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この回から第二章になります。
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「魔族に復讐を」
グランディート大帝の死から僅かひと月後、アースガルツ帝国は八万の軍勢を整えていた。
八万の軍勢と言えば大陸最大の帝国が揃えた軍勢としてはかなり少ない。中規模の国でさえ、十数万規模の軍隊を編成することが可能なのだ。戦争の基本が数量によって敵を圧倒することにあるならば、これは明らかにあり以外の何ものでもなかった。
だが、戦力が少ないことには利点も存在する。まず、敵地に攻め入る場合、味方の戦力が少ない方が補給線への負担が減る。また、一人の指揮官が十万を超える戦力を統制する場合、部隊全体へ指令が行き届きにくくなるという、目に見えない部分での不利が存在した。
アースガルツ帝国軍はグランディート大帝の時代から、基本的に十万を超える軍をまとめて運用することはなく、それが帝国の戦い方の基本だった。
そして今回、軍勢の総指揮をとるのは、赤い血の色の髪と瞳をした宰相クレスティア。
白皙の頬に麗しい美貌を備えた妖艶の美女。年齢を感じさせない美しさを…いや歳を経るごとに、さらに言い知れない美しさを備えていく彼女が、直接に率いる軍勢だ。
その麾下には帝国全軍の総指揮権を持つユウナス将軍の第一軍団をはじめ、有力な将軍たちが名を連ねる。
なお、有力という意味では、ガルヴァーン将軍のことを忘れてはいけない。彼の将軍が率いる帝国軍第三軍団は、強烈な攻撃力を持つ軍団で、あらゆる敵の前に不敗の神話を持つ最強軍団だ。兵士たちは人間とは思えない強烈な戦い方をし、敵を情け容赦なく切り刻み、粉砕し、蹂躙しつくす。ただし、それだけ強力な軍団でありながら、第三軍団に付きまとう話は、どれも陰惨で、敵だけでなく味方からも憎悪の対象にされている。
敵味方の区別なく戦場で殺戮を行い。敵の村や町を滅ぼし、そこに住まう住民を血祭りに上げて殺しつくす。戦場の中だけでなく、外においても殺戮をほしいままにするその姿には、一片の情けも容赦も存在しない。
それゆえに、帝国軍第三軍団につけられたあだ名が、皮肉にも「魔族」だった。
その軍団長たるガルヴァーン将軍も、「魔王」などと揶揄されている。
しかし、今回の戦いでガルヴァーン将軍は、クレスティア宰相の傘下には加わっていなかった。魔族による帝都グランベルトの急襲の前に、帝国の皇太子が率いる軍勢が、帝国と対立していたセージプタ王国との戦いで壊滅した。その際、皇太子とともに軍勢の全てが壊滅するという最悪の事態に陥っていた。
この後処理に、ガルヴァーン将軍率いる第三軍団が投入された。第三軍団は皇太子の軍勢を壊滅させたラージプタ王国軍を戦場で破り、降伏した敵兵を生かすことなく、次々に血祭りに上げた。その後の報復はさらなる凄惨を極め、ラージプタ王国の町や村は第三軍団によって次々に略奪と破壊の対象にされていった。
軍を進めた第三軍団は、ラージプタ王国の王都に到達した。ラージプタ王国は僅かに残る軍勢とともに王都に籠ったが、圧倒的な第三軍団の攻撃の前にあえなく陥落。王都にいた王も、王族も、貴族も、兵士も、一人市民も、奴隷も、全て区別なく殺しつくされた。街は流れる血の池と化し、うず高く積み上げられた屍の山ができた。
さらに殺戮だけで飽き足らない第三軍団は、王都の建物を片っ端から破壊し、そこに都市が存在した痕跡さえ残さない、ただの荒れ地に変えた。その地で二度と草木も育つことがないように大量の塩が巻かれ、草木の一本まで育たない死の土地にされた。
味方からも魔族と恐れられる軍団の、真骨頂を発揮したわけだ。だが本物の魔族以上に狂った蛮行は、味方の誰からも敬意を払われることがなかった。かわりに味方が彼らを見る視線は、第三軍団への嫌悪と侮蔑と恐怖だった。
魔族領への行軍の途上、ガルヴァーン将軍のラージプタ王国での戦果―――正確には殺戮劇の報告―――を聞いた私は、視線を傍に立つユウナス将軍に向けた。
「相変わらず最低の戦い方ね」
「はい…ですが、第三軍団が悪名を被ることで、帝国全体の名誉の失墜にはつながりません」
私は顔を苦くした。
「それは認める。でも、ガルヴァーンは帝国のことを考えてではなく、ただ自分の欲望だけで動いているのよ」
「それも否定しません。ですが、彼を用いられたのは宰相閣下です」
まったく、正しい言葉だ。
耳が痛くなる。
私は微かにため息をついて、ユウの胸に頭を預けた。いつもは優しげな、ユウだが、今回はその瞳を穏やかにしてくれない。優しい言葉を駆けてくれてもいいのにと、少し不満に思う。
「他人は私の地位を羨むでしょうけど、この地位にかかる重さを知らないでしょうね。富と名声に包まれているように見えて、真実は真っ暗な穴の中に落ち続けていくだけ。多くのしがらみと、責任と、人を死地へと追い立たせていく立場。私は、数えきれない陰謀と血に塗れてるのに…」
私らしくもない独白をするが、その間ユウは私に胸を貸すだけで、黙っている。
「…」
「私は、閣下の重荷の一部を背負っています」
「…」
「わずかとはいえ、あなたにかかる重荷を、この体で背負いましょう」
言葉とは裏腹に、ユウの言葉には温かさはなかった。冷たい声。でも、私は腕を伸ばして、指先でユウの頬をツッとなでる。その表情は見えないが、指先から伝わってくるユウの肌の感触と温かさがする。
――今の私に、優しさはいらないわ。今彼が穏やかな視線を見れば、私は崩れてしまう。
私はユウの頬を這わせていた指を下ろして、彼の体から離れた。
「ラージプタ王国は魔領と隣接しています。ガルヴァーン将軍には、このまま別働隊として魔領へ侵攻してもらいましょう」
ユウの体から離れると同時に、つい先ほどまでの脆い私は心の底に沈んだ。かわりに、嫣然とした微笑を浮かべ、宰相としての私に戻る。
――そう、私はこれでいい。
脆い私が去ると同時に、私の心は恐ろしいまでに静かに澄み切った。
「閣下の御命令のままに」
振り向くと、ユウナスは敬礼をして答えた。その瞳には、穏やかで優しい視線がある。弱い私の前では、決して見せはしない、彼の温かな瞳が。
優しく見えるのに、とても優しくない人。
―――でも、そんなあなたが大好きよ。
私は頬笑み、彼の両手に指をからめると、そのまま唇を合わせてキスをした




