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魔性の勇者  作者: エディ
第二章
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 謁見の間に突入した俺たちの目の前には、広大な広場と、広場の遥か先にある階の上に、玉座に坐した血色の髪と瞳のクレスティアの姿を捉えた。今や、アースガルツ帝国の皇帝として、この大陸に君臨している覇者だ。

 そして、その横には武骨な鎧を身にまとった巨漢の男が立っていた。魔王ナイトメア。厳つい武将の姿をした男は、目を煌めかせていた。

 その瞳に俺はゾッとした。

「すまない」

 俺は咄嗟に、この部屋に共に突入した兵士二人の腹に、肘を打ち込んだ。二人がうめき声を漏らしながらその場に倒れる。

「おやおや、せっかく遊んであげようとしたのに、せっかちなことだ」

「同じ手に二度も乗るつもりはない」

 魔王は、二人の兵士の意識を乗っ取ろうとしていた。その兵士たちを使って、俺に攻撃を仕掛けるか、もっと悪辣な事をしでかすのは明白だった。ならば、先に気絶してもらっておく方がいい。

 それに、俺がここに来た目的は、

「妹は、どこにいる?」

「安心しろ、ちゃんとここにいる」

 魔王が手を振ると、玉座の近くに天井から下がっていた赤い垂幕がバサリと音をたてて落ちた。そこに天井からぶら下げられた鎖に両手を縛られ、身動きをできないアリサの姿があった。

