過労は気を弱くする
ドレスを試着した翌日、アルフレッド公の授業を受けながら、珍しく、集中を欠いていた。
ドレスコード、めんどくさい。アクセサリー、要らない。社交界、出たくない。
ああ、引きこもって、本を読んでいたいなあ。
「ユーリ、ユーリ?」
本といえば、この王宮の図書館、びっくりするくらい大きいし、いくつもあるんだよね。
今は、本を読む時間がなかなか取れないので、ゆっくり見て回れていないんだけれど、婚約式が終わったら、図書館に籠っても、怒られないかなあ?
「ユーリ!!!」
「ひゃい!」
大声で呼ばれて、飛び上がったら、目の前に、心配そうな顔をした、アルフレッド公の顔があった。思わず、後ろに下がろうとして、椅子が、がたんと、大きな音を立てる。
「ユーリ?具合が悪いのか?」
「はい?」
「いつもと違って、授業を全く聞いていないようだけれど?・・・頭痛がするとか?」
こつんと、突然、私の額に、アルフレッド公の額が当てられる。
え?え?え?
ボッと、顔から火が出たかと思った。
「少し、熱い?顔が赤い?」
思わず、アルフレッド公の胸に両手を当てて、押し出す。
急に額を当てないで!近い、近すぎるのは、反対!
「ユーリ?具合悪いなら、今日の授業は、ここまで。すぐに寝室で休んで?」
あわあわしていたら、いきなり、アルフレッド公に抱き上げられる。
「きゃああ!あの!具合悪くないですっ!おろしてください!」
懇願空しく、寝室まで、抱き上げられて運ばれた。私の部屋に入る時に、ドルチェとレーテに、アルフレッド公が、医師を呼ぶように指示をする。
「あの、具合、悪くありませんから・・・。」
ベッドにおろされて、困って、アルフレッド公に訴えたけれど、顔色が良くないと言われてしまった。
医師は、王宮内に常駐している。
ほとんど待たないうちに、慌ただしく入室してきた医師の後ろには、なんと、アイリーン王妃まで、くっついてきていた。
「ユーリ、具合が悪いんですって?」
「アイリーン姉さま、大丈夫です。アルフレッド様が大げさなだけで・・・。」
でも、結局、医師の診断は、慢性過労だった。微熱も出ていたらしい。数日は、疲れを取るために安静にするようにと言われてしまった。
アイリーン王妃が、難しい顔をして、自分が連れてきた侍女に何かを指示する。侍女が出ていってから、私の方を向いた彼女は、にっこりと微笑んで、言った。
「ユーリ、今日と明日は、授業などをお休みにしましょう。ゆっくり休んでくださいね。で、その間、アルフレッド様をお付けします。何かあったら、アルフレッド様に言ってくださいね?」
「え!?あの、休むのは構いませんけど、アルフレッド様は、お忙しいのでは?」
「いいえぇぇ。ユーリ・さ・ま。神の御使いに配慮するのが、王族の第一の務め。ユーリに付き添うのも、王族の役目ですわあ。・・・アルフレッド様。今日と明日の政務は、レジナルド陛下が何とかします。させます。ユーリをお願いしますわ?これは、王命です。」
「・・・承りました。王妃。」
「お願いね。・・・では、ユーリ。ゆっくり休めるよう、わたくしは失礼しますね。ご回復をお祈りしております。」
アイリーン王妃がさっと身をひるがえして、寝室から出ていくと、ドルチェやレーテ達も一緒に退室し、寝室に、アルフレッド公と2人きりになってしまった。
異性と2人きりにする?普通?ここ寝室なのに。
それとも、私の常識と、この国の常識って、違うんだろうか?
軽くパニックしていたけれど、手を取られて、我に返った。
蒼い瞳には心配の色が浮かび、少し悲しそうな顔をしたアルフレッド公が、目を覗き込んでくる。
「ユーリ?大丈夫?横になった方が良いかも。」
慌てて、首を振る。
微熱があるかもしれないけれど、眠くないし、横になりたくもない。
「あの。本当に大丈夫です。慌ただしい日々が続いて、少し疲れただけだと思います。・・・のんびりしてれば、すぐ良くなるかと・・・。むしろ、アルフレッド様の方がお疲れですよね?私に構わず、アルフレッド様こそ、お部屋に帰って、休んでください。」
近くでよく見れば、アルフレッド公の目の下には、うっすらと隈ができている。睡眠不足なのが、明らかだ。寝不足を解消するチャンスだし、寝てほしいなと、単純に思っただけなのだけれど、アルフレッド公の顔が、くしゃりと歪む。
「ユーリは・・・。私がそばにいるのは、迷惑ってことですね?」
なぜ、そうなるの!?
「そうじゃなくて・・・。あの、目の下に隈、できてます。睡眠不足で疲れているのは、私より、アルフレッド様じゃないですか。アルフレッド様が倒れたらって、心配してるだけ、です。」
「心配・・・?私が?」
アルフレッド公の顔が、少し、ほわっと赤くなる。あ、かわいい、かも?
14歳も上の大人に言う言葉じゃないけれど。
結局、アルフレッド公は、王命でもあるし、私の傍から離れない、と言った。
彼を気にしないで、寝てほしい、とも。
・・・寝られるわけ、ないじゃないですか!寝顔なんて見せられません!!
