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西の領地にて8



 私が誘拐されてから、その事件解決が優先となり、魔獣討伐は中断されていたけれど、ようやく、再開された。

 フェロー王国を警戒して、屋敷から出られなくなったけれど、仕方ない。

私も二度と、あのような目には合いたくないのだから・・・。


 シュヴァルスは、私を助けに来てから、ずっと、ミニサイズで、私の肩か、頭の上に乗っかっていた。

シュヴァルスに呼びかけた時の、私の恐怖があまりにも大きかったので、私と精神回路がつながっている彼の心も、私を失うことの恐怖で塗りつぶされてしまったらしい。


「我が主、我が主。」

と、うっとうしくなるくらい、纏わりつき、アルフレッド公が、額に青筋を立てているけれど、私も、シュヴァルスがそばにいる方が安心できるので、甘やかしまくっている。



「ねえ、シュヴァルス。そばにいてくれて、うれしいけれど、北の領地に戻らなくても大丈夫?」

「ん?ああ・・・。だ、だいじょうぶ、だとも?」

 山盛りクッキーのお皿に、身体を突っ込んで、むしゃむしゃ食べていたシュヴァルスが、目を泳がせて、こくこく、と頷く。

「・・・本当?」

「うっ・・・。本当は、少し離れすぎ?・・・いや!でも!嫌じゃあ!まだ、我は、ユーリと一緒に居たいのじゃあ!!!!」

 しょんぼりと、クッキーの山の中で、うなだれる、ミニ黒竜。

「シュヴァルス・・・。」


 シュヴァルスが、私の胸に飛びつき、爪でしがみつく。

「我は、ユーリが王都に帰るまで、ここに、おる。・・・この国におれば、ユーリを護れるが、国外に出られたら、ユーリを護れぬ。ここは、国外に近すぎて、不安じゃあ。」

「護ってくれるのね、ありがとう、シュヴァルス。」


 ともあれ、北の国境の結界の護りも弱くするわけにはいかない。どうしても、長時間、シュヴァルスを私の元に置いておくわけにはいかないのだ。


 西の領地の魔獣達の討伐も、なんとか、森の真ん中までは進んでいる。

本当は、もう少し奥まで到達してからの方が良いのだけれど、そろそろ、私の浄化の力を使うべきではないだろうか。

ルーカス王子が、野営地から戻ってきた際、その相談をしていたら、突然、シュヴァルスが、全身の鱗を逆立てた。


「ゲルプが来る。」

「はい?」


その瞬間、屋敷の外が騒がしくなった。騎士が、血相を変えて、飛び込んでくる。


「殿下!上空に、巨大な竜が!!!」


 私は、シュヴァルスを左肩に乗せ、アルフレッド公とリリアナ妃に守られて、庭に出て、上空を見上げると、黄色に輝く竜が、屋敷を見下ろしていた。

そして、私に視線を定めると、彼の声が、頭の中に響く。


「北の黒竜よ。なぜに、我が西の地に、おる?」


 どうやら、シュヴァルスが長期間、ここに居たので、気になって、出てきたようだ。

シュヴァルスが、私の肩から、黄竜の前に、ぱたぱたと飛んでいく。


「黄竜ゲルプよ。久しぶりじゃな。・・・すまんのう。お主の地を荒らすつもりでは無かったのじゃ。我が主を守るために、少しだけ、滞在を許してくれんか?」

「・・・我が主?」

「ユーリじゃ!神の御子じゃ!」

「神の御子、か。そうか、それで、我も正気を取り戻した、のか・・・。」

「そうじゃ。お主も、だいぶ浄化が進んでおるの?まだ、黒いモヤが半身覆っておるようじゃが。」


 言われてみれば、黄竜の下半身は、まだ、黒い、雲状の何かがまとわりついている。


「しかし、なぜ、神の御子を、主と言っておるのじゃ?我らに主はおらぬはず?」

「ああ、それはなあ・・・。うっかり、御子に魅了されてしまったのよ!」

 ガハハ、と、シュヴァルスが高笑いする。

「・・・相変わらず、間抜けじゃな、黒竜よ。」

「間抜けで悪かったな!」


 竜同士が、ぎゃんぎゃん言い争っているけれど、彼らの声は、私以外に聞こえていないようで、隣にいるアルフレッド公が、焦ったように、私にどうなっているのか、聞いてきた。

 ゲルプとシュヴァルスが、たわいもない口喧嘩をしている間に、ルーカス王子達に、北の黒竜が、西の地にいるのはなぜだ?と、この地の黄竜が聞いている、と伝えた。

 伝えているうちに、黄竜が、私に呼びかけてきた。


「神の御子よ。我は、そちに魅了されるつもりはない。しかし、我にまとわりついている、このうっとおしい黒いモヤを、払ってもらえるだろうか?」

「え?あ、もちろんです!」

「では、どうすればよい?」

「私の手を、あなたに当てさせてもらえれば・・・?」

「ふむ。しかし、ここに下りたら、建物を破壊しそうだな?どこに行けばよい?」


 慌てて、ルーカス王子に、相談する。

「黄竜が、私に、モヤを払ってほしいそうです。でも、ここに下りると、建物を破壊すると。どこに行けばよいか、と聞いてます。」

「黄竜殿を地上におろす場所か!?・・・街中は無理だ。神の御使いの力を、見せるわけにはいかぬ。」

「魔獣を討伐している森か?」

「そうですね、叔父上。それが一番です。あそこは、我々が討伐している間、誰も近づかないように厳命していますし。」

 そうなのだ。魔獣討伐中は、普段、魔獣を狩る職業の者も、近づけない。近づいた場合、生命の保証がされない。それほどの激戦になるのだ。だから、あそこは、騎士しかいない。