「アリサ!」

 叫ぶ俺に、しかしアリサの返事はない。

「安心しろ、気絶しているだけだ、もっとも…」

 魔王が再び腕を振るうと、縛られているアリサの頭がガクンと揺れた。その姿に、俺は最悪の事態を恐れた。だが、予想とは違った。「おにい、ちゃん。たす、け、て…」

 アリサの弱々しい声がした。予想した最悪の事態ではなかったが、こうやって魔王は俺を挑発している。

「アリサ、安心しろ。今すぐ助ける!」

 俺は内心で怒りを覚えつつも、アリサに答える。

「ククク、麗しい兄弟愛だな。この娘をお前の前でいたぶってやれば、さぞやお前は苦痛を浮かべることだろう。それもまた一興だな」

 魔王は悦に入った笑顔を浮かべた。

 また、あの時見たいにはさせない。ファンとリーが死んだ時のようにはさせてなるものか。俺は、左手に持つ魔剣に力を込めて握る。

 そんな中、玉座に座るクレスティアがうっすらと笑った。

「私の愛おしい方。あまり遊ばれてはいけませんわ」

「フフ、そうであったな。愛しき后よ」

 クレスティアの言葉に、魔王の表情がねっとりとしたものにかわる。クレスティアの頬にツッと指をなぞらえ、それかに右頬に魔王が口づけをした。

 ――あの皇帝が正気ならば、こんなことを許すはずがない。

 かつてフリューバーを前にした時、クレスティアの毅然とした姿を見せられた俺は、皇帝の今の姿に唖然とした。

「皇帝…あんたも操られているんだな」

「操るとは心外な。ただ、彼女の心に私がほんの少し手を加えていただけだよ」

 魔王はクツクツと笑い、クレスティアの唇を奪う。あの気位の高かった皇帝の姿は、もはやどこにも見ることができなかった。

 人の心を持ち遊ぶ。それが魔族だ。特にその頂点に立つ魔王のそれは、あまりにも醜悪だった。こんな男に、ファンとリーが殺され、皇帝までもこのような姿になっている。

 あまりにも人間をバカにしている魔王に、俺の内心で怒りがこみ上げてくる。

「うふっ、陛下。私と遊んでいないで、あの子をどうするの?手下にするの、それとも殺されるのかしら?」

「后よ、お前はどちらを望むかな?そなたの望み次第では、あの男を生かしておくのも一興と思うが」

「まあ、どうせ私の言葉などお聞きにならない癖に」

 クレスティアが魔王の頬を両手で掴み、顔に生えた髭を一本一本撫でる。それがこそばゆいのか、魔王がフッフッと笑い声を漏らす。

「クク、そうむくれるではない。我は、お前のことを心の底より愛しているのだぞ」

「では、あなたの好きなようにしてくださいませ」

 クレスティアは嫣然と魔王に笑いかけた。

「フフフ、では、あれの始末は我がつけるとしよう」

 魔王がクレスティアから俺へ視線を移す。

「今一度問おう。我が手足となり、従順な道具となれ。そうすれば、貴様のみならず、お前の妹も生かしてやろう。だが、もしも断るのであれば…」

 そこで魔王は右手に大剣を構え、その切っ先をアリサの方へ向けた。

「お前の大切な妹が死ぬことになる」

 アリサを人質にして、俺の行動を完全に封じている。心の中で体が引き裂かれそうな怒りがこみ上げても、俺は手を出せない。また、こいつにいいようにあしらわれてしまうだけなのか。

 ――ギリッ

 奥歯を噛み、俺は魔王を睨んだ。

「どうした?考えている時間はないぞ」

 魔王の持つ剣の先が、アリサへさらに近づいていく。俺が、どうにもできないでいる中、しかしそれを救ってくれたのは、魔王に操られているはずのクレスティアだった。

 彼女は立ちあがって、後ろから魔王の両肩に手を回す。魔王の耳元でクレスティアは囁いた。

「いけませんわ、私の愛おしい陛下。そんな娘など使われず、逞しいあなたの姿を私に見せてくださいませ。目の前のあの子を殺すのです。魔王殺しの魔剣。あなたが、魔族にとって≪近畿≫とされているあの剣に打ち勝つ姿を、ぜひとも私に見せてくださいませ。愛おしい陛下」

「クッ、クフフッ」

 その言葉に魔王が笑う。女の言葉を、心地よく感じる。

「男であれば、その強さを私に見せるのです。それこそ、私の愛する男のするべきこと」

 クレスティアの手が魔王の肩から、腕を伝い、さらに腹へと動いていく。

「お前は、本当に我に操られているのか?」

「愛おしい魔王様。私にあなたの強さを見せてください。そして、私をもっとあなたの虜にしてくださいませ」

「クク、いいだろう。ならばあの男を殺し、その血に濡れた屍をお前に捧げてくれよう」

「はい、楽しみにしています」

 クレスティアが嫣然と笑う。魔王はアリサに向けていた剣を引いた

「小僧、感謝するがいい。我が直々に貴様を切刻んでくれよう」

 宣言し、魔王はクレスティアの傍を離れて、俺へと剣を向けてきた。

「アリサを…人質を使う気はないんだな」

「クク、愛しの后にあのように言われては、お遊びなどもはやせぬ」

 魔王は確かに言った。それを信じていいのか分からないが、クレスティアが魔王へさらに語りかける。

「愛おしい陛下、どうか私にその男の屍を見せてくださいませ」

 クレスティアの甘くささやく声に、魔王がニヤリと笑った。そして、大剣を振りかぶって俺へと向かってきた。


 謁見の間は、おそらくこの城で最も広大な空間だろう。そのため、入口にいる俺と玉座のそばにいる魔王の間には、石畳の床が広がり続けている。

 直接に剣を交えるには、あまりにも距離が開きすぎていた。

 そんな中で魔王が大剣を振りかぶると、そこから黒い闇があふれだしてきた。

 闇の魔法。俺は相棒を構えて、迫ってきた闇を切り払う。

≪魔王殺しの魔剣≫。

 異世界の魔王を殺したと言われる剣は、あらゆる魔法の力を切り裂くことができる。魔王が繰り出した魔法もまた、剣の一振りであまりにもあっけなく消え去った。

 魔法を切り捨て、俺は広大な広場を魔王目指して走る。

「相変わらず厄介な剣だな。気のりはせぬが、我が剣にて直接斬り捨ててやろう」

 そういい、魔王は床を蹴って跳躍した。広大な広場を恐るべき速度で魔王の巨体が跳んできた。もともと魔王の持っている身体能力によるものか、あるいは魔法的に肉体が強化されているのか。理由は分からないが、魔王はただ一度の跳躍で、俺の魔の前に飛び込んできた。

 目の前に魔王の姿が現れたことに、俺は驚き目をわずかに見開く。だが、それに気を取られてはいられない。

 地面に足を着いた瞬間、魔王が手にした大剣を振るた。

 ――速い!

