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記憶を消された女性  作者: ひろろん
20/37

20、眼帯の剣士と、交錯する覚悟

 

 追い詰められた紅たちの背後には、荒れ狂う海しかない。男たちの下卑た手が伸びようとしたその時、行き止まりの横にある重厚なドアが蹴破るようにして開いた。


「おい……人様の部屋の前でガタガタうるせぇんだが。お前ら、いっぺん死にたいのか?」


 現れたのは、左目に眼帯をした鋭い眼光の男だった。彼が足を踏み出した瞬間、心臓を直接掴まれるような圧倒的な威圧感がその場を支配した。


(――この感覚、コレハさんと同じだ。底が見えないくらい、ヤバい奴……!)


 紅は死を覚悟した。しかし、眼帯の男は紅の顔をじっと見据えると、不敵に口角を上げた。


「へぇ……あんた、この威圧プレッシャーに耐えるか。そこのチビもだ。なかなか見どころがある。気に入ったぞ」


「……なら、私たちを助けてくれませんか?」


 紅が震える声ですがるように問うと、

 男は「いいだろう」と短く応じた。


「あの男どもを蹴散らせばいいんだな」


 男が腰の鞘から一本の錆びた刀を抜いた。


「悪く思うな。俺の安眠を妨げたお前らが悪い」


 刹那、男の姿が掻き消えた。

 目にも止まらぬ速さで男たちの間を駆け抜け、彼が再び刀を鞘に収めた瞬間、追っ手の男たちは糸が切れた人形のようにその場に沈み、意識を失った。


(やっぱり……コレハさんと同じだ。絶対に敵に回しちゃいけない)


 驚愕する紅たちに、男は淡々と言い放った。


「安心しろ、殺しちゃいねぇ。こいつらは兵士に突き出してくる。お前らは俺の部屋の中で待ってろ。外でまた追われたら面倒だろ」


 しばらくして戻ってきた男は、何やら数枚の書類を机に放り投げ、怯える兎人族の少女ソラニアを見た。


「お前は俺が買い取った。奴隷商の連中には話をつけてある。……お前、親に売られたって自覚がねぇみたいだが、この書類がその証拠だ」


 突きつけられた現実に、ソラニアは絶望の表情を浮かべた。


「だが安心しろ。俺に買い取られたからといって制約はねぇ。お前は自由だ。どこへでも行け」


「……捨てられたのね、私。自由って言われても、もう帰る場所なんてない……。なら、いっそ殺してください!」


 ソラニアの自暴自棄な言葉に、紅が激した。


「ふざけないで!!」


 乾いた音が響く。紅の掌が、ソラニアの頬を強く叩いていた。


「捨てられたことが悲しいのは分かる。でも、何もしないうちから『殺して』なんて言わないで! 何か、自分から行動を起こしなさいよ!」


「分かったような口をきかないで! 貴女たちに私の気持ちなんて分からないわ!!」


 叫び返すソラニア。その時、アノが静かに、だが重い言葉を投げかけた。


「……紅、過去の記憶をすべて失くしているんです。帰る家も、自分の正体も分からない。それでも、魔物に変貌してしまう私を治すために、懸命に前を向いてる。貴女とは……覚悟が違うんです」


「記憶がない……? それに魔物に変貌するだと?」


 眼帯の男が興味深そうに身を乗り出した。紅は観念したように、これまでの過酷な経緯――奴隷炭鉱での人体実験、クリルトンという男の影、そして二人で新大陸を目指している理由を語った。

 話し終えた時、室内を支配したのは沈黙だった。


「……おいおい。記憶を失ってから、どんだけ地獄を見てきたんだ、お前ら。……それにクリルトンか」


「ごめんなさい……。私よりずっと辛い思いをしてるのに、あんなこと言って……」


 ソラニアが顔を伏せて謝罪する。

 紅は真っ直ぐに男を見据えた。


「私たちは、クラリストン大陸でアノを人間に戻す方法を必ず見つけます」


 男は鼻で笑い、腕を組んだ。


「なるほどな。だが、今のままのお前らじゃ、目的地に着く前に野垂れ死ぬのが関の山だ。今回だって、俺がいなきゃ悲惨な目にあってただろうよ」


 男は一度言葉を切ると、挑発的に笑った。


「船が着くまで、そして着いた後も少しの間だ。俺がお前らを鍛えてやってもいい」


「私も……鍛えてもらえませんか?」


 ソラニアが震える声で願い出た。


「この大陸にも同胞がいるかもしれない。その子たちを助けられるくらい、強くなりたいから」


「いいだろう。……名乗るのが遅れたな。俺はテサロンだ」


「私は、ソラニア……。よろしくお願いします」


 紅とアノ、そしてソラニア。

 奇妙な縁で結ばれた三人は、謎の剣士テサロンの下で、自らの運命を切り拓くための「牙」を磨くこととなった。


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