二十二話
河原を出て、乗り捨てた自転車を起こすのにようやく手を放してくれた北斗君の背中を見ながら、私は言いようのない気まずさに戸惑っていた。
握られていた手が赤くなっていて痛い。去年の北斗君はこんなんじゃなかった。何があっても、柔らかく笑ってた。なのに……
「ねぇ、光も変だけど、北斗君も変だよ? どうしちゃったの? 去年と違う! ねぇ、北斗君!」
「……希」
北斗君は自転車を立てると、それに寄りかかるように手を置いて私を見据えた。
その視線は強くて、逆らえない空気が肌を刺す。
「僕たち、いつまでも子どもじゃないんだよ? 時間は常に動いていて、僕たちだって変わっていく」
不意に伸ばされた手が、ぐいっと乱暴に私の肩を掴んで引き寄せた。鼻先が触れるほど近づいた顔に私は身動きできない。覗きこんだ瞳はもう、昨日までのような鼓動を動かしはしなかった。
その表情に浮かんでは消える哀しみ? 憎しみ? とにかくその底になさに私の背筋が震えた。
「ね……一年、何があったの? 北斗くん」
頭をもたげそうな恐怖を飲み込んで、なんとか声にする。
「こんな、苦しいくらい何にも変わらない町で、何にも知らないままぬるま湯につかってた君たちにはわからないよ」
その声は喉の奥から絞り出されると、瞳の色を変えていった。それはもう、知ってる彼じゃなくて……。北斗君は投げ捨てるように私を離すと、拳を握り締めて俯いた。
怖い
でも……
北斗君は私に背を向けた。その背中は冷たい。でも同じくらい寂しそうで、胸の奥が締め付けられた。
「北斗君。話してよ! 私、ちゃんと知りたい。何かあったのね? ね、それって『狐』に関係するの? 私、貴方の……」
「気持ちなんかわからないさ」
呟かれた言葉が私を拒絶する
「狐? そんなの知らない。でも、この町に関係する子どもが狙われるって言うのなら……」
向けられた背中がこの町を拒絶する
「僕の兄弟は、その狐に……」
振り返った瞳が全てを拒絶した
「希。君も僕を信じられない? 余所者だから? 君だけは、傍にいてくれるって思ってたのに」
笑顔に歪んだ顔は、涙のない泣き顔だった。
何か南くんにあったの? だから、北斗君、ちょっと変わっちゃったの?
「あの……私は……」
「……バイバイ。希。君も気をつけて」
全てを拒んだその影は、ゆっくりと翻り遠ざかって行った。
「北斗く……」
私はなす術もなく立ち尽くす。北斗君が何かを一人で抱えている。それが苦しくて哀しい事だって、それが南くんの事だって言うのもわかったのに、どうして、私は北斗君をあんなに悲しい顔にさせてしまったのだろう。
いいの? このまま行かせて。
北斗君は都会でも、友達はいないって言ってた。信じてもらえないのが哀しそうだった。私だけは傍にいるって思ってくれてた。
桜の花びらが、また、どこからか舞い散って来た。
私はその薄紅色の一片に掌を広げると、それは何かを伝えるようにその上に音もなく、重さもなくその存在をその色だけに乗せて、舞い降りた。
見上げる。ここにも桜の木はない。
前髪を揺らす春風が、どこからか運んできたのだろうか。
そうだ、きっと北斗君はなにか、まだ私達には話してない何かに一人ぼっちで耐えてるんだ。なのに、あんな事件が続いて、光に余所者ってだけで疑われて、私にまで問い詰められて……。
ごめん。北斗君!
私はその花びらを握りしめると、小さくなった背中を追いかけた。