北の領地の魔獣討伐2
ある朝、アルフレッド公は、ガルディア伯爵のところに王都から来た役人と、打ち合わせがあるということで、私の側から離れた。
客室から出ないように、と言い含められ、読書してますからー、と送り出す。
1時間もしないうちに、扉がコンコンと叩かれ、誰だろう?と入室を許可すると、ドロテア伯爵令嬢が、入ってきて、綺麗なカーテーシーを取ってくれる。
「ごきげんよう、ユーリ様。」
「ドロテア伯爵令嬢。ごきげんよう。どうなさいました?」
「アルフレッド大公殿下から、ユーリ様をお連れするように、命じられて参りました。」
「それは、ありがとうございます。・・・侍女に命じればよいものを、伯爵令嬢にお願いするなぞ、失礼をお詫びします。」
「とんでもございません。たまたま、大公殿下の近くにおりましたもので。・・・急いで、いらしていただけますか?」
「あ、そうですね。はい。すぐに。」
ガルディア伯爵の書斎だろうか、と、そちらに歩みを進めると、そちらではない、と言われる。
案内についていけば、外に出たので、少し警戒した。
「あの?外にいらっしゃるのですか?」
「はい。あちらに、狩猟小屋があるのですが、そちらで、大公殿下が調査をされていて、何か、ユーリ様にお見せしたいものがある、と、おっしゃっていましたわ。」
なんだろう?
アルフレッド公は、学者でもあるので、何か、おもしろい植物でも見つけて、私に教えてくれようとしてるのかな?
ルーカス王子達が、戦っている方角とは、反対側だったこともあり、油断して、ドロテア伯爵令嬢についていくと、狩猟小屋らしい小さな小屋が見えてきたあたりで、彼女が、転んだ。
「いたっ!」
「ドロテア伯爵令嬢!?大丈夫ですか?」
「申し訳ありません。少し、足をくじいたようです。」
「まあ、大変!誰か、館から呼んできましょう。」
「とんでもございません!あの、わたくしは、少し、ここで休んでから、館に戻ります。ユーリ様は、アルフレッド大公殿下の所にいらしてくださいませ。・・・あまり遅くなると、わたくし、後で、大公殿下から、叱責を受けるかも・・・。」
ふるふるとおびえたように、首をふる彼女を見て、ああ、そういえば、アルフレッド公は、一時、女性に恐れられていたんだっけ?と思い出す。
「叱られることはございませんよ・・・。では、申し訳ありませんが、わたくしは、行きますね?あの小屋ですよね?」
「はい。申し訳ありません。」
「いいえ。ご案内いただき、ありがとうございました。」
彼女と別れて、狩猟小屋を目指して、さくさくと、落ち葉を踏みながら、歩く。
小屋の近くまで来た時、悲鳴を上げかけて、口を両手で押さえつけた。
目の前に、2メートルくらいの、恐竜が1匹、居た。恐竜じゃない、魔獣だ!
じりっと後ずさりしながら、魔獣の足元に、ドリアンの皮が転がっているのに気付く。
ドリアンに、つられて、来たの?
恐竜みたいな魔獣と、目があった。
金色の目が、じっと、私を見つめる。
熊とかは、目を逸らしたら、襲われるんだっけ?逸らさないまま、後ろに下がれば良い?
悲鳴をあげないように、口を両手で押さえつけ、魔獣を刺激しないように。ゆっくり後ろに下がろう。
・・・あ、足が動かない。
アルフレッド様は、小屋の中、だろうか?
小屋に入りたくても、小屋の正面に、魔獣がいるのだから、動けない。
どれだけの時間、そこに立ちすくんでいたのだろう?
突然、魔獣が、私の前に、足を踏み出した。
魔獣に襲われる!
魔獣の前脚の鋭い爪が、私を切り裂くんだろう、と恐怖で、目をつぶったけれど、何も起こらなかった?
恐る恐る目をあけて、驚愕した。
魔獣が、私の前で、はいつくばって、しっぽを左右にぶんぶん振っている。
「え・・・?」
何が起こっているか、理解できなくて、でも、襲われなかったことに、安心して、よろよろと、小屋の壁に寄り掛かる。
「キュウ!キュウ!」
魔獣が、なんだか、甘えた声を出している・・・気がする?
その時、突然、上空が、暗くなり、突風が巻き起こった。
「きゃああ!」
ドーン!と何か、大きなものが、地上に落ちてきて、地面が揺れる。
それは、はいつくばっている魔獣の後ろに、降り立った。
「り、竜?」
高さが10メートルくらいあるだろうか?
真っ黒い竜が、そこにいて、カッと口を開き、「ギャアアアアアア!」とすさまじい咆哮を上げる。
金色の目が、じろりと、私の目を射抜いた。
・・・今度こそ、殺される?
竜の金色の目から、私は、視線を外さない・・・というか、外せず、固まっていると、恐竜みたいな魔獣が、竜にすり寄っていき、きゅうきゅう言っているのが、視界の端に入った。
竜の金色の目が、少しずつ、細められていく。と、いきなり、竜が、私の前に、どうっと跪き、さっきの魔獣と同じように、しっぽを、ゆるく左右に振ってきた。
そして、頭の中に、声が響く。
「乙女よ。」
とまどって、きょろきょろと周囲を見渡す。
「乙女よ。」
あれ?どこから、この声がするの?