 黄竜に、魔獣が集まっている森まで行ってくれるように頼んだ。

黄竜は、了解し、ゆっくりと森の方に飛び立っていく。


 それを追い、アルフレッド公と共に馬に乗り、ルーカス王子と騎士達に守られて、街の中を駆け抜ける。

 巨大な竜が街の上空に現れたことで、街中は大混乱に陥っていたけれど、飛び去っていったから、そのうち、落ち着くだろう。




 魔獣があふれる森の手前の、野営地まで来ると、上空に、黄竜が、ゆっくりと円を描きながら、飛んでいるのが見えた。

野営地を守っている騎士達が、攻撃されたら迎え撃つ体制を取っている。


「全員、武器を下ろせ!」

 ルーカス王子が、野営地に駆けこみながら、大声で命令する。

「4竜がうちの1竜、黄竜殿だ!絶対に攻撃をするな!!」




 アルフレッド公に、馬から降ろされ、野営地から少し離れた荒れ野まで行き、そこで、黄竜に呼びかけた。

「ゲルプ様、こちらに下りられますか?」


 黄竜が、ゆっくりと、おりてくる。

巨大な体躯なので、強風で、身体が煽られ、砂埃などが舞うけれど、黄竜は、その体躯にも関わらず、静かに降り立ち、着陸し、脚を身体の下に入れて、蹲るような体形を取った。


「シュヴァルスと違うのねえ。ゲルプ様の方が、上品だわ。」

 ちらっと左肩に座っているシュヴァルスを見やれば、不機嫌になっている。

「我とて、静かに降りようと思えば、降りられるわっ!」


 私は、黄竜に近づいた。

黄竜は、軽く頭を下げ、目を伏せている。


「あの、お身体に触れても良いですか?」

「構わぬ。どこでも、そちの良いように。・・・我はじっとしておれば、良いか?」

「はい。お願いします。」


 黄竜ゲルプに近づき、胸のあたりに、両手を当てる。


「神よ。どうか、この黄竜ゲルプ様を、癒してください。この方を苦しめる黒いモヤが浄化されますように。」

 いつものように、一生懸命、祈れば、両方の手のひらが、熱くなる。

白い光が、あふれでるのを、感じた。


 真っ白い光は、黄竜を包み、そして、魔獣が住まう森まで、到達する。


 アルフレッド公が、私の手を掴んだ。

「ユーリ。そこまでだ。」


 両手を、黄竜ゲルプから離し、目をあけて、黄竜を見る。

下半身を覆っていた、黒いモヤは、もう無いようだ。


「神の御使いよ。我を縛っていた、禍々しいモヤは、晴れた。感謝する。」

 黄竜ゲルプの声が、頭の中に響く。


「それにしても、神の御子よ。今までの御子の力は、ゆっくりと我を浄化した。そちのように、急激に、浄化をしてもろうたことは無い。・・・そちの白い光に包まれたのは、非常に気持ちが良かった。何より、何千年ぶりかの。このような爽快な気分になったのは。」

「そうじゃろ、そうじゃろ。ユーリは、すごかろ?」

 シュヴァルスが、嬉しそうに、黄竜の頭の上を飛び回っている。

「・・・うっとおしい。離れろ。黒竜。」

 黄竜ゲルプが、手で、シュヴァルスを跳ね飛ばした。

「ぎゃわっ!何をするー!」

 シュヴァルスが、森の方に、弾丸のように弾かれて見えなくなった。・・・すぐ戻ってくるだろうから、ほっとこう・・・。


「ゲルプ様、浄化できて、良かったです。・・・あの、この後は、魔獣達も、もう落ち着いて、地下に帰るでしょうか?」

「そうじゃな。帰らせよう。・・・森の中に、人間がおるな?引き戻させよ。戻り次第、魔獣どもには、地下に帰らせよう。」


 急いで、ルーカス王子に、騎士達をすべて、森から帰らせるように頼む。

「騎士達が、森から居なくなったら、魔獣達を地下に帰してくれるそうです。」

 ルーカス王子は、うなずき、周囲の騎士達に指示を出していく。


「ゲルプ様、騎士達は、まもなく、森から戻ると思います。」

「・・・ゲルプ、と呼べ。神の御使いよ。」

「それでしたら、私のことも、ユーリと。」

「ユーリ、か。・・・ユーリよ。我は、そちの魅了の力には、屈しない。しかし、我は、そちを守護すると誓おう。何かあれば、我を呼べ。我は、そちに応えよう。」

「え・・・。あ、ありがとうございます?」

「ふっ。首をかしげて、どうした。・・・我は、そちに浄化された。数千年にわたり、晴れなかった気分を、癒してもらった。・・・そちの恩に報いるのは、当然であろう?」

 黄竜ゲルプが、笑った、ように見える。


「ユーリ嬢、全員、森から戻ってきたそうだ。」

 ルーカス王子の声が、割り込んだ。


と、黄竜ゲルプが、ゆっくりと、身体を起こした。


「では、我は、帰る。魔獣どもと共に。ユーリよ、また、いつか、会おう、そして、忘れるな。我の守護が、そちにあることを。」


 黄竜ゲルプが、私から数歩、後ろに下がり、空へと、上昇し、森に向かって飛空しながら、「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」とすさまじい咆哮をあげた。

同時に、森が、山が、地響きで、揺れる。


「魔獣が、帰っていくな・・・。」

 アルフレッド公が、私の背中を支えながら、つぶやいた。

「黄竜殿は、何を?」

「・・・私を、今後、守護してくださるそうです。何かあったら、呼べ、と。」

「黒竜殿に続き、黄竜殿もか!?」

 驚愕に満ちた、ルーカス王子の声が、地響きの中に吸い込まれていった。





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