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 ウィリアム視点→ソフィア視点




 我がウエロスニア王国の王太子であるヘンリーと側近であり幼馴染でもある俺たちは、自国の情勢により同盟国であるイローリス王国へ留学という体で避難してきた。第二王子派がきな臭くなってきたからだ。


 ヘンリーの異母弟である第二王子は、長く患っていた病が完治し、ようやく健康を取り戻した。しかし、それと同時に第二王子を支持する派閥が露骨に勢力を増し始め、宮廷には不穏な空気が漂い出した。


 ヘンリーの母である正妃の実家が伯爵家なのに対し、第二王子の母である側妃の実家は侯爵家だ。後ろ盾は正妃より側妃の方が強い。


 そんなとき、ヘンリーの父である国王陛下に助言され、この国へやって来た。


 だから……その、なんだ……。今は以前にも増して一層気を引き締めなければならないのだ。


 だというのに、あれだろうか……。俺は、やはり……。


 何とも落ち着かない気持ちでヘンリーの部屋に戻った俺に、幼馴染たちが声を掛ける。


「ウィル、おかえり。どうしたんだボーっとして。恋にでも落ちたか?」

「っ……!!」

「「「えぇっ!?」」」

「図星か……。冗談だったのに……」


 やはり俺は恋に落ちたのか!? 


「僕わかるよ? あれでしょ? 謁見のときのハンカチの君でしょ?」

「ああ! あのもの凄い美人の侍女ちゃん!」

「会えたのか?」

「ウィルが恋……」


 幼馴染たちは興奮した様子で口々に話し始めた。


「僕も会いたいなー」

「この国美人多いよなー」

「名前くらい聞いたのか?」

「恋っていいよねー」


 彼らの言葉に、俺の心はますます乱れる。


 ソフィア嬢……。家名は名乗らなかったが、平民だろうか? いや、所作は平民とは思えないものだった。それにあの美貌。天使……いや、女神か!?


 しかし、悲しいことでもあったのだろうか。あんな寂しそうな顔をして……。俺なら……。 


 はっ!! 俺は何を考えているんだ!?


 ——ゴンッ!!