「乙女よ。目の前を見よ。」
「は?もしかして、あなたが、私に呼びかけているの?」
「そうだ。我が名は、シュヴァルス。この国にいる4竜のうちの1竜だ。」
「シュヴァルス?4竜!?」
頭の中が、パニックだ。
「そうだ。そして、ここにいるのは、我が息子、アーテル。」
「息子!?」
キュウキュウと、可愛い声を出しながら、魔獣・・・もとい、アーテルが、側に寄ってきて、身体を擦り付ける。
擦り付けるといえば、可愛い言い方だが、2メートルもある大きな図体だ、よろけて、転んでしまった。
「ユーリ!!・・・ファイア!」
後方から、アルフレッド公の怒声が響き、私の横を、火の弾が、シュヴァルスに向けて、放たれたのが見えた。
その火の弾は、シュヴァルスに当たったかと思ったけれど、直前で、掻き消える。
と、ぐいっと、片手で後ろから、おなかに手が回され、後方に飛び下がらせられる。
「アル!」
「ユーリ。怪我は?・・・くっ。こんなところに、魔獣。しかも、竜か。」
最悪だ、と吐き捨て、アルフレッド公が、私を後ろに押しやって、剣を竜に向けて、突き出す。その剣には、炎が纏われていた。
「アル!落ち着いて。この竜は、私達を攻撃しない!」
「何?」
「きゅう、きゅう!!!」
子供の竜?が、そうだそうだ、とばかり、可愛い声で啼く。しっぽがぶんぶん振られている。
アルフレッド公が、警戒しながら、隣に出た私を、もう一度、後方にかばおうとする。
「乙女よ。名前は?」
そんなアルフレッド公には目もくれず、黒竜が、わたしの目を見つめ、私の頭の中に、また、シュヴァルスの声が響く。
「は?名前?ユーリよ!」
「ほお。ユーリ。そなたは、この国の者ではないな?どこから来た?」
「どこから・・・って。」
その時、アルフレッド公の、いぶかしげな声が聞こえた。
「ユーリ?誰としゃべっている?」
「え?あ、目の前の竜と・・・。え?聞こえないの?アルには?」
「・・・ユーリの声しかしないが?」
「ユーリ。我を無視するな。我は、黒竜シュヴァルスぞ。」
「黒竜って、なんでしょう?」
「我を知らぬのか!?」
がーんん、とショックを受けて、口を開けたまま固まっている竜から目を逸らし、アルフレッド公の腕をひっぱって気を引き、彼の顔を見上げた。
「・・・アル?この黒竜、シュヴァルスって言う名前みたいだけれど、何か知ってますか?」
「黒竜!?」
アルフレッド公の声が、驚愕に満ちる。
「ご存じなのですね?」
「我が国に住まうと言われている、4竜のうちの一体だ。・・・我が国を護る神体でありながら、滅ぼす災厄とも言われている・・・。少なくとも、姿を見た者は、いないはずだ。伝説だとばかり思っていたのだが・・・。本当に居たのか・・・。」
「そうじゃ、ユーリ。そこな男の言うとおり、我は、偉いのじゃ!なぜ、我を知らぬのじゃ!」
シュヴァルスが、バンバンと、尻尾を地面にたたきつけ、彼のすねた声が、私の頭の中に響く。
「だって、私、この国の生まれじゃなくて、召喚されたんですもん。」
「召喚者!か・・・。なるほど、それで、我を魅了した、というわけじゃな。」
「は?魅了?」
「我も、アーテルも、そちの瞳に囚われた。魅了と言っても、人間と違って、我らは、自分の意思は放棄せぬが、そちには、逆らえぬ。我らは、そちの僕となろう。」
「うそ・・・。この黒い瞳って、竜も魅了するのぉ!?」
「ユーリ!?何を話をしている?」
「アル・・・。この黒い瞳の力って、竜にも、有効、みたい・・・。」
「は?」
わたしは、止めようとするアルフレッド公を軽く制し、シュヴァルスに向かって数歩、前に出てから、聞いてみた。
「ねえ、シュヴァルス。あなたの言葉、わたし以外に、わかるように話せないの?」
シュヴァルスが、嫌そうに眼をしかめた。
「下等な人間と、しゃべれと、言うのか?」
「・・・私も人間だけど?」
「・・・ユーリの頼みなら。」
「では、お願い。アルにも聞こえるようにしゃべって。」
「仕方ない。・・・で、ユーリ。そちは、なぜ、この地にいるのだ?我に会いに来たのか?」
アルフレッド公が、ぎょっとしたように、目を見開く。
「頭の中に、声が?」
「アル。シュヴァルスの声、聞こえた?」
「・・・これが、竜の、声・・・。」
「うん。そうみたい。・・・危険無さそうでしょう?剣をしまってくださいますか。」
「・・・本当に、大丈夫か?」
「アルとやら。我は、黒竜シュヴァルス。我は、ユーリに仕える僕となった。ユーリの命令が無ければ、傷つけはせぬよ。安心せい。」
「ユーリに、仕える、だと?黒竜が?」