 振るわれた魔王の大剣を受け止めるのではなく、俺はその一閃を姿勢を低くして避けた。剣が頭上を掠めるが、これで魔王の体はがら空きだ。俺は魔王の体めがけ、剣を突き出した。だが、それより早く魔王の体が消える。

 気配は背後からした。俺は振るった剣の勢いを殺さぬよう、手首をひねって円を描くように剣を回し、背後へ回す。

 ――ギイン

 鈍い音がして、俺の剣に衝撃が伝わってきた。

「勘のいい奴だ」

「そういうお前は化け物だな」

「ククク、当り前だろう」

 背後に回したの剣の腹を、魔王の大剣が直撃していた。一歩遅れていれば、背後から剣に切り捨てられていた。

 危機一髪の展開だったが、魔王が笑みを浮かべ、またしてもその場から姿が消える。

目で追える相手ではない。

俺は勘だけを頼りに、何もない空間に魔剣を振り下ろした。

 ――スウッ

 直後、その場所に魔王の姿が露わになった。左腕に剣による傷を作り、魔王が忌々しい表情を浮かべていた。

「勘のよすぎる奴め。それに我の力を無効化するとは、やはり侮れぬ剣だ」

 言いながら、魔王が大きな斬撃を繰り出してきた。

 その後、俺と魔王の間に何十、何百になる剣の応酬が続いた。驚いたことに魔王はかなり剣の腕が立つ。それに、魔法によって肉体が強化されているのか、それとも元々魔族であるが故なのか、その身体能力は驚くほど高く、人間離れしている。

 特に、真正面から力で攻め込まれると、俺ではとても太刀打ちできない。剣を傾けることで力をそらし、その力を後ろへと流す。だが、たまに受け流しきれない力を受けて、体が後ろに向けて飛ばされてしまう。飛ばされながらも、俺はすぐに地面に足をつけ、反動を殺すためにその場から後ろへ一歩、二歩と飛びながら態勢を整える。

 しかし、魔王にしても得意の魔法を使えないせいか、俺の剣の前に時に苦い表情を浮かべる。魔王は力で俺を上回り、速度も恐ろしく速い。しかし、それを上回る速度で俺が剣を繰り出し、さらに技を加える。

「変幻自在の夢幻の剣か」

 そんな俺の剣筋を見ながら、魔王がポツリと呟いた。

「悪くない呼び方だ」

 と、俺も言う。

 互いに剣で斬り合いを続けた結果、俺も魔王も体の各所に傷を作っていた。とても致命傷と呼べない小さな傷だが、互いに実力が伯仲しているため、決定打をどちらも受けることがない。

「だがな、我が魔王であることを忘れるでない」

 ニイッと魔王が笑った。

 腕を振り、今までの戦いでできた傷口から、黒い血が床に飛び散った。

「≪黒針(こくしん)≫」

 魔王の言葉と共に、飛び散った血が無数の針へと姿を変える。針が、俺へと向けて高速で飛んできた。

 向かってきた針を俺は剣で切り払うが、剣一本でどうにかできる数でなかった。とっさに体を後ろに飛ばし、針の軌道から逃れようとする。それでも避けきれない針が、俺の体に何本も向かってくる。最悪の事態を避けるために、俺は体の前に右腕を突き出した。

