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今宵は4年ぶりの皆既月食、こんな特別な夜の下、どこかの町の誰かはみな月を見つめて何かを思い前を向き普通に生きている。


私は吉田さくら21歳。普通の雑誌出版社ハルで働いております。あまり頭の良くない私にも与えられた役割があるようで、なんと普通の猫ちゃん特集などのページを書かせてもらっています。猫ちゃんは普通に嫌いじゃないので良いお仕事です。


猫ちゃんは年々需要が高くなってきてるみたいで今ではずっとここぞとばかり年中無休の猫ちゃん特集状態です。


順風満帆? でもでも私はある日トンデモナイ気付きを得てしまったのです。


そうなのです。お仕事やプライベートなどで猫ちゃんの可愛らしいお写真を見ていてもただただ時間が過ぎていくだけだと。ただただじかんを人生を消費させられるだけなのだと……。


な、な、なんという恐ろしい生物なのでしょう。それ以来私は猫さんを見ると少し気持ちが鬱になってしまうのです……。


そして私は更なる気付きを得たのです。これはチャンスなのだと、私の普通の生活に訪れた。

しかし私はここで焦りません。普通に転職も考えましたが、その流れ自体が普通なのだとガチのギリギリで気付くことが出来たのです!!


そんな普通の私が人生を変えるにはやはりここしかないってものです。


今日こそ、いや今日が私の人生を変える初イベントです!


私吉田さくらの人生初イベント絶対に外せません! 私独自の方法で情報を収集した結果、このスペシャルなお方のチカラを借りることになりました。


占い師ドリー見、その世界ではマイナーなお方のようですが嘘をつかない直球な占いが売りのようです。我ぞ我ぞと雑誌に出るような方はミステリアスぽいんとが低くて信用ならないのです。猫さん特集で猫さんを商売道具代わりにするような微妙ぽじしょんの芸能のお方を私は2、3人知っているのです。



そして、ついに!


夜空を見上げると月が赤い……なんていうのでしょう? ミステリアス! これ以上の絶好の日はないかと!


黒いリクルートスーツを着た黒髪のセミロングは大した違いのないラーメン屋の数々を通り過ぎ静まりかえった街路を曲がり細い裏路地へと入って行った。


抜かりなく電話で名前を名乗って予約していたのです。神出鬼没のようですが今回は特別に受けてくれたようです、やはり今日、今をおいてありません!


そして人気の無い通路をゆき見えてきた。


紫と青の妖しい色合いのテントのような占い小屋、その入り口の黒いレースの暖簾をくぐると。




「ようこそお越しくださりました吉田さくら様。占い師ドリー見、創生と再生の小屋へ」


「は、はいよろしくお願いしますドリー見さん」


紫色のシルクが敷かれた台の後ろには。

キラキラと輝く銀のマスク、桔梗が一輪咲いた黒い着物を着、髪を後ろにきちんとまとめた女性がいた。


着物とは……この落ち着いたオーラ……やはり一味違います!


「ではこちらを」


お品書きのようなものを両手で丁寧に手渡され。


中を開くと。


上質そうな和紙に小さく達筆で書かれたひとつのみのメニュー。



「サダメの欠片、一回5万円!?」




「私の占いは2度目はありません、他の燃費の良い占い師とは違い1度しか見ませんので少々割高ですが……吉田さくら様の人生トータルでよぉくお考えください……あなたの中を深く潜り知りしっかりとした偽りのない物語を占うにはお安いかと。……人生に1度きりその人のサダメを見るという神秘は激しい水流の中を泳ぎその一欠片をつかみ上げもど」


すごいミステリアスを述べられている……気がします! やはりこのお方は私と違ってスペシャルです……!


「わかりました払います! 払わせてください!!」


吉田さくらは鞄に大事そうに入れていた封筒から取り出したユキイチを占い師ドリー見に両手で大事そうに受け渡した。


「では、たしかに」


支払われたユキイチは年季の入った長方形の木箱の中へと蓋を閉じ仕舞われた。


「ア、こちらドロップちゃんです。どうぞしばしお待ちを」


昔ながらで逆にミステリアスなドロップの缶が占い師の作業場の台の上に置かれた。セルフサービスのようだ。


占い師ドリー見はどこからか取り出した藍色のカードを台の上でシャッフルしていく。


占い師の必需品水晶玉がない。やはりこのお方はスペシャル……。カードのシャッフルも海を創造するかのような手捌き……一味違うのです!


