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俺の部隊はクレスティア宰相率いる軍勢の下に配属されていた。これまでにも、宰相が総指揮をとる戦場に駆り出されたことがあるので、指揮下に入るのは初めてではない。
と言っても、単なる小部隊の指揮にすぎない俺は、配属された先の将軍の命令に従い、その命令に従って戦うだけだ。それが兵士としての義務。ただ強く願うのは、自分と俺の部下たちが、戦いを無事に生き残ることができれば、それだけでいい。
そんな風に考えている俺だが、その日は胸中で苦い思いと、苦悩のみがあふれていた。
かつて商業で栄えた街ミツカ。その跡地。
行軍の途上にある軍勢は、よりによってこの地を宿営地にしたのだ。長い行軍の最中、たった一夜を過ごすための宿営地に過ぎない。
しかし、なぜと言いたくなる。
現実的に答えるなら、八万の大軍勢の宿営地だ。それだけの人数を収容するためには、広大な土地が必要で、行軍の途上にあるミツカの跡地は、宿営地としてこれ以上適した場所はない。
なぜから、この街は十二年前の≪あの時≫地上から完全に消え去り、その跡地にはだだっ広い荒れ地だけが残されている。街が再建されることはなく、ミツカの跡地には、いまだに草木の一本すら生えることがなく、≪あの時≫と何一つ変わらないむき出しの大地のみがさらけ出されていた。
この荒野に到着した帝国軍は、宿営地の建設作業を始めた。その中にテント設営の作業などがあるが、その指揮を俺はゲイルに任せた。
「辛いことを思い出すなら、体を動かした方が少しは気が紛れますぞ」
俺がミツカの街の唯一の生き残りということをゲイルは知らない。しかし、戦場経験の多いこの男は、俺の様子を察したのだろう。心配するゲイルに、俺は頷いた。だが、部下たちの作業を茫然と眺めるだけで、頭の中では、過去の記憶とともに、さまざまな疑念がわき上がっていた。
――なぜ俺一人だけが生き残ったんだ?
――なぜ、俺の大事な人たちが死ななければならなかった?
――なぜ、この街が滅びなければならなかったのだ?
――一体誰が、あんなことをした?
ミツカの街を滅ぼした奴がいたなら、俺はそいつを許さない。例えそいつが俺を気まぐれで生かしたのなら、かならずこの手で決着をつける。
だが、そこで俺は、自分の右手を無意識に見つめていた。魔族の将軍フリューバーを倒した時、奴を灰の塊に変えて消し去った手だ。そして、あれは間違いなく、ミツカの街で見た暗い闇と同じ力…
ここから先を考えようとすると、俺の全身に冷や汗が浮かんで、ゾッとする。
――これ以上、考えてはいけない。
「お兄ちゃん・・・」
いつの間にかテントの設営が終わっていた。俺の様子を心配したのだろう、気づけばアリサが傍にいた。
「なんでだろうな。なぜ、俺だけ生き残ったんだろうな…」
アリサが心配した顔で俺を見つめる。血はつながっていないが、兄弟として育ったアリサは、俺がミツカの唯一の生き残りであることを知っている。彼女の声が聞こえたおかげで、俺は内心で浮かびかけた考えを振り払った。
「お兄ちゃん」
気遣わしげな妹に、俺は笑って見せる。
「心配するな」
「でも」
「…」
瞳にうっすらと涙をたたえるアリサ。
――すまないな、俺がふがいないばかりに、お前を心配させて。
だが、俺はそれ以上アリサに言葉を駆けることができなかった。俺には、それだけの余裕がまるでなかった。
ただ、アリサはそんな俺の傍にずっと無言でいてくれた。
今は何も聞かず、ただ傍にいてくれるだけで、俺は少しだけ、ほんの少しだけ、自分が救われた気がした。
その日の夜。
俺はろくに食事に手をつけず、就寝の時間になるとテントの寝床へ転がった。
だが、目を閉じても眠れない。
ミツカの街が滅びた時のことが、再び頭の中をよぎる。
幼い俺は、確かにあの時敵兵に切られた。確実に死ぬ致命傷を受けた。なのに俺は生きている。それに、あれだけの斬撃を受ければ、傷跡が俺の体に残っているはずだ。なのに、あの時の傷の痕跡が俺の体にはない。
疑念は尽きることがなくわき続け、おまけにミツカの街が消えてしまう直前の出来事を思い出してしまう。敵国の兵士が殺到し、逃げまどう人々の絶望の悲鳴。次々に斬り殺され、転がっていく人間の姿。そして略奪に明け暮れ、歓声を上げる敵の兵士たち。
目を閉じた瞬間、その時の光景と音が蘇る。
――血まみれになった母の、俺を見る視線。
「クッ」
俺は口の中で僅かに悲鳴を上げていた。
――ほんの一瞬、寝ていたのか?