 俺は壁に額を打ち付け、浮ついた心を制した。


「走ってくる」

「「「……」」」

「これは本気のやつだな……」




 ***




「ソフィア」


 寒さが和らいだ王宮の廊下で、懐かしい声が掛かった。


「ウィームズ侯爵様。お久しぶりでございます」

「ソフィアにそう呼ばれるのは慣れないな」


 振り返ると、そこに立っていたのは、レオナルド様のお父様であり、ウィームズ侯爵家当主のマイク・ウィームズ様だった。


 レオナルド様の婚約者だったころは彼を“おじ様”と呼んでいたけれど、婚約が解消された今は、関係に区切りをつけるため家名で呼んでいる。


 ウィームズ侯爵様は、かつては騎士として名を馳せた偉丈夫()()()。だが、二年ほど前からは奥様のグレイス様と領地に戻り、ご静養なさっている。


 領地に戻られる前にお会いしたときにはゲッソリとやつれてしまっていたけれど、心なしかふっくらされたように見え、わたしは少しほっとした気持ちになった。


「お身体の調子はよろしいのですか?」

「ああ、ありがとう。やっとね、やっと重圧から解放されるんだ」


 わたしが尋ねると、侯爵様は穏やかな笑顔でそう答えた。


 ウィームズ侯爵家は中央政治において大きな影響力を持っているから、ご静養されているとはいえそのお立場の重圧は計り知れない。


 そして、わたしは噂が真実なのだと思い知らされた。


 王宮ではレオナルド様が第一騎士団を退団し、侯爵家当主となられると同時に結婚されると噂されている。その相手がエマであることも。


 ウィームズ侯爵様が重圧から解放されるということは、レオナルド様がエマと結婚し、侯爵家当主としての責務を担うことを意味する。



「ソフィア……。いや、なんでもない。ルーカスに踏ん張れと伝えてくれ」

「わかりました。ウィームズ侯爵様もお大事になさってくださいませ」


 侯爵様の回復にレオナルド様とエマの結婚。ウィームズ侯爵家にとって喜ばしいことだ。それなのに、わたしの心は複雑な感情で揺れ動く。



 ——早く彼への想いを捨ててしまわなければ……。




 ***




 エマへ結婚のお祝いの品を贈ろうと思い、夕食を食べながら、ルーカスに話しかけた。


「ルーカス、明日はお休みよね? 買い物に行きたいのだけれど、つき合ってくれる?」

「明日? うーん。今から伝えれば大丈夫かな」

「伝える? 従騎士は街中に行く際に申請が必要なの?」

「まあね。いいよ。どこに行くの?」


 騎士団は、有事に備えて騎士たちの所在を把握しておく必要があるのだろうか。


「ありがとう。五番街で贈り物を買いたいの」

「わかった。じゃあそこの騎士団派出所に伝えてくるよ」


 わたしとルーカスが暮らすこの家は、通りを挟んだ正面に騎士団派出所がある。それもあってお父様とお母様、そして王妃殿下にここで暮らすことを許していただいたのだ。


「鍵、閉めておいて」

「え? すぐそこでしょう?」

「閉めておいて!」

「わかったわ。ふふ。大袈裟ねぇ」


 お父様とお母様と離れて暮らすようになってから、ルーカスがわたしに対して過保護になった気がしていたけれど、最近は以前にも増して激しくなっているように思う。


 幼い頃はよく泣いてばかりいたルーカスも、今ではすっかり逞しく成長した。あの頃、騎士ごっこをして遊んでいたルーカスとレオナルド様が懐かしい。


 ついレオナルド様のことを考えてしまう……。ルーカスは今でもレオナルド様を想うわたしの気持ちに気付いていて、わたしに寄り添おうとしてくれている。


「頼りない姉だわ……」






 五番街は貴族や裕福な平民が利用する店が立ち並ぶ治安の良い街だ。石畳の道が整然と続き、両側には豪華なブティックやカフェ、レストランが軒を連ねている。


 店のショーウィンドウには、美しいドレスや宝石、上質な家具が並び、通りを歩く人々の目を楽しませている。


「何を贈るか決めていないの。いろいろ見て回りたいのだけれどいいかしら?」

「じゃあ、あの辺りを見てみる?」


 わたしたちは、いくつかの店を回ることにして歩き出した。街には魅力的な品物が溢れていて、どれもこれも目を引く。





「姉さん、贈り物は何にするか決まった?」

「そうね。一軒目のペンが素敵だったわ。二軒目のグローブも良かったし、三軒目の日傘も捨てがたいわ」

「姉さん意外と優柔不断だからなぁ……」


 ルーカスの言葉にわたしは苦笑いを浮かべた。せっかくならエマに喜んでもらえるものを見つけたい。けれど、どれも素敵で選びきれないのだ。


「お、お腹が空いたわね。食事にしましょう? 食べている間に決めるわ」



 ルーカスが選んだお店は女性客ばかりの可愛らしいお店だった。ルーカスは少し恥ずかしそうだけれど「姉さんこういうお店好きでしょう?」と、わたしに気を遣ってくれたようだ。


 奥の窓際に通され、わたしはチキンのパイ包みとシフォンケーキを、ルーカスはビーフシチューセットとコーヒーを注文した。チキンは柔らかくジューシーでとても美味しかった。


 食後のシフォンケーキがサーブされたところで何気なく外を見ると、小さな男の子が泣いているのが見えた。転んでしまったらしく膝から血が流れている。


「大変だわ。ルーカス食べておいて」

「ちょっと、姉さん!?」


 わたしは慌てて店を出て男の子のもとへ走った。けれど、わたしよりも先にその子の母親が駆け寄っていた。


「うわぁぁぁん。おかあさぁぁぁん」

「急に走り出したら危ないでしょ!! あらあら血が出てるわ。帰って洗いましょう」


 男の子は母親に抱っこされその場を離れていった。わたしはその様子にほっとしながら、彼らの歩き出した方角を見つめていた。


 そして、視線の先にその姿を捉え、ドクンと心臓が大きく跳ねた。



 ——レオナルド様!



 彼は一軒の店に入った。なぜレオナルド様がここに? わたしは気になって彼の後を追ってしまった。


 彼が訪れたのは子供用品を扱う店だった。質の良い子供用の服や靴、帽子におもちゃ等が並んでいる。彼は衝立を隔てた商談スペースにいるようで、オーナーらしい年配の女性がそちらへ向かった。


「まぁ、いらっしゃいませ。レオナルド・ウィームズ様」

「必要な物をいくつか頼む」

「えぇ、えぇ、お任せくださいな。ご出産の準備ですわよね?」

「情報が早いな、マダム」

「うふふ。もちろんですわ。この度のご懐妊、誠におめでとうございます。ウィームズ侯爵様も侯爵夫人もさぞお喜びでしょう?」

「ああ。家族が増えるのは喜ばしいことだ」


 ご出産準備……。ご懐妊……。


 混乱が頭の中を駆け巡るが、それは、彼らの会話から間違いない。



 エマはレオナルド様の子供を身籠ったんだわ……!!



 慌てて店を出たところで、ルーカスがこちらへ駆けてきた。


「急にいなくならないでよ! 心配するじゃないか」

「あ……ごめんなさい。ルーカス……」

「何かあったの? そんな顔して」

「何でもないの……。その、贈り物はまた今度にするわ……」

「は?」

「…………」


 わたしはそれ以上何も言えなかった。衝撃に全身の力が抜け、地面に座り込みそうになる。



 わかってしまった。わたしはどこかで期待していたのだ。レオナルド様との婚約が解消されてから、わたしは彼への想いを捨てようとした。捨てなければと思った。何度も、何度も……。


 けれどできなかった。だって、彼は新たな婚約を結ばなかったから。勘違いしていたのだ。彼もまだわたしのことを想ってくれているのではないかって。


 レオナルド様とエマのことを聞いても、二人のことはあくまで噂だったから、信じられない……いいえ、信じたくないわたしがいたのだ。



 エマを祝福したいと言いながら、心の底からそう思えていなかったのかもしれない。


「なんて嫌な人間なんだろう……」

「え? 何か言った?」

「いいえ。ごめんなさいルーカス。今日は疲れてしまったわ。また今度付き合ってくれる?」

「いいけど……。じゃあ帰ろう?」


 ルーカスは心配そうな表情を浮かべながらも、何も言わずにそっとわたしの隣に並んだ。わたしは動揺する心を必死に抑えながら家へと歩き出した。



 レオナルド様はエマとともに新たな道を歩み始めている。なのに、わたしは未練に捕らわれ立ち止まっている。


 このままではいけない。今度こそ想いを断ち切り、前に進む努力をしなければならない。







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