20、眼帯の剣士と、交錯する覚悟
追い詰められた紅たちの背後には、荒れ狂う海しかない。男たちの下卑た手が伸びようとしたその時、行き止まりの横にある重厚なドアが蹴破るようにして開いた。
「おい……人様の部屋の前でガタガタうるせぇんだが。お前ら、いっぺん死にたいのか?」
現れたのは、左目に眼帯をした鋭い眼光の男だった。彼が足を踏み出した瞬間、心臓を直接掴まれるような圧倒的な威圧感がその場を支配した。
(――この感覚、コレハさんと同じだ。底が見えないくらい、ヤバい奴……!)
紅は死を覚悟した。しかし、眼帯の男は紅の顔をじっと見据えると、不敵に口角を上げた。
「へぇ……あんた、この威圧に耐えるか。そこのチビもだ。なかなか見どころがある。気に入ったぞ」
「……なら、私たちを助けてくれませんか?」
紅が震える声で縋るように問うと、
男は「いいだろう」と短く応じた。
「あの男どもを蹴散らせばいいんだな」
男が腰の鞘から一本の錆びた刀を抜いた。
「悪く思うな。俺の安眠を妨げたお前らが悪い」
刹那、男の姿が掻き消えた。
目にも止まらぬ速さで男たちの間を駆け抜け、彼が再び刀を鞘に収めた瞬間、追っ手の男たちは糸が切れた人形のようにその場に沈み、意識を失った。
(やっぱり……コレハさんと同じだ。絶対に敵に回しちゃいけない)
驚愕する紅たちに、男は淡々と言い放った。
「安心しろ、殺しちゃいねぇ。こいつらは兵士に突き出してくる。お前らは俺の部屋の中で待ってろ。外でまた追われたら面倒だろ」
しばらくして戻ってきた男は、何やら数枚の書類を机に放り投げ、怯える兎人族の少女を見た。
「お前は俺が買い取った。奴隷商の連中には話をつけてある。……お前、親に売られたって自覚がねぇみたいだが、この書類がその証拠だ」
突きつけられた現実に、ソラニアは絶望の表情を浮かべた。
「だが安心しろ。俺に買い取られたからといって制約はねぇ。お前は自由だ。どこへでも行け」
「……捨てられたのね、私。自由って言われても、もう帰る場所なんてない……。なら、いっそ殺してください!」
ソラニアの自暴自棄な言葉に、紅が激した。
「ふざけないで!!」
乾いた音が響く。紅の掌が、ソラニアの頬を強く叩いていた。
「捨てられたことが悲しいのは分かる。でも、何もしないうちから『殺して』なんて言わないで! 何か、自分から行動を起こしなさいよ!」
「分かったような口をきかないで! 貴女たちに私の気持ちなんて分からないわ!!」
叫び返すソラニア。その時、アノが静かに、だが重い言葉を投げかけた。
「……紅、過去の記憶をすべて失くしているんです。帰る家も、自分の正体も分からない。それでも、魔物に変貌してしまう私を治すために、懸命に前を向いてる。貴女とは……覚悟が違うんです」
「記憶がない……? それに魔物に変貌するだと?」
眼帯の男が興味深そうに身を乗り出した。紅は観念したように、これまでの過酷な経緯――奴隷炭鉱での人体実験、クリルトンという男の影、そして二人で新大陸を目指している理由を語った。
話し終えた時、室内を支配したのは沈黙だった。
「……おいおい。記憶を失ってから、どんだけ地獄を見てきたんだ、お前ら。……それにクリルトンか」
「ごめんなさい……。私よりずっと辛い思いをしてるのに、あんなこと言って……」
ソラニアが顔を伏せて謝罪する。
紅は真っ直ぐに男を見据えた。
「私たちは、クラリストン大陸でアノを人間に戻す方法を必ず見つけます」
男は鼻で笑い、腕を組んだ。
「なるほどな。だが、今のままのお前らじゃ、目的地に着く前に野垂れ死ぬのが関の山だ。今回だって、俺がいなきゃ悲惨な目にあってただろうよ」
男は一度言葉を切ると、挑発的に笑った。
「船が着くまで、そして着いた後も少しの間だ。俺がお前らを鍛えてやってもいい」
「私も……鍛えてもらえませんか?」
ソラニアが震える声で願い出た。
「この大陸にも同胞がいるかもしれない。その子たちを助けられるくらい、強くなりたいから」
「いいだろう。……名乗るのが遅れたな。俺はテサロンだ」
「私は、ソラニア……。よろしくお願いします」
紅とアノ、そしてソラニア。
奇妙な縁で結ばれた三人は、謎の剣士テサロンの下で、自らの運命を切り拓くための「牙」を磨くこととなった。