ガココっ、ぎちぎちに詰められなかなか出てこなかったドロップがその手に。


「ハッカハッカ味!?」


「あ、それは占い結果とは関係ありません」


「あ、はい」







「はぁはぁはぁこれは驚きました……」


台の上で激しいカードシャッフルの海流を起こし選ばれた2枚のカードと客が自ら手に取り選んだ1枚のカードが目の前に並べ置かれた。


「ドリー見さん、これは一体!?」


「落ち着いて聴いてください」


「はい……!!」




「あなたのサダメは普通です」


「普通!?」




「特に波も、風も、なにもないのです。カードは凪です」


「凪って……平和とかおだやかとかいい意味なのでは?」


「一般的にはそうです。ですが、組み合わせによってはそうともいえないのです」


「組み合わせ……?」


「吉田これは古くからあるありふれた名字であり豊穣の意味を持ちます、ですがカードは凪です風は吹かず実りません」


「さくら……」


「さくら咲きません開花しません、暖かさも冷たさのエネルギーもその蕾には与えられません凪です」


「そんな屁理屈!」


ぎろり、銀の派手マスクから物言わず発せられた威圧感が吉田さくらを呑み込む。


「うぅっ……」




「この男性さんは!」


「これは……魅力のカードです」


「魅力?」


選ばれた3枚。2枚の静かな海のカードと1枚の逞しい肉体を持つ裸の男のカードがあった。


「嵐の前の静けさ……通常は凪のカードと魅力のカードの組み合わせは最強の組み合わせのひとつです。穏やかな心を持つ女性とカリスマ性の高い素晴らしい男性が出会う特別な物語です」


「さ、最強!? 特別!? なら!!」


「ですが……3枚目あなた自身が引いたカードは凪です」


「……つまり?」


「非常に恐ろしいことです……これは!」


「ええ!?」


「でもでも凪いでいた方が……ほら! ボートとかは漕ぎやすいじゃないですか!」


「その考えは浅はか! 愚です!」


「はい!?」


「人生とは苦難の連続、多少の波風があるものなのです」


「想像してみてください凪、から、凪。これがどれだけ恐ろしいことなのかを」


「非常に平和かと?」


「そうとも言えます、しかし凪の対はシケ。ですがあなたの手に取ったカードは凪」


「凪から凪、魅力のボートは何事もなかったかのようにそそくさと去り」


「凪から凪、次に来た魅力のボートはシケる前に急いで去ります」


「な、バカな!?」


「去ります。人によりそのサダメの差はあれどあなた吉田さくらという海は異性にとって波がなく穏やかでもあり不気味でもあり魅力のボートを止めて簡単に居つける世界ではないのです」


