後に続くことにした。
だが、その後を追う前に、エストが兵士たちへと向かって言った。
「ここから先に進むならば、おそらく俺もお前たちも生きて帰ることはできまい。それでも、進むか?」
「陛下は――あの方は――我々の助けを待っています。今更、怖気づく必要などありません」
兵士の一人がそう言うと、「そうだそうだ」と声を上げて言い合った。
「まったく、バカな奴らだ」
そんな兵士の姿に、エストは口では責めるように言ったが、その顔は笑っていた。そんな彼らの姿に、俺は眩しさを感じる。俺と戦友たちもそうだった。
「あんたもバカだな。…もっとも、俺も人ことは言えないが」
静かに口にして、俺たちは魔物の後を追って、帝都ブールジュを目指した。
帝都ブールジュ。
今やロード大陸全土を支配するアースガルツ帝国の都。
だが、今やその都市は帝都と呼ぶことのできない≪魔都≫、あるいは≪魔境≫と呼ぶべき地と化していた。
都市の中は、赤い血の川がそこら中を流れている。うず高く積まれた死体の山がそこら中に作られ、腐敗した死体に虫がたかって黒く蠢いている。死体からする腐敗臭が周囲に立ち込め、口で息をしても、その匂いがするほどだ。
「なんということだ…」
この光景にエストが絶句する。俺も、そして彼に従う兵士も、それは同意見だ。このような蛮行を、魔族が勝手気ままに行っていることへの怒りが沸き上がってくる。
――これが、やつら魔族のやり方なのだ。
そんな人間たちに、案内を務めている魔族は愉快そうに言う。
「いいでしょう。美しくて。もっとも、この程度のことは今までにもよくしてきたことです。それに、あなた方が助けようとしているクレスティア皇妃は、我らの王がガルヴァーンと名を偽っていたころから、我らの軍を使って多くの殺戮を行ってこられた。あの方は、我ら魔族から見ても、敬意に値するお方だ。ククク」
――ギリッ
エストが魔族を斬り殺さんばかりに睨みつける。だが、俺は魔族に近づこうとするエストを手で静止した。
――今、戦うべきではない。
「クッ」
「せめて、城の中まで待て」
エストが低いうめき声をあげて、頷いた。
俺たちは、街の中の惨劇を見せられ続けた後、ようやく城門を越えて城の中へ入った。
たが、城の中も床や壁に血と肉の破片がこびりつき、城の外と変わることのない異臭が立ち込めている。その城内を魔族は、上へと向かって案内していく。
「我らの王と皇妃様は、玉座の間でお待ちです。ただし、そこまでたどり着ければですがね」
案内をしていた魔族が、振り向いた。その右手が上がった直後、城の各所から次々に魔物の大群が押し寄せてきた。
だが、これは予想していたことだ。
「おいでなすったか。全軍一点突破で進め!」
エストが剣を振り上げ、部下たちに号令する。
「おうよっ」
兵士たちがそれに答えて突撃を開始した。
防御は考えない。もともと僅か百人の部隊に過ぎない。まともに戦っても無駄なら、魔物の群れを一点突破するしかない。そして、目指すクレスティアの元へたどり着く。
彼らにとっては、クレスティア。そして、俺にとっては妹であるアリサを取り戻すために、この場所へと来たのだ。俺もエストたちに並んで、相棒の魔剣を手に、魔物の大群へと切りかかっていった。
その後、戦いを続けていったが、ブールジュの城に侵入者防止用の仕掛けが存在することを俺たちは知らなかった。
突如、通路を駆け抜けたところで天井から壁が落下してきた。壁の下敷きになりかけた兵士を俺が腕を掴んで引っ張り、ギリギリのところで壁に潰されるのを助けた。
「助かりました」
と、答える兵士に軽く答えながら、俺は落ちてきた壁を見た。
「これは、どうにかなるもんじゃないな」
おそらくはこの城が作られた時にすでに作られていた仕掛けだったのだろう。石造りの壁を叩いてみたが、分厚い衝撃が返ってくる。薄くない、持ち上げることはおろか、槌を使ってもすぐには破壊できないだろう。魔族が群れをつくる城の中では、とても悠長にしていられない。
壁のこちら側に残ったのは、俺を入れてわずか数人の兵士たちだった。
「我々が目指すのは陛下の救出だ、先に行け!」
そこで壁の向こうからエストの声がした。
――彼らはクレスティアのために。そして俺はアリサを助け出すために…
「分かった、死ぬなよ」
俺たちには目的がある。俺は壁の向こうに取り残された、エストたちにそれだけ言い、僅かな兵士たちと共に、通路をさらに駆けた。
途中で遭遇する魔物は二足歩行の獣身の化け物ミノタウロス。それとやせ細った黒い骸骨姿をした、闇魔法を扱う魔物が続出した。
魔法を使う魔族に対しては、俺が相棒を振るって魔力を無効化しながら突撃していく。物理攻撃に優れたミノタウロス相手には、エストの部下たちが奮戦してくれた。それでも、犠牲が出ないわけではない。巨大な戦斧を振るうミノタウロスの一撃に、体を吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて事切れる兵士が現れる。
「うおおおっ」
魔法を使う魔族を片づけた俺は、叫び声を上げながら、ミノタウロスへと切りかかっていった。
切り倒していく魔族の、黒い血が俺の全身に振りかかり、黒く染めていく。黒く血塗られながら、俺は鬼神のごとく剣を振り続け、敵を葬り続けていった。
それでも、エストの部下たちが幾人も倒れていく。やがて俺と二人の兵士が残るだけになった時、玉座の間へと続く扉が姿を現した。
「いいな」
俺は二人の兵士に目配せする。
緊張した様子で武器を構える兵士たちは、ゴクリと唾を飲み込みながら頷いた。
この先にいるのは、魔王ナイトメア。
俺は、力を込め扉を開いた。
ところで、ここで少し時間と場所が変わる。
クラウが辺境の街クラストを出立した翌日。酒場の二階で眠っていたユエメイが意識を取り戻した。
彼女はギリーから、魔王のことと、ファンとリーの死。そしてさらわれたアリサを救うために、クラウが帝都へと向かったことを聞いた。
「私も帝都に向かいます」
「ユエメイ正気か!?」
ユエメイの放った言葉に、ギリーは驚く。だが、そんなギリーにユエメイは強い視線を向けて言った。
「隊長一人を戦わせるわけにはいきません。それに、私はあの人の傍にいたいから」