でも、これ以上は無理だな。
戦場では敵兵を幾度となく切り殺してきた俺は、人を殺してきたという自覚がある。そのことが時に記憶として蘇るが、俺はそれには耐えることができた。しかし、幼いころに体験したミツカの記憶だけは、俺には耐えられない。
俺は眠ることをあきらめ、一人テントの中から抜け出した。
夜の陣営を歩いていく。かがり火に照らされた陣営地には所々警備の兵士たちが立っている。俺の姿を認めて、たまに誰何されるが、俺が所属を明らかにすれば、兵士たちもそれ以上のことはしない。
そうやって、俺は陣営地の端にたどり着いた。
――また、星でも数えるか。
そう思って空を見ようとした時だった。
「だ、誰だー!」
俺に気づいたらしい、槍を片手に持つ兵士の姿が現れる。しかし、誰何する声はひどく間が抜けていた。こんな声をだす奴を、俺は一人しか知らない。
「アーチャーか」
「なんだー、隊長ですか。脅かさないでくださいー」
よく女みたいな悲鳴を上げているアーチャーの声は、男にしてはやけに高い。暗闇に立っていたアーチャーは、俺の姿を見て取ると、ほっ顔を安堵させた。
「俺、こういう夜の警備って怖いんですよー。一人で立ってないといけないから、もしも敵に襲われたらどうしようって思って。交代の時間まで付き合ってくださいよー」
「…ああ」
アーチャーの臆病すぎる性格は困ったものだが、どうせ俺も眠れずにいるのだ。ならばアーチャーに付き合ってもいいだろう。
とはいえ、その後しばらくは、二人とも無言だった。
アーチャーは視線を暗闇の向こうに向けているが、時折眠さに勝てず欠伸をし、そのたびに顔をブンブンふって眠気を振り払う。
さすがに隊長の俺がいるので、こんなところで居眠りをしてもまずいだろう。
一方俺は、夜空を見上げて星の数を数えていた。何も考えたくない。思い出したくもない時は、これが一番いい。
俺が星の数を千数えたところで、おもむろにアーチャーが切り出してきた。
「隊長は、なんで兵隊になったんですか?」
「俺か?」
「もし、聞いちゃいけなら、答えなくてもいいです。でも、気になったから…」
再びしばしの沈黙。アーチャーは俺の方を、横目でチラチラと見ながら、どうしたものかと困惑している。
「…食うためだ」
長い沈黙の後に、俺は答えた。
「俺は戦争孤児で、身寄りが誰もいなくてな。育ての親・・・アリサの実の父親だが、あの人は俺以外にも多くの子供を引き取っていた。たいして給料がいいわけでもないのに、多くの子供を引き取っていたから、かなり貧乏でな。だから、俺は大人になれば自分で食いぶちを見つけるしかなかった。こんな時代だ。まとも食えるのは軍隊しかないだろ」
アースガルツ帝国の領土拡大は、大陸の各所に戦乱を生んでいる。帝国の登場以前にも、大陸では戦争が頻発していたが、帝国の拡張によって起こった戦争の数はその比ではない。戦乱の時代となれば、食べていくためにもっとも手っ取り早い場所が軍隊しかない。
「だから、俺は兵士になった」
「…」
空に視線を向けたままだった俺の前で、流れ星が一筋流れ落ちた。再び、長い沈黙が続く。
「俺、実は奴隷だったんです…」
「…」
唐突にアーチャーが発した言葉に、俺は無言でいる。
「…もう帝国に滅ぼされた国なんですけど、その国で兵士が足りないって言うんで、無理やり軍隊に連れてかれて、兵士にされたんです。でも、その国は戦争で帝国に負けました。俺は幸い戦いで生き残ることができましたが、俺のいた軍団は帝国に吸収されちゃいました。それからずっと兵士のままです…」
「…そうか、お前は兵士になりたくてなったわけじゃないんだな」
「…死にたくないです。本当は兵士なんてしたくない。でも、俺には他に選択することができないんです。ここを逃げ出しても、どこにも行く場所も、生きていける場所もない」
地面に顔を伏せ、アーチャーは小さく嗚咽を漏らし始めた。
こんな気弱な男がなぜ兵士をしているのか。何度か疑問に持ったことがある。その理由が、選択することができないから、か。
「兵隊は嫌です。でも、少なくとも俺は、ここでは皆と対等でいられます。ゲイルさんには苛められてますけど、それでも対等だ。昔に比べれば、すごくマシです…ううっ」
アーチャーの嗚咽は、少なくとも嬉しいからではない。昔の奴隷だったころのことも苦痛だが、現在の状態とても、彼の望んでいるものではない。
「俺には、他に選択するできる道がないんです」
弱々しく口にし、やがてアーチャーはもらしていた嗚咽を堪えた。再び視線を闇の向こうへと戻した。
俺がミツカの記憶を克服することができず、いまだに苦しめられているように、アーチャーにも俺とは違う苦悩がまた存在しているのだ。
「でも、俺はこの部隊の皆が大好きです。アリサさんも、ゲイルさんも、それに隊長も」
アーチャーは真剣な目をして俺を見ていた。
「…皆で生き残ろう」
戦えば敵を殺すだけでなく、味方も殺されていく。それが戦場というものだ。俺の部隊の全員が、必ず生き残れる可能性はない。戦いが続けば、必ず部隊から犠牲が出る。だから、俺が口にした言葉は願望だった。
そんな俺に、アーチャーは呟くように言った。
「隊長、死なないでください」
と、とても小さな声で。
どうやら最近の俺の変化に、アーチャーも気づいていたのだろう。心配してくれる部下に、俺は軽く頷いて答えた。
まだ、ミツカのことも、フリューバーを灰にした俺の力のことも、俺は何一つ克服できていない。そんな俺でも、彼に頷いて答えることはできた。