「そんなの普通じゃないじゃないですか!!!! 言ってることが最初と違います!!!!」


「チッ…………愚かな」


「え!?」


銀の派手マスクの圧のある顔が客席に座っていた吉田さくらに近付きガンをつけながら静かに口を開く。


「あなたは普通とは何かを説明できますか?」


圧倒的オーラ量あまりの圧、上体を後ろに反らしてしまった黒髪はその不意の質問にどもりながらも。


「そ、それは! 普通に彼氏がいて普通に猫さん特集をしたり結婚し」


「それは普通ではありません」


「ええええ!?」


「失礼ですが吉田さくらさん今現在の彼氏様は?」


「か、うぅ……」


占い師ドリー見はうろたえる彼女を手で制し、目を閉じ静かに二度頷いた。

そしてどこからか取り出していたスケッチブックに尖ったボールペンで字を書き、それを見せつけた。


「フツウとは神学の創語(そうご)によると風が通る、と書いて風通」


「つまりこれがフツウです。ふつうに風が通り抜けていきます」


「……???」


「凪と凪の2枚のカードこれはあなたのサダメの入り口と出口つまり表と裏といえます、ここまでよろしいでしょうか?」


「うぅ……? ええ? はい、まぁ……」



「そして凪のもたらす裏のサダメは。不通、通ってはいけないのです誰もあなたのサダメをこの古井戸(ふるいど)にふつうに吹くそよ風ですら!!」


「そん……な……嘘……」


「嘘ではありませんサダメとは本質の連続な」


「あーーーーうそおおおおおお! さっきボート通ってたじゃないですか!!!!」


「そこに気付くとは……吉田さくらさんあなたは己のサダメに抗っているのですね。ですが……まだ再生のチャンスはありますご安心を」



雰囲気のあるドリー見の占いはつづき、熱心に聞き入る客がいる。



「チャンス!?」


「そうですチャンスなのです」

「魅力のボートとは他者のサダメ。サダメとサダメの流れは無数に存在しているのです!」


「……な、なるほど!」


「そこでこの神秘のつ」


「これは!!??」


手乗りサイズの丸びたナニかはさっと後ろ手に隠され。


「そこに気付くとは……吉田さくら様は他のお客様と一味違うようですね。1回3ユキイチになります」


台に敷かれた紫のシルク。様々な花の刺繍の上に置かれていたのは3枚のカード。その隣には桔梗の花の目にとまりづらい刺繍が描かれていた。


「3万円……ふむむ……アレ? でも占うのは」


「先程も言いましたが……サダメとサダメの流れは無数に存在しているのです……しかし!」


「しかし!?」


「誰もソレに気付くことはできないのです。考え行い生きることその全てがサダメとして既に成されているとも知らず……人は存在しているのです」


「……た、たしかに私も転職を考えていてそれが普通だと思ってぇ!」


「ふふふ、本来なら私は一度しか占いません……が」

「この創生と再生の小屋に来られたあなたは何かしらの気付きを得たのではないでしょうか?」


「そ、そうです! 猫さんの写真を見続けて私はトンデモナイ気付きを得ました!」


「ね、ねこ? ……ふふふふ、やはりそうでしたか。あなた吉田さくら様は猫、つまり愛、人に愛されたいという気付きを得て今、本来のサダメのルートを外れ黒いモヤの中にいるのです」


