21、クラリストン上陸と、試練の幕開け
船は数々の検問や人混みという「一悶着」を乗り越え、ついに新大陸クラリストンの港へと滑り込んだ。活気と喧騒に満ちたその街並みを、テサロンは慣れた足取りで進んでいく。
案内されたのは、古びているが手入れの行き届いた一軒の宿だった。
「テサロンさん、今日のご用件は?」
受付の男が愛想よく声をかける。
「一週間だ。俺と、この三人の分を頼む」
「一週間ですね。お一人三百ソンになります」
三百ソン。その金額を聞いて、紅とアノは顔を見合わせた。
「テサロンさん……あの、私たちお金なんて持ってません。外で野宿でも大丈夫ですから」
「そうです、野宿なら慣れてますから!」
二人の必死の訴えに、テサロンは呆れたように鼻で笑った。
「馬鹿を言え。俺が出すに決まってるだろ。だが、俺は一週間後には別の仕事でここを発つ。その一週間で死ぬ気で強くなれ。貸した金は、次に会った時にでも返せばいいさ」
「……何から何まで、本当にすみません。必ず強くなってみせます」
三人は深く頭を下げ、テサロンの厚意を胸に刻んだ。
部屋に荷物を置いた後、三人はテサロンに連れられて宿の地下へと降りた。そこには広い石造りの空間が広がり、模擬戦に興じる者や瞑想にふける者たちが熱気を放っていた。
「ここでまず、お前たちの『気配察知』を鍛える。これが生死を分ける鍵だ。手本を見せてやる」
テサロンは近くの男に声をかけると、その場に胡座をかき、布切れで自らの目を覆った。
男が真剣を抜き放ち、足音を殺してテサロンの背後へ回る。一閃――鋭い斬撃が振り下ろされた瞬間、テサロンは見えていないはずの手でその剣先をひょいと掴み取った。
「これが気配察知だ。極めれば姿の見えない敵も見つけ出せる。もっとも、魔法で補う方法もあるがな。適性を調べたいなら、ここにある『クリスタル王宮』の機関へ行くことだ」
「クリスタル王宮……覚えておきます」
紅は決意を込めて呟いた。
「よし、時間は有限だ。始めるぞ。座って目隠しをしろ。俺がどこからか木刀で叩く。それを気配で感じて防いでみろ」
紅、アノ、ソラニアは少し距離を置いて座り、視界を閉ざした。
静寂の中、テサロンが動く。
(わからない……でも、ここっ!)
紅が反射的に手を出したが、木刀は空を切り、肩に鈍い衝撃が走った。
「いっ……!」
「当てずっぽうで手を出しても受け止められんぞ、紅」
テサロンはすぐさまアノの背後へ。横薙ぎの一撃。
(何か来る……横!)
アノが腕を出す。しかし、出すのが一歩遅く、木刀が脇腹を打った。
「うぐぅ……」
「ほう、反応は悪くない。だがまだ遅いな」
次はソラニアだ。紅がそう思った瞬間、テサロンは予測を裏切り、再び紅の真正面から木刀を振り下ろした。
「いぐぅっ!? ちょっと、次はソラニアじゃないの!」
「実戦で順番待ちをする馬鹿がいるか! 集中しろ!」
今度はソラニアの背後。彼女の長い耳がピクリと動く。テサロンは(やはり耳が良いな)と確信し、速度を上げて打ち込んだ。ソラニアの手が木刀をかすめたが、弾き飛ばされる。
「あでぇ! 触れたのに防げなかった……もう一度お願いします!」
「いい根性だ。次は防げるかもな」
数時間が経過した。三人の足元には滝のような汗が流れ、床を濡らしていた。
「よし、今日はここまでにしよう。アノとソラニアは、明日からは別の訓練に移る。俺の木刀を一度でも受け止められたからな。……紅、お前は明日もここだ」
紅の心に、冷たい焦燥が広がった。
(全然ダメだ……どうしたら気配を感じられるの? このままじゃ、アノを守るどころか足手まといになっちゃう……)
「……はい、分かりました」
一方のアノは、不思議な感覚に包まれていた。
(木刀が来る瞬間に、体に電流みたいなのが走る……。あの感覚に合わせれば動ける気がする。あれは何だろう……?)
ソラニアは耳を頼りに、音と速度の相関関係を分析していた。
「了解です。明日は完璧に捉えてみせます」
三人がそれぞれの想いを抱えて部屋へ戻る中、一人残ったテサロンは眉間に皺を寄せた。
「アノとソラニアは驚異的な速度で適応している。だが、紅はどうにも感覚が空回りしているな……。何が壁になっている……?」
テサロンは暗い地下室で、紅が抱える「底知れぬ何か」と、その不器用な成長の差について、深く考え込むのだった。