 直後、腕に鋭い痛みが走る。針がいくつも命中した。

「クッ」

 小さく口の中で呻く。だが、ここでのけぞってはいられない。魔王に隙を突かれるわけにはいかない。俺は、すぐに相棒を突き出し、魔王の攻撃に対処するべく構える。

 だが、俺の目の前で魔王は大剣を構えもせずに笑っていた。

 ――なぜ、あんなに余裕な態度を。

 魔王の態度に不可解なものを感じると同時に、俺は自分の体が意思に反して、動かないことに気付いた。

「なんだ!」

 ガクリと足が地面に付いた。それから、体全体がワナワナト震え始め、いうことを利かない。それでも俺は、魔王から視線をそらすまいとした。

 だが、俺の目の前に立つ魔王は悠然とした態度を保ったままだ。

 もう、この勝負は決着がついた。そう言わせる余裕を顔に浮かべている。

「今貴様の体に打ち込んだのは、我が血液。魔族の中でも最上級たる魔王の血だ。≪血の呪縛≫を受ければ、いかなるものでも身動きを取ることはできなくなる」

 ニヤリと笑う魔王に、俺は殺意を込めて睨んだ。だが、体は俺の意思に反して動いてくれない。ガタガタと震え、まるで言うことをきかない。

 ――動け、動け。今ここで俺が倒れれば、誰がアリサを助けるんだ。俺しかいないんだ!

 そう念じるが、俺の意思に体はまるで答えてくれない。

「ククク、我の前に立ちはだかったことは褒めてやろう。しかし、これで終わりだ」

 魔王は大剣を構え、俺に向けて振り降ろした。

 こんなところで、俺はやられてしまうのか。

 ――すまない、アリサ。

 俺はあきらめかけた。

 ――ギインッ

 だが、俺の目の前で、魔王の大剣が受け止められた。

 ――なんだ!?

 俺が迷う目の前で、黒衣の戦闘衣に身を包んだ兵士の姿が現れた。黒い髪の女剣士。

「…ユエメイ。どうしてお前が!」

 目の前に突如現れた姿に、俺は絶句した。

「隊長、私も黒衣の部隊の生き残りです。あなたと共に戦わせてください」

 ギリーの酒場で意識を失い、眠り続けていたはずのユエメイが、魔王の剣を受け止めながら言う。

「ほう、人間の女が我の前に立つか。だがな…」

 魔王が再びニヤリと笑う。魔王の持つ大剣に力がこもり、鍔迫り合いになっていたユエメイの剣とギリギリと音をたてる。俺でも魔王と肉体の力勝負では対抗することはできない。ましてや、女のユエメイでは、勝敗は明らかだ。

 力のこめられた魔王の剣が振られ、そのままユエメイの体が空中へ吹き飛ばされた。

「キャッ」

 と悲鳴を上げたエユメイの体が、地面の上を転がる。落下の衝撃で手にしていた剣を落としたが、それでも転がる反動を生かして、すぐに立ちあがった。だが、武器を失い丸腰だ。

「逃げろ、ユエメイ!そいつはお前がどうにかできる相手じゃない!」

 俺の叫び、動かない体のことを無視して、彼女へと手を伸ばす。だが、伸ばす手さえもガタガタと震えてしまう。

 そんな俺の前で、ユエメイは一瞬俺の方を穏やかな視線で見た。そして口を動かす。

 ――隊長、私はあなたのことが…

 言葉にはならなかった。ユエメイの動かす唇だけが妙にゆっくり動く。唇の動きだけで、俺は彼女が口にしようとする言葉の意味がわかった。

 だが、その唇が言葉をいい終わるより早く、黒い闇がユエメイの体を包み込んだ。魔王の魔法だ。

「ユエメイ!」

 俺は絶叫した。

「安心しろ、お前もすぐに後を追わせてやる」

 魔王の放つ闇が、俺にも向かって迫ってきた。

 相棒の魔剣であれば、この闇を切り裂ける。だが、体を動かすことのできない俺は、抵抗することができず、闇に飲み込まれた

 ――これで、終わりなのか…

 自分の体が周囲を包む闇に浸食され、飲み込まれていく。痛みはないが、自分の体からいろいろなものが抜け落ちていく感覚がする。人間としての命が、闇の中へと消えていく。

 だが闇の中で、俺はまたしてもあの声に出会った。


 ――あなたは死なない


「また、あんたか」

 周囲の全ては、魔王の闇に包まれていた。

 だが、声だけは鮮明に頭の中に響く。

 いつも俺が死にそうな時に、この声は語りかけてくる。


 ――あなたを見せて。


「見せる?あの力をか」

 この声は、ミツカの街の時から、語りかけてきていた。


 ――あなたを見せて。


 その言葉に反応するかのように、ドクンと俺の心臓が跳ねた。だが、それはいつも俺の中で動いている心臓の音ではなかった。普段は俺音をたてることがない動かぬ心臓。血を身体に巡らせるのではなく、もっと不気味な何かを全身へと送り出す心臓。そこから生み出される鼓動が早鐘のように打ち続け、それに合わせて、全身に妙な感覚が広がっていく。