それに、王命だから、そばにいてくれるんだ。
はあ。王命じゃなかったら、居てくれないのね。
「どうせ、私は、子供ですよ・・・。」
つい、ぽろりと漏らしてしまった。
「子供・・・?」
「だって!私は、アルフレッド様よりずっと年下で!アルフレッド様からしたら、義務からの婚約者で!・・・だから、私が寝ても、何とも思わなくて!王命だからしかたなく、そばにいてくれて!それは、子守みたいなもので!だけど、私は・・・。」
自分で、何を言ってるか、わからなくなって、しかも、涙まで、ぽろぽろ出てきた。うつむいて、またぐずぐずと言葉をつなげる。
「寝室のドアがつながっていたって、夜這いしようと思わないのは、私がお子様だからで・・・。」
「夜這い!?」
驚愕に満ちた声に遮られ、びっくりして、顔を上げれば、真っ赤な顔をした、アルフレッド公と目が合った。慌てて、顔をそむけると、小さなため息が聞こえて、そっと、ハンカチを差し出される。
「・・・ユーリ。少し、話を聞いてもらっても?」
遠慮がちな声が、する。
ハンカチで目を抑えながら、こくりとうなずく。言い過ぎた。私。
「最初に言っておくけれど・・・。私は、ユーリを子供だと思ったことは、無い。まだ、授業でしか話をしてないけれど、ユーリは、私さえも凌駕するような知識を持った、素晴らしい人だと思っている。その、なんていうのか・・・?14歳っていうよりも、もうこの国だったら、成人しているかのような、そんな一人の女性にしか、その、見えない。」
遠慮がちに、アルフレッド公の手が、私の頭にさしのべられ、そっと、撫でられる。
「だから・・・、その、授業も、子供向けじゃなくて、大人向けに厳しくなってしまった。だから、君を、その、疲れさせてしまった。すまない。いや、そんなことを言いたいんじゃないな。・・・えっと、・・・そうだ、夜這いしないって・・・。あの、しようと思わないって君が言ったのは、間違ってる。」
思わず、ハンカチを顔から離して、アルフレッド公を見てしまった。
見たことがないほど、真っ赤な顔をしたまま、アルフレッド公が、真剣に、言葉を続ける。
「夜、寝室に入るたび、隣の、この部屋の君が気になって・・・。でも、君に嫌われたくないから、理性の力で押さえつけて・・・。その・・・。睡眠不足は、そのせいもあって・・・。」
アルフレッド公の声がどんどん、小さくなっていく。
「最初に、この部屋に君を案内した日に、鍵が無いって言われた時に、鍵をつけるべきだったんだ。・・・その、私が理性を抑えられない危険を考慮して。・・・でも、あの時は、こんなことになるとは思っていなくて。・・・あ、でも、防衛上ダメだっけ・・・。」
びっくりしすぎた私の涙が、止まっている。
・・・もしかして、アルフレッド様は?
「ああ。もう、私は、何を言っているんだ。」
アルフレッド公が、激しく顔を振る。
「ユーリ。私は、君が好きだ。だから、そばに居たい。王命だからじゃなくって。そして、義務だから、君と婚約するんじゃなくって、好きだから、君と婚約したい。」
ぽかんとしていた。聞き間違いじゃないかな。
うん。きっと、疲れてるから、都合が良い、幻聴が聞こえたんだ。アルフレッド公が、14歳の子供に、恋愛感情なんて、持つわけ、ないもの。
返事をしない私に、赤かったアルフレッド公の顔が、だんだん青白くなっていき、寂し気にいろどられる。
私の髪を撫でていた手が、そっと離れていく。
「・・・すまない。ユーリ。君の気持ちを考えずに、私の感情を押し付けてしまった。・・・無理やり、王家に嫁がされる君の気持ちを考えないで・・・。」
はっとして、私は、離れつつあった手を、がしっと掴んでしまう。
幻聴じゃないかも?
「ユーリ?」
「私も、好きです!」
「は?」
「あの・・・。私も、アルフレッド様が、好きですっ!」
アルフレッド公が、破顔した。
顔が近づいてきた、と思ったら、目元にキスされる。目元に残っていた、涙をぬぐってくれた、みたいだけれど、頭が真っ白になって、動けない。
「ユーリ?愛してる。私を、君も、愛してくれる?」
声が出なくて、こくこくとうなずくしかできなかったけれど、アルフレッド公が、うれしそうに微笑んで、私を抱きしめる。
「じゃ、今日の夜から、一緒に寝てくれる?」
「そ、それは、ダメっ!!!」
「婚姻までは、手を触れないけど?」
「それでも、だめっ!!!!!」
どれだけ、抱きしめられていたのだろう。というか、抱きしめられたまま、寝落ちしてしまった。
気づいたら、すでに夜になっていて、ベッドに寝かされていた。
ベッドの横に置かれた椅子には、アルフレッド公が座って、何か、書類を読んでいた。
身動きした途端、さっと、アルフレッド公が、私を見て、微笑む。
「目が覚めた?少しは、疲れが取れた?・・・ああ、目の周りが少し赤いね。後で、冷やさせよう。」
そっと、目尻に手を当てられて、また顔がほてるのを感じる。
「あの・・・、ごめんなさい。ずっと付いててくださったんですね・・・。」
「気にしないで。私が、そばに居たかったんだから。それにしても、相当、疲れていたんだね。気付かないで、すまない。君が14歳だってのを、本当に失念していたんだ。」