「は、はい!!」


「1回3ユキイチ……」

「ですが今宵見えるは赤い月。特別なサダメこんなにサダメが昂る日は他にございません、1回3ナツウメにしましょう!!」


「あ、ありがとうございますドリー見さん!!!!」


「いえいえこのぐらい……。あなたのサダメを少し私の指先で弾き流れを変えてみせましょう」

「さぁ4枚目のカードを選ぶのです!!!! ふふふふははは」


海流を起こすカードシャッフルを終え、気合いを込めた吉田さくらの手により選ばれたカード。


「これは石の塔のカードですね、姫と王子、人と神など対の意味をひとつで持つ良いカードです。これは期待できますよ吉田さくらさん」


「ドリー見さんどうかお願いします!!!!」







占い師ドリー見のまりょくを込められた塔のカードはくしゃくしゃに握りしめられ。

見入る演出に吉田さくらは目を凝らす。


「はぁはぁはぁはぁ……」


「どうでしたか!?」


「……では私が見てきたものを」


「その塔には、あなたの将来の彼氏様がいました」


「彼氏様!?」


「なんでも質問していただいてかまいません」


「か、彼氏様とは?」


「半ナツウメとなっております」


すぐさま小銭入れの白いがま口は開かれた。


「若く元気な青年です」


「その人とはどうなるんです!?」


「あ……」


「ナツウメユキイチでよろしいですよ、ちゃんとお返しいたします」


彼女の語る気になる展望にピンとしたユキイチが即座に支払われた。


「あなたはその方と待ち合わせをしています」


「それで?」


「その方は……」


「その方は!」


「鬱病で死にました」


「ええええ!?」


「つ……次の出会いは!」


「待てど待てど」


「待てど!?」


「あなたは憂鬱になり」


「え、なり?」


「しかしついに!」


「ついに!!」


「あなたはそのまま年老いていきました」


「な!?」


「やめます!」


「よろしいかと」


「サダメの流れはまだまだ無数に存在するのです」







占い師の作業台にはくしゃくしゃに丸まった物体が幾つも散らばっている。

幾度も幾度も占い、熱のこもる客と占い師の居る場。


「せ、性行為は?」


「愛あってこそです」


「身体を売ったり!」


「あなたは臆病な性格なので」


「強引に出演させられたり?」


「ご両親がお泣きになることでしょう」


「ではどうすれば!」


「どうもしなくていいかとそれが貴方のサダメなのです。そこで……この」


「あーーーー!! 思い出したのです! 今年の赤ちゃんさんの名前ランキング1位も凪くん凪沙ちゃんと」


「あーそれダメです。フツウの子に育つでしょう」


「ええ!?」

「てかダメって今!」

「サダメなんてダメダメじゃないですかァァァ!!!!」


叫びうつむき泣き崩れてしまった吉田さくら、幾度もドリー見の占いでサダメの流れを変えたが彼女の満足いく結果は得られなかった。

ドリー見はその様子を見て必殺のカードを切った。手乗りサイズの神秘の壺はあきらめ形の大小様々なカラフルな石をどこからか手に取った。


「落ち着いてください、ダメダメでも長生きしますよ。サダメの流れとは例えばこの小石ほどの存在でも変わるものです。躓きくじけ見上げた先にこそ」


「ナラ死んでやる!」


「ナッ!? おやめください!!」


突如、作業台に置かれていた蜂柄の尖ったペンを奪い握りしめその切っ先はその細い彼女の首へと。


「はなしてええええええ」


「ふざけないでください!! サダメの流れはまだまだ無数にッ」


寸前、台から身を乗り出した占い師がその突然の狂気を止めようと彼女の細い腕を掴んだ。

ただならぬ凶行に緊張感が極限を超えて高まる。


「もういやああああ聞きたくないいいいい」


「やめろっての!!」


「もういいですうううう猫さん特集もおお普通なんて鬱はいやああああああああ」


「ヤメロつってんだろ豚!!!!」


「え……あ痛……」


繰り出された強烈なビンタ、吉田さくらの暴走は止まった。

凶行に及ぼうとした蜂柄のボールペンは占い師ドリー見の剛腕に取り上げられその勢いで狭い小屋の作業台にぶつかってしまった。


「イッテェ……馬鹿野郎がサダメ舐めてんじゃねーよアマ」


「え、あの、ビンタされ……ぶ」


吉田さくらは強烈な一撃をもらった方の頬をおさえ開いた口と驚き状況に情報の追いついていない目をしている。

なんとか事なきを得た占い師は乱れた金髪をざっとまとめ何事も無かったかのように元のポジションに戻り。


「サダメです、全てはサダメのながれ。狂気には狂気、正され元のルートに戻ってしまうのです」

「だからマジでふざけてんじゃねぇぞお前」


「は、はい……」


「…………とはいえ、私のチカラが及ばなかったのもまた事実」


「波乱がありますがこれを」


「……なんですかこれ」


 スケッチブックに殴るように書き起こされ、手渡された一枚の切れ端。




───────0307



「波乱です。あなたのサダメを破るにはそれしかありません。だからやめてください、マジで」


「あなた吉田さくらは……今後……サムと名乗りなさい。それがあなたの偽りのサダメであり真の名となるのです」


「さむ……?」


「さくらとは英語でチェリーブロッサムその語尾、木の根、地中から地上に這い出るのも日々の出口であるサム次第なのです」


「あなたのすべては今までを歩んで来た吉田さくら、ですがサムはあなたではありません」


「私……じゃない?」


「そうですフツウの吉田さくらを捨て偽りの存在へとリサイクルされるのです!!!!」


「リサイクル……」


「人類リサイクル論」


「人類リサイクル論……!?」


「まずはあなたのサダメ、フツウの対、フツウじゃないもの、つまり邪内をその身に溜めるのです」


「邪内……」


「そうです。あなたは日夜あなたの全てを捨てるのです。そして死と生の間を生きるのです。そのフツウじゃないエネルギーは境界を揺るがせ……フツウの吉田さくらとは全く別の新しいサダメを生きることがきっと、出来ることでしょう」


「全てを捨てる……。うぅ、やるしかないの?」


「やるしかないのです! あの絶対自殺とかだめだから……ナ、ね? わかってんなオイ」


「うぅ……はい」


「声が小せえよ、わかってんな!」


「ハ、ハイ……!」


「はいドリー見さんだ、ちゃんと言え! ガチでお前サダメ舐めんなよ? わかったな?」


「ハイドリー見さん!! うぅ……えぇん……ンぐ」


「泣いてんじゃねぇよ……ほらドロップ食え」


「ガリボリポリぼりッ……うわあああん甘いでふ……」



がこっガごっ、両手の器に受け取ったカラフル。

ボロボロに泣いた吉田さくら改めサムはボリボリとどこにもないオリジナルの味を頬張っていく。



「アー、あと命名代は別途で」


「え? んっ、ンンンンんんッッッ!!!!?」


「どうした……おい!!」


「おい馬鹿ァァァ飴はちゃんとよく舐めろ! 水だ水うううううやっべ占いすぎて飲み干しちまったァァァ!! オイ!! ひざの上乗れ背──────」

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