 俺が気付いた時、魔王の闇が音もなく消え去っていた。

 なぜ闇が消え去ったのか。そんなことを考えるのは後だ。それより、今はユエメイを救わなくては。

 俺は自分の体に起きたことを確認するより早く動いた。さっきまで魔王の≪血の呪縛≫によって身動きを封じられていた体が、動く。

 俺はユエメイを助けるべく、彼女を覆っていた魔王の闇を、相棒の魔剣で切り裂いた。

 闇が解き放たれ、その中にいたユエメイの姿が現れる。しかし、その体が力なく倒れていく。俺は咄嗟にユエメイの体を支えようとその体に触れた。しかし、手が触れた途端、その体が黒い灰と化し消えていく。

 俺の見る前で、ユエメイはあまりにも、あまりにもあっけなく、消え去ってしまった――死んでしまった。

「ユエ…メイ…」

 俺は自分の仲間が目の前で、消えて死ぬ光景を理解できなかった。

「どうして、お前まで…」

 俺は茫然と呟くことしかできない。戦友を――もう僅か二人しか残っていない戦友の一人――が、なぜ死ななければならないのか。

 そんな俺の傍で、魔王が忌々しげに吐き捨てた。

「邪魔者が現れるから、このようなことになるのだ。だが、なぜお前は我が闇の中から抜け出した。なぜ動ける?我が≪血の呪縛≫から、これほど早く解放されるはずなどないのに」

「黙れ!」

 だが、俺は魔王の言葉など聞きたくなかった。目の前のこいつが、ユエメイまでも殺した。

 俺は、相棒の魔剣を構え、魔王へと突撃した。

 急激に時間の動く速度が鈍くなり、時が止まる。その中を魔王へと向けて、剣を繰り出す。

「≪時間殺しの法≫。それは我に通じぬ」

 だが、停止した時のなかで、突撃する俺に向けて魔王も大剣を構えながら動いた。互いの剣が激突し、凄まじい衝撃が俺の左手に伝わってくる。だが、俺はそこで止まらない。右手を突き出し、魔王へと殴りこむ。魔王もそれに気づき、左手で俺の拳を防ごうとした。

 再び、時が動き始める。

 俺の拳が魔王の左腕に受け止められた。そう思った瞬間、俺の拳を受け止めた魔王の左手が、黒い灰と化した。そして、消える。

 それは、たった今、ユエメイが灰となって消えていった光景と、まったく同じだった。

 黒い灰は魔王の左手から、左腕の付け根まで這いあがっていく。そして黒い灰と化した腕が、空気のなかへと消えてなくなった。

「グ、グオオオォォ!!」

 絶叫を上げ、魔王が俺の傍から飛び退いた。

「なんだ、この力は!貴様、我に何をした」

 ――ドババッ

 魔王の失われた左腕の付け根から、黒い血が溢れだして地面へ流れ落ちる。

「グウッ」

 魔王が荒い息を上げ、片膝を地面につけた。相当なダメージを受けている。魔王は額に汗を浮かべ、忌々しい目で俺を睨んできた。

 だが、俺はその魔王に向けて言い放つ。

「お前が、ユエメイを!」

 左手に握る魔剣を構え、復讐の刃を魔王へと叩きつける。俺は、激情に支配されるなかで、目の前の魔王に止めを刺そうとした。

 だが、

『ようやく、あなたに出会えた』

 止めを繰り出そうとした俺は、その声を聞いた瞬間動けなくなってしまった。


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