結局、アルフレッド公は剣をしまい、黒竜に、日本から召喚されたこと、そして、この地にいるのは、魔獣があふれて、国民の命が危険にさらされているから、魔獣を討伐しに来たことを、伝えた。
「ねえ、シュヴァルス?なぜ、この地には、魔獣があふれ、暴れているのかしら?」
シュヴァルスが、渋い顔をした。
「魔獣が暴れているのは、我のせいだ・・・と思う。」
「は?」
「4竜と、魔獣は、つながっておるのだ。」
「竜って、魔獣の王様みたいなもの?」
「少し、違うな。魔獣は、我ら4竜の精気から生まれる。創造主というべきか。」
「暴れる魔獣を、竜が作ったっていうこと?」
「それも、少し違う。・・・数百年に一度、我ら4竜は、抑えきれないほどの憎悪と怒りに囚われることがある。
・・・。少しずつ、少しずつ、我らの身体に、黒いものが纏わりつき、我らを侵食してくくのだ。
そして、ある日、突然、我を忘れるほどの、真っ黒い想念に塗りつぶされ、目に入るもの全てを破壊したくなる。この世のすべてを破壊しつくそうと思うのだ。真っ黒いモヤが我らを覆い、我らは、そのまま眠りにつく。
じゃが、破壊したくなる想念は、魔獣どものにも伝わり、奴らは、破壊の限りを尽くす・・・ようだ。。
・・・だが、決まって、破壊しつくす前に、突然、白い光が拡がって・・・我らを浄化してくれる・・・。我らは、目覚める・・・。そして、また、元の我らに戻る・・・。
元に戻った時、真っ黒い想念に塗りつぶされている間のことは、眠らされておるから、ほぼ覚えておらぬのだが、人間達が、神の御使い様のおかげで、魔獣から救われた、という話をしているのが、必ず、耳に届く。・・・だから。」
「それって・・・。」
「我は、3か月くらい前から、白い光が、うっすら差し込んできたのを感じていた。
そして、1か月前から、その光が、さらに強くなってきて、眠りからも覚めそうになっておった。
・・・我は、また浄化されるのだな、と思いながら、浅い眠りの海に、まどろんでいたのだが、突然、我が息子、アーテルが、呼びかけてきた。
我は、アーテルに何かあったのかと思って急ぎ、来たれば・・・。そちが、居た。
一目でわかった。我を浄化する白い光の持ち主だ、と。
・・・しかし、そちの目に囚われるとは、思わなんだ。・・・寝ぼけていたから、うっかり見ちまったようだ。」
「今、あなたは浄化された、ってこと?」
「うむ。そちの僕となった瞬間から、我の心を塗りつぶしていた憎悪と怒りが消えておる。浄化された、ということであろう。」
「では、では、この地の魔獣も、弱くなる?人間を、襲わなく、なる?」
「ふむ。我が命じれば、奴らは、住まいに戻るだろう。」
「住まい?」
「我らの住まいは、地下にある。」
「地下?行ってみたい!」
「こら!ユーリ!!」
黒竜が、天を見上げて、大笑いした。・・・が、私達の耳には、「ギャオオオオオオオン!」という咆哮にしか、聞こえなかったけれど。
「ユーリ。我が主よ。魔獣どもが、落ち着いたら、地下に連れていこう。今は、まだ魔獣が落ち着いておらぬ。・・・で、ユーリよ。魔獣どもは、地下に連れ帰れば、良いのだな?」
「ええ。お願いします。」
「良かろう!我に乗れ。」
「は?」
黒竜が、ちらりと、ルーカス王子達がいるだろう方角を見やる。
「人間どもが、魔獣と戦っておる。その人間どもを、そちが、引かせよ。魔獣が地下に帰る時は、一気に、なだれのように動く。人間どもは、ひとたまりもなく、踏みつぶされる。それは、困るであろう?」
「乗る・・・って、どこに?」
「我の背中だ。」
乗馬だってしたことがないのに、と、困惑する。と、アルフレッド公が、前に出て、黒竜に呼びかけた。
「シュヴァルス殿。私が、ユーリと一緒に乗ってよいか?ユーリは、馬にも乗れない。恐らく、独りでは、竜に乗ることはできないだろう。」
「フン。良かろう。乗れ。」
アルフレッド公が、私を抱き上げ、地べたに伏せた、シュヴァルスの背中に、身軽によじ登り、くぼみがあるところに座らせてくれ、その後ろに座って、抱え込んだ。
「シュヴァルス殿。どこにつかまればよい?」
その瞬間、私の前の鱗が、じゃりっと音を立てて、持ち上がった。
「その鱗につかまれ。」
アルフレッド公が、私の身体を抱き込んだまま、鱗を両手で持つ。
「では、飛ぶぞ!」
周囲に、突風が巻き起こり、思わず目をつぶっている間に、身体が、ジェットコースターに乗って、急降下した時みたいに、ずわっとお腹が変な感じになり、空中に飛び上がったことを知った。




