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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第11章:「自由な海へ」
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エピローグ 「帰る場所」

浅瀬まで来ることは滅多にない。


今日もただ散歩をするように、海流へ身を任せていただけだった。


「この辺りが浅瀬なのか。」


アウルは海面を見上げる。


光が近い。


海の青も、いつもより淡い。


「珍しいな。」


隣を泳ぐレヴィが静かに言う。


「ああ。」


その時だった。


風に乗るように。


海の中まで音が届いた。


――♪


アウルがぴたりと泳ぐのを止める。


「……?」


静かなギターの音。


そのあとに重なる、二人分の歌声。


海面近くを見ると、小さな浜辺があった。


青年が一人、ギターを抱えて座っている。


その隣には、もう一人。


二人は笑い合いながら歌っていた。


その歌声は穏やかで。


どこか懐かしくて。


アウルは思わず耳を澄ませる。


「どうした。」


レヴィが小さく尋ねる。


「……分からない。」


目を閉じる。


波が静かに揺れる。


胸の奥が少しだけ温かくなった。


思い出せそうで。


思い出せない。


夢を見た朝みたいな感覚。


「懐かしい。」


ぽつりと呟く。


「知っている歌か。」


「いや……。」


首を横に振る。


「知らないはずなんだけど。」


不思議だった。


初めて聞く音のはずなのに。


胸の奥が優しく揺れる。


泡が浮かぶように。


心だけがふわりと軽くなる。


しばらく二人は何も言わず、その歌を聴いていた。


浜辺では青年たちが楽しそうに笑っている。


その笑顔を見ているだけで、不思議とアウルも笑ってしまう。


「……また来たいな。」


レヴィが視線を向ける。


「この音。」


「好きだ。」


「なんで好きなのかは分からないけど。」


「なんか……嬉しくなる。」


その言葉に、レヴィは静かに微笑んだ。


「そうか。」


アウルはもう一度だけ浜辺を見る。


ギター。


歌。


笑い声。


その景色は胸の奥へ静かに沈み、優しい波紋だけを残していく。


やがてアウルは振り返った。


「帰ろう。」


「ああ。」


迷いはなかった。


アウルが帰りたい場所は、もう決まっている。


レヴィの隣。


深く、静かな海。


二人は並んで尾びれを揺らす。


海流が優しく背中を押した。


青い光の中へ。


帰る場所へ。


その背中を、浅瀬の波だけが静かに見送っていた。



あの日、海へ沈んだ青年はいない。


けれど。


海へ還った一人の人魚は、今日も伴侶と笑って泳いでいる。


──終

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』はこれにて完結となります。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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