戸川祥子の日常(5)
「それでは!クロのレベルアップに参りますか!」
「よろしくお願いします。」
コートさんと二泊三日でダンジョンの旅。抜け道を使ってサクサクと下へ進む。途中、「飛び地かも〜」と言うコートさんについて行くと本当に飛び地で、危険予知以上の能力があるんじゃないかと思った。
「いやいや、言ったでしょ?動物の勘みたいなモノだって。」
「そんなバカな。それだけで分かりませんよ、こんなの。」
「ふふ。まあ、そういうことにしておいて。」
突っ込んではならないことだったらしい。気になるような、聞くのが怖いような。
「さってと!この通路の奥に行くとぉ、群れてるモンスターが五体います!これをクロひとりで倒してもらいます!」
「ひとりで!?五体ですよ!?」
「そりゃそうでしょ。ショウコの役目はクロが危なくなったらスキルを発動すること。二人が私の視界から消えたら、取りこぼした分は私が倒すから。問題ない問題ない!」
さ、さすがSランク相当の実力者。なんて頼り甲斐がある発言だろう。コートさんはしゃがみ込み、クロに対し手話のような手の動きを見せて、声を抑えて話しかける。
「いいかい、クロ。向こうに敵が五体いるのは分かる?そう、小さな群れを作ってるね。一体がとても大きい。きっとオークの群れだ。脂の乗った美味しい豚さんだよ?うん、お返事にアイコンタクトとジェスチャー。よく出来ました!」
手話はここからは声を出してはならないというコマンドだ。クロはそれを理解している。なんて賢い。さすがウチの子。
というか、何がいるとか強さも分かるか。それは探知ではないのか?
「クロ、気配の抑え方は分かるね。そうだ。さあ、行っておいで。ショウコちゃんはスキルレベル1で私についてきて。」
「は、はい。〝オールスルーレベル1〟」
「うん。これくらいならオークには気付かれるけど、具体的な居場所は分からないだろう。」
え、確かにオークは見た目の割に知能は高いけど。クロ、大丈夫かな?
クロの後ろをついて行くと、普通のオークが四体、大きめのオークが一体いた。オークは基本群れているもので、五人一組の小隊を組んでいる。ファンタジーあるあるの女を襲うという特性はないらしい。ただし、何でも食べるので食料にはされる。そういう意味では女の肉を好んでいる。わたし、餌なのでは?
大きめのオークは体が大きいけれどキングとは言えない。図鑑によると、体格は生成されたときから決まっており、成長はしないそうだ。つまり、大きなオークは明確に役割を持って生まれて来ている。コートさんは五人一組の頭だから小隊長クラスだろうと言った。下位と中位の境界線くらいの相手だ。一般のオークは下位だから。
クロは気配を押し殺し、まずは群れから一歩はみ出した普通のオークを狙った。バルトに仕込まれた爪技。簡単に言えばかまいたちだ。これならある程度の距離を保って攻撃出来る。クロはまだ幼体。下位でもまともに攻撃を受ければ致命傷になりかねない。そのため中距離での攻撃をメインとした指導を行なっていた。
ていうか、あの人ハイスペック過ぎるんだけど。わたしの彼氏がハイスペックなんだけど。ハイスペック残念男なんだけど。そこが可愛いんだけど!
上から振りかぶった猫パンチによるかまいたちでスパンと首が落とされる。一番近くにいたオークに一瞬気配を悟られ斧を振り下ろされたが、クロは素早く避けてまた気配を消した。オークたちは気配の安定しない敵にバラバラになってはならぬと寄り固まっている。どう動くつもりかな。
「はは。クロは賢いなぁ。」
コートさんはつぶやいた。少し後退りして、今度は低めの横一線。足を狙ったようだ。前衛にいた普通のオークの足が切り離される。一撃出したらまた移動。これは距離を取った戦闘の基本らしい。
オーク小隊長の後ろに周り込むが察知されたようだ。オーク小兵のものより大きな斧が空を切る。良かった、避けられた。何かあったら速攻でエリクサーとネクター原液でぶっかけるけど。
大物の前に小物を確実に仕留める戦法に切り替えたクロはまだ元気なオーク小隊長の攻撃範囲を避けつつ、オーク小兵の首を落としたり、胴で上下に割ったりしていく。
「偉いね〜、クロ。攻撃の時に声を出さない。立派な暗殺者になるね☆」
あ、暗殺者……?コートさん、しかも「なるね☆」って。なんなの、そのノリ。
「いやぁ、いい子だ。」
「声を出す出さないって何かあるんですか?」
「やっぱり声出しちゃうと気配が漏れるから。ハイクラスダンジョンじゃ、ちょっとした空気の振動にも反応するモンスターはいるからね。ショウコのスキルで物理干渉出来るレベルの最高値でも気付くと思うよ。」
「第三でミスリルゴーレムとやり合ったときはみんな声出してましたけど。」
「ああいう大物ときはね〜注意を散漫にさせて隙を作らないといけないから。どこかで隙が出来たら誰かが自分の最大出力で一刀両断すればいい。だけど、気配を殺しながらとか、擬態とか認識阻害使ってる時はね、今のクロみたいな方法でいい。相手が防御ガラ空きのところに八割でやれた方がいいに決まってる。体力温存にもなるから。実際、モーギュ隊ってそういう戦い方だったよ。ミルックの認識阻害があったからね。」
なるほど。モンスターの種類や状況によって戦い方をそうやって変えるのか。当たり前のことだけど、実感がなかったな。わたし、戦闘要員じゃないし。
「まあ、クロにはあれくらいのヤツは五割でヤッちゃって欲しいけどね。さすがにまだ経験不足だな。あっちもクロの気配に慣れてしまってる。そろそろ行くか。ショウコ、オールスルー最大で。」
「よろしくお願いします。〝オールスルー〟」
コートさんはまるで散歩でもしてるかのような風情であっという間にオークとの距離を詰め、クロの前に出ると長剣でオーク小隊長を袈裟斬りにした。おお、漫画で見たことあるぞ、斜めに体がズレて落ちてくの。コートさん、すごい。
取り残された小兵なんか攻撃してたことに気付かなかった。小隊長の体が落ちた先で既に地に臥していた。
「もういいよ〜。」
「〝キャンセル〟」
「クロ、よく頑張ったな。ただ、今回に関してはまず真っ先にコイツを狙うべきだった。最初に一番大きいヤツを落としてから小兵を落とす方がいい。気付くのが遅かったな。」
「みぃ〜。」
しょんぼりした。イカ耳で俯いてるの可愛い。
「ん。でも良くやった。いい狩人だね、クロ。」
「みにゃ!」
ドヤ顔で胸を張った。張った胸の毛がモフモフしてて可愛い。
ウチの子、可愛いの天才